Review

Moment Joon & Fisong: Only Built 4 Human Links

2023 / Hope Machine Factory
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となりのFisong、となりのMoment Joon

06 February 2024 | By Daiki Takaku

波に抗うのはやめて、ネラ。抗うのをやめれば──この波にさらわれてしまえば──すぐにわかる。一瞬だから、さらわれたことにも気づかないくらい。これからは、痛みも、白人至上主義も感じることはない。そういう記事を読んでも、警察の暴力シーンを見ても、自分の一部が死んだように感じることはなく次の朝に仕事へ行ける。ずっと足首につながれていた遺伝的なトラウマの重しは……消える。水面まで泳いでいって、自由になれる。
──ザキヤ・ダリラ・ハリス『となりのブラック・ガール(原題:Other Black Girl)』(岩瀬徳子訳 早川書房)
P433〜434より

『となりのブラック・ガール』の主人公であり、ニューヨークの名門出版社で唯一の黒人女性として、編集アシスタントの仕事をしているネラは、黒人としての“信念”と出世欲、憧れとの摩擦の中で迷い、奮闘し、ときに動けずにいる。しかし同僚として後から入社してきた“同じ”黒人女性、ヘイゼルはそんなネラを尻目に(あるものの力を借りて)“態度の切り替えコード・スウィッチング”しながら正しさと忖度を使い分け、破竹の勢いで出世への道を開いていく。ヘイゼルはネラの前では黒人女性として“正しく”あり、白人の上司や作家の前では彼/彼女らが喜びそうな態度を貫いてみせるのだ。冒頭で引用したのは、ヘイゼルの矛盾した行動の数々に立会い混乱するネラに対して、クライマックスでヘイゼルが放ったセリフの一部である。筆者はこの小説を読みながら、Moment Joonのことを思い浮かべていた。

ファースト・アルバム『Passport & Garcon』(2020年)でMoment Joonは素顔を見せた。素顔とは、資本主義、アイデンティティ、ヒップホップへの愛、正しさ、野心、それらの間に起こりうるあらゆる摩擦を、矛盾を、真っ向から受け止めて葛藤し、怒り、ときに硬直する青年の姿、と言い換えることもできるだろう。ともあれ、ここで重要なことはむしろ、Moment Joon本人によるリリース後のアクションだ。

2021年開催のMoment Joonが“引退宣言”したワンマンライヴ「White Lies & Blue Truth」のテーマはこうだ。「憂鬱なこの現実(Blue Truth)の中で生きていくために、みんな何らかの白々しい嘘(White Lies)をついているんじゃないか」。設定したMoment Joonはもちろん、『となりのブラック・ガール』の登場人物たちにも、この日本の社会を生きるほとんどの層にとっても“経験レベル”で共有しうるテーマである。自らが想い描く正しさを置き去りに、この場を円滑に進めるために、波風を立てず日々を過ごすために、成り上がるために、“嘘”をついてしまうことはおそらく誰にでもあるはずだ。

しかし、この共有されうるテーマは「僕があの宣言をしてしまったことで、個人的な話として受け止められてしまったかもしれない」とMoment Joonが振り返って語るように、彼個人の問題に収斂していたように思う。ラップ、ヒップホップという表現がアーティストの実存と密接に結びついていることも手伝っているだろう。実際会場でライヴを観た筆者も、そのように捉えてしまったことを否定できない。ついでに書いておくと、予告された『Hope Machine』という最後の作品のタイトルにも、どこか割り切ったようなニュアンスを嗅ぎ取ってしまっていた。さて、ここまでを以下の疑問にまとめることもできよう。「Moment Joonは葛藤を手放し、自分自身のために表現することを諦めてしまったのではないか?」

だから、Moment Joonが同じ移民者で在日コリアンである大阪の若手ラッパー、Fisongと共に制作した本作『Only Built 4 Human Links』は、端的に言えば“意外”な作品だった。ここで彼は再び怒りに燃え、同時にいまだ矛盾を引き受け続けているのだ。

とりわけアルバムの前半部分はアグレッシヴに展開する。クランクを意識したものだろう、騒々しいシンセが鳴り、威勢のいいコールが巻き起こる「Robbin’ Time/懲」では、奪う側と奪われる側を反転させ、Moment JoonとFisongの2人は共犯者としてフェザー級の足さばきでヘビー級のハード・パンチを繰り出していく。また、「感情として共感できる人はいても経験レベルで共感できる人はいない」と語ったMoment JoonがFisongと共に共同戦線を張るドリル・トラック「Blood/衁」は、文字通り血を湧き立たせるレヴェル・ミュージックである。

「Japanese Realism/虚」から「Dreams Don’t Die pt.2/梦」はアルバムの中でも特に内省的な色の濃いパートと言えるだろう。生活者の視点やアーティストの視点から綴られる様々な葛藤、憎しみ、哀しみ。中でも希望と絶望の両面を人間同士の繋がりに見出す「Human Links/繋」は、聴く者の感情を大きく揺さぶって離さない。そこにいるのは繋がりに縛られ、繋がりに支えられて生きている1人(2人)の人間の姿だ。

そして、何よりもラスト・ソング「Light/暉 feat. DJ FUL」だ。DJ FULによるターンテーブリズムの光るブーンバップ・トラックの上で2人が見せるのは、(無論ビートは全く別のものだが)アウトキャスト時代のアンドレ3000とビッグ・ボーイさながらの黄金のマイクリレーである。そこでMoment Joonは打ち明ける。「弱まってるかも炎/でも連れてきたぜ/こんな俺を笑ってくれる若者」。そう、FisongがMoment Joonの揺らいでいた炎に薪をくべ、2人は葛藤を抱えたまま共に立ち上がったのだ。Moment Joonがこうして戻ってきたことを、それを実現したFisongというラッパーの情熱を祝わずにいられるだろうか。本作『Only Built 4 Human Links』は、『となりのブラック・ガール』で選ばれることのなかった幻のエンディングであり、葛藤を捨てずに生きることの美しさが刻まれた傑作である。(高久大輝)

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