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映画『BULLY ブリー4K』
──ラリー・クラークのカメラが炙り出すもの──

14 October 2026 | By Tatsuki Ichikawa

日本でも本国から間を空けず今夏に配信が始まったブレット・イーストン・エリス原作のテレビ・シリーズ『いくつもの鋭い破片(原題:The Shards)』を見ると、一つの線が浮かび上がる。

2023年にエリスが久方ぶりの新作として出版した原作は、1981年のロサンゼルスで、裕福な私立校に通う高校生(エリス自身がモデル)が体験した、架空の連続殺人事件を描いた“偽”私小説だ。今回のテレビ・シリーズは、そんな特殊な出立の新作を、『アメリカン・ホラー・ストーリー』(2011年)や『アメリカン・クライム・ストーリー』(2016年)のライアン・マーフィーがいち早く映像化した作品で、この夏の話題作だった。

しかし、実際の作品自体の出来はというと、若手役者を青田買いする場としての価値や撮影のリッチさを差し引けば、低調だった本国の評価に、ある部分では同意せざるを得ない。具体的に言えば、(エリスの作品らしく)当時のポップ・カルチャーの固有名詞や、その土地勘に基づいた実在の地名を用いる地理的描写などの具体性に溢れる一方で、虚実入り乱れる複雑さと、物語をメタファーに回収するような高い抽象性も同時に湛える、読者を意図的に“宙ぶらりん”にする人を喰ったような原作を映像化するにあたっては、もう少し明確なトーンを設定するべきだった。

『いくつもの鋭い破片』がこのような形で早くも映像化された理由には、作中に小説『シャイニング』(1977年)の影響があるように、スティーヴン・キング作品に内包されていたような“ノスタルジック(青春)・ホラー”ムードの、『ストレンジャー・シングス』(2016年)以降におけるここ10年にわたる再評価(キング作品にはこの文脈に依拠しないものもあるが、何せ日本では今年に入ってキングの著作を映像化した作品が3つも公開されているのだ)と、今年3シーズンをもって完結したヒット・シリーズ『ユーフォリア』(2019年)が大きく影響を与えているに違いない。筆者はとりわけ、後者の文脈を興味深く思う。

HBOのテレビ・シリーズ『ユーフォリア』は、Z世代の高校生たちの日常を、音楽面や映像表現においてまさにポスト2010年代的な表現で描いたテレビ・シリーズで、ヴィジュアル面(特にファッション)においてカルチャーに多大なインパクトを与えながら多くの次世代のスターを輩出した。『いくつもの鋭い破片』は、マーフィーらしい良くも悪くももう少し軽妙なリズム感で演出されながら、原作から引き継がれる主人公の一人称視点の語り、そのモノローグの挿入の仕方や群像劇の見せ方において(元を辿れば『ゴシップガール』[2007年]のナラティヴを段階的にアップデートするような)『ユーフォリア』を意識させる。何よりもメイン・キャストであるホーマー・ギア(リチャード・ギアの息子)は、今年配信された『ユーフォリア』のファイナル・シーズンでも顔を見せていたブレイクスルー・スターなのだ。

そもそも、この2作を繋げるまでもなく、『ユーフォリア』にはブレット・イーストン・エリスのDNAを引き継いでいると思わせる要素が大いにあった。『レス・ザン・ゼロ』(1985年)などの代表作で、快楽的で刹那的な、ある種の“消費活動”としての青春を描いてきたエリスの感覚的な筆致は、80年代から現代に時代を移す形で『ユーフォリア』で模倣されているように見える。

郊外のティーンの青春物語から舞台を移し、ロサンゼルスの都市部の暗黒を舞台とするファイナル・シーズンで『ユーフォリア』のエリス的な成分はより一層濃くなるが、一方で、その核に潜むような痛覚と不穏のリアリティを、一つのスタイルとして追求していた源流的な作家にラリー・クラークもいるだろう。

前置きが長くなってしまったが、ここで書くべきはラリー・クラークの映画『BULLY ブリー4K』だ。2001年に公開されたこの作品は、『KIDS/キッズ』(1995年)『アナザー・デイ・イン・パラダイス』(1998年)などでカルチャーに強烈なインパクトを刻むクラークの“見過ごされてはいけない作品”で、このタイミングで4K版に改められリヴァイヴァル上映が始まった。『ユーフォリア』が完結し、エリスの近作著書が映像化され再び注目を集める中で、この映画を観ることは重要な補助線になるだろう。

一応、断っておくと、『BULLY ブリー4K』は“事前警告必須”の映画だ。写真集を含むクラークの作品を知っているものならばお察しの通り、生々しいテクスチャーで紡がれる映像は直接的な描写を含む暴力性に満ちており、不快になる人がいてもおかしくない。

そもそも『BULLY ブリー4K』は、クラークにとってはなかなか珍しい作品と言えるかもしれない。彼が注目を集めた写真集『Tulsa』は、彼の地元であるタルサの街の若者たちの姿を、ドラッグやセックス、暴力へのリファレンスを携えて生々しく捉えた作品だ。彼の代表作『KIDS/キッズ』も、基本的には同じマナーで撮られた作品と言える。スケーターの若者の日常を描いた同作は、ドキュメンタリックな様相を湛え、観察的な視点が徹底される。

若者の明け透けで退廃的なリアリティを映すクラークの作品に感銘を受けたのが他でもないエリスだ。彼はクラークを2016年に自身のポッドキャストにゲストとして招いている。写真集『Tulsa』に衝撃を受けたエリス曰く、彼の作品は“ポルノと芸術の境界線を曖昧にする”と。クラークの作品に潜む危険な香りを表す言葉だ。

しかし、そんな彼の作品としては珍しく『BULLY ブリー4K』は実在の少年犯罪を扱っている。1993年にフロリダで起こった「ボビー・ケント殺人事件」を映画化(映画の舞台設定は2000年)する本作は、“Bully(いじめっ子)”であるボビーが、殺害されるまでの道程を加害者側の少年たちを中心に群像劇的に綴っていく。ボビー役はニック・スタール、彼の幼馴染で殺人の主犯格であるいじめられっ子(マーティ役)は、2008年に25歳の若さでこの世を去ったブラッド・レンフロが演じる(彼の本作での演技をエリスは絶賛。遺作はエリスの著作を映画化した『インフォーマーズ セックスと偽りの日々』[2009年])。

© 2001 STUDIOCANAL SAS. All rights reserved

陽光に照らされるビーチや明るいフロリダの土地は、クラークのカメラを通すと退廃的で寂れた質感を剥き出しにされる。一見描かれるのは他のクラーク作品と同じく、若者の日常のスケッチだ。車を乗り回し、サーフィンをし、家のソファでMTVを見ながらマリファナを吸い、ナンパをしてセックスする。そんなビーチ沿いの若者の日常。同時に、その中に潜む暴力を掬いながらドライに場面を切り替えていく冷ややかで痛覚を刺激する手つきはクラークらしい。意図的な緩い画面構図、そのラフさもリアリティを高める。また、彼らを囲むカルチャー描写も抜かりない。特に気になるのは音楽だ。MTVでエミネムを観て同じようにラップをかますマーティ。車ではザ・ドッグ・パウンド、オール・ダーティー・バスタードを爆音で鳴らす。そういった様子は、当時のヒップホップの表層から受け取れるマッチョイズムを真に受け虚勢を張る当時の白人のティーンの描写として鮮烈だ。クラークの『KIDS/キッズ』への2010年代からの返歌として位置付けられそうなジョナ・ヒル『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年。この映画には『KIDS/キッズ』の脚本を手がけたハーモニー・コリンが特別出演している)を観たものなら、同じような描写があったことを覚えていることだろう。

上記の『ユーフォリア』だけではなく、クラークの作品は近年の映画にも影響を与えているような部分が確認できる。『mid90s ミッドナインティーズ』はもちろん、例えばフィリッポウ兄弟の監督作『トーク・トゥ・ミー』(2022年)や『ブリング・ハー・バック』(2025年)といったホラー映画で描かれている郊外のティーンの退廃的かつ倦怠的な青春の様子にも、痛覚を刺激するような描写も踏まえて、クラーク作品がかつて描いていたものを見ることができる。これらの映画を並べてみると、同時代のガス・ヴァン・サントと同じく、クラークの影響力も侮れないと感じる(まさにサントの『ドラッグ・ストア・カウボーイ』[1989年]は、クラークの『Tulsa』に影響を受けた作品とも言われている)。

ただし、これらの近年の作品と、クラークの映画との違いは、非エンターテイメント性にある。特に、『BULLY ブリー4K』のような題材ならば、もう少しわかりやすい構成で作られてもおかしくはなかったはずだ。しかし、クラークは現実主義を貫く。一つの事件に向かっていく彼らの日常は、なぜその事件が起きたのかという道程であり、物事を立体的に浮かび上がらせるものだ。それでいて、クラークの姿勢は常に一歩引き、彼らに対して積極的なジャッジをするのではなく淡々と現実を映している。

『いくつもの鋭い破片』の連続殺人事件は、主人公に降りかかる“悪いことが起こる予感”を増幅する。『ユーフォリア』は、ゼンデイヤ演じる主人公が(自分に直接関わりのないことでも全てを知っている)神の視点でモノローグをしていることで、彼女に何か悪いことが起こるんじゃないか、という予感を視聴者に募らせる(それが現実になったかはシリーズを完走した方ならお分かりだろう)。行き先が見えないこと。これらで描かれる倦怠的で退廃的な、それゆえ目先のものに刺激を求めようとする若者の日常は、将来、つまり人生の未確定さに対する不安を象徴している。

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それは、『BULLY ブリー4K』で描かれている彼らの日常にも通じるだろう。しかし、実在の事件を知っている我々はその“悪い予感”の正体を知っている。言うまでもなく殺害されるボビー・ケントは、日常の出口を見つけられぬまま命を奪われることになるが、映画はその先を描く。殺人を犯した少年少女たちの動揺と恐怖をじっくり描写し、さらに悪い予感を蔓延させる終盤。そして捕まった彼らに下される判決。ファットボーイ・スリムの音楽に乗せ、彼らに課せられる数字、その重みが突き刺さる。

SNSという(いまや)日常にポルノや暴力、私刑がこれだけ蔓延する現在、クラークの表現は図らずもそのカオスを客観的に見る手掛かりになるのではないだろうか。カルチャー的な文脈はもちろん、今、この映画に貫かれた態度を確認することが、意味のないこととは到底思えない。(市川タツキ)

Text By Tatsuki Ichikawa


『BULLY ブリー4K』

2001年/アメリカ、フランス、イギリス/112分

監督:ラリー・クラーク
原作:ジム・シュッツ
脚本:ザカリー・ロング、ロジャー・プリス
撮影:スティーヴ・ゲイナー
編集:アンドリュー・ハフィッツ
音楽監修:ハワード・パー
出演:ブラッド・レンフロ、ビジュー・フィリップス、レイチェル・マイナー、ニック・スタール、マイケル・ピット、レオ・フィッツパトリック、ケリ・ガーナー、ダニエル・フランゼーゼ
提供:JAIHO
配給:グッチーズ・フリースクール

9月11日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開
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