Review

The Bug: Absent Riddim

2022 / Pressure
Back

一つのリディムがつなげるアフロ・ディアスポラ

22 December 2022 | By Suimoku

70年代後半にジャマイカで生まれ、全世界で流行したダンスホール。その中心にあるのはなんといっても “リディム”と呼ばれるデジタルのリズム・トラックで、Sleng Teng、Punaany、Duck…といった次々生み出されるリディムにディージェイがヴォーカルを乗せヒットを量産した。90年代にシャバ・ランクスやブジュ・バントン、ビーニ・マンといったディージェイがスターになってから世界で愛されてきたが、そんな音楽に対して近年、特にイギリスのダンス・ミュージックから新たな光が当てられている。

そのきっかけとなったのが、ギャビン・ブレアとヨルダン・チャンによるジャマイカのダンスホール・クルー、Equiknoxxだ。彼らの音楽は、特徴的な鳥の声が盛り込まれるなど従来のダンスホールのイメージを覆すような実験的なもの。その00年代末から10年代半ばまでの楽曲をまとめた『Bird Sound Power』が16年にマンチェスターのDDSレーベルからリリースされると、主に英国のディープなダンス・ミュージックのリスナーによって熱狂的に迎えられた。

18年にはロンドンのDJ、Mr. MitchがEquiknoxxをはじめとした新しいダンスホールの流れをミックスした“テクノ・ダンスホール”というミックスを発表する。このミックスはマンチェスターのラテン/カリブ系クルー、Swing Tingや、アフリカの《Nyege Nyege Tapes》にも刺激を与え、さらにはDJ PythonやKelman Duranのテクノ/ニューエイジからのレゲトン解釈とも呼応して“テクノ・ダンスホール”は盛り上がっていった。21年にはそうした視点からダンスホールを集めた編集盤『Now Thing 2』が話題を呼んだが、今年に入ってからも《All Centre》《The Trilogy Tapes》《MAL》といったレーベルからの諸リリース、そして、Air Max 97のインダストリアル・ダンスホール的な『Coriolis』や《Wisdom Teeth》からのリディムをテーマにした名コンピレーション『To Illustrate』があったりと、レゲトン、デンボウ、アフロビーツなどと結びつきつつ刺激的なダンスホールの流れは続いているように思える。

前置きが長くなったが、そんな実験的なスタイルを90年代末から先駆けてやっていたのがケヴィン・マーティンによるThe Bugだった。The Bugは、80年代後半からGOD、テクノ・アニマルといったユニットで音楽活動を続けてきたKevinがダンスホールに魅了されてはじめたもの。そもそも、カリブ移民のサウンドシステム文化をルーツとするUKのベース・ミュージックとダンスホールの結びつきは強いのだが、当時のダンスホールはそのセクシズムやホモフォビアがつねに批判される音楽でもあった。そんななか、ケヴィンは自らが愛するインダストリアル・ロック~テクノ~ダブステップ~グライムといった音楽を混ぜ合わせて斬新なサウンドを作り出し、ダンスホールに新たな光をあてたといえる。

The Bugは90年代末から様々なゲストを迎えつつ作品を発表し、特に08年の『London Zoo』は傑作として評価された。その後、しばらくThe Bugとしての活動ペースは落ちたが、14年に新作『Angels & Devils』を発表。その後、18年に自らのレーベル、《Pressure》を始めてからは20年に『In Blue』、21年に『Fire』とアルバムを立て続けに発表し、その活動は再び活発化しつつある。これは、先述した“テクノ・ダンスホール”の盛り上がりに刺激されたところも大きいのではないかと想像される。

そんなThe Bugの最新作『Absent Riddim』は、ケヴィンとダンスホール、そしてリディムとの長い旅路を再確認させるような作品になった。なにしろ、この作品はアルバム全17曲が“一つのリディムのみ”から作られているのだ。実は、ダンスホールには一つのリディムのみで作られた “ワンウェイ・アルバム”というスタイルがあり、ケヴィン・マーティンがその愛好者だったことがこのアルバムの制作に繋がっているという。そして、ポップ・グループのマーク・スチュワートから、ケヴィンの盟友であるゴッドフレッシュのジャスティン・K・ブロードリックまでメタル、ポストパンク、インディ・ロック、(もちろん)レゲエ……といった多様なジャンルのアーティストがリディムをそれぞれに解釈しヴォーカルを乗せる。たとえば、ジャスティン・K・ブロードリックがホワイト・ノイズを付加して野太い低音で唸る「Shamed」と、インディ・バンド、HTRKのJonnineが幻想的なヴォーカルを乗せる「Puppy」では全く受ける印象は異なるのだが、この極端な対比が作品のユニークさを象徴している。

また、際立つのはムーア・マザーの「Fuck With Me」だろうか。黒人文化をテーマとしたコンセプチュアルな作品を制作することで知られるムーア・マザーはThe Bug前作の『Fire』に参加したり、ケヴィン・マーティンの別プロジェクト、Zonalでヴォーカルを担当したりする重要人物だが、「Fuck With Me」では当初はポエトリー・リーディングのようなスタイルで力強く言葉を乗せるも、中盤からその声はピッチダウンされた低音と軽やかな高音に分裂し、アフリカの輪唱やゴスペルを思わせるようなコール&レスポンスとして展開していく。その特異なヴォーカルがリディムに乗るとき、そこにはアフリカ―ジャマイカ―アメリカが繋がるようなアフロ・ディアスポラ的想像力が広がっていくのだ。このように、ただ一つのリディムをもとに多様な表現が生まれていく『Absent Riddim』は、The Bugとリディムの関係を再確認させるとともに、ダンスホール、そしてリディムの未来についても様々なことを想像させる内容になっているといえるだろう。(吸い雲)

More Reviews

1 2 3 62