Review

DSPS: Fully I

2019 / BIG ROMANTIC RECORDS
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仲間の脱退がもたらした美しき約束の音

26 September 2019 | By Shinichi Sugawara

DSPSはキャッチーなサウンドを奏でるポップ・バンドだが、その爽やかさの影でとてもストイックなチャレンジをし続けている。エイミー(曾稔文)とギターのテル(徐子)が描く詞世界はとても思慮深く、台湾人であるというアイデンティティと対峙しながら、自らがリスペクトする世界の音楽家に向けた、拓かれたアンサーを常に投げかける。ベースのアンディ(鐘奕安)は自身のファンクネスを自在に操りながら、常にバンドのベクトルを良い方向へ向かわせる。チキン(莊子恆)はビートの研究に余念がなく、その細かく構築されたドラミングによって、楽曲の世界観を更に広げる。僕は同じミュージシャンとして彼ら4人をとてもリスペクトしているし、刺激を受けている。

彼らが今作『Fully I』をレコーディングする前夜、僕はちょうど台北にいた。雨が降ったりやんだりする、蒸し暑い夜。交流のある雀斑 Frecklesのメンバーとの食事の席に、エイミーも顔を出してくれたのだった。

エイミーの口から、テルが脱退するということ、明日からのレコーディングに彼は参加しないという話を聞いた。突然のことで少しパニックになっている彼女は、「新しいバンドのアレンジを考えなくちゃ」と、涙目になった。その時彼らはすでに多くのライブやフェス出演、ツアーが決定していたし、ついこの前まで4人で仲良く演奏をしていたところを間近で見ていた僕にとっても、青天の霹靂だった。しかしそれと同時に、テルの気持ちも分かる気がした。バンドというのはとても不思議な集まりだ。バンドであるということ以外にそれをうまく説明できる言葉はないが、音楽家にとって時にその家族のような集団は、自分の歩む道を阻む鳥かごのようなものになり得る。

完成された今作を聴いて真っ先に感じたのは、間違いなく「テルの不在」だ。しかしバンドに残った3人は、彼のこれからの人生にエールを送るように、紡がれたストーリーを誠実になぞり、驚くべき集中力で録音し、アルバムを完成させた。独自のコードワークとメロディが鮮やかに浮かび上がるアレンジは、この先の彼らの新たな代名詞になると思う。

エイミーはあの時、泣きながら「テルのこれからを応援しているし、彼とは変わらず友達でいる」と言った。そして、「必ずいい作品を作る」と約束してくれた。

せっかくの新作レビューのスペースでこんなことを書き留められて本人達は迷惑かもしれないが、僕はテルのことを書かずにはいられなかった。

『Fully I』は、美しいバンドのドキュメンタリーだ。(菅原慎一)

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