アルバムから滲み出る故郷や仲間たちへの愛
「フィラデルフィアは俺に優しくしてくれた(Philadelphia’s Been Good to Me)」。カート・ヴァイルは新作のタイトルで生まれ故郷に愛を告げている。1980年にフィラデルフィアの郊外の町で生まれたカートは、14歳の時に父親からもらったバンジョーで音楽に目覚め、宅録で曲を作り始めた。高校を出てからはフォークリフトの運転手としてボストンで働いていた時期もあったが、フィラデルフィアに戻ると親友のアダム・グランデュシエルとザ・ウォー・オン・ドラッグスを結成。それがカートのミュージシャンとしての出発点となり、やがてバンドを離れてソロで活動するようになる。
大学に行かずに肉体労働をしていたボストン時代はカートにとって辛い時期だったようで、一緒に音楽をやる仲間を見つけられたこともフィラデルフィアが「優しくしてくれた」ことだったのかもしれない。今も妻や子供達とフィラデルフィアで暮らし、地元のミュージシャンと交流を持つカートが故郷を題材にしたアルバムを作り上げたのは、現在46歳で人生の折り返し地点に立っていることも関係しているだろう。思えば前作『(Watch My Moves)』(2022年)はインディー・レーベルの《Matador》からメジャーの《Verve》に移籍して初めて制作したアルバムで、キャリアとして節目となる作品だった。
当時、コロナのパンデミックでライヴ活動がストップするなかで、カートは自宅の地下に完成したホーム・スタジオ、OKVセントラルで1年間じっくり時間をかけて『(Watch My Moves)』を作り上げた。今作もOKVセントラルで制作されたが肌触りは少し違う。ヴァリエーション豊かな曲が並んで内省的な雰囲気のあった『(Watch My Moves)』に比べると、本作はレコーディングしている時の空気感や気分。いうなれば親密さを大事にしているような気がする。カートは海外のインタヴューで「最近は宅録で作っていた初期の作品が持つ生々しいエモーションに惹かれている」と発言していて、そういった心境の変化が新作に現れているのだろう。原点回帰的なところもある作品で、故郷への愛が題材になっているのも自然な成り行きなのかもしれない。
ただ、一人で多重録音していた若い頃のひたむきなエネルギーに変わって、本作ではキャリアを経て磨きあげた技術と仲間たちの存在がアルバムにふくよかな味わいを生み出している。本作にはこれまで活動を共にしてきたザ・ヴァイオレイターズのメンバーをはじめ、プロデューサーのロブ・シュナッフ、スティーヴ・ガンなど10名を超えるミュージシャンが参加。彼らとのセッションから生まれた曲もあり、アレンジやプロダクションはラフなタッチを残しながらも練りこまれている。
いつも通り曲はスロウなテンポで進み、サビが来てもさざ波が立つ程度。しかし、タイトなドラムや太いベースがグルーヴを生み出していてギターは表情豊か。“語り”と“歌”の間を行き来するヴォーカルはルー・リードのようだ。そして、改めて感じるのがカートの曲が持つ不思議な心地よさで、サイケデリックというより缶ビールを2〜3本飲んだくらいの浮遊感。そこにロックの躍動感を息づかせるさじ加減が絶妙だ。
本作では、2023年に亡くなった音楽仲間、ロブ・ラークソや愛する家族など身の回りのことが歌われるが、亡き友のことを歌っても感情的になりすぎず、飄々としているのがカートらしい。まるで日々の暮らしの中で知らない間に口ずさんでいた鼻歌のようだ。そんなアルバムのジャケットに使われた写真は、ウィリアム・エグルストンの作品を息子から提供してもらったものだとか。エグルストンといえばビッグ・スター『Radio City』(1974年)のジャケットの写真を思い出すが、エグルストンはアメリカのなんでもない風景を独自の色彩感覚で捉えた写真家。日常の断片をカートらしいアングルで捉えた曲が並ぶ本作にはぴったりの写真だ。
アルバムを聴きながら、カートがリスペクトするシンガー・ソングライター、ビル・キャラハンが今年発表した新作『My Days of 58』を思い出した。ビルが58歳を迎えた日々を綴ったアルバムで、60代を前にして感じる孤独や死の予感が胸に沁みたが、『Philadelphia’s Been Good to Me』にはカートを取り巻く仲間や家族の存在が感じられて、音楽を通じて彼らと繋がっているのが伝わってくる。きっとフィラデルフィアだけではなく、音楽もカートに優しかったに違いない。(村尾泰郎)

