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【未来は懐かしい】
Vol.71
注目のレーベル《First & Last Records》が贈る、日本産自主制作フォーク・ロックの純真

15 June 2026 | By Yuji Shibasaki

今まさに、日本のアンダーグラウンドなフォーク・ロック発掘の動きが、かつてないほどの深度に達しつつある。古くは、1990年代後半以降のフォーキー〜「喫茶ロック」の一連のブームの中で、はっぴいえんど系列に限らない様々なフォークロック作品が再評価されるという流れがあったし、海外においても、西岡たかしらの『溶け出したガラス箱』や金延幸子の『み空』などの作品がサイケデリック〜アシッドフォーク発掘の文脈から一部のマニアに注目されるという流れがあった。

このような関心の高まりは、欧米のプライヴェート・プレス盤の発掘の動きとも連動しながら深度を増していき、非メジャー発の自主制作盤にへの注目にもつながっていった。2010年代には、国内のインディー・レーベル《ブランコレーベル》が、河名伸江の『のぶえの海』や、プライマリー・ミミ・バンドの『きままなひび』、ひるあんどんの『ページ1』などを発掘リリースし、いまだ知られざる世界が広がっていることを印象づけた。

海外レーベルの動による地道な動きもあった。2015年にロンドンの《Honest Jon’s Records》が浅川マキのヴィンテージ録音をまとめたコンピレーションを出したほか、2017年には、シアトルの《Light in the Attic》から、そのものずばり1970年代のフォーク〜フォーク・ロックを対象とするコンピレーション盤『Even A Tree Can Shed Tears: Japanese Folk & Rock 1969-1973』が登場し、英語メディアでも詳細なレビューが掲載されるなど、少なくない反響があった。

そのような状況を経て、日本のフォーク・ロック探求がより深いところまで到達しつつあるのが、2020年代を迎えからのここ数年だと言えるだろう。中でも、上述の《ブランコレーベル》と「レコードの目」の共著という形で、『和ンダーグラウンド・ディスクガイド』が刊行されたのは大きな出来事だった。約400点に及ぶマイナーなフォーク〜ニューロック系のレコードをレビューした本書は、まさにその時点での集大成というべき内容で、当時の音楽シーンの思いもよらない裾野の広さを思い知らせることになった。

2024年に「ににんがし」の『Heavy Way』を再発したロンドンの《Time Capsule》と並んで、ニューヨーク拠点の《First & Last Records》こそは、昨今のジャパニーズ・アンダーグラウンド・フォーク・ロック発掘を先導する最重要レーベルといえる。名門《Numero》のリリースにも携わってきたタイラー・クラフトと、ポスト・ロック系を中心とする《Red Blue Yellow Recordings》を主宰してきたヨハン・ニルソンの二人によって設立された《First & Last Records》は、日本のコレクターのIkeshita Shinsakuとの協力体制の元、これまでに、田中寛・不破洋一の『題名のないホワイトアルバム』、城山のならず者『城山のならず者』、阿部一族『阿部一族』などの激烈にレア、かつ内容的にも優れた自主制作盤をリイシューしてきた。オリジナル盤は、そのどれもがごく一部のマニアに知られている(あるいはそうしたマニアにすら知られていない)少数プレス作品であり、レーベル名の通り、しばしば若いアマチュア・ミュージシャンによる「最初で最後の」吹き込み作品であることを特徴としている。そのような徹底したアンダーグラウンド志向に加えて、(かつて、こうしたマイナーなレコードのリイシューがアーティストの許諾なく行われがちだったのとは異なり)オリジナル・アーティストとの交渉を経て原盤処理をクリアにした上、データ面・音質面でもきわめて充実したプロダクトを目指しているという点も、彼らの仕事を特別なものにしているといえる。

そんな《First & Last Records》による現時点の最新リリース作品が、今回紹介する西垣戸建築(「にしがいとけんちく」と読む)の『十月の雨』だ。正直に言って、私自身このレコードの存在も、西垣戸建築なるバンドについても、今回のリイシューの情報が出るまで一切知らなかった。なので、以下に記す基本情報は、全てレーベル側のインフォメーションやLPのライナーノーツを元にしていることをあらかじめ断っておく。

本作は、西垣戸正則と佐々木稔によって1971年に結成された埼玉県南の高校生デュオ西垣戸建築が、後輩のバンド「最悶我(モモンガ)」と共に、1974年に録音したレコードだ。1970年代初頭のフォーク・ソング・ブームから多大な影響を受けた上でオリジナル・ソングを作り、学園祭や市民会館、小さな集会場等で演奏を行っていたという彼らは、高校三年になる年に自主制作レコードを作ることを決める。そして、ジャケットにも写っている地元の廃病院を拠点に練習を続け、池袋のスタジオに乗り込んだ上、たった3時間で本作の録音を行った。収録曲は、上述の通り彼らのオリジナル曲によって占められている一方で、詞に関しては、当時のフォーク雜誌掲載の投稿詩からの借用や友人からの提供の他、ヴィルヘルム・ミュラーの詩や中原中也の有名な「汚れつちまつた悲しみに……」を引いてくるなど、文学少年ぶりがにじみ出ている。

特筆すべきは、そのオリジナル曲の無垢な魅力だろう。佐々木自身が当時を振り返りながら記しているライナーノーツによると、西垣戸建築の二人は、主に岡林信康や高田渡、吉田拓郎らに影響を受けていたというが、まさに、そのようなフォーク・ソングのカリスマたちの作風を範にしたような内容となっている。白眉は、冒頭のタイトル曲「十月の雨」だ。しっかりしたギター・ストロークと巧みなヴォーカル・ハーモニーに最小限のバッキングが付き、メロディーの素朴な美しさが際立っている。

ほか、A2「不安」やA3「悲しみの夜汽車」、B3「戦士に捧ぐ唄」などのダークな曲も、アシッド・フォーク〜サイケデリック・ロック的な観点から魅力的だが、個人的にはやはりM4「夏色の風」やA5「花こおとば」などのようなハーモニーを活かした爽やかな楽曲に惹かれる。ヴォーカルのコントロール、演奏ともになかなか堂に入ったもので、もし偶然の女神が彼らに微笑んでいたなら、1970年代半ば以降にメジャー・レーベルから雨後の筍のごとく現れたニュー・ミュージック系アーティストの一組としてその後のキャリアを歩む未来もあったのではないか、と思わせる。中也の詩に曲を付けた件のB4も素晴らしい。独特の湿り気と軽やかさが素朴なアンサンブルの上に不思議にバランスする様は、五つ赤い風船や六文銭のスタイルを彷彿させるところもあり、全員が高校生ということを考えると、なかなかに驚かされるパフォーマンスだとえるだろう。

そうした早熟さに感心させられる一方で、やはりその表現欲求の無垢さと、レコードという形で刻まれた一種のドキュメントとしてのみずみずしさにこそ感動させられてしまう。一生に一度しかないある日、ある瞬間の輝き。そういう瞬間の尊さが、全く何らの外界からの干渉とは無縁に、ただそこに存在しているように聴こえるのだ。1974年代前半という時代には、きっと彼らのような若者達は全国各地に無数に存在していたことだろう。彼らは、自主盤とはいえたまたまレコードを制作することができたが、その背後には、どれくらいのフォーク少年少女たちのレコード・デビューの夢が行場もなく漂い、そして消えていったのだろう。上の世代が先導した政治の季節が終わり、「優しさ」をお守りに内面へと遡行していった当時の10代の若者達が、どのようなまなざしをもって世界を眺め、そこに期待と不安を感じていたのかということが、これほどまでの高い純度で映し出され得たということに、とめどもない感動を覚えるのだ。重ねて言うが、このような純度の高さは、規制の音楽産業システムの内部・周辺からは(ごく稀な例を除いて)決して現れ得なかっただろう。

まさに、人生における「最初にして最後の」レコーディング経験になるだろうということをうっすらと分かっていたはずの当時の彼らが、その三時間を幸せに過ごした記録――。自身が所属していたフォーク研究会のテーマソングでもあったというB面最後の「メッセージ」で、囃し声を交えて演奏に興じる彼らの様子を聴いていると、不思議と涙がこぼれてくるようだ。あえて有り体な言い方をすれば、自主制作盤には、「夢」が詰まっている。その「夢」は、叶う前、あるいは叶うことが予め決められてないからこそ、輝かしく、同時に淡く美しい。レコード・マニアというのは、ときに、そういう美しさに誰よりも先んじて気づきそれを現代に蘇らせる、一種のささやかな審神者めいた存在になるのだ。素晴らしいリイシューだと思う。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


西垣戸建築

『十月の雨』


2026年 / First & Last Records


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柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


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