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一夜にして富と名声を手に入れる時代。J.コールの言葉を無視できない理由

28 May 2018 | By Daiki Takaku

先日、チャイルディッシュ・ガンビーノことドナルド・グローヴァーが発表した「This Is America」は、度重なる警察官による黒人への理不尽な暴力行為など顕在化する人種差別問題と、娯楽的なコンテンツとして世界中で大量消費される黒人文化との間にある大きすぎるギャップを指摘する衝撃的な内容だった。昨今のヒップホップ・シーンは若手を中心に、そんな大量消費される黒人文化を絵に描いたようだ。派手な言動やファッション、金遣い、ドラッグ、暴力………黒人に対する偏見に満ちたステレオタイプなイメージを具現化させ、SNSやサウンドクラウドと結びつき一夜にして富と名声を手に入れる。果たして、そのサイクルは幸福と言えるのだろうか。

J.コールという男も同じような問題意識を抱えていた。2009年にジェイ・Zのレーベル、<ROC NATION>の第一弾契約アーティストとなり、2011年に初のスタジオ・アルバム『Cole World:The Sideline Story』をリリース。ジェイ・Zの他にもドレイクやミッシー・エリオットといった強力な客演を招きながら、華やかなトラックに見せ場満載のラップと滑らかな歌声を乗せ、全米アルバム・チャートで1位を獲得する。しかし、同年代で活躍するドレイクやケンドリック・ラマーと比較すると一歩及ばず、あるいはジェイ・Zの存在感によって煽られた期待値を超えられず、という印象があった。そんな彼が現在の不動の地位を獲得したのは3作目のスタジオ・アルバム『2014 Forest Hills Drive』を発表してからだろう。多額の費用を掛けていた制作スタイルを一新し、客演はなし。派手さはないが、有機的なサウンドは夢を追いニューヨークへ向かう自らの過去を込めたリリックを引き立て、アメリカではダブル・プラチナ認定されるヒット作となった。前作『4 Your Eyes Only』はその延長線上にあるといっていい。さらに音数を削ったトラックの上で、ラッパーとして成功した自身の視点と若くして亡くなったドラッグ・ディーラーの友人の視点を並行して描く物語は見事だった。そしてその中で「黒人にはNBAプレイヤーになるか、ドラッグ・ディーラーになるか、ラッパーになるかしか選択肢はないと言われている。しかし、そんな考えが俺たちを縛りつけている」と黒人の成功について問いかけていた。

最新作『KOD』はまさにその問題意識を突き詰めたアルバムになった。ラスト・トラック「1985 (Intro to “The Fall Off”)」は冒頭で述べたような若手ラッパーたちへ向けられたものだ。黒人の成功を喜び、リスペクトを送りつつも、「白人のキッズたち(ポピュラリティが拡大するヒップホップで特に増えているリスナー層)はドラッグや葉っぱにまみれ、タトゥーを入れて、派手に金を使うような黒人のステレオタイプが見たいだけで、大人になったらどうせお前らのことなんて忘れてしまうんだ」とラップする。このメッセージは単純なディスでも、鼻で笑えるようなヴェテランから若手への説教としても終わらない。前段で記したように彼のアーティストとして歩んできた道が決して平坦なものではなかったことも説得力の材料だが、その大きなポイントの1つは、kiLL edwardの存在にある。その人物はアルバムの中で「The Cut Off」と「FRIENDS」の2曲に客演としてクレジットされているが、その声質はコールの声をピッチダウンさせたものに他ならず、多くのメディアが取り上げている通りコールのオルターエゴで間違いないだろう。kiLL edwardはドラッグに溺れ自らのコントコールを失った者、つまり本作においてのコールとは正反対な人間だ。それはコールの意志の強さを際立たせると同時に彼自身がそのような弱さも内包していることを示す。そしてアルバムを通してドラッグ、SNS、金、情欲への依存/中毒に対して警鐘を鳴らすことにより、現実逃避的行為への依存と現在のヒップホップ・シーンのブレイクのサイクルを重ねてみせ、諭すようにこう忠告しているのではないだろうか。「君たちをこうさせた原因に向き合う必要がある。自分の中にいる悪魔を殺せ(Kill Our Demons)」と。

原因、あるいは悪魔とは何なのか。人種差別問題への認識か。毎週金曜には山のように新曲がリリースされ消費される現状か。それとも誰もが持つ心の弱い部分なのか。はたまたそれらは複雑に絡み合っているのか。『KOD』は全米アルバム・チャート初登場1位、全12曲が全米シングル・チャートのトップ100に入り、うち3曲はトップ10入りを果たしており、J.コール最大のヒット作になるだろう。まさにコール自身がアルバムのトレーラー内で「King Overdosed (『KOD』に込めた意味の1つ)は俺自身だ」と語っているように、その表現の仕方は違えど彼もドラッグに溺れるのと同じように黒人文化として消費の対象となっている。冒頭に書いたチャイルディッシュ・ガンビーノ「This Is America」も、シリアスな内容とは裏腹にMVが別の曲に合わせてプレイされるミームが巻き起こっている状況だ。彼らが作品を作り続ける限り、消費されることは喜ばしいことでもあるはず。しかしその表現の表層のみが持て囃され、忘れられてゆく。『KOD』の中で最も重要な曲「1985」に付けられた副題が頭をよぎる。Intro to “The Fall Off” (“堕落”への入口)。それは自らへの皮肉か。文字通り次の作品の序曲なのだろうか。(高久大輝)

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Text By Daiki Takaku

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