Review

Hot Chip: A Bath Full of Ecstasy

2019 / Domino / BEATINK
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混沌とした社会への処方箋

21 June 2019 | By Kei Sugiyama

キャリアもほぼ20年を迎え、いまやUKを代表するバンドとなったホット・チップの7作目。ゴスペル・クワイア・グループ、The Mighty Clouds of Joyを下地にした「Melody of Love」での始まりから、自らの意思で生きることを肯定的に捉えた祝祭感で大団円を迎えるラストの「No God」まで救済がテーマとなっている。では何に対する救済なのか。それに対してアレクシス・テイラー(以下アレクシス)はインタビューで “「Melody of Love」は、西欧諸国に住むほとんどの人たちが感じている、ある種の政治的決断に対する失望や幻滅がインスピレーションだった。つまりUKで言えばブレクジットで、アメリカで言えばトランプが政権を握っていることだよね。あるいはこれまでになくかなり右寄りの政党が権力を持っていることとか”と語っている。本作は、各国で進んでいる政治的・社会的分断を彼らなりに、ダンス・ミュージックの快楽を通して超越していこうとする試みだ。

タイトルトラックとなる「Bath Full of Ecstasy」は、社会不安を癒し、安心感を与えてくれるという意味でアルバムの核となる楽曲だ。作品を通じて喪失感や無力感が時折顔を出すが、硬質なダンストラック「Hungry Child」は踊ることでそれを振り払おうとしているかのよう。またアレクシスの娘であるプルーデンスがコーラスで参加した「Positive」は、世代を超えることやより広い視点を持って繋がることを提示する文字通りポジティブな楽曲となっている。さらにいえばバンドの中心であるアレクシスとジョー・ゴッダードの2人が、ケイティ・ペリー『ウィットネス』(2017)へ楽曲を提供するなどの外部仕事は、より広い所と繋がろうとする彼らのいまの姿勢の一端のとも捉えることができるだろう。

このアルバムを聴いていて私は、彼らの4作目『One Life Stand』に収録の「Slush」と「Ally Cats」を思い出した。教会音楽的な響きを持つリフレインするコーラスワークなどは美しくも、救済を懇願するようでどこか悲しげだった。この2曲が持っている啓示や救済される感覚は共通する部分もあるが、本作では救済は懇願するものではなく、自分で立ち上がった先にあるものと描かれている。その多幸感と快楽に満ちたサウンドは不安を取り除き次の一歩を踏み出す手助けをしてくれているようだ。この作品を聴いた時の鼓舞される感覚は、混沌とする社会情勢に無力感や喪失感を感じている人々への処方箋と言えるのではないだろうか。なお、今作にはロデイド・マクドナルド(ザ・エックス・エックス、ケルシー・ルー、サンファ他)ら初めて外部から複数のプロデューサーが招かれているが、その中の一人、フィリップ・ズダール(カシアス、フェニックス他)がつい先ごろ急逝している。(杉山慧)

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