kurayamisaka、なるぎれ、新世代インディー/オルタナから“スーパーカー”を再考する対談連載スタート【スーパーカーの遺伝子 vol. 0】
これは、日本の新世代インディー/オルタナ・バンドの中に受け継がれた「スーパーカーの遺伝子」について、《TURN》編集部の尾野と髙橋による対談を通じて考えていく連載です。
スーパーカー『スリーアウトチェンジ』と同い年の1997年生、シューゲイザーが好きな髙橋が、なにげない雑談の流れでエモ好きの尾野さんが提起してくれた「2020年代以降の日本のインディー・バンドに共通するムードとしてスーパーカー『Lucky』の影響があるのでは」というアイデアに強く共鳴したのが、本対談のきっかけの一つと言っていいかもしれません(尾野さんにとってのきっかけは、対話の中で話してくれています)。
スーパーカー、特に彼らのファーストアルバム『スリーアウトチェンジ』における、ナカコーのビッグマフ系ファズ・ペダルのこんもりとしたギターの音色と、ジュンジの歌詞に宿る「せつない/刹那い」とでも形容したくなるエモーション(RADWIMPSに「セツナレンサ」という曲がありますね)の蠱惑的な魅力については言わずもがなですが、その影響力や現在のシーンとの接続については、十分に語られ/語り直されていないように思います。2010年代以降、ストリーミングサービスの普及も手伝って分散が進んだシーンも、スーパーカーというハブを通すことで新たな側面が見えてくるかもしれません。ノスタルジー消費や近過去追認とはまた別のアングルを、この連載で見つけていけたらと思います。(髙橋翔哉)
対談/尾野泰幸 × 髙橋翔哉
Talk Session with Yasuyuki Ono and Shoya Takahashi (TURN editorial team)
尾野泰幸(以下、尾):今回、この企画に始めることになったきっかけがありまして。仙台の“なるぎれ”というインディー・バンドを知って、そこから仙台のインディー・バンドやなるぎれのアルバム・コンセプトにも影響を与えているkurayamisakaや、その周辺のインディー/オルタナ・バンドを聴くようになったんですね。そうするとその多くがいわゆるシューゲイザーのようなサウンドと、フィメイル・ボーカルを印象的に用いていて、そこからいま若いインディー・バンドにとってスーパーカーの存在がじつはすごく大きいんじゃないか?と思ったのがきっかけなんです。
たとえば、kurayamisakaが最初にリリースしてXで一気に広がった「farewell」なんてまさしくスーパーカーの「Lucky」や「cream soda」のようですし、これが若いリスナーにも受け入れられてkurayamisakaのプロップスが高まっているのが、象徴的な出来事のような気がしていて。
髙橋翔哉(以下、髙):僕も尾野さんに言われて、現在の日本のインディー/オルタナ・バンドにスーパーカーの要素を感じることが少なくないと思いました。で、それはたとえばフルカワミキやスーパーカーの歌詞が内包しているフェミニンな感覚だと思うんですよね。
尾:なるほど。マスキュリン、男性上位主義な感覚から離れているというのは大切な視点かもしれないですね。少し視点をずらしますが、それはASIAN KUNG-FU GENERATIONが歌った、従来の社会システムから取り残されてしまったひとたちへのエンパワメントとも接続できる気がしていて。その意味でkurayamisakaとメンバーが重複する“せだい”というバンドだったり、hardnutsやそのほかのバンドがアジカンをルーツの一つとして挙げていることも納得がいくかなと思っています。
髙橋さんは、そのフェミニンな感覚を持っているバンドとして具体的にどんなバンドが浮かんでいますか?
髙:そうですね、たとえば実際にフロントパーソンが女性であり、その富樫さんのボーカルによる表現が音楽の重要なところを担ってもいるdowntや、アートワークでもFor Tracy Hydeのように女性のモデルをフィーチャーしたものから、kurayamisakaみたいにイラストで少女を描いたものまでありますよね。Subway Daydreamみたいにポップでキュートな印象を打ち出したものもある。
尾:うんうん。
髙:僕は2000年代のオルタナ・ロックや、いわゆる下北系ギターロックの多くが内包していた、男らしさとか少年性の押し売りみたいな感じにちょっと辟易していたんですね。いっぽうでナンバーガールが生み出したコードを2010年代に再頒布した、少女信仰の強いJロックも苦手ですが……。でも少なくともいま名前を挙げたようなバンドはそのどちらでもないですし、そのほか2010年代後半以降に登場した日本のインディーバンドの傾向には新鮮さを感じたんです。
尾:なるほど。いち早く注目を集めた羊文学は、象徴的な存在かもしれませんね。羊文学が『トンネルを抜けたら』(2017年)を《felicity》から出す前後に、《下北沢 BASEMENTBAR》や《下北沢THREE》のイベントで見かけることがありました。ただ当時は個人的に、東京インディーの残り香を追い求めていたり、台風クラブやラッキーオールドサンなど《NEWFOLK》周辺が盛り上がりつつあったこともあり、シーンにおける羊文学の立ち位置があまりしっくりきていなかったんですね。
でも髙橋さんの話を聞いて、羊文学ってじつは重要だし、エポックメイキングな存在だったのかもしれないと思いました。そして、羊文学の塩塚さんもそうだし、kurayamisakaもFor Tracy Hydeも、そしてsidenerdsやsimsiisといったフィメイル・ボーカルもそうですが、ハイトーンなボーカルにシューゲイザー・ライクな轟音ギターを乗っけて、全体を儚げかつエモーショナルに構成するという感覚は共通している。
そこからは髙橋さんが言うように少年性はあまり感じられない。話を完全に脱線させると新海誠的な情景というか。
髙:なるほど(笑)。それで、羊文学が登場した2010年代半ばって、シューゲイザーというジャンル自体はかなりインディペンデントなシーンで先鋭化していた印象があります。羊文学はきのこ帝国とFor Tracy Hydeのあとに出てきた世代というイメージがありますね。中学生で組んだので、結成年はFor Tracy Hydeより前ですけど。
それで、羊文学がこの3組の中だと一番の商業的成功を収めている。こうして振り返ると、シューゲイザー系のサウンドの流行自体は突然のものではなくて、世代が連綿と受け継がれてきたように感じますね。
尾:たしかにジャパニーズ・シューゲイザーの史的展開を見ると、たとえば先ほど挙げた《felicity》からもリリースしているdownyや、sleepy ab.、Coalter Of The Deepersといったバンドたちの存在も無視してはいけないですね。
髙:あー。
尾:他方、シューゲイザーという固有のジャンルに内閉せず、バンドのリファレンスに広がりが見えることも、ここで“スーパーカーの遺伝子”と称して取り上げたいバンドの特徴だと思います。たとえば’90sエモリバイバルの流れだったり、’00年代国内ギターロックだったり、ボーカロイド音楽だったり……。
髙:そう、エモとかあとはポストロックですよね。そもそもスーパーカー自体が、ナカコー自ら否定しているようにシューゲイザーを自認していないわけですし。彼はスーパーカーの音楽の原点としてヴェルヴェッツや裸のラリーズを挙げていますね。「cream soda」もノイジーなパワーポップとして聴けますし、セカンド『JUMP UP』もトリップホップやブレイクビーツからの影響を抜きには語りきれない。
そういえば今日『スリーアウトチェンジ』を聴き直していましたが、最後の長尺な「TRIP SKY」があまりにエモ〜ポストロック文脈で語るべきサウンドだったので驚きました。韓国のParannoulは、「TRIP SKY」をアルバム一枚分の尺で再現しているような存在だと思います。広く認知されるきっかけになった『To See the Next Part of the Dream』(2021年)なんて、「TRIP SKY」が13分で終わらなかった世界線の音楽ですからね。スーパーカーにポストロック的な感覚を見いだすとすれば、それが潜在的に日本やアジアのバンドシーンに与えた影響も大きいのかもしれない。
尾:スーパーカーのエモ、ポストロック的な側面を掬い上げることも重要ですね。the cabsやtoe、People In The Boxといった《残響レコード》周辺のポストロック・バンドにもじつはスーパーカーの匂いがあって、そこからkurayamisakaや電球、雪国といったバンドに繋がる回路もあると思うんです。
エモの話でいうと、くだらない1日やANORAK!、もしくはせだいやaoni、仙台のUmisayaといったバンドのインタヴューを読むとAlgernon Cadwalladerやイントゥ・イット・オーヴァー・イット(Into It. Over It.)といった2010年代半ば〜後半のミッドウェスト・エモ・リバイバルやその源流たるアメリカン・フットボールやミネラルなどについてよく語られている印象もあります。さらにいえば、スーパーカーだけでなくナンバーガールの存在も無視できないんだろうなと思いますが。
髙:なるほど、ミッドウェスト・エモ・リバイバルの流れも重要なんですね。自分はエモとは少し距離のあるリスナーなのですが、尾野さんは《残響レコード》周辺や2010年代半ば以降のエモ・バンドの音楽における、“スーパーカーの遺伝子”と呼べる要素ってどんな部分にあると考えていますか?
尾:まだ言語化は難しいですが、もちろん大きな意味合いでは、ギター・オリエンテッドなロック・バンド・スタイルであるところだとは思います。ただ《残響レコード》周辺のバンドもエモ・リバイバルも、変則アルペジオや、音で壁を作るようなギター・エフェクトがサウンドの肝になっているという共通点がある。
あるいはどれもメランコリックで冷感のある音作りがなされている点も重要だと思います。半分冗談ですが、冷感という表現をしましたけど、実際にバンド名も“雪国”とか“越冬”とかkurayamisakaとか、なんか寒そうですし(笑)。
<了>
今回はイントロダクションとして、対談の前提を温めるための会話をしました。
次回Vol. 1ではより「スーパーカー」にフォーカスを当てた話をしたので、ぜひお楽しみに!
「スーパーカーの遺伝子」を考えるためのプレイリスト
Text By Shoya TakahashiYasuyuki Ono
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