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JID: The Forever Story

2022 / Dreamville / Interscope
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これは永遠に続く、現在進行系の物語

06 October 2022 | By MINORI

1.『The Never Story』と『The Forever Story』

温かく包み込むようなメロディから始まる、音だけ聴いていると情緒的に思えるこのアルバム。しかし中身は殺伐としたリアリティも孕んだ、彼自身と家族の現在進行系の物語であった。

2017年のデビュー・アルバム『The Never Story』をベースに、ラップやフロウのスキルをさらにアップさせ、より多くの客演を招いて作られた今作『The Forever Story』。21サヴェージやリル・ダーク、彼の尊敬するYasiin Bey(モス・デフ)やジェイムス・ブレイクらがフィーチャーされている。2年間かけてそのほぼ全てをアトランタの自宅にて一人でレコーディングしたこのアルバムは、彼の弱さや欠点、野心や憤り、そして家族の物語を前作よりさらに深い部分まで綴ったパーソナルな作品だ。

アルバムを再生してまず流れ込んでくるのは無機質な4カウント。それとは対照的に、“Forever can’t be too far away from never”と温かくエモーショナルに歌い上げられたラインが続く。今作の一つのテーマでもあるこのリリックは、『The Never Story』の冒頭曲「Doo Wop」から引用されたもので、「“Forever”と“Never”はそう離れたものではない」と、デビュー・アルバムと今作を直接的に結びつけている。数多くのアーティストによって扱われることの多い“Forever”という言葉。JIDはこのアルバムの中で、できる限りの捉え方でこの言葉を表現できるよう工夫を凝らしている。

2.家族との“Forever”

デビュー・アルバムや『DiCaprio』シリーズ、《Dreamville》の作品では圧倒的なラップスキルを誇示してきたJIDだったが、今作ではよりリリックの中で、自分が経験してきたことや家族との関係性をじっくりと分析し、思想や弱みをさらけ出すことを重視しているようだ。作中には、彼の母親や父親、姉の声を録音した音声も散在しており、特にアルバムの中盤9曲目に収録されている「Sistanem」では、6分に渡り具体的な出来事やセリフを交えながら彼の姉との壊れた関係を修復しようとするストーリーを綴っている。JIDが成功したことによるコミュニケーションのすれ違いや、薬物関係の問題を抱えた二人は、結局曲の最後までその問題を解決することはできなかった。唐突に終了するその様子は、彼とその家族との物語がまさに現在進行系で進んでいる不安定なものであることを示唆しているのかもしれない。

4曲目の「Crack Sandwich」では不穏なビートに乗せて緊張感のあるリリックが続くと思いきや、ユーモアを交えた兄弟姉妹との思い出話が綴られていた。祝いの夜に7人の兄弟姉妹と出かけたクラブで乱闘があり、全員が警察に数時間拘束された事件を回想していて、アウトロでは口論の様子まで描かれている。言い争いながらも一緒に戦うことで深まった兄弟姉妹の絆。JIDが音楽で成功した今、その関係性に変化があるとしても、家族が彼の人格形成に大きく影響したことには違いない。

家族といえば、このアルバムには、アウトロとして収録されるはずだった「2007」という曲が存在する。この曲には彼の実の父親であるCarl Louis Route Jr.と、音楽業界における家族のような存在であるJ.コール、《Dreamville》社長のIbrahim “Ib” Hamadが参加し、アルバムリリース前にYouTube上で公開され大きな話題となった。リリックでは、J.コールのミックステープ・シリーズやケンドリック・ラマーのアルバム『Section.80』(2011年)、そして彼自身のデビュー・アルバムである『The Never Story』といったプロジェクトのリリース年を彼のキャリアの主要イベントとして参照し、その軌跡を自伝的に表現している。フットボールにのめり込み、まさか大勢の前でライブをするラッパーになるなんて思ってもいなかった学生時代の話や、《Dreamville》とサインし、信頼してキャリアを預けた彼にとって偉大なJ.コールの存在など、JIDにとって原点を振り返った特別な作品だ。そんな曲に彼の父親やJ.コールが参加したことは、彼にとっても、ラッパーとしてのキャリアが一巡したような気持ちになるほど感慨深いものだったのではないだろうか。物語のエンドロールにふさわしい愛に溢れたポジティヴな一曲であり、このアルバムの中核ともなる物語の総括的な存在であった。

3.音楽との“Forever”

ここまでは主にリリックに注目してきたが、表現力の幅が圧倒的に広い独特のフロウや、今回のアルバムでは特徴的であるJIDの歌声についても触れたい。「自分がやっていることが自分にとって常に新鮮に感じられるよう、いつも心がけている」とインタビューで語る彼は、声の使い分けや歌いあげることに関してもこのアルバムで大きく進化していた。「Dance Now」や「Can’t Punk Me」のような曲の上では特に、裏声や声の高低、言葉の勢いなどをテクニカルに使い分け、ビートの上を自由に行ったり来たりするフロウが顕著になる。これが永遠に聴き続けられるほど癖になる。やはりこれは彼の持ち味であるし、このスキルこそが彼が度々ケンドリック・ラマー と並べて挙げられる理由になるのだと思う。一方、彼が尊敬するYasiin Beyを客演に迎えた「Stars」では特徴的なエフェクトによって所々の声色を変化させており、リリックの意味を音によって表現させようというアグレッシヴな試みを感じる。

また、「Kody Blu 31」では亡くなってしまった友人の息子を偲ぶ言葉を、「Better Days」ではいとことの思い出について、魂を込めて、あるいは心地よく“歌い”上げている。実は今回のアルバムの制作にあたって彼は作り出したメロディを実現するために歌のコーチをつけたそうだ。圧倒的なラップスキルと合わせて最高レベルのシンガーにもなってしまったら、もう彼は無敵ではないかと思うが……。JIDはインタヴューにて“なぜアルバムタイトルが『The Forever Story』なのか”と尋ねられた際に、“I play forever, that’s why I’m so patient”(いつまでもプレイしていたいから、とても忍耐強いんです)と答えたそう。彼の尽きることのない音楽への探究心は恐ろしいほどだ。

4.The Forever Story

さて、一度ここで大きなテーマに戻りたい。冒頭でも述べたように、このアルバム『The Forever Story』はデビュー・アルバム『The Never Story』に結び付けられた作品である。いわば『The Never Story』を再構築して紡ぎ直したこの作品の中で、JIDは“Forever”という言葉を「現在進行系で進み続ける彼の人生や家族の物語」として表現した。また、「永遠に変わらない黒人にとって理不尽な社会に対しての怒り」として、ときに「飽くなき音楽への探究心」としても、幅広く“Forever”という言葉を昇華していると思う。

前述した「2007」をエンドロールとした時、結末に位置するのがアルバム最後の曲「Lauder Too」である。デビュー・アルバム『The Never Story』のアウトロ「Lauder」の続編的な位置づけの作品だが、その内容は「Lauder」よりも少し前向きなものとなっている。この曲でJIDは、自分や周りの人間の弱さや欠点を認め、それらを愛で乗り越えようと語りかけている。「太陽が昇る限り命は続いていくから、今は安心して。目を閉じて、恐怖を和らげよう。永遠にあなたの耳元で囁かせて」と歌うRavyn Lenaeのパートで幕を閉じるこのアルバムは、たくさんの“Forever”を愛で解決しようと訴えかけているのではないだろうか。家族に対して、社会に対して、自分の弱みに対して。そのすべてを乗り越えるのに必要なのは愛なのだと、この物語の結末は教えてくれた。(MINORI)


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