ムーンライダーズ50周年企画 メンバー全員インタヴュー
澤部渡
「音楽に年齢って本当に関係なかった」
僕が初めてムーンライダーズのライヴを観たのは、今年1月25日のこと(《LINE CUBE SHIBUYA》)。そのときの感動は『ミュージック・マガジン』2026年3月号に書いているのだが、紙幅の関係上、書ききれなかったこともある。その一つが、現在サポート・メンバーとしてバンドに参加する澤部渡(スカート)と佐藤優介(想像力の血)の果たしている役割についてだった。
2人は文字通りステージ上でバンドを支えているだけではない。近年のライヴではセットリストの作成を託され、2022年の『It’s the moooonriders』、同年の即興作品『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』では制作にも関わり、50周年を飾る最新作『e.d morrison』では、ついにそれぞれが楽曲を提供。もはやサポートという言葉では捉えきれないほど、両者は現在のムーンライダーズの内部へと入り込んでいる。
同時に、オリジナル・メンバーとは大きく世代の異なる彼らの存在は、僕のような(ムーンライダーズのキャリアを考えれば)比較的若いリスナーにとって、半世紀に及ぶ巨大な歴史を持つ偉大なバンドとの距離を縮めてくれるものでもあった。スカートや想像力の血の、あるいはそれぞれがこれまで関わってきた音楽を、同時代のものとして聴いてきた世代からすれば、2人を介してムーンライダーズの現在に触れ、その長い過去を遡っていくこともできるのだ。
では、10代の頃からムーンライダーズを追い続けてきた2人は、憧れのバンドの内側に入り、何を見ているのか。そして、自ら曲を書くところまで関わるようになった今、50年を経てもなお変化を続けるムーンライダーズをどう捉えているのか。ムーンライダーズ・メンバー全員インタヴュー、澤部渡(スカート)編です。
(インタヴュー・文/高久大輝 協力/岡村詩野)
Interview with Wataru Sawabe
ファンゆえのプレッシャー
──少し遡ったところから、お話を伺えたらなと。もともとムーンライダーズのファンで、その後メンバーの方々と交流が始まり、実際は2021年6月の「THE SUPER MOON」というライヴが、一つのきっかけになっているかと思うんですが、どのような経緯でサポートメンバーという立ち位置になっていきましたか。
澤部渡(以下、S):僕もよくわからないんです(笑)。(鈴木)博文さんとは2013年くらいにライヴでご一緒したりとかしたこともあって、でももっと昔に、豊田道倫さんのスタッフみたいなことをやっていた時期があって、実はそのとき一度お会いしたりもしてます。あとは慶一さんとは、デビューして間もない頃に、下北沢の《440》ですれ違った時に「あ、スカートだ」って言われて。どうして知ってくれていたのかわからず、本当に驚いた記憶があります。それが2012年とかかな。で、慶一さんはその後、蜷川幸雄さんの『ボクの四谷怪談』(2012年)というロック・ミュージカルのCD版を作る際に呼んでくださったりもして。その裏では、(佐藤)優介が、ライヴのサポートをしたことも確か1、2回あったりしたはず。いろんなことが同時進行だったんじゃないかな。
──なるほど。
S:で、そんなときに、かしぶち哲郎さんが亡くなって。お別れ会で、若手代表として演奏するようなことが一度あったんです。それから、優介は岡田徹さんと一緒にレコードを作ったりして、そこに僕も参加させてもらったり、いろんなことが重なって。それで、2019年の年末に、かしぶち哲郎さんの七回忌のライヴがあったんですね。そのときに優介と一緒に岡田徹さんのライヴをサポートしたんです。優介はくじら(武川雅寛)さんとも一緒にやっていたりしたんですけど。で、その帰り道に、《CLUB QUATTRO》でライヴがあるから、スカートとして出てほしいっていうオファーがあったんです。そのライヴは結局コロナで中止になっちゃうんですけど。それで、2021年6月に人数の多いムーンライダーズをやるときに声がかかったっていう流れだったような。
──何歳くらいからファンとして聴いていたんですか。
S:ファンになったのは18歳のときですかね。大学一年生かな。優介と一緒にライヴ見に行ったこともあれば、会場行ったらお互いいる、みたいなこともありましたね。
──ファンだったバンドのサポート・メンバーとしてステージに立つのはどういった感覚ですか。
S:もちろんプレッシャーはありますよ、そりゃあ、ムーンライダーズですからね。初めはとにかく緊張していて、今でもしてます。自分は平然とやってるつもりなんだけれど、自律神経が狂ったりとかしてましたね。野音のときなんて本当に信じられないぐらい調子悪かったんですけど、野音終わったらメキメキ良くなったりして(笑)。楽しんではいるんです、本当に。でもそれ以上に恐れ多い部分もあるので、自分の意識してないところでそういうことが起こってるような気はしますね。
──近くで接してみて、見つけたムーンライダーズの新たな一面などはありましたか。
S:なんだろう。ライヴのときも、後ろから見てるだけでファンとして全然変わんないなと思ったりしますね。「うわ、すげえフレーズ来た」とか。くじらさんとか良明さんがガーッといったら気持ちが高揚するとか、客席で観ていたもの、感じていたことだったりするので意外と基本的には変わってないのかもしれないです。でも、「ムーンライダーズって、こうやってムーンライダーズになるんだ」みたいな瞬間は、ライヴやレコーディングを通して、何度もそういう瞬間を見ました。なぜかわからないけど、「ムーンライダーズ的になったぞ、今のこの瞬間に」みたいなことが多いんですよね。だから、ファンとしてより濃い日々を送っているという感じです。
若手が紡ぐセットリスト、ファンの多様さ
──ライヴに関して言うと、近年のセットリストは若手のお二人が作っています。どんな感覚で作っていますか。
S:やっぱり全部の気持ちがわかっちゃうんじゃないですか。ファンでもあれば、演奏する側の気持ちもわかる。それをどっちも持ってるからこそ、「今このメンバーでこの曲やったら絶対かっこいいんじゃないか」とか、そういうことを考えたりしながら、優介とあーだこーだ言いながら決めていくんです。
──相談して決めるんですね。
S:そうです。例えば、今年の初めの《LINE CUBE》のライヴでは、慶一さんから「オールタイムベストいきたい」って言われて。その言葉をもとに、お互い思うベストなセットリストを持ち寄って、そこからディスカッションしたりとかしてましたね。
──久々にライヴで披露する曲もあったりするじゃないですか。そういった曲は、決める段階で躊躇する部分もあるのかなと。
S:「一回これで出してみよう」ってことが多いかな。もし何か言われちゃったら、じゃあそのとき考えようと思って。でも「いや、この曲はちょっと」なんて言われることは意外になく。これまでなかったんじゃないかな。
──さすが、懐が深い。ライヴでは特に、少し後ろ側にいらっしゃることもあって、バンド全体を見て支えてらっしゃるのかなと思うんですが。
S:いやいや、結果的にそうなっていることはありますけど、それは例えば、「誰かがリハでやってたあのコーラスやってないな」みたいなのが見えて、そしたら僕が代わりにやればいいな、みたいな。そういうことはやったりしてますよ。でも別にそれを皆さんから求めてもいない気がするんです。皆さん僕がそういうことやってるってことも知らないんじゃないかな(笑)。
──澤部さんが自主的に。
S:そうです。だから怒られるかもしれない、こんなこと言ったら。あんまり気にしてないって言うとあれかもしれないですけど、そもそもが臨機応変にやってるっていう感覚なのかもしれない。僕はオタクなんで、「ここはコーラス欲しいよね」とか、「あのフレーズ欲しいよな」ってときに、一応皆さんの出方を見て、やらなそうだったら代わりにやっているだけで。細かいところまで全部決めちゃうとムーンライダーズらしくないんですよね。
──そのムーンライダーズらしさって、澤部さんがサポートで入ってからも変わらないものがありますか?
S:ありますね。僕が入ろうが優介が入ろうが、変わらないものがあるなって演奏してても思うし、録音したものを聴いていても思います。やっぱり僕とか優介が入ったぐらいじゃ、バンドの根幹みたいなものは揺るがないんじゃないですかね。それがムーンライダーズの面白さであり、恐ろしさですよね。
後方から鈴木慶一、武川雅寛らを窺って演奏する澤部
──自分はお二人が入る前のムーンライダーズをライヴで観たことがないのですが、長く観続けているファンの方に変わったと言われる部分はあったりしますか?
S:選曲についてはよく言われますね。特に《LINE CUBE SHIBUYA》(今年1月25日)が終わった後は本当にいろんな人から、「まさかやるとは思わなかった。すごいね」と言われて。そういう曲は優介が選んでいることが多いんですよね。僕はさすがにベスト・オブ・ベストというお題を出された時に「Pissin’ Till I Die」を選ぶ度胸はないです(笑)。でもたしかにそういう曲が入るのがライダーズ的だよな、と。「ライダーズのライヴ行くんだから、こういう面が見たいよね」っていうのがお互いそれぞれ違う部分もあって。そういうところをうまく全面見せられるように組むみたいなことは2人でバランスを取ろうと努力していますね。
新作『e.d morrison』、初めての本格レコーディング
──『e.d morrison』のお話もできたと思います。制作はいかがでしたか。
S:インプロのアルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』はちゃんと参加してましたけど、僕がムーンライダーズのレコーディングに曲を準備してちゃんと参加するのって今回が初めてだったんです。『It’s the moooonriders』では優介は結構弾いてたと思うんですけど、僕はそこまでではなくて。だからどういうふうに進むのかっていうのをよくわかってなかったんで、新米でしたね、僕は。「これがこういうふうに歪んでこういう形になるんだ」みたいなね。そういうのがかなり見えました。
──レコーディングのときのことで、特に印象に残ってる瞬間はあったりしますか。
S:本当にいろんな瞬間ありますけど、特にくじらさんがすごかったなあ。本当にやればやるほどいろんな引き出しが開くんですよ。で、マンドリンを録るとき、くじらさんが弾いているのを聴いているとちょっと音がズレている感じがして、「チューニングした方がいいんじゃないですか?」っておこがましくも言っちゃったんです。「あ、本当?」と言ってチューナーでチューニングしてもらったら、音が抜けてこないんですよ。「なるほど、そういうことだったのか」と。「ごめんなさい、本当にすみませんでした。くじらさんが耳でチューニングしたやつでもう一回録っていいですか?」ってやってみると、マンドリンの音が急に生きてきて。びっくりしましたね。
──すごい。
S:同じマンドリンでもう一個あって。要はレコーディングって、ダブルにするみたいなことをよくやるんです。奥行き出すために同じフレーズを重ねるんですけど。エンジニアの原口(宏)さんが「これダブルにしますか?」と提案して、「はーい」ってくじらさんが弾くんですけど、マンドリンってタララララララみたいなトリルみたいな演奏が多いから、ダブルにしたらステレオ感が出て良い演奏になるだろうなと思ったら、くじらさんは1本目に弾いたのと全く同じことを演奏するんですよ。あのタララララララのタイミングが全く一緒で、全然効果が出なかった。こんなことレコーディングで経験したことないですよ。びっくりしましたね。「あ、天才なんだこの人」って改めて思って。あんなにレコーディングスタジオでギャーってなったことはないですよ。だって、マンドリンって2本の弦で1組になっていて、しかも16分とかの世界じゃないんですよ。再現性なんて本来ない世界なんだけど、くじらさんはそれをなんかすごい涼しい顔でやって。あれは本当にびっくりした。
──再現性が高すぎるから成立しなかったと。
S:あと1曲目の岡田さんの曲「トンネルの向こうのNothing」の、サビに一瞬スライドギターを慶一さんが入れていて。あれを入れた瞬間にムーンライダーズになったのをすごく感じたんですよね。鮮烈でしたよ。本当にテンション上がりましたね。
とにかく全員その瞬発力の衰えなさがすごいですよね。博文さんも、岡田さんの曲の最後のブレイクのところで、おいしいベース・フレーズを弾いてるんですけど、あれもふと急に弾いたものなんですよね。その場の瞬発力で、それがムーンライダーズの名のもとに転がっていって、雪だるま式になっていく、レコーディングはそれを間近で見る体験でしたね。
──そういった瞬発力の面では澤部さんも鍛えられている?
S:鍛えられるといいんですけどね。僕は全然プレイヤーじゃないから、ああいう瞬発力はほぼないんですよ。レコーディングの場で何か起きるタイプのミュージシャンじゃないというか。ある程度固まったものをみんなで録音して、何かエクスプロージョンが起きたらいいなというタイプでしたけど。「じゃあこれでいこう」のプラスアルファで、さらに何かこう道が開けるみたいな感じがライダーズにはあるんですよね。
「Backstage Fright Rumba」誕生の裏側
──今回は、お二人も曲を提供している作品になっています。皆さんで候補となるデモを出して、オリジナル・メンバー5人の曲は候補から優介さんと澤部さんで決めていて、若手2人の曲はベテラン5人が決めたんですよね。そもそも皆さんどのくらい候補を出したんですか。
S:人によって違っていて。良明さんはちょうどミュージカルで忙しかったから1曲だけで。僕と優介は3曲ずつぐらいかな。夏秋さんもそれくらいだったと思います。慶一さんは結局10曲くらい送ってくれたんじゃないかな。だから本当に悩みました。しかも、1人1曲っていうルールがあったんで、泣く泣く収録を見送った曲が何曲もありますね。
──澤部さんの曲は最終的に「Backstage Fright Rumba」として収録されていますが、どういった曲を用意していったんですか。
S:慶一さんから、「ライダーズの王道みたいなものを書いてほしい」っていうオファーをもらったんですよね。「我々は好きなようにやるから、ライダーズっぽいって思えるようなものを作ってきてほしい」と。その上で3曲、持っていっていて。「Backstage Fright Rumba」は、ちょっとイタリアン・ツイストをやるような気持ちで書いた曲で、あと80〜90年代の博文さんの曲のようなフォーキーな歌ものがあって、もう一個は、岡田さんみたいなコード使いと、かしぶちさんみたいな竹を割ったコード進行を合わせたような曲でした。最後の岡田さんとかしぶちさんを想定して作った曲は、またそこから手を加えて最近スカートのライヴで新曲としてやってます(笑)。
──それはぜひ聞きたいです。「Backstage Fright Rumba」はイタリアン・ツイスト的な曲だったんですね。
S:もともとはそういう感じの曲でしたね。僕はあまりアレンジはそんなに得意じゃないんで、こんだけのメンバーがいるんだから、提出するデモは弾き語りにしちゃって、みんなでスタジオで揉みました。最初はちゃんとイタリアン・ツイストっぽくやってたんですけど、「なんか違うよね」って話になり。そこからまたバンドで揉んで、もう一回録ってみて、さらにもう一回ダメ押しで録って今の形になりました。なかなかそこに辿り着けなかったので、この曲が一番難産だったかもしれないですね。くじらさんの曲とか、くじらさんの弾き語りがあって、「じゃあそれをみんなでやってみよう」って言ってやったらもうできてしまうくらいで。あれもすごかったですよ。「うわぁ、めちゃくちゃムーンライダーズだ」みたいなね。
──今回のアルバムでは澤部さんの歌も大きな役割を担っていますが、スカートのときとはまた違ったヴォーカルが聴けますね。
S:やっぱり普段の自分の歌い方だとどうしても浮いちゃうときがあるんですよね。要は、音域の問題なんですけど。僕は高ければ高いほど嬉しいんですけど、ライダーズでやってるとそうもいかないんで、今まであまり出したことがない低いところで歌うんで、発声が変わってきたりしているんだと思います。だから自分も歌っていて、「あ、この帯域だとこういう歌い方するんだ」という発見は結構あります。ちょっとくぐもらせるとか、いろいろ試してみながら。
──e.d morrison作曲名義のもので、「体毛のない孤独」は7人でセッションして作ったんですよね。
S:いや、もうすごかったです。僕は手も足も出ない。「あ、じゃあこのコードで終わったらこう行くのかなあ」とか思って、まあ一回鳴らすんですけど、もう一回鳴らす頃には、良明さんが「こういうのはどう?」みたいな。別の進行を思いついてる。「すげえ、しかも全然予想もしなかったとこ行ったぞ」って感じで。それに博文さんが「じゃあこう降りてくのはどうだ」と反応して、どんどん膨らんでいく。間近で見て、ぞっとしましたね(笑)。
──前のインプロ・アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』の制作とはまた違った感覚ですか。
S:あれは居合というか、お互いがどう出るかを、極限までみんなが見て反応するようなレコーディングだったんじゃないかなって気がしていて。あそこでお互いの身体能力を確認したような感じがあったのかもしれないです。とはいえ、今回のセッションは全然違うもので。シンプルに歌ものをどうやって作るんだっていう。しかもそのとき博文さんが書いた歌詞がもうすでにあったんで、それを見ながらみんなで曲を作っていったんです。みんな歌詞をそれぞれのところに置いて、思いついたら歌ってみるみたいな。すごかったですよ、あれも。たぶんオリジナル・メンバーの皆さんは、今回のレコーディングがきつかったと言っていると思いますけど(笑)、皆さんの演奏が妥協をさせてくれないんですよ。
──言葉で伝えるわけでもなく。
S:そう。あとライダーズの力みたいなものもそうさせるのかもしれないです。半端なものは出せないというか。ムーンライダーズやってる間は、半端なものにはどうやったってならないんですけどね、でも、ちょっとしたニュアンスのような部分まで追い込ませてくれた感じですね。すごく深い懐の中で。
──今回は澤部さんと優介さんがレコーディングの際にディレクターズ・チェアに座ったという話も伺いました。
S:誰も座らないから仕方がなくですよ(笑)。誰かが座らないとレコーディングが円滑に進まないから。でも、それを受け入れてくれるのもすごいことですよね。誰も座らないとはいえ、実際座ったら違うようなことがあるかもしれないし、「フーちゃんちょっとディレクションしてよ」とか言えば、そこに博文さんが座るわけじゃないですか。でも、僕らが座って「いいですね、今のテイク」とか自然とやっていくのも非常にムーンライダーズ的だったんじゃないかな。
──お話を聞いていると、ぜひスタジオにカメラを潜入させたいなという気持ちになってきます。
S:実は、入ってるらしいんですよね。すべてではないんですけど、カメラが入っていて。CSで、8月末から3ヶ月間『ムーンライダーズスペシャル』というのをやるんですけど、その最後、10月に、短いんですが、47分ぐらいのレコーディング・ドキュメンタリーとして放送されるみたいです。
アルバム・タイトル『e.d morrison』が決まるまで
──歴史的に価値のあるものになりそうです。今作のタイトルが『e.d morrison』というのもかなり象徴的ですよね。澤部さんのアイディアだったとうかがいました。
S:はい、採用されてしまいました。慶一さんが「とりあえず一人最低一案は出そう」って言ったんですけど、僕がね、比較的序盤で「『e.d morrison』なんて、どうでしょう?」って言ったら、それで固まっちゃって。だから案を出してない人も優介とか何人かいるんですけど、今回のアルバムは、僕と優介が入ったということもあったし、作っているうちに、「すごく良いアルバムだな」って手応えが我々の中でもあって。これは、もう一回ムーンライダーズって言えるようなアルバムだよなと。とはいえ、ムーンライダーズって真正面で言うと、ファーストと『It’s the moooonriders』と性質が似ちゃうから、どうしようかなって思ったとき、ムーンライダーズには、よく慣れ親しんだものがあるじゃないかと。MOON RIDERSのアナグラムで、ROOM DINERSとしてやったって話も聞いてますけど、僕らからすると、やっぱりE.D MORRISONとして、『DON’T TRUST OVER THIRTY』にクレジットされてるのはかなり象徴的だったんですよね。だからそういう意味で、新しいムーンライダーズとは言わないんだけれども、だからこそ、昔なじみの言葉でもうちょっとムーンライダーズってものを組み替えてみるのは面白いんじゃないか、非常にムーンライダーズ的なんじゃないかなと思って提案したら通ったんです。
──かしぶちさん、岡田さんの曲もあり、そこに澤部さんと優介さんの曲もある。その意味でも象徴的な作品ですね。
S:本当にそう思います。『Ciao!』ときて、『It’s the moooonriders』ときて、インプロのアルバムがあって、このアルバム、というのがファンとしても納得がいくと言うと本当におこがましいですし、こういう言い方をするのはちょっと居心地が悪いんですけど(笑)、そういうアルバムにはなったなって。この前も優介とセットリストの相談をしているとき、「やっぱり良いアルバムだよね」って話をしました。ちゃんと変なアルバムなんですよね。ちゃんと変だし、ちゃんと良い。それってムーンライダーズだよなって。
変わり続けても、ムーンライダーズであり続ける
──たしかに、ムーンライダーズって、変わり続けていて、不変なところもある、不思議なバンドですよね。
S:そうですね、本当に特殊なバンドじゃないですか。一つの場所に留まらないし、みんなソングライティングができて、みんなヴォーカリストで。すごいバンドですよ。
──しかも澤部さんや優介さんのような世代の大きく離れたミュージシャンを招き入れている。そんなバンド、他にパッと思いつかないです。
S:慶一さんと僕は干支が3回り違うんです。孫でもありえなくない歳の差ですからね。本当にありがたいです、10代の頃から好きだったバンドと一緒にステージに上がれるなんて。だから、音楽の神様はちゃんと見てくれてるんだなってよく思いますよ(笑)。だって本来だったら、それこそ山本精一さんが入ってたって、カーネーションの直枝(政広)さんが入ったって、トクマルシューゴさんが入ったっておかしくないわけじゃないですか。僕の代わりにミュージシャン的な意味で収まるべき人って、ファミリーツリー的にももっといっぱいいたはずなんだけれども、何かの巡り合わせだったりで、こういう形になるっていうのが、すごく嬉しいですよね。
──澤部さんや優介さんはいわゆるサポート・ミュージシャンのような仕事をしているわけではなく、ミュージシャンとしてご自身のプロジェクトもやりながらこうしてムーンライダーズに参加しているというのもすごいことです。
S:でもそれがムーンライダーズ的だなとも思うんです。
──澤部さんの目線で、現在のムーンライダーズの魅力はどんなところにあると感じていますか。
S:やっぱり変で、カッコいいものを作って、演奏するところじゃないですかね。昔優介が言ってたんですけど、70歳も過ぎてるんだから、リハでも楽な方に楽な方に行けばいいのに、あえて自分たちの首を絞めるようなアレンジを自分たちで提案したりするんですよ。なんか、そういうところだろうなって思ったりもしますね。
──ライヴのMCでは老いを自虐してみせたりもしますけど、演奏は本当に若々しいというか、エネルギーに満ちていますよね。
S:そう。やっぱり音を出しちゃえば、本当に年齢って関係ないんだなっていうのがわかりましたね。音楽に年齢って本当に関係なかったんだなって。
──多くのミュージシャンの希望でもありますね。
S:これがもしフュージョン・バンドとかだったら違うと思いますよ。きっとどこかで辻褄が合わなくなるはず。でもムーンライダーズは、何かに偏ることをしなかった。だからこそ何かはみ出るような瞬間があっても、そこにむしろ説得力が出るようなところもあると思うんです。どう表現するのがいいかわからないんですけど、とにかくそういった凄みが僕が客席から見ていた頃からあったんですよ。その頃は皆さんまだ60代に入ってないぐらいの頃で。その凄みの純度が日に日に増しているというか、そんな気がします。
──『e.d morrison』はムーンライダーズの50周年を祝う作品でもあります。せっかくの機会に、ムーンライダーズの皆さんに、もしメッセージなどあったら最後にぜひお願いします。
S:いや、でもそうやってあらたまって言うことないですよ(笑)。そういうことないからムーンライダーズってすごいですよね。でも、「言えばよかった」と思うことはあって。それは、ライヴ終わった後に「博文さん、あそこマジでヤバかったです」とか、そういうことで。言えるときもあるんですけど、言えないときもあって、帰りの車の中で「言えばよかったな」と思うことがたまにありますね(笑)。
逆に言ってないことは、「本当に長生きしてください」ってことかもしれない。「長生きして、ずっとムーンライダーズやれたら最高ですよね」ってこれまであまり直接的には言えてないかもしれないです。僕や優介が入ってることによって、変な言い方ですけど、オリジナル・ムーンライダーズの皆さんが、「よし、まだまだやるぞ」って思ってくれたら最高かもしれませんね。
<了>
Text By Daiki Takaku
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