Review

KMRU: Natur

2024 / Touch
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夜が育んだ耳は何を聴く

04 September 2024 | By yorosz

KMRUの快進撃が止まらない。

ケニアはナイロビ出身のジョセフ・カマルによるこのソロ・プロジェクトは、2017年頃から活動を開始し、コロナ禍の勃発となる2020年に《Editions Mego》からリリースされた『Peel』で一気に注目を集めた。それ以降彼は毎年のように注目作をリリースしており、ここ2年ほどに限っても、西洋における美術品の展示や文脈化に内在する略奪の側面、その返還の問題を非物質的な音資料の面からも問いかける『Temporary Stored』(2022年)、デコンストラクテッド・クラブ以降にあっても際立った精度で破滅的な音響をトラックに組み込むAho Ssanとのコラボレーションによって制作された現代的テクスチャー・ミュージックの極点的音絵巻『Limen』(2022年)、自身が立ち上げたレーベル、《OFNOT》からの初作品であり、フィールド・レコーディングに端を発しながらもそれを彼が年々のめり込んでいるというシンセシスへと独自の方法で移植した『Dissolution Grip』(2023年)、そしてフィンランドの新興レーベル、《Other Power》よりリリースされた『Stupor』(2023年)など、音色の彩りを深化させながらも一つの楽曲を貫く持続的な音響(ドローン)への硬派ともいえる拘りを常に感じさせる意欲的な傑作が並ぶ。更に本年にはザ・バグ(The Bug)ことKevin Richard Martinとの驚くべきコラボレーション作『Disconnect』のリリースで、ヘヴィーかつインダストリアルなサウンドへの親和性という新たな側面を見せてくれたばかりである。

そして7月にリリースされた新作『Natur』は、過去にフェネス、Ryoji Ikeda(池田亮司)、フィル・ニブロック(Phill Niblock)、オーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi)、ミカ・ヴァイニオ(Mika Vainio)、クリス・ワトソン、Jana Winderenなどの作品をリリースしてきたUKの実験音楽/サウンドアートの老舗レーベル、《Touch》からのリリースとなっている。

レーベルの解説によると、本作は2022年に作曲され、以降ライブでの主要レパートリーとして度々演奏され、その都度手が加えられてきたという。そしてそこには彼がナイロビからベルリンに移り住み、新しい暮らしに慣れることで見えてきた、異なる2つの環境に対する視座が埋め込まれているそうだ。具体的には、ベルリンの聴覚的には(電線が地下に隠され、野生動物が人の生活空間にあまり踏み込まないことによる)静寂であり、視覚的には(街灯や商店の灯りに満遍なく辺りが照らされるため)昼とのコントラストに乏しい夜に、故郷ナイロビの様々な音(鳥や昆虫の鳴き声、通行人のおしゃべり、交差する送電線や変圧器があげる唸り)に囲まれ「スクリーンの薄明かりでさえ目を眩ませる」ほどの闇を備えた夜との対比を見出したことが、本作にとって重要なエレメントであるそうだ。曰く、ケニアの夜はもっと具体的であったと。

作品を聴いていくうえで、彼の語るこのような経験や視点は、重要なガイドとなってくれる。

本作において最も耳を引くのは、冒頭から聴こえてくる音でもあり、作品の全編に渡って様々に色(すなわち周波数の混成の具合)を変えて鳴り続ける電磁ノイズのようなサウンドだろう。このようなサウンドは昨年の『Dissolution Grip』や『Stupor』でも随所に用いられてはいたが、本作ではそれがより中心的な要素として、作品の根幹にある印象だ。それ故本作は、これまでの彼の作品の中でもクールかつインダストリアルなイメージを持たれるかもしれない。もちろんそのような観点から、例えば先んじてリリースされたKevin Richard Martinとの共作『Disconnect』との連続性を見出すことも可能だろう。

しかし本稿で注目したいのは、レーベルの解説の中に控えめに記載されている電磁マイク(electromagnetic microphones)*¹の使用である。つまり本作における一聴すると種々のノイズオシレーターやシンセによるものに思えるサウンドの少なからぬ部分は、彼がそれを用いて様々なフィールドの電磁波を拾ったものと推測できるのだ。本作では特に中盤以降、鳥の鳴き声や雑踏など、はっきりそれとわかるフィールド・レコーディングが聴こえてくるが、それと混ざりあうノイズ成分を多く含んだ時に濁流の如きサウンドも、その実、私たちが普段無意識のうちにミュートしてしまっている領域(例えば微細な電子機器のうなり)や、可聴ではない領域(電磁波や超音波)の様相を、言い換えればテクノロジーの森にこだまする声を、マイクロフォンによって捉えた、都市のフィールド・レコーディングとしての成り立ちを持っているのではないだろうか。

思えば、彼がナイロビの夜の音の一例として挙げた送電線や変圧器などのうなりは、古くからドローンを扱うミュージシャンやサウンドアーティストの耳を魅了してきたものであった。その最たる例は、幼少期の「送電線の記憶」を後の多方面に広大な影響を与える活動や作品群の端緒と位置付け、「The Second Dream of The High-Tension Line Stepdown Transformer(高圧送電線の降圧用変電器が見る第2の夢)」という作品すら生み出してるラ・モンテ・ヤング*²であり、放置された送電線が放つ様々なサウンドに魅了され、その録音によって『Primal Image / Beauty』などの驚異的な音響作品を作り出した作曲家/生物医学研究科学者のアラン・ラム(Alan Lamb)だろう。

また、可聴ではない電磁波についても、偉大なる先人クリスティーナ・クービッシュによるその可聴化を軸とした長きに渡る活動*³はもちろんのこと、例えば近年のSOMA laboratory Ether V2のリリースと反響が象徴するように、それは音の発生源や発生のメカニズムに興味を持つ音楽家や技術者にとってはある種のロマンすら催す刺激的な領域だ。

Ether V2は私たちを取り巻く「電磁波の風景」可聴化する冒険的なデバイスである。


具体的な夜の中で、「スクリーンの薄明かりでさえ目が眩む」ほどに過敏となった視覚と同様に、研ぎ澄まされていたはずの彼の聴覚は、新しい環境であるベルリンの街の、一見静寂な夜の中にも、些細なうなりや独特な声を見出さんと、旺盛に動き出したに違いない。時に無機的に持続し、時にもつれるようにして混濁した浮揚と沈降を描き出す本作のサウンドが、そのような耳の働きを克明に伝える。(よろすず)


*¹ おそらくはこのような電磁波、超音波を可聴化するタイプのマイクではないかと思われる。https://tobirarecords.com/collections/books-clothing-others/products/electromagnetic-field-ultrasonic-sounds-microphone?srsltid=AfmBOopKoGvIKD70QwwMXVp5PnzAsMFzNdXfX0KzeOL7YshM_ARRX400
*² ラ・モンテ・ヤングの「送電線の記憶」については藤枝守『響きの考古学』に詳しい。
*³ Christina Kubisch『Five Electrical Walks』https://imprec.bandcamp.com/album/five-electrical-walks


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