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FKJ『Tyber』
1年半の旅を経てなお変わらないもの

21 October 2026 | By Shoya Takahashi

質問を作り、翻訳された回答を読んでいて意外だったのは、「変わっていない」ことについての話だった。FKJは自分が10年前、20年前に作った曲を聴き返しても、アイデアや演奏はいまとそれほど変わっていないという。

FKJことVincent Fentonは、フランス出身のマルチ奏者/シンガー/プロデューサー。映画の音響を学んだのち、2010年代前半に《Roche Musique》からニュー・フレンチ・ハウスの担い手として登場した。2017年のデビュー作『French Kiwi Juice』でネオソウルへ重心を移し、YouTubeで広まったMasegoとの「Tadow」が話題になった。2019年のEP『Ylang Ylang』も、のちにTikTokでの紹介をきっかけに新たな広がりを経て、内省的でメロウな音楽を好むリスナーにも支持されてきた。一方でスタジオの外では、楽器を持ちかえながらひとりで曲を組み立てていくソロライヴを行ってきた。

『V I N C E N T』(2022年)から4年ぶりの新作『Tyber』は、約1年半をかけ、ロンドンやLA、パリなどのスタジオを移りながら作られた。その制作過程や、いまも学びつづけていることなどについて、本人に話を聞いた。

(質問作成・文/髙橋翔哉 通訳・翻訳/青木絵美 協力/BEATINK)

Interview with FKJ

制作は長い旅だった

──『Tyber』の制作をはじめたころと完成直前で、曲のできかたは変わりましたか?

FKJ:このアルバムを作っているあいだに、曲作りのやりかたじたいが変わったということはあまりなかったと思う。僕のばあい、曲のはじまりは頭のなかにふと浮かんだメロディだったりして、それをiPhoneのボイスメモに録ることが多い。楽器を弾いているときに浮かんでくることもあれば、音楽とはまったく関係ないことをしているときもある。そこから曲が完成するまでひとつの長い旅が始まるような感じなんだ。ある方向に進みはじめて、そこからいろいろ試したり失敗したり、実験を重ねていく。

曲を作りはじめてから完成するまでにはたいてい何カ月もかかる。このアルバムでは、曲を作ってすぐに書き出して、それがそのまま最終ヴァージョンになったことは一度もなかった。アルバムじたい完成までに1年半くらいかかったと思う。そのあいだに同じ曲のいろいろなヴァージョンを作って、最後に「よし、これで完成だ」と決める。それから、曲をしばらく寝かせることもある。しばらく聴かずにおいて時間が経ったらまた戻ってくる。それと、曲の最初のヴァージョンを聴きかえすのも好きなんだ。最初のヴァージョンにはその曲の本質が残っていることが多くて、いろいろ実験しているうちにそれを見失ってしまうこともあるから、最初に戻る必要がある。でも、僕はその長い過程じたいが好きなんだ。「ああ、この曲が完成しなくて苦しい」という感じはぜんぜんない。曲そのものをいろいろ試したり音を実験したり、構成を変えてみたりする。そのすべてが僕にとっては楽しみの一部で、そういう意味ではちょっとオタクなのかもしれない(笑)。これまでのアルバムもずっとそうだったと思う。

──曲を寝かせて、時間をおいてから聴きなおすというお話がありました。『Tyber』ははじめ『Shift』というタイトルで進めていたそうですね。そこからメランコリックな曲を外し、残した曲を手直しして制作していったとのことですが、当時の経験にたいする見方も変わったのでしょうか?

FKJ:そうだね、アルバムじたいが途中で違う方向に進んでいったから、自然と、しっくりこない曲が出てきたんだと思う。このアルバムを作っていた期間は、僕の人生にとってもひとつの長い旅みたいなものだった。だからオープニング曲も「Journey」というタイトルなんだ。作りはじめてから完成するまで、人生のいくつかの時期を通りぬけた。最初に『Shift』と呼んでいたころは、もっとメランコリックな要素が強かった。自分の人生でもかなりつらくて、たいへんな時期だったから。アルバムのタイトルが『Tyber』になったころにはすこし変わっていた。「Tyber」というのは、僕が出会ったある存在の名前なんだけど、その出会いがあったことで、ひとつのチャプターが終わった感覚があった。それも、もっと軽やかで、ポジティブなかたちで。それによってアルバム全体も作り変わっていった。『Shift』のころから残っている要素はたくさんあるけど、その意味は変わっていったんだと思う。それで、よりメランコリックな部分のいくつかは外すことになった。でもアルバムを作るときはいつもそうなんだ。実際に使うよりずっとたくさんの曲やアイデアを作って、最後はそこからなにを選ぶかということになる。

──『Tyber』は各地を旅しながら作られましたが、外の景色が見えない空間でも録音されています。そうした場所では、なにを手がかりに曲を作りましたか?

FKJ:そうだね、閉ざされた空間はけっこう好きなんだ。前のアルバムは開けた環境で作っていて、『V I N C E N T』を作っていたころの映像を見ると、外には緑が広がっていた。場所はもちろん、その土地の文化や周りにいる人たちも、音楽に大きな影響を与えたと思う。

今回のアルバムを作っている途中でスタジオを建てたんだけど、そこはもっと閉ざされた空間で。窓はいくつかあるけど小さくて、周りにあるのはほとんど木の壁だけ。でも外からあまり影響を受けない環境を気に入ってる。そうすると外へ向かうというより、自分の内側を旅することができる。たとえば以前いたけど離れなければならなかった場所とか、もっと長くいたかった場所に、想像で戻ることもできる。閉ざされた空間にいるからこそ、自分をもういちどその場所に置くことができるんだ。環境そのものが制作の一部になることもあれば、その影響をあえて遮断したいときもある。

影響は混ざり合っている

──「Journey」、「Changes Rising」のビートのずれに、かつての作品のヒップホップ的なものを感じました。ご自身では、以前の作品とのつながりを感じることはありますか?

FKJ:曲を作りはじめるときに「こういうサウンドの曲にしよう」と考えることはあまりないよ。僕の影響源にはかなり幼いころのものもあって幅広いし、時期によって別々のジャンルに夢中になってきた。いまはそのすべてが混ざり合って自分のサウンドになっている。影響を受けたものが多すぎて、逆にひとつひとつの影響元はわかりにくくなっている。だからどの曲にもいろんなジャンルや影響が入っているし、曲によってその配分や強さが違うんだ。

「Changes Rising」にはたしかにヒップホップの影響があるかもしれないね。僕はヒップホップはいまでも聴くけど、いちばん夢中だったのは、ヒップホップを知った11歳から15歳くらいのころ。そういうものがあとになって自然と戻ってくることがあって、意識したものじゃないんだ。「こういうリズムにしよう」と決めたわけでもなくて、むしろ昔から自分のなかにあったものが、いまやっていることに追いついてきた感じ。「Journey」はヒップホップをそこまで強くは感じないかな。エレクトロニックな要素があって、ヒップホップもあるし、ロックに近い影響もあると思う。とにかく音楽を演奏してみることを大事にしているんだ。僕は昔から即興が好きだったし、「もっとこういうスタイルにしよう」と考える前に出てきたものが、たいていいちばん好きなんだ。だから意識して過去に戻っているわけじゃないけど、間違いなく自分の過去から出てきているものだと思う。

──前作『V I N C E N T』ではモジュラーシンセのパターンをリアルタイムで変えて演奏して録音したそうですね。今回も「Clear」や「Little Little Voice」では、ビートを組み立てることとその場の音に反応して演奏することがひと続きになっているように聴こえたのですが、本作の制作では機材や録音に変化はありましたか?

FKJ:じつは今回、モジュラーシンセはほとんど使わなかったんじゃないかな。スタジオを転々と移りながら録音して、いろんな場所を旅していたから、かならずしも自分の楽器を持っていけるわけじゃなかった。それもあって今回は生ドラムをかなり使ってる。モジュラー・システムは持っていなくてもドラムはどのスタジオにもだいたいあるし、録音しながら自分のスタジオにあるような音に近づけることができる。今回は、プログラミングしたビートと生ドラムを組み合わせることが多かった。「Little Little Voice」はほとんどの生ドラムを友人のeejebeeに叩いてもらい、それにプログラミングしたビートを重ねた。だからこの曲はふたりでプロダクションを作ったみたいな感じ。

──以前ご自身について、「それほどソングライターというわけではなく、音楽はいつも即興から生まれる」と話していました。いっぽうでこの作品の制作期間は、人生の長い旅でもあったそうですね。即興で生まれた音楽が「自分の人生についてのアルバム」になるとわかったタイミングは、制作のなかであったのでしょうか?

FKJ:多くはたぶんジャーナリング(思考や感情を紙に書き出す手法)からきていると思う。僕は一日のはじまりにいろいろ書くことが多くて、それが曲になることもある。今回のアルバムではとくにそうだった。

33歳になったころ、とくにプライベートな部分でいろんなものが崩れていった。今回の制作全体が、そこから抜け出して傷を癒していくための旅だったと思うんだよね。最後には「Tyber」との出会いによって美しいかたちで区切りがついたけど、そのあいだもずっとジャーナリングしていた。たいへんな経験をしているときはふだんより書くことが増えるし、書くことが必要なことなんだ。ジャーナリングは癒しにもなるし、そこからたくさんアイデアも生まれる。だから歌詞を書きたい気持ちも強くなったんだよね。今回のアルバムはこれまででいちばん、歌詞を書いて自分で歌うことについてインスピレーションがあった作品だと思う。

ひとりの時間、他者との時間

──「Leaving」は聴くたびに印象を変える曲ですね。メロウなジャズのように聴こえたり、ハウス・ミュージック的に聴こえたり。そういう、聴きこむうちに音の聴こえかたの変化に気づくようなことについて、考えることはありますか?

FKJ:細かいディテールが大好きなんだ。最初は自分だけがおもしろがっていて、ごくわずかな人だけが気づいてくれるかも、みたいな音を入れるのが好き。曲を作っている最中にそういうマニアックな仕掛けを散りばめるのが楽しい。だからヘッドホンでアルバムを聴いて、いろんな音に気づいてくれるとうれしいね。

「Leaving」のピアノはじつは自宅でiPhoneで録ったものなんだ。あの録音で起きていることは全部好きだね。不完全なところがたくさんあるしバックグラウンドノイズもかなり入っているけど、音としては豊かだ。一度はちゃんとしたピアノで録り直そうとしたけど、ちゃんと録るとクリーンすぎる音になってしまって、当初の感じが完全になくなってしまった。それで結局iPhoneで録ったものをそのまま残したんだ。

──「Soulmates」では、ひとりでいることと、大切な人たちとのつながりとのバランスが描かれています。ひとりの時間が創作に役立つときと、人とのつながりを失って孤立してしまうときがあると思います。制作中は、そのバランスをどう保っていましたか?

FKJ:ずっとひとりでいるだけではうまくいかないと思う。でもたとえば、2日間くらい多くの人に会って社交的に過ごしたら、そのあと5日間くらいはひとりで過ごす。僕にはそれくらいが合っているんだ。どちらの時間も大切だし、どちらからもインスピレーションをもらう。他者との関係性や、いろいろな土地の文化からも刺激を受けるし。

でも僕がそもそも音楽を始めたのは、ひとりだったからなんだよね。フランスのかなりへんぴな田舎で育って、周りにはなにもなかった。音楽が大好きで、両親のレコードを片っ端から聴いてきて。そういう環境だったから音楽教室に通って誰かとジャムすることもなかったし、YouTubeの動画を見ながら楽器を覚えて、そのうちパソコンで録音方法を知って、音楽を作りはじめた。だから何年ものあいだ、音楽を作ることは内省的で孤独な作業だったし、それが僕の音楽作りのベースになっていると思う。

もちろん人といっしょに演奏することもあるよ。友達と即興したりもするし、コラボレーションにもまた違った創作の楽しさがあるね。でも僕にとって、ひとりで内側に向かっていくような創作の時間はやっぱりすばらしいものなんだ。ただ、人間は社会的な生き物だからずっとひとりではいられないわけで、あるところまでいくと外に出て、自分の「ソウルメイト」たち、大切な人たちに会いに行く。そして延々と何時間も話したり、いっしょに冒険したりする。

──コラボレーションといえば、「Burst」に参加したBaby Roseとはパーティーで偶然出会ったそうですね。いっぽう「How Much Does It Take To Shift It All」に参加したLucy Parkは、以前から高く評価していたアーティストですよね。関係性の違うふたりですが、制作中に起こる化学反応やハプニングも、コラボ相手によってまったく違うのでしょうか?

FKJ:じつは、どちらのコラボレーションもかなり似たかたちで臨んだんだ。Baby Roseの音楽はもともとよく聴いていたし、BADBADNOTGOODとの作品も好きだった。Baby RoseともLucy Parkとも、収録された曲以外にもいろいろ作ったんだけど、セッションのはじまりかたは同じだった。僕が曲と歌詞を用意して、まずふたりの前で歌ってみる。そのときこの曲に感じるものがあるかと訊いたらふたりとも共感してくれて、基本的には僕が歌っていたものに沿って歌ってくれる。ただ、Baby Roseはそのあと、自分の感覚でかなり自由に歌ったテイクも録ってくれて、それもかなり残している。

学びつづけても、20年前の自作とそれほど変わらない

──「I Want U」には、Eryn Allen Kaneと約10年前に即興した曲のフレーズが使われているとあります。この曲を完成させることは、彼女とのコラボレーションであると同時に、当時の自分とのコラボレーションという感覚もあったのでしょうか?

FKJ:僕は10年前だと思っていたんだけど、先日Erynと会ったときに日付を確認したら2019年、つまり7年前だった。おもしろいのは、10年前や20年前に自分が作った音楽を聴いても、それほど大きく変わっていないことなんだよね。23年前くらいに作曲を始めて、これまで作ったものは全部残している。もちろん、音作りやミックスの技術は上がっているから、プロダクションは変わったと思うよ。でもアイデアや演奏のやりかたは、進歩しても劇的に変わったわけではない。17歳くらいに作った曲で、いまだにリリースしようと思っているものがあるくらいで。

つまり「I Want U」も7年前に作ったものだけど、当時やったことにいまも満足しているから、「全部変えよう」とはならない。「I Want U」ではホーンを加えたくて、KokorokoのSheila Maurice-GreyとAnoushka Nanguyにトランペットとトロンボーンを録音してもらったんだ。彼女たちは「Burst」と「Heavy Heart」にも参加しているから、アルバムには3曲にふたりのホーンが入っていることになるね。ドラムも手を加えたけどそれくらいで、大きくいじってはいない。「I Want U」のErynが歌っているコーラスはすべて、7年前にふたりで即興でやったときのワンテイクを使っていて、ヴァースは去年になって新しく録音した。書いたのは僕じゃなくてErynで、すごくインスピレーションを受けて一気に書いてくれたんだ。

──生ドラムの話も出ていましたが、2024年のインタヴューではドラムを学んでいると話していました。『Tyber』の制作では、まだ思いどおりに扱えない楽器や身につけている途中の技術が、曲の作りかたにつながったところはありますか? 現在も学びつづけているものがあればそれも教えてください。

FKJ:ちょっと考えてみるね。どの曲も、ドラムを録音する前からビートはすでに頭のなかにあったと思う。つまり自分の叩きかたによって、曲が思いがけない方向に進むということはなかったんだ。どちらかというと、ドラムを習いはじめる前から頭のなかにあったものを、実際に自分で演奏しようとしている感じ。

ただ、アルバムで生ドラムを使うことが増えたので、サウンドじたいはすこし変わったと思う。唯一あらかじめビートをプログラミングしなかった曲は、最後の「In Heaven」。「In Heaven」では実際にドラムをセッティングして、感じたままに叩いたんだ。どの楽器もまだ試行錯誤しているところだから、新しい楽器を始めたからといってサウンドが劇的に変わるかはわからない。ドラムもピアノもギターも、歌うことだって、全部学びつづけている。

──「Tyber」との出会いについては、先ほども触れていただきました。資料によるとその名前は、言葉だけでは説明しきれない体験から生まれたそうですね。その体験をもとに作品を作るにあたって、言葉で説明しすぎると失われてしまうものはあったのでしょうか?

FKJ:アルバムのなかで「Tyber」との出会いそのものを説明しようとしているわけではないよ。その時期にはいろいろな困難や、たくさんの変化や転換があったから、このアルバムでも多くのことを描いている。「Tyber」との出会いは、それらの変化や困難とどう向き合えばいいのか、答えを与えてくれたってことだね。答えが見つかるとアルバムは一気にまとまっていった。全体のヴィジョンも明確になったし、多くの曲のなかからどの曲を入れるべきか、アルバムをどう締めくくればいいかも見えてきた。そのあとにアレンジを進めていった感じ。この出会いのあとに書いたのは、「How Much Does It Take To Shift It All」だけかな。

でも、この物語は僕にとって個人的なものなんだ。何十年か経ってアルバムを振り返ったときに、「これは人生のこの時期の作品で、こういうふうに物事が解決して、自分はこうやって乗り越えたんだ」と思いだせるようなもの。写真アルバムや日記、本を開いてその時期がはっきりよみがえってくるのに似ているね。

もちろん、一般にアルバムというのはコンセプトや特定のテーマがあったりするものもあって、かならずしも自分の人生について語る必要はない。でも僕のこれまでのアルバムの多くは、人生のそれぞれのチャプターを記録したものになっていて、いまのところはアルバムをそういうものとしてとらえるのが好き。もしかしたら次のアルバムは、個人的な人生とは関係ない、コンセプチュアルなものになっているかもしれないけどね。

ただ『Tyber』は僕にとってそういう作品だし、インタヴューではこうして話すことができるんだけど、音楽のなかですべてを文字どおりに語る必要はないものね。この作品の意味するところは自分ではわかっている。だからといって、聴いてくれる人全員がその意味を完全に理解できる必要はないと思うんだよ。

<了>

Text By Shoya Takahashi

Photo By Jack McKain

Interpretation By Emi Aoki


FKJ

『Tyber』

LABEL : Mom + Pop Music / BEATINK
CAT.No : BRC825(国内盤CD)
RELEASE DATE : 2026.09.11
PRICE : ¥3,000+tax

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