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Little Simz: GREY Area

2019 / AGE 101 Music / Beatink
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UKラップ・シーンきっての異才が描く“灰色の世界”

02 March 2019 | By Daiki Takaku

ここは、『グレイ・エリア』。白でも黒でもないーー鉛のような曇天が重くのしかかるノース・ロンドンから届いたこの全10曲のラップ・アルバムは私にそう告げる。

フォーブス誌に「30歳以下の欧州で活躍するアーティスト」として選ばれる他、ケンドリック・ラマーからも「現行シーンで最もイルなラッパーのひとり」と賞賛を浴び、デーモン・アルバーン率いるゴリラズのツアーにも同行した25歳の若き才能、リトル・シムズ。スキルフルなラップを幹に、ジャズやネオ・ソウルなど様々な音楽性が組み込まれた過去作は、グライム・シーンの再浮上の渦中で(彼女もそのシーンの再浮上とともに注目を浴びたともいえる)無視できない存在感を放っていたものの、ときに奇妙で実験的であるが故に、シーンと同調しきることにも、その外側に深くアクセスすることにも苦戦している印象があった(これまで批評的には一定の成功を収めているにも関わらず、目立ったチャートアクションがないのもそのためだろう)。

 しかし、シムズと幼い頃から繋がりのあったプロデューサー、Infloがトータルプロデュースを担うことにより“実験的”と評するようなある種のぎこちなさに代わって、本作の音の質感には今までにない統一感がある。できることなら今すぐに再生してみて欲しい。イントロから鼓膜を叩く乾いたビートと、歪みうねるベースラインに誘われる冒頭曲「Offence」からその空間を生かすようにのびのびと鳴る邪悪なグルーヴに身を任せれば、ジミ・ヘンドリックスやエイミー・ワインハウスの若き死に想いを馳せた最終曲「Flowers」まであなたはきっと夢中で聴き続けることだろう。中でも「BOSS」のキツくフィルターの掛かった声や後半に突然鳴り出す電子音、サンダーキャットも参加する「Venom」の扇動するストリングスとそこに叩きつけられるラップ、あるいは「101 FM」のところどころ不意に途切れるビートに淀みのないフロウ…それらはまるで混沌とした世界=『グレイ・エリア』を切り取っているかよう。同時に、ジャケットに写る“灰色”の彼女の姿とその鋭い眼差しは、聴く者全てに突きつけている。混沌とした世界を見つめる“個”の存在を。そして見つめる“個”も世界の一部であることを。あなただけではない、わたし自身でさえ、白でも黒でもないのだと。そうここは白と黒が複雑に混じり合う、灰色の世界。

 本作の発端にはシムズが若くして注目を浴び背負ったプレッシャーと抱え込んだ孤独があるという。直面した苦悩は近しい存在であったInfloと寄り添うことによって他者と共有することが可能だと信じることができたのであろう。全編に渡って綴られるパーソナルなリリックは、灰色の世界をありのままの自分で生きていくことの宣言であり、それぞれが生きる灰色の世界はひとりひとりに違った濃淡があることをも示唆しているーーあなたの生きる灰色の世界はどんなグラデーションだろうか?ーーそんな想像力にこそ鮮やかな色彩が宿ることを本作は伝えているのかもしれない。(高久大輝)

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