Review

100 gecs: 10,000 gecs

2023 / Dog Show / Atlantic
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そんなことより楽しすぎてさあ

11 April 2023 | By Shoya Takahashi

1.

わたしはサプライズ・ジャンキーだった。刺激と意外性に飢えていた。だから『1000 gecs』(2019年)の予測不能な曲展開や、ブロステップやエモ・ラップやフューチャー・ベースやメタルコアが区別なく、床に乱雑に散らかっているようなサウンドに興奮させられた。かつて、同様にベッドルームからはみ出した青紫色の享楽と衝動、レイト・オブ・ザ・ピアの音楽を初めて聴いたときにも日常の退屈をぶっとばしてくれる爽快感を感じたが、100 gecsの音楽にはもっと、だめな日常をさらに台無しにしてしまうような破滅感と凄みがあった。そんなわけで、疲れたら100 gecs、寂しくなったら100 gecs、眠たくなったら100 gecs。とにかくもう聴きまくり。意外性に“慣れ”たら今度はTwitterやらRate Your Musicで、galen tiptonとかfood houseとかToiret Statusのような“類似の”刺激をもつ音楽を探しては聴いた昼や夜。そしてまた『1000 gecs』に戻ってきて……。

それでもやっぱり繰り返し聴いていたら刺激と意外性はなくなってくるわけで、だから「ハイパーポップ(hyperpop)」なるタームを頻繁に聴くようになった2020年末以降は特に、マジで退屈だった。もっと馬を、目を、髪を、炎を、樹木を、星を、筋肉を、フォークを、口を、煙草を、針金を、唐辛子を、腹を、闘牛士を、カフェインを、雑草を、金属片を、花火を、石鹸を、レジスターを、トラックを、よこせよ。そんな中でgecsによる新作の知らせを目にしたのは、わたしが《TURN》でハイパーポップの論考記事を「100 gecsの新譜には間に合わせなきゃ……」と思いながら執筆していた頃のため、2021年の秋だったはず。

その時点の《Pitchfork》でのインタヴューでgecsは、4,000曲のデモから12、13曲をセレクトしたけど、違うなと思って全部消して作り直したことを発言している。本作の楽曲はすべて2021年に録音済みのようで、今年に入ってリリースされた「Hollywood Baby」も2021年後半からすでにライヴ演奏されている。つまり「時間をかけて制作された」というよりは、「いっぱい温存された」作品というのが本作への正確な認識。

なぜ温めざるを得なかったかは言うまでもなく、あまりに“100 gecs”というミームと、その余波が巨大になりすぎてしまったためである。「ふざけたつもりが殺傷事件〜」とばかり、当人ですら収拾のつかない事態に。『1000 gecs』リリース当時のA.G. クックやソフィーらが手がけていた、deconstructed clubやbubblegum bassといったサウンドが指し示す範囲を越えているのは、上述の《TURN》での記事でも形骸化や拡大解釈を懸念していたとおり。ハイパーポップというなんとも曖昧な名前に違わず、“なんとなくきらびやか系”、“なんとなく耳にうるさい系”な音の代名詞となっていることは、「ハイパーポップ的な~」と表現されたさまざまな作品評が明らかにしている。

2.

ただし、ハイパーポップという言葉の解釈の幅を広げたのもまた、100 gecsに他ならないということも付け加えておかなければならない。本作からの最初の先行曲「mememe」(2021年)がリリースされた当時、わたしは従来の作品に比べるとあまりにストレート(にみえる)なポップ・パンクに戸惑った。「stupid horse」(2019年)や「sympathy 4 the grinch」(2020年)はポップ・パンク~スカ・パンクを題材としたメタ仕草や諧謔かと思っていたら正真正銘のガチだった、という気づきでもある。そこには、『100 gecs』(2016年)のgalen tipton的な珍妙なサウンド・コラージュも、『1000 gecs』の中音域にぎゅっと詰まったガラス片のようなシンセもない。あの、散らかった部屋でもどこに何があるか把握している人のための音楽ではなく、つまりはちょっと健康的すぎたのである。もっと孤独でいたかった。もっと不器用でいたかった。

それと同時に、ハイパーポップのあまりに大きく広げられた風呂敷を、gecsが自ら許容した、そしてそのさらなる拡大を助長したのも事実である気がする。ハイパーポップ以降のベッドルームの音楽家たちにとって、真の精神的支柱は100 gecsだから。

3.

先行シングル「mememe」、「Doritos & Fritos」(2022年)、「Hollywood Baby」(2023年)でわたし個人が感じた、ポップ・パンク~スカ・パンクへの接近、そしてgecsがgecsならざるものになってしまったという喪失感は、この『10,000 gecs』によって納得に変わった(もっとも、gecsの音楽に「納得」など求めていなかったとしても)。

基本的に『10,000 gecs』に収められている音楽は、先行曲のキャッチーなパンク路線に加え、すでに海外の評でも引き合いに出されているような、サイプレス・ヒル、リンプ・ビズキット、フェイス・ノー・モアといった、よりハードコアなパンク~メタル的なリファレンスが頷けるようなサウンドが中心となっている。

これらのリファレンスやムードは、直接的ではないにしろ、gecsみずからが過去のDJミックスやライヴ・パフォーマンスによってすでに提出している。100 gecsがゲーム「マインクラフト」上で開催したフェスで、チャーリーXCX、カシミア・キャット、A.G. クック、umruらが出演した《Square Garden》(2020年)でのパフォーマンスで披露した未発表曲たちからは、gecsのメタルコアをハッピー・ハードコアやブロステップまで接続するスクリレックス的感性を覗かせていた。一方でナイトコア~bubblegum bass的なサウンドが目立っていた、同じく100 gecs主催フェスの《Mine Gala 2019》(2019年)でのパフォーマンスや、BBCラジオでの「Freak Zone Playlist」(2020年)なるDJミックスとは対照的ではある。

それらの具体的なリファレンスや解釈の分析については他に譲るとして、わたしが『1000 gecs』から『10,000 gecs』へのメタモルフォーゼにおいて抱いた喪失感と、特に「納得」について考えておきたい。

たとえば1曲目「Dumbest Girl Alive」の印象的なリフに始まり、「Billy Knows Jamie」にも象徴されるラウドでメタリックなギター・サウンド。過剰な歪みがハイパーポップ的なビット感とリンクする。ハイパーポップ的な感性とすることも可能だが、ディストーション・ギター=現代のグリッチ・ノイズであるという発想は、ロイヤルブラッドやジ・アームドの近作がすでに実践している。

加えて「Frog On The Floor」におけるスカ・パンク的なピッキングの不安定さによる音の“かすれ”、また「Doritos & Fritos」におけるチョップされたリフなどは、それら上記のラウド勢とは別な形でギターをグリッチ・ノイズとして用いている好例だろう。

また《The Line of Best Fit》のレヴューでは、「Doritos & Fritos」のシンコペーテッドしたベースラインを「Jロックに触発された」と評し、ほかにも本作のどこかダークなムードをインダストリアル・メタルや「Jロック」に喩えている。たしかに、2000年代とその影を引きずった2010年代前半のジャパニーズ・インディー/オルタナ勢を想起させる質感やマキシマリズムを感じなくもない。だがそれ以上に、Rate Your Musicでも「夜好性/夜行性」とタグが作られている、2010年代末以降のVOCALOID的な主題をJロック的アプローチで解釈した音楽家たち(Ado、ずっと真夜中でいいのに。、YOASOBIなどなど)との共振が、情報や展開、フレーズの過密といった点で見いだせるかもしれない。

とにかくgecsの、時代に再度ハマり込み、その上でフォロワーにさらなるリファレンスを提供するポテンシャルも持っているという意味で、『10,000 gecs』には納得させられたのである。ロザリアやラウ・アレハンドロのようなポップ・スターがエクストリームな音にトライしているのも、ソウル・グローのようなアンダーグラウンド・パンク勢が過剰な構成とテンションを維持しているのも、「ハイパーポップ的」イメージの拡散ともいえる。だが同時に、むしろ『10,000 gecs』リリースのための下地が入念に準備されてきたともいえるかもしれない。ある時期に多くの「hyperpop」プレイリスト・リスナーやラップトップ・ミュージシャンが夢見た、ハイパーポップが「ポップ」となり、マスとなり一般化した時代。「100 gecsがプロデュースしたマライア・キャリーとアルカやOPNと共作したブルーノ・マーズがグラミーで競い合うような未来」は夢のまま潰えたわけだが、予想を少しだけ下回る形で、現実と叶ったのである。

4.

「Hollywood Baby」、「Doritos & Fritos」、「One Million Dollars」、「I Got My Tooth Removed」の4曲にクレジットされているドラマー、ジョシュ・フリーズとは何者か。彼はア・パーフェクト・サークル、ガンズ・アンド・ローゼズ、ナイン・インチ・ネイルズ、ウィーザーなどのレコーディングやライヴにサポートとして参加している、スタジオ・ドラマーのヴェテラン。

ではあるのだが、もともとスケート・パンク・バンドのザ・ヴァンダルズのメンバーとしてキャリアを始めている。わたしはこのザ・ヴァンダルズ、ディーヴォのトリビュート・アルバム『We Are Not Devo』(1997年)に、「The Day My Baby Gave Me a Surprize」(1979年)のカヴァーで参加していることで知った。ディーヴォ的/ニュー・ウェイヴ的なズレや奇妙さやナンセンスさと、スケート・パンク的なストレートさやひたむきさとの融合。これは、ニュー・ウェイヴをハイパーポップに読み替えることで、『10,000 gecs』にも当てはめられよう。

またフリーズはその後、再結成ディーヴォに加入し『Something For Everybody』(2010年)のレコーディングに参加している。このアルバムは、2000年代後半の80年代リヴァイヴァルのひとつ、ニュー・レイヴを参照“し直し”た作品だったともいえる。70年代末のニュー・ウェイヴやニュー・レイヴ的な、さまざまな要素が文脈を飛びこえて交雑する楽しさ、あるいはスマートなアイディアと衝動的なワイルドさを兼ね備えた存在もまた、100 gecsに重ねられるし、フリーズの本作への参加も偶然以上の巡り合わせを感じてしまう。

5.

「Doritos & Fritos」とは、MFドゥームによる有名なライン「ドリトス、チートス、フリトス、それより多くのチーズ(金)を手に入れる」からきているのだろうか?(ディラン・ブレイディがフォークを仮面に見立てたシングル版ジャケを見よ) アルバムの真ん中に配置されたこの楽曲は作品のハイライトともいえ、寝るときに流れていたスナック菓子のCMのせいで変な夢が止まんないよ、というキュートな内容。ローラ・レスの歌う、「新しいズボンを買うためだけにフランスに行った/なんか食べるためだけにギリシャに行った」と、夢のように次々に場面と目的が転換するリリック。ディラン・ブレイディの歌う「チートス、ドリトス、フリートス、モスキート/ブリートをダニー・デヴィートと食べてる」と語感を重視したアグレッシヴなライム。さまざま語りようはあるかもしれないが、つまりは次々に刺激がやってきちゃってもう暴れるしかない! という100 gecsの音楽とはじめて出会ったリスナーの多くが感じたであろう原初的な楽しさがここに詰まっている。そう、わたしたちが4年の月日をかけてどんなに変わろうとも、gecsの悪ふざけとユーモアとチャーミングさは変わっていないのかも。

次々に新しい情報がやってきて、同時多発的にあらゆることが起こっている……でも人や楽器や現象は、それぞれが相互に作用することはあれど、個々としては案外リニアに進んでいる。gecsだって『1000 gecs』からの4年間、そうだったにちがいない。あなたはあなたの都合で、わたしはわたしの勝手で、ぼくはぼくの好きなことを黙々とこなしていくだけ。それだけ。なんて寂しいことなんだろう。でもそれぞれの個々は意志や欲求を持ち、無限&無常&無碍の宇宙空間を絶えず移動と衝突を繰り返している……なんて愛おしいことなんだろう。いまだって、預かり知らないところで人びとは出会い、物価は高騰し、労働者への監視は強まり、AIとライターの書いた文章は競わされている。そんなのもううんざりすぎてロクに情報収集だってできないし、gecsの音楽性が力いっぱいにバスドラムを蹴れ、弦を弾け、という身体性に接近したのも納得です(本作のギターはローラとディランの二人が演奏しているよう)。また、世の中がよりシステマティックな方向に組み替えられてしまえば、反動として音楽家は脱サイボーグ化を目指したくなるのも納得です。とにかくgecsの二人が、たとえ周囲のムードや移り変わりにうんざりしていたとしても、2021年のある瞬間にその声のうわずりとかギターの弦の振動をたしかにパッケージした事実が尊くって。本作の前煽り的に出演した《Boiler Room》のDJセットでのライヴではしゃぐ二人の姿に安心できて。もしあなたの生活が音楽を聴くどころでない切迫した状況でも、幸運なことにこのアルバムはたった28分間だから、あなたの時間をこの小休止に集中させることも、難しくないかも。とにかく文脈とか形式とか引用とか前作との比較とか、そんなことを考えずに頭を空っぽにして楽しめるポテンシャルが本作にはある。だからわたしは今日も苛立ちと期待とときめきとを右ポケットに詰め込んで、職場の廊下を闊歩している。おはようございます。gecsのアルバムに“0”がもうひとつ増えるころ、わたしはどこでなにをしているのかまったく知れないけど、なんとかまだ正気であることができそうって希望だけは与えてくれた。(髙橋翔哉)


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