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行松陽介 特別寄稿
FKAツイッグスのニュー・アルバム『Magdalene』は様々な苦境を突き抜けたい想いが働いた大傑作

08 November 2019 | By ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U

2016年に二度に渡る脳腫瘍の手術を受けたのちに復活、現在はこれまでどおりに大阪住まいながら日本各地はもちろんのこと世界中で活躍するDJ、クリエイターの行松陽介(¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U)。音楽への異形な愛情をアグレッシヴに突き詰める姿は、40歳を迎えた今、さらに裾野を広げながら進化していると言っていいだろう。アルカの来日時(大阪公演)には共演も果たしたそんな行松陽介が、FKAツイッグスのニュー・アルバム『Magdalane』について寄稿してくれたのでお届けする。(編集部)


まず単刀直入に断言すると、FKAツイッグスの『LP1』以来5年振りのアルバム『Magdalene』は大傑作です。絶妙にLeftfield感を残しつつ、これまでよりもキャッチーなメロディーに溢れたアルバムに仕上がっています。ビョーク同様、彼女自身の個性と共作者の色が混ざり合う作風ゆえに、共作者陣のクレジットを見るのが楽しみですが、現時点で判明しているのはラッパーのFutureをフィーチュアした「holy terrain」にスクリレックス、ジャック・アントノフ、アルカ、コアレス(Koreless)らが、「cellophane」にフランク・オーシャンなどの制作に関わったジェフ・クラインマンとマイケル・ウゾウル、「home with you」にイーサン・P・フリンが関わっている事。その他にもニコラス・ジャーなど豪華な面々が関わっているようです。本作収録のアグレッシヴな曲と雰囲気が近い曲を過去作の中から選ぶとすると、2015年のEP『M3LL155X』収録の「Glass & Patron」だと思いますが、アルカに代わってこのEPで5曲中4曲に携わっているBOOTSが手掛けているこの曲も、雰囲気こそ似ているものの今作の楽曲群とは構成が異質なので、今回はBOOTSは関わっていないように思います。そして「holy terrain」に再び参加しているアルカがインスタグラムに全クレジットを先走って上げてしまったという話も小耳に挟みましたので(今は削除されている模様)、彼(?)が全面的に関わっているものと思われます。



この文章を書くに当たって『EP1』『EP2』『LP1』『M3LL155X』を繰り返し聴き直し、再確認しましたが、これまでの彼女の楽曲はゆったりとしたテンポに、時にひねりを効かせる隙間の有るビート、その上にアブストラクトなシンセと彼女の歌声が相まって奇妙な浮遊感を生み出し、それが未来的にも感じられる彼女独特の持ち味で、どこか抑制された曲調の楽曲が大半でした。それが今作ではその抑制を振り切るように、「holy terrain」を除く全ての楽曲に壮大な展開が備わっており、彼女の歌もエモーショナルに伸びやかに歌い上げる事が多く、その点がこれまでと大きく違うところだと思います。このアルバムの制作期間中、彼女は子宮の腫瘍を摘出するなどの辛い経験をしたそうで、そういった苦境を突き抜けたい、そんな想いが働いていたのかも知れません。その辛い経験の詳細についてはまだ分かっていませんが。そしてFlumeやSophieを思わせる重く強靭なビートが頻出するのも今作の特徴と言っていいでしょう。

過去の作風に最も近いと思われる「thousand eyes」で幕を開ける『Magdalene』。幕開けにふさわしくゆったりと進行し、中盤で劇的な盛り上がりを聴かせ、その後はエフェクトのかかった歌とピアノ、フルートのような音色のフレーズと最小限のリズムで再び穏やかに。続く「home with you」は少しノイジーに加工された歌声が不穏に迫って来るパートと、クリアで美しい歌唱が晴れ晴れと響き渡るパートが共にピアノに乗って交互に現れる対比が素晴らしい。中間に一度だけ強烈に重いビートが登場。その後はまた美しいメロディーがフルート(?)とピアノに乗って劇的な展開のもとで歌われます。そして3曲目の「sad day」ではまるでWwwingsの様に強靭なリズムが叩き付けられますが、この曲もキャッチーな歌のフレーズが激しいリズムの上でも歌われ続けます。静と動の移り変わりがダイナミックに展開。曲を追う毎にビートが入る比率が増えて行き、4曲目の「holy terrain」でスクリレックスが携わった曲らしくビートが全編に。歌舞伎のような掛け声も時折挟まれ、摩訶不思議なオリエンタル感も有ります。歌唱は従来の彼女に近く抑え気味。この曲にはテイラー・スウィフトを手掛けたジャック・アントノフがソングライティングに加わっていて、このアルバムがよりポップな仕上がりになっているのは彼が他の曲にも関わっているからなのではないかと、今からクレジットの全容が楽しみです。

アルバムの折り返し地点でタイトルにもなっている“Magdalene”という名が出て来ます。僕の英詞聴き取り能力は未熟ですので歌詞については触れずに書き進めますが、プレスリリースによるとこの曲では再生へと向かう彼女の身体と心について歌われているそうで、アルバムの真ん中に位置するこの曲はおそらくこのアルバムのテーマの核を担っており、静謐でどこか神聖な響きを伴っています。後半に少しだけオウテカを思わせるパートが出て来て興奮。そして強靭なビートは続く「fallen alien」でピークを迎えます。静と動が劇的に展開するアルバム中最も勢いの有る曲で、デヴィッド・ボウイを想わせるような曲名も自身のパブリックイメージとして受け止めているのでしょう。残る3曲はアルバムのエンディングに向かって、ある種の宗教性を伴っているかのような崇高な美しいメロディーに満ち溢れた楽曲が続きます。「mirrored heart」で天から射す一筋の光の様にストリングスが入ってくる瞬間はいつもバッハの「G線上のアリア」を思い浮かべてしまいますし、「daybed」の穏やかな展開から終盤にかけて高まるシンセコードは、光が心に満ち溢れ、解放されるかのような感覚をもたらし、心震えます。そして最後の儚く美しいメロディーがピアノに乗って歌われる「cellophane」には神秘的なPVが制作されています。そこでfallen alienにふさわしくどこまでも落ちて行き、ようやく辿り着いた何処とも知れぬ暗がりの泥沼の中で誰とも知れぬ原住民の様な者達に茶褐色の泥を塗りたくられ、Slitsの様な姿でその身体を起こし、息を切らせながらこちらを見つめる彼女の澄んだ瞳は、きっと新しい世界を見ている。(¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U)

Photo by Matthew Stone

■FKA Twigs Official Site
https://fkatwi.gs/

■行松陽介 SoundCloud
https://soundcloud.com/yousukeyukimatsu

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Text By ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U


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FKA Twigs

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LABEL : Young Turks / Beatink
RELEASE DATE : 2019.11.08

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