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現行国内インディー/オルタナ ディスクガイド selected by 尾野泰幸【スーパーカーの遺伝子 番外編】

24 December 2025 | By Yasuyuki Ono

1998年。『スリーアウトチェンジ』リリース時にスーパーカーの石渡淳治は、田中宗一郎になぜ本作の楽曲は空に関する描写が多いのかと問われ、こう回答した。「青森になんもないからじゃないですか(笑)。空にみるかと、空にみられるか。(中略)僕にとって、空はどことでも繋がってるもの。(中略)希望と不安。なんでもあり得るもの。どうにでもなりえるもの。」

それから30年近くの時が経った。残響をたっぷりと効かせた、霧の中の幻想的な光のようなジュヴナイルなバンド・サウンドと体温の低い、感情を排した歌をもってスーパーカーが鳴らした未来への茫漠とした希望と不安は、いまの時代だからこそリアリティをふたたび取り戻しているようにも思える。そこに明確な処方箋などはついぞ用意されていないことと、今を生きるための手段として“希望のなさ”を繰り返し表現していることをもって。この“スーパーカーの遺伝子”と銘打った連載で(少なくとも)私が自分の頭のなかに収めていったバンド、ミュージシャンたちにも上述したような現在を生きることの不安と希望が、その反転としての強い実存感覚と若者特有の“青さ”を表現する意匠を伴って刻まれていると感じる。そして、それらの音楽はいまに立脚するための手段のひとつとしてノスタルジアを経由したとしても、それに回収され尽くすような後ろ向きな表現ではないとも思う。

そんないまを生きる若者たちの生の輝きをとらえた作品(と、象徴としてのスーパーカー『スリーアウトチェンジ』)をディスク・ガイドという形式をもって記録しておきたい。今回は第一弾。あれもない、これもない。そうじゃない、こうに違いない。いろいろな意見があってよいと思う。もしかすると、いまあなたの頭のなかに浮かんでいるその作品は、近日公開を予定しているもう一方のディスクガイドのなかにあるかもしれない。ひとりひとりにとっての(音楽的な)時代感覚をここに収められた作品から考えてもらえたら幸いだ。(尾野泰幸)

 


【スーパーカーの遺伝子】対談アーカイヴ

【vol. 0】kurayamisaka、なるぎれ、新世代インディー/オルタナから再考する対談連載

【vol. 1】「青の系譜」とYUMEGIWAの話

【vol. 2】そもそもの話、「下北系」を考えなおす

【vol. 3 最終回】パンデミック以降のジャパニーズ・インディー/オルタナの美学




スーパーカー

スリーアウトチェンジ

1998 / Sony Music Entertainment

1時間19分。CDメディアの録音可能時間ギリギリまで詰め込まれた長大な本作は突然の断絶をもって幕を閉じる。余韻などなく。存在条件として静寂をそのなかに閉じ込めたような轟音が繭のように体をつつむ「TRIP SKY」で中村は「描いた夢のまま静かに/浮かんでまた消えてくのさ」と、永続する夢幻について愁いを帯びた声で訥々と歌う。13分間の微睡の末、それまで耽溺していた残響が断ち切られた瞬間、聴き手は急に腕をつかまれ、繭の中から現実に引き戻される。強固なリアルの反転としての、過度にフィクショナルな世界。本作にはそのような明確な像を結ばない夢の断片が敷き詰められている。作品中から迸る“青さ”も、それが今すくなくとも私の手元にないからこそ、鮮彩に眼の前に立ち現れるのだと思う。スリーアウトチェンジ。それは、逃れようのない現実が始まる合図だった。(尾野)


simsiis

white hot

2022 / PAPER MADE SHELL RECORDS

第四波エモに薫陶をうけたThe Pains of Being Pure at Heartが12月の深夜、木製ベンチまでも寝静まった勾当台公園の小さな野外音楽堂で演奏している。淡く儚い音像と、心のひだに触れる旋律が、バンドが結成された仙台を舞台とする架空青春小説のありえもしない一場面を想像させる。kocorono(!)の新雪のように清廉な歌声も、人の心の移ろいを風景や自然とともに丁寧に描写するリリックの情感を高めていく。アルバム・タイトルは宮沢賢治「装景手記」から引用。北国のローカルネスが醸す静かな憂いが作品を満たす。(尾野)


羊文学

our hope

2022 / F.C.L.S.

彼らの特徴である繊細で陶酔的なメロディーと芯の通った太く力強いバンド・サウンドはそのままに、「OOPARTS」ではくるり、スーパーカーの影響下でシンセサイザーを印象的に配置。光の明暗と色彩の濃淡を綿密に制御しながら抜けの良い音像を構築した。The xxの陰影とyuckの喧騒を接いだインディー・ルーツの軽やかなアート感覚を保持しながら、ポップ・フィールドのど真ん中に凛とたたずむメジャー・バンドとしての気概を本作は提示する。彼らがいなければ20年代の国内インディー/オルタナは全く違うものになっていたはず。(尾野)


せだい

Delirium

2022 / tomoran

東京・大井町を拠点とするバンドによるファースト・アルバム。bloodthirsty butchersやeastern youthのような北国で醸成された国産ポスト・ハードコアと、近十数年のインディー・ロックをアンダーグラウンドで支えた第四波エモ&オルタナ系譜ノイズ・ポップが邂逅。街の底から鳴り響く、砂の匂いがこびりついた佐久間ゲンソウの歌声が、哀愁と葛藤が混ざり合ったメロディーを引き立てていく。ライヴではフロアが合唱する「tomoran」の「遠くで弾けた/四季の輝きが/過ぎ去った日々を待ち惚ける」というリリックも作品全体の空気感を伝える。ギタリストの清水正太郎が所属するkurayamisakaを擁する主宰レーベル《tomoran》の存在とともに、20年代オルタナティブ・ロックの蠢きを体現するような一作。(尾野)


yubiori

yubiori

2022 / RAFT RECORDS

ギターが叫び、ベースが歯を食いしばり、ドラムが泣いている。ASIAIN KUNG-FU GENERATIONが歌った足元の生活/社会への視点と、エモ・リバイバル経由の熱情と気骨が、分厚い壁のような密度と重量感をもち、朝露のように煌めくオルタナ/エモ・サウンドとして結晶した。田村の魂を投げ出すような歌声にも心を奪われる。「悲しみを集めて」で垣間みえる暴力的なサウンド構築も白眉。横浜を拠点に活動する彼らのファースト・アルバムは、その青さと切実さをもって20年代の国内エモ/オルタナを象徴するような作品となった。(尾野)


hardnuts

meltaway

2023 / hardnuts

青い。どこまでも。焦燥と葛藤と希望が混濁した若者たちの心的風景が、00年代国内ギターロックを反芻したオルタナ・サウンドをまとって描かれる。ナイーヴな質感をもった上條の歌声と、ときに聴こえる感情を吐露するような絶叫が、未来へのぼんやりとした不安を表現したリリックとともに、作品に青さを塗布していく。アートワークに描かれたジモト的風景と学生のアニメ・イラストも作品全体を貫く夏のイメージを増幅する。20年代の国内インディー・ロックを特徴づける“青/蒼”のイメージを象徴するような一作。(尾野)


ひとひら

つくる

2023 / Oaiko

20年代インディー/オルタナ重要レーベル《Oaiko》からリリースされたファースト・アルバム。肌から染み入り体の芯まで届く轟音と、流星のような輝きと儚さをもったクリーン・トーン・ギターの混交が生み出すカタルシスが作品を貫通する。山北せなの少年性を保持した無垢で刹那的な歌声とサウンドの浸透具合も見事。エモ〜ポストロック・ルーツを丁寧に継承しながら、日本語による歌モノギターロックとしての強度を担保するセンスが光る。そのようなジャパニーズ・オルタナとしての風格が、《Rate Your Music》における本作の高評価の背景にあるのかもと想像する。(尾野)


the bercedes menz

ザ・ベルセデス・メンツの幸福な子供たち

2023 / the bercedes menz

ノイズが鋭利な刃物のように光り、スウィートに溶け出し、ロマンチックにゆらめく。張り裂け、粉砕されたサウンドの風圧は、渦巻く轟音のなかに沈殿するポップネスの覆いを剥ぎ取り、その艷やかな輪郭を露わにさせる。狂騒的サウンドと混然一体となるワダカズナリの攻撃的だが人懐っこさも感じるヴォーカルもthe bercedes menz式ポップの条件のよう。鋳型に嵌め込まれ、抜け殻になった“シティポップ”によって焼け野原にされた20年代J-POPの開拓最前線はここ。(尾野)


田中喉笛

sample sale

2024 / 田中喉笛交響楽団

the bercedes menzの田中喉笛一名によるオーケストラ・プロジェクト作品。バンドと比べより洒脱で、軽快で、粘り気のあるサウンドのなかを、スウィート&センチメンタルなメロディーが埋め尽くしていく。内藤さち(kurayamisaka)をはじめとしたフィーチャリング・ヴォーカル一人一人の歌声も楽曲の世界観にフィット。20年代J-POPを食い破る不世出のメロディー・メイカー、田中喉笛の脳から漏れ出る、“ポップ”への夢と愛を伝える一枚。(尾野)


sidenerds

toumei na sekitan

2024 / sidenerds

暗い。どこまでも。しかしその暗さこそが、本作に人間の生の匂いを充満させているのだと思う。「キラキラ」と読む「☆。.:*・゜」で聴こえる深淵へ沈み込んでいくような低音と絶叫するエレクトリック・ギターから放たれる粘り気のあるメランコリアに、みにあまる雅のイノセントなヴォーカルが亀裂を入れる。陰と陽、裏と表、あなたとわたし、過去と未来。そのようなコントラストを執拗に提示しながら、本作はいま・ここを生きることのリアリティを描いていく。揺らぐ感情を表現するように動き回るバンド・アンサンブルが印象的なタイトル・トラック「透明な石炭」において、「透明な本音剥き出しの/わたし、全てみんなにみえてる?」と虚空に放たれる問いかけに沁みついた涙と血の跡をみつける。(尾野)

※公開時にヴォーカルを「ねぎしのはん」と記載しておりましたが、正しくは「みにあまる雅」の誤りでした。お詫びのうえ、訂正させていただきます。(25/12/25)


なるぎれ

Nerds Ruined Girls Legislation

2024 / なるぎれ

ささくれだったオルタナティヴ・ギターがサイダーの泡のように弾け、太陽のひかりをうけた水面のようにキラキラと乱反射する。仙台を拠点に活動する4人組バンドによるファースト・アルバムは、2010年前後にベスト・コーストやウェーヴスがローファイに宿した憂鬱と郷愁を、ナンバーガール系譜のジャパニーズ・オルタナ的晩夏夕暮少年少女感性と接合した。「never knows best」の危うさたっぷりのバンド・サウンドから迸る青さが眩しい。(尾野)


Umisaya

a seaside mixtape

2024 / Windlass Records

simsiisのメンバーとしても活動するフナワタリコウタロウを中心とした仙台拠点3人組バンドによるファースト・アルバム。ミッドウエスト・エモの影響を受けた叙情的なメロディーのなかを鮮彩なバンド・サウンドが疾走する。“海を奏でる”というバンド・コンセプトは、かつての離別といまの時間を交差させたリリックにかたちをかえ、いやおうにも聴く人にあの日の記憶を想起させていく。ポスト・ハードコア、エモという表現の土台をなすローカルネスが仙台という土地でも継承されていることを示す一枚。作品内にちりばめられた会話音声の挿入も、土地に生きる人たちの群像劇のようで美しい。(尾野)


汽水船

far;furthermore

2025 / 汽水船

仙台を拠点に活動する4ピース・バンドの1st E.P。Galileo Galilei「Imarginary Friends」の冒頭で高らかに鳴るシンセサイザーがその音が生まれた北海道の空気を否応なくパッケージしているように、アルバム・オープナー「雪」の始まりを告げる空間を満たす感傷的なギターが本作の世界観を象徴。北国のしんと冷えた大気と、厚い雲に覆われた曇天のもとで堆積するメランコリアを充填したサウンドは、冬暁の朝日をうけ融けだした霜のように輝いている。(尾野)


Kids Return

2025 / 2st Records

心の中で交錯しその時々でいびつにかたちを変える感情のうずきを、余白とあそびの効いたオルタナ・サウンドと、薄氷のようにクールでヴァルネラブルな質感のメロディーで表現。Arisaの柔和で、逞しい平熱感のある歌声はリスナーひとりひとりの感情の温度にあわせて、その表情を変えていく。ベースメントやアドベンチャーズ、タイトル・ファイトらソフト・グランジ勢が10数年前、海の向こうで掘り返したロックの逡巡と内省に宿るリアリズムはここに引き継がれていた。(尾野)


Laget’s Jam Stack

有限の中の永遠

2025 / 2st Records

魂の歌が聴こえる。熱く、優しく、激しく、悲しく。ミッドウエスト・エモ、ポスト・ハードコア・ルーツを感じる硬質で張り裂けるようなサウンドと、抒情と哀愁を醸すメロディーが、心を底からえぐり、痛みをそのまま表象する。あちこちにちりばめられた作品の彩度を高めるトゥインクルなギター・フレーズも流麗。“エモ”とは耳に届く音と詞のデザイン以上に、バンドとリスナーのあいだで生まれる自らの実存を賭けた芸術であったと、本作を聴くと改めて気づかされる。(尾野)


Text By Yasuyuki Ono




「スーパーカーの遺伝子」を考えるためのプレイリスト


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