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Gus Dapperton: Henge

2023 / Warner
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マンハッタンヘンジから迷い込んだ夜の物語

29 July 2023 | By Kei Sugiyama

ニューヨーク州ウォーウィック出身のSSW、ガス・ダパートン。彼の魅力が歌声にあることは、ベニー「Supalonely」(2019年)、サーフ・メサ「Somewhere」(2020年)、スピル・タブ「Velcro」(2021年)、イージー・ライフ「ANTIFREEZE」(2022年)とゲスト・ヴォーカルに多数呼ばれていることからも明らかだろう。そんな彼がフェイヴァリットとしているシンガーの一人が、元オアシスのリアム・ギャラガーだ。きれいな歌声も出せる彼が、リアム・ギャラガーの名前を出すことには少々驚いた。確かに、本作の「Spent On You」などでみられるハスキーな歌声を上手く響かせる様は、オアシス「Lyla」(2005年)などでみられるシンガーとしてのリアム・ギャラガーとの共通点を見出す事ができ、影響源となっていることが理解できるだろう。

そんな彼の3作目となる本作は、マンハッタンヘンジと言われるビルの合間から見える美しい日の入り「Sunset」から始まり、日の出「Sunrise」までの夜をテーマにした物語だ。アルバム・カヴァーや、ベニーを迎えた「Don’t Let Me Down」などを筆頭にした本作のMVでは、1920年代のフラッパー・スタイルと80年代のスーツのスタイルを掛け合わせたクールな佇まいを披露。そうした2つの時代がブレンドされた本作は、平衡世界のどこかにあるかもしれない別世界に迷い込んだかのようだ。特に「The Stranger」での音の歪みは時空を越える瞬間のようでもあり、そうした音処理や別世界へ迷い込む様などは、映画『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021年)を想起させる。

彼はヴィジュアル・イメージとサウンドを連動させながら作ることが好きだと語っているが、本作でも上記のヴィジュアル・イメージの折衷感をサウンドに持ち込んでいる。特に「Sunset」は分かりやすく、1920年代に流行したスウィング・ビートに掛け合わせる形で、80年代的なシンセサイザーの音色が鳴っている。さらにこの曲の終わりの方で挿入されるトイ・ギターのような音色は、ゼロ年代の80年代リバイバルであるメトロノミー『Nights Out』(2008年)も思わせるなど、本作ではそうした連動が聴く際の楽しみとなっている。

とりわけ「Horizons」のMVの舞台がダイナーであることは、象徴的に物語っているのではないだろうか。海野弘著『ハイウェイの誘惑 : ロードサイド・アメリカ』(2001年)によれば、1920年代頃からダイニング・カーを縮めてダイナーと呼ばれるようになっただけでなく、この頃に型ができ飛躍的に増えていったという。煌びやかなシンセサイザーの音色がフィーチャーされているため、蛍光ピンクの文字で“HENGE DINER”と書かれた看板は80年代リバイバルとして80年代映画のオマージュのようにも思えるが、彼のスタイリングなどを踏まえると、このMVは1920年代から本格的に発展してきたダイナーの歴史を踏まえた上で制作されたのではないだろうか。私が映画『ラストナイト・イン・ソーホー』を引き合いに出したのも、この映画の魅力の一つである聴覚メディアとして音楽を聴くだけではなく、1960年代のロンドンを実体験として主人公がタイムスリップする様が、本作の構造と似ているからである。それだけでなく、この映画と本作は、80年代リバイバルという文脈においても共通するものがあるように思う。映画では、スージー&ザ・バンシーズ「Happy House」(1980年)が音楽として使われていること。さらに印象的なシーンとして、同級生にとってはカイリーと言えばジェンナーだが、主人公にとってはカイリーと言えばミノーグであるという描写がある。これは、カイリー・ミノーグ『Fever』(2001年)を80年代リバイバルの起点として考えている私には、80年代リバイバルへの言及と捉えられる。

ここまで本作から読み取れる文脈を映画『ラストナイト・イン・ソーホー』と絡めて書いてきたが、本作の最大の魅力は、一番最初に言及した彼の歌声だ。特に「Horizons」、「The Stranger」、「Spent On You」、「Wet Cement」と進むに連れて徐々にドラマティックになっていく彼の憂いを帯びた歌声は、無条件に聴き手のこちらの感情を動かしてしまう圧倒的な力がある。最高潮に達した気持ちを沈めるようにオーシャン・ヴオンの朗読が聴ける「Sunrise」は、朝を迎えると同時に現実へと連れ戻されるような感覚を抱く。こうした構成も含め、先述の映画と同じ構造を持っているし、アルバムとしても起承転結が見事な作品と言えるだろう。(杉山慧)


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