Review

Mark Ronson: Late Night Feelings

2019 / Sony Music
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パーソナルな感傷をプロデューサーの経験値でビルドアップ!
スマートで現代的なダンス・ポップ集

21 June 2019 | By Yuta Sakauchi

マーク・ロンソン、4年ぶり5枚目のスタジオ・アルバム。ロンソン自身が「僕が今までに作ってきた作品の中で、最も重要な作品」と語るように、彼のソングライティング面での成長と、プロデューサーとしての成熟とヘルシーなチャレンジ感覚が一体となった充実作だ。

本作の制作の起点には、ロンソン自身のプライベートでの離婚の影響がある。「レイト・ナイト・フィーリングス feat. リッキ・リー」「ファインド・ユー・アゲイン feat. カミラ・カベロ」「ナッシング・ブレイクス・ライク・ア・ハート feat. マイリー・サイラス」など、彼が“サッド・バンガー(Sad Banger)”と呼ぶ、切ないダンス・ポップが、まずは本作の中心的なアイデア。彼自身も「年を取れば取るほどに、僕は古典的なソングライティングに惹かれる傾向にある」と認めるように、本作のソングライティングの面は、今までの作品よりもさらにクラシカルなポップスの形式に則っており、前述の3曲も多かれ少なかれ、その傾向にある。

一方で、ロンソンはミュージシャンとのセッションをはじめとするスタジオ・ワークに重きを置くタイプのプロデューサーでもあって、大ヒットを記録した「アップタウン・ファンク feat. ブルーノ・マーズ」や、同曲を収録した前作『アップタウン・スペシャル』(2015年)などは、そうした仕事ぶりの成果の一つ。本作でもインタールード的な「ノック・ノック・ノック feat. イェバ」は、スタジオでのセッションから発展したタイプのトラックだと考えられるし、ヒップホップ色の濃い「トゥルース feat. アリシア・キーズ & ザ・ラスト・アートフル、ドジャー」も、ディスコ・オリエンテッドな“サッド・バンガー”タイプの曲とは異なる志向性が読み取れる一曲だ。そして、そうした複数のタイプの楽曲を一枚のアルバムにサラリと収められることに、ロンソンのプロデューサーとしての経験値の高さが感じられる。

もう一つ、プロデュースの面で注目したいのが、若手の重用。近年のメインストリームのポップ作品の多くがそうであるように、本作もまた、複数のソングライターやプロデューサーとのコライトや共同プロデュースによって作られたアルバムだが、その中でも特に、最多7曲で共同プロデューサーを務めるピカード・ブラザース(Picard Brothers)の存在は見逃せない。ディプロと一緒にやったり、フレンチ・トラップのアーティストであるMHDにトラックを提供したり、ベックの「カラーズ」をリミックスしたりと、ダンス・ビートを活かしたプロダクションで近年注目度の高まりつつある彼らだが、本作での役割も、そうしたサウンド面の手腕にあったのであろう。この点についてもロンソンは上手く説明していて、いわく「曲が古風になると、最先端のプロダクションを施してバランスをとる必要があると悟ったんだ。じゃないと、1978年に作った曲みたいに聴こえかねないからね(笑)」とのこと。彼のこうした発言のそれぞれにも、プロデューサーとしてのスマートさを感じる。

70年代以前、つまりラップ/ヒップホップ以前の音楽的な要素を、どうやって現代の音楽環境の中に響かせるか、ということは、近年の、特に非ラップ系の音楽家に共通する大きなテーマの一つになっているが、本作でのロンソンの問題設定の一つもまた、この辺りにあったということ。そうした思考を経ると、「ナッシング~」で共同プロデュースを手掛けたジェイミーXXが、自身のバンドの最新作(ザ・エックス・エックス『アイ・シー・ユー』2017年)で、“非ラップ系のメロディの要素と現代的なダンス・ビートの融合”というテーマに一つの回答を提示していることに思い当たる。あるいは先日、音楽誌『rockin’on』上で対談を行った星野源の「POP VIRUS」も、そうしたテーマを意識しつつ作られた楽曲であったことが、自然と思い出されるのだ(ちなみに、ロンソンは同じ対談の中で、ギターやストリングスの音色を積極的に取り入れる星野の楽器への志向性にも共感を示していたと記憶しているが、やはりギターやストリングスがふんだんに使用された『レイト・ナイト・フィーリングス』は、それが伊達ではなかったことを証明するアルバムでもある)。

プロデューサーとしての破格の実績や経験を踏まえつつ、ソングライター、あるいはアーティストとして、自身の個人的な感情から作品を生み出す、という成長も見せたマーク・ロンソン。本作が彼にとって一つの到達点であることは間違いない。その上で、少し物足りなさを感じるのは、よりクラシカルな志向性を見せ始めた彼のソングライティングから、決定的な個性が感じられないこと。この点に関しては、近い例で言えば、やはり彼がプロデュースを手がけた、レディ・ガガ&ブラッドリー・クーパーの「シャロウ」(2018年)における、破綻スレスレで成立しているような緊張感には遠く及ばない。ただ、この辺は完成度とトレードオフの関係というか、今の美しいフォームを致命的に崩すくらいのリスクを取らなければ、先には進めないような気もしていて、だとすると、ロンソンが自身に期待している範疇の外の話かな、という気もするけど、どうなんだろう。(坂内優太)

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