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Lil Uzi Vert: Pink Tape

2023 / Generation Now / Atlantic
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ロック、レイジ、ダンス・ミュージックへの冒険と混沌

19 July 2023 | By Ryutaro Amano

6月30日、日本時間の午後1時過ぎ。アルバムがリリースされた直後にSpotifyで再生ボタンを押した。しばらくして、自分の顔がにやにやしてきているのを感じる。「Just Wanna Rock」を境に後半に差しかかったところで、ついに大笑いしてしまった。なんなんだ、これは。

2023年のアメリカでは、セールス面においてはラップが不作だ、という見方がなくもない。ある一面では、それは事実なのだろう。そんななか、Billboard 200で今年はじめてチャートのトップに立ったヒップホップ・アルバムがこの珍妙な作品だということは、なんだか痛快で、やっぱり笑えてしまう。

『Pink Tape』は、リル・ウージー・ヴァートにとって3作めのスタジオ・アルバムである。強烈なシングルをいくつも放っていた2018年と2019年を経て、所属するレーベル、《Generation Now》との諍いもあり、2020年3月にようやく発表された怪作『Eternal Atake』から3年後に届けられた新作だ。アルバムをリリースすることは2020年12月からチラつかせていたので、今回も「ようやく」と言っていいだろう。

そのあいだには、一回り上の先輩フューチャーとの連名作『Pluto x Baby Pluto』(2020年)があり、現在からちょうど1年前にはEP『RED & WHITE』(2022年)があった。『RED & WHITE』には、懐かしのクラウド・ラップ的な趣と少々のレイジっぽさが同居しており、地続きではないとはいえ、『Pink Tape』を多少は予告する内容だったと思う。

ボーナス・トラックを含めて26曲が収められた大作『Pink Tape』は、壮大な冒険と笑える逸脱、極大化と混沌のアルバムである。

ただ、『Pink Tape』にある混沌は、今に始まったことではない。上で触れた2018年と2019年のシングルや「Demon High」(2021年)には、ウージーのそういった性向、ないしアーティストリーがあきらかに表れていたからだ。6分弱のラップで聴き手を圧倒する「New Patek」(2018年)、間の抜けたシンセサイザーがギラギラと鳴り響く「Futsal Shuffle 2020」(2019年)、流行の80sポップ調とトラップをいびつに組みあわせた「Demon High」といった曲は、ウージーがいかにエクレクティックでジャンル横断的なラッパーであるかを示していた。アルバムの発表に8か月も先行し、TikTokを介してヒットしたシングル「Just Wanna Rock」のビートがジャージー・クラブであることに至っては、説明するまでもないだろう。

それでもウージーが軽薄な流行りもの好きや、なびきやすい風見鶏に決してならない(なれない)のは、フロウや発声にしても、プロダクションにしても、一所に落ち着かないせわしなさと、「トレンド」という型に収まりきらない、あまりにもウィアードな魅力が否応なしに音楽に宿ってしまうから。つまり、ウージーは、型を戯れに用いてみたとしても、型にはまったことはやらない(やれない)のだ。

ウージーが自身を既存のジェンダー規範に従わないジェンダー・ノンコンフォーミングであると明言したことには、音楽やファッションを含むあらゆる表現との一貫性を感じる。「アジア人のような格好だってする/何を言われたって気にしない/俺はやりぬく」(「Died and Came Back」)とは文化盗用が以前に増して問題視される今、議論を呼びそうなラインだが、ウージーのファッションやアイデンティティに対する固定化されない態度、常に揺れ動きつづける姿勢が表れているように感じる。そして、ウージーのそういう魅力と才覚が思いっきり詰めこまれているのが、この『Pink Tape』というアルバムだと言える。

額に埋めこんだピンク・ダイアモンドに由来するタイトルを掲げたこのアルバムで目立つのは、やはりロックへのアプローチ、それもかなりとっちらかったトライである。ギターのサウンドはそこかしこで聴くことができるが、象徴的なのは次の3曲だ。まず、システム・オブ・ア・ダウンの「Chop Suey!」のかなり忠実なカヴァーである17曲めの「CS」。それに続く、現在のヘヴィ・ミュージック・シーンを牽引するブリング・ミー・ザ・ホライズンとのコラボレーション・ソング「Warewolf」(オリヴァー・サイクスは「デフトーンズにかなり影響を受けた曲」と言っている。ちなみに、ウージーはBMTHの新曲「AmEN!」にも参加している)。そして、アルバムの本編を締めくくるBABYMETALとのやけっぱちな「The End」。

システム・オブ・ア・ダウンのニューメタル・クラシック『Toxicity』(2001年)に収録されている「Chop Suey!」は、9.11の直前にリリースされたこともあって、物議を醸した曲だ。宗教的なテーマと自殺が結びつけられたこの曲にウージーがコネクトしたことは、想像に難くない。

「The End」では、SU-METALが「ラララ/歌を歌おう/私たちに必要なものは愛」と伸びやかに歌いあげたかと思えば、ウージーは「俺は地球生まれじゃない、宇宙から来たんだ/『Pink Tape』をリリースするため、ここに降り立った」と宣言し、「ブルーに感じているなら、ピンクな日を過ごして(You feel blue, have a pink day)」とリスナーに前向きな言葉まで差しだしてくれる。ハイパーポップ的な意匠すら飲みこんだヘヴィ・サウンドを前にして、ベタなのかネタなのかさっぱりわからないメッセージに引きつった笑いが漏れる。

他方、プレイボーイ・カーティのレーベル、《Opium》に所属するケン・カーソン(Ken Carson)がプロデューサーとして参加した「x2」や、同郷の仲間であるワーキング・オン・ダイイング(Working on Dying)の面々が手がけた曲の多くでは、レイジ的なプロダクションが目立つ。ライターのマシュー・リッチー(Matthew Ritchie)は《Pitchfork》のレヴューで「リル・ウージー・ヴァートやトリッピー・レッドのヒット曲の焼き直し」とアルバムを酷評しているが、ウージーは彼らとともにレイジのスタイルに直接的な影響を与えたラッパーであるわけで、ちょっとずれた評価なのでは、とつっこみたくなる。

レイジ調とは言いがたいが、なかでもおもしろいのは「Suicide Doors」である。この曲の変わったプロダクションは、レイジのチープなシンセサイザーのリフレインが狂騒のギターとアルカによるノイジーなテクスチャーの電子音に置き換えられたものとして聴けなくもない。ウージーなりのレイジへの新たなトライと、そのいびつな転回形に聞こえるのだ。

日本のリスナーにとっては、BABYMETALの参加だけでなく、「Nakamura」がWWEで活躍するプロレスラーの中邑真輔へのトリビュート・ソングであることがトピックだろう。これは、彼の入場曲であるCFO$の「The Rising Sun」をまんまづかいした曲で、ウージーは「俺はリングの王」、「中村のようにトップから飛び降りる」とラップしている(ラップ・ファンなら、「俺は《TDE》(の所属アーティスト)じゃない、でもトップ・ドッグなんだ」というラインに「おっ」となるかもしれない)。

もうひとつ注目しておきたいのは、16曲めの「Fire Alarm」だ。これはデトロイトのデュオ、スノウ・ストリッパーズ(Snow Strippers)をフィーチャーした曲で、ウージーは今年5月に2人の「It’s A Dream」のリミックスへ参加している。スノウ・ストリッパーズのサウンドの特徴はエレクトロクラッシュやEDMをリヴァイヴァルさせたような派手なシンセサイザーと性急なビートで、ナイトコアとの共振を感じさせなくもないスタイルだ。「Fire Alarm」は、そんな彼らの音とトラップをかけあわせたような、かなりクレイジーなプロダクションの曲になっている。

『Pink Tape』のリリース前、《TMZ》に街で直撃されたウージーは、「創作過程が今までとちがったんだ。というのも、もうドラッグをやっていないから。もっとクリアに考えられるようになったから、言葉を不明瞭にするより、すべての意味が通るようにした。ただランダムに音楽をつくったわけじゃないよ」と語っている。ランダムでないかはともかくとして、『Pink Tape』はヒップホップとロック、あるいはラップとダンス・ミュージックの理想的な融合でもなければ、ヒップホップの未来や新しい可能性を見せてくれる作品でもない。そこにあるのは、あらゆる型からはみ出て、染み出していく混沌としたピンクの狂騒である。そして、それは、マキシマリズムというより、ウージーがやりたかったことをやりたいようにやった、というポジティヴなピュアさの発露だろう。

『Pink Tape』のトレイラーは、アニメ、侍、渋谷、『AKIRA』と、外国人がイメージする典型的で単純な現代日本の表象がてんこ盛りになっていた。ウージーのトゥーマッチなイマジネーションに満ちた音楽はノイジーで空虚でいびつな日本の都市でこそ最適なサウンドトラックになりうると、書き割りのような渋谷の街を歩きながらこのアルバムを聴いて感じた。(天野龍太郎)


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