7月と列車
戦後の高度経済成長を象徴する1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博、田中角栄による日本列島改造論。巨大国家イベントや国土開発推進を背景に、輝かしい未来を信じることができた時代と並走して新幹線は線路を広げ、日本の都市と都市を、地方と都市をむすんできた。新幹線が運んだのは、乗客の身体だけではない。数えきれないほどの乗客が抱いた夢や希望、郷愁、不安、故郷に錦を飾ることができた歓喜、もしくは夢破れ、故郷へと帰る車両にこびりついた諦念と絶望。そのような複雑に入り乱れた感情を新幹線は乗せて、日本のあちこちを結び付けてきた。
「Maxとき」。横浜を拠点に活動する5人組のインディー・バンド、yubioriのセカンド・アルバム『yubiori2』は2021年10月に定期運行を終えた上越新幹線二階建て車両の名の楽曲から始まる。夕暮れの田園にどこか遠くから響き渡る防災無線の「家路」を想起させるようなセンチメンタルな音色のトランペットと、ぽっかりと虚しくあいた心を満たしてくれるようなたっぷりとしたドラムが抒情的なメロディーを引き立てていく。パートナーと暮らす主人公の生活と労働の往還で生じる感情のゆらぎを表現しながら「帰ろう東京へ」というリリックへ収束するこの歌は、故郷を離れ都市で生きる若者特有の決意と焦燥、寂寥感を丁寧に表現しているように思えてならない。加え、握りしめたこぶしのように響くベースと咽び泣くようなオルタナティヴ・ギターが印象的なリード・シングル「いつか」は、地方出身の都市生活者が抱く望郷の念と、故郷に残した“恋人”との離別を歌った、筒美京平と松本隆による昭和という時代を代表する歌謡曲「木綿のハンカチーフ」と重なり合うようなリリックの楽曲だ。そこでも労働と生活の円環の中で生きていくという決意と諦念が歌われていく。鉄道、夕暮れ、田舎、故郷、離別、労働…… そのようなモチーフが頻出するyubioirの本作は、この終わりなく続く失われた30年をサヴァイヴする中で湧き出る、望郷と逡巡、漸進の念が入り混じった小さな決意の歌として強く、強くエモーショナルに心へと届く。
ここで、本作のサウンドへと目を向ければ、Cap‘n Jazz「Basil`s Kite」やAmerican Football「Summer Ends」といったミッドウエスト・エモから、Algernon Cadwallader「Foggy Mountain」、Empire! Empire! (I Was a Lonely Estate)「When You Are Done Living on Borrowed Time」、TWIABP「Fightboat」のような90`sエモ・リバイバルまで連綿と続くトランペットを印象的に配置したメランコリックなエモ・サウンドが強く耳に残る。そこに北国の地で醸成されたbloodthirsty butchers、eastern youth、COWPERSといった日本語詞によるポスト・ハードコアが内包していた激情と哀愁、sleepy.abやGalileo Galileiが鳴らした若者特有の青/蒼さとメランコリアを塗したインディー・ロックの流脈がつながっていく。90年代半ばから2000年代以降に国内外で展開したインディー・ロック/オルタナの血を受け継ぎ、ここ日本の地でしか生まれえないような独自の接ぎ木と混交をほどこして、yubioriの音楽はある。それは筆者がせだい『Underground』のレヴューで言及したように、現代の国内インディー・ロックにおける史的展開の一形態なのだとも思う。
さらに作品を聴き進めていくと、ヴォーカルを担う⽥村喜朗の歌が、時にコーラスと一体化し、歌声のつなぎ目や輪郭が曖昧になっていくことに気付かされる。yubioriのライヴでは、オーディエンスが田村の歌に合わせてシンガロングをするシーンを度々目にする。ある歌がオーディエンスによる歌を喚起すること。それはその歌が特定のヴォーカリストの声に閉じ込められるのではなく、それぞれの声でその歌が代替可能であることを端的に示す。それは基本的でありながら忘れ去られがちなポップ・ミュージックに必要とされる大きな条件のひとつで、yubioriの音楽が聴く人の心の琴線に触れるのは、歌がそのように聴く一人一人へと開かれているからなのだと思う。
本作に収められた、2025年を生きるわれわれに向けられた数々の“望郷の歌”。都市生活者が、地方居住者が、それぞれに抱く望郷の念。田舎に残した老齢の親を、地元へと戻った古くからの友人を、結婚して子供ができた旧友のことを思いながら、転がっていく日々の労働と生活と一緒に望郷の歌は流れ続ける。ノスタルジアなどではない。失われた30年における規制緩和、非正規雇用の増大と日々急速に拡大するグローバル化に置き去りにされ、衰退した田舎=故郷に、都会に出た私が帰る場所はもうどこにもない。いや、生を続けるため都市へとどまらざるを得ないと言い換えてもよい。それでも人生は続く。何が起ころうとも。次々と湧き出る不安とそれでも生を続けていくという気概を混在させたyubioriの歌は、バブル崩壊以降の就職氷河期のなかロストジェネレーションと名指された自らと同世代の若者たちの生を丁寧かつ繊細に掬い上げた、ASIAN KUNG-FU GENERATION「転がる岩、君に朝が降る」、「ワールドアパート」、「新世紀のラブソング」とも接続していく。その意味で本作にプロデューサーとして、後藤正文が関わったことは運命的な必然だったのだとすら思う。私が訪れたyubioriのいくつかのライヴでは、田村がMCで労働の話をしていた。労働と生活の往還のもとで音楽が生まれ、鳴らされること。そこに、失われた30年のただなかに生まれ、未来の見通せなさを所与の条件として生き続けなければならない現代の若者のリアリティが宿る。この令和という不透明な時代を生きる若者たち。彼らに、yubioriの音楽がそれぞれの声で歌い継がれ、一人一人の生をずっと、ずっと支えていくことを祈る。(尾野泰幸)
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複雑な社会を信じて鳴らす“条件付きのロック”――SOFTTOUCH&後藤正文インタビュー
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せだい『Underground』
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