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Miya Folick: Erotica Veronica

2025 / Nettwerk
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欲望と愛の形について祝福する

25 March 2025 | By Nana Yoshizawa

ロシア人と日本人の両親の間に生まれ、現在はLAを拠点とするシンガー・ソングライターのミヤ・フォリック。彼女の最初の音楽体験は教会の音楽隊で、太鼓を演奏することから始まった。高校の時には友人からギターを教わったという。そんな彼女の音楽に私がハマったのは、前作『Roach』(2023年)からだった。80年代風の輝かしいシンセサイザーから始まる「Bad Thing」のキャッチーなメロディーにマイナー・コードで展開する感傷的なロック、「Drugs or People」の荒々しいギター・トーンや「So Clear」のダンス・トラックに多彩なコーラスなど、あらゆる音色にも霞むことのない彼女のパワフルな歌声に惹き込まれた。

ゲイブ・ワックス(ザ・ウォー・オン・ドラッグス、フリート・フォクシーズ、サッカー・マミー)、マイク・マルチコフ(キング・プリンセス)、マックス・ハーシュナウ(MS MRで2017年まで活動)などのアーティストが参加した『Roach』は、彼女が子どもの頃から悩んでいた完璧主義を手放す試みでもあった。元々リリカルな表現を得意とするフォリックだが、『Roach』というタイトルを選択したのは、彼女が周期的に陥る身体醜形障害や薬物中毒になった自身に対して、嫌悪感と受容を併せた表現だ。

今作『Erotica Veronica』の先行シングルとなった「This Time Around」、「Love Wants Me Dead」を聞いた印象などから、フォーク・ロックのような柔らかさが前面にでていたので、新作はアコースティックな作風になるのだろうかと思っていた。けれども、今作の隅々から聞こえるピアノやシンセサイザーに、木管楽器のもたらす控えめな響きに、そしてアルバム・タイトルに込められたエロティシズムと愛の形について、綴られた歌詞を読んでいくと、あぁこれは実験的であり心中を吐露する作品だと思うようになった。

上述でアルバム・タイトルについて書いたが、今作は性をテーマにしており歌詞には欲望や快楽を素直に認めていく心情が綴られている。オープニング曲「Erotica」に登場する少女は、「ただ女の子といちゃつきたい、白昼の路上で」と官能的な性癖を明らかにしていく。ちなみに、この楽曲のクレジットに加わっているエイダン・スピロは、Wet、カシー・ヒルとも共作しているアーティストである。瑞々しいピアノの音色やアコースティック・ギターの明るい音域で作り上げるノスタルジーなインディー・ロックは、まさにスピロが得意とする領域でもある。

そして今作の基盤にもなっているという「Felicity」、この言葉は“幸福”という意味だけでなく“適切な表現”という意味を持つ。フォリックはこの曲のなかで、心の奥から湧き上がる怒りを吐き出しては幸福になる、と繰り返し歌う。これは、抑えつけた快楽主義を解放することと重ねて、今の社会の構造への怒りを静かに表しているようにも思えた。そうしたメッセージを後押しするように、短長様々なメロディーのフルート、緩やかにシャッフルを刻むビート、丸い音色のシンセサイザーがふわりと舞いハーモニーを奏でる。この多彩なプロダクションは、今作で最もエロティシズムを祝福している楽曲だと思う。

そういえば今作には、前作のようにフレーズが密接する構造だったり、少しばかりの切迫感は見当たらない。それに今作の彼女のヴォーカルは、ファルセットを巧みに織り交ぜながら終始ソフトに歌い上げている。こうした歌声と澄んだ音域が与えるリラックスしたムードはとても心地がいい。これにはレコーディングを繋ぎ合わせる編集をせずに、フルテイクを選んだことも大きな効果をもたらしている。

フォリックが今作で性的なテーマを追求するのは、自国のアメリカ社会がクィアに対して弾圧をし続けている影響もあるだろう。実際に、彼女はインタヴューで「このアルバムは、異性愛を基盤とする人間関係の構造や異性愛を基盤とする社会の中で、クィアであることについてです。でも、それはまた、一般的な欲望やエロティシズムについてでもあるのです」と語る。今作『Erotica Veronica』は複雑な欲望(とされているもの)を今の社会的現実と結びつけて、提唱している。サウンド面では、多くのアーティストとコラボレーションを重ねてきたフォリックだが、自身を内観する歌詞や表現が目立っていたと思う。そうしたことからも、私から私たちの問題へと意識を拡大した『Erotica Veronica』は、ミヤ・フォリックがシンガー・ソングライターとして、さらに地に足を付けた作品と言えよう。(吉澤奈々)

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