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BEST TRACKS OF THE MONTH -April, 2018-

Ben Vince – 「What I Can See (feat. Micachu)」

揺らぐように浮遊するサクソフォンの音色とサイケデリックなエフェクトが施されたヴォーカルが絡み合いながら空間に溶けていく。そこには甘美な魅惑があるがどこか哀愁漂うものもある。チャールズ・ヘイワードや灰野敬二とも共演するロンドンのサクソフォニストが5月25日に発売予定の新作『Assimiiation』から先行公開したこの曲は、レーベルがアーサー・ラッセル『ワールド・オブ・エコー』を引き合いに出して紹介しているのも納得の美しく気品高い一曲だ。

詳しいクレジットは現時点では分からないがミカチューは冒頭でも述べたヴォーカル、恐らくだがアレンジにも関わっているのではないかと思う。彼女の参加が大きな効果をもたらしているのは言うまでもない。過去作では基本的にサクソフォンのみで制作されていたが、『Assimiiation』には全5曲のうち4曲にゲストが参加しており、Benは今作における自身の役割を「媒介者」として説明している。多彩なゲストによって楽曲が自身でも予期しない形へと変化していくことを目論んでいるのであろう。その点作品の全貌が判明するのはまだ少し先だが、映画音楽やポップスの世界でも活躍するミカチューによって今まで以上に豊かな表現力を獲得した今曲はそうした彼の意図を最も反映したものになるだろう。 (堀田慎平)

Cardi B, Bad Bunny & J Balvin -「I Like It」

ピート・ロドリゲスの1967年のヒット曲「I Like It Like That」の大ネタづかいに、バウンシーなトラップのビートを掛け合わせた、野蛮なまでにキャッチーなトラック。カーディ本人の怖いもの知らずのラップが入るまでのわずか10数秒で、すでに全てが決まってしまっている感すらある、2018年、最も屈託のないポップ・ソング。J・バルヴィン&バッド・バニーというゲストのセレクトもどストレートだし、カーディ・Bという人は、本当に何の迷いもなく“正解ボタン”を押しまくって、ここ数年で、商業的にも批評的にも最も成功した新人の一人に成り上がった。もちろん、ここでのラテンという切り口は、ドミニカとトリニダード出身の両親を持つ、彼女自身のアイデンティティをサラリと主張してもいるわけだが、そういう御託が完璧に色褪せてしまう、鳴り出した瞬間に空気がガラッと換気されてしまう力強さが、この曲にはある。もう一つ、付け加えるなら、キック・ドラムとカーディのラップの関係性が、いわゆる“ビートに乗る”というような感覚とは完全に別物で、“ビートを投げる”という感じさえするのが面白い。トラップ的なプロダクションをどうポップス的に演出するか? というセンスに関して、いま一番冴えているのは彼女だと思う。(坂内優太)

 

Drake – 「Nice For What」

ドレイクは常に一貫性のある男だから信頼できる。メソメソと孤独や元カノへの未練ばかりを歌うことと、女性へのリスペクトを全力で表現すること。これらは彼にとって欠かせないテーマであり、この「Nice For What」はハード・ワークする女性からソーシャル・メディアでも飾らない女性まで「周りのことなんて気にしなくていいよ/今のキミを一番尊敬しているよ」と歌いあげることで、「私のことを理解してくれる/大事にしてくれる男」としての後者のパブリック・イメージを強化している。

ノア”40”シェビブとマーダ・ビーツによるトラックも抜けがない。「優しくして/そばにいて」と歌うローリン・ヒルのサンプルは、曲の中でも女性の期待に応えるドレイクを演出しているし、ニューオーリンズ産のバウンス・ミュージックのパーティ・ムードは、女性たちへの「祝福」を最大限に後押しする。極め付けは、チャーリーXCXの「Boys」へのレスポンス?と思いたくなる女性スターが次々と登場するMVである。「#MeToo」や「Time’s Up」ムーヴメントが広がる今、というのも常にエンタメ界のニュースメーカーであり続ける彼らしさ?とにかく、ドレイクが今年の夏を制することを約束する一曲だ。(山本大地)

HAON, Vinxen – 「Bar Code (Prod. GroovyRoom」

先日シーズン2が終了したばかりの、お隣韓国の高校生が主役のラップ・バトル番組「高等ラッパー」。その影響力は絶大で、出演したHAON(最終的に優勝を果たした)とVinxenが歌うこの曲は韓国のシングル・チャート1位も記録した。

GroovyRoomによるフューチャー・ベースを通過したミニマルなビートの上で難なくリズミカルに言葉を刻むフロウ。バーコードの白と黒を、光と闇、幸と不幸、精神の陽と陰、思い出の美しさと刹那の虚無へと、様々な二項対立へ移し替える想像力の深遠。希望を語るHAONと不安も吐露するVinxenという対照的なキャラ双方の複雑な感情表現の受け応えによって、闇がなければ光は存在しないということ、だからこそ希望だけでなく痛みや傷も抱えていて良いのだということを訴えている。それは10代で人間としてはまだ未熟な彼らだからこそのメッセージなのかもしれないが、この曲を聴いた私たちは彼らのスター・ラッパーとしての未来を確信するのだ。番組への熱狂を超えて、日本と同じく自殺率が高い”ヘル朝鮮”の若者たちを勇気付ける、この国にとっての「1ー800ー273ー8255」と評したくなるパワーがここにある。(山本大地)

Kamasi Washington – 「Fits of Fury」

これは、ジャズ・ミュージシャンにしか作れない、新しい音楽だ。二人のドラマーを中心に、全ての楽器隊が濃密に描き出していくラテン的でポリリズミックな律動は、驚くほどダンサブルだが、“クラブ仕様”というような軽々しい修飾からは何万光年も離れている。この曲が収録された新作『Heaven and Earth』はイギリスの〈ヤング・タークス〉からリリースされるが、それは、この音楽が英国的なダンス・ミュージックの文脈の上に成立することを意味しない。そうではなくて、かつて同レーベルがサポートしたFKAツイッグスやジェイミーXXの作品のように、まずはポップスのサウンド・デザインとして、あまりに斬新で鮮やかであることに焦点が置かれるべきだろう。曲の中盤に置かれた鍵盤やサックスのソロは、それこそ、この音楽を生み出した異能たちがジャズメンであることの何よりも強い主張だ。だが、楽曲は、その個々人の爆発的な躍動をも、美しく繊細なオーケストレーション、メロディの中に包括し、雄々しい大河のごとく進んでいく。ジョン・コルトレーンとジェラルド・ウィルソンという二つの巨星にも導かれながら進むその先は、アフリカとヨーロッパ、南米が溶け合う、まだ誰も見たことのない(だが、どこか懐かしい)ユニヴァーサルな音楽の地平だ。(坂内優太)

Kelsey Lu – 「Shades of Blue」

言うなれば、ネクスト・ソランジュ。実際、Kelsey Luはソランジュの『ア・シート・アット・ザ・テーブル』(2016年)にもシンガーとして参加していた一人だ。が、そこで結実したブラック・ミュージックとインディー・ロックの蜜月の、まさに次の一手に野心を燃やしているのが彼女なのだ。

楽曲のメロディは、R&Bのそれに近い。だが静謐なギターのアルペジオが主体の幽玄なサウンドは、グリズリー・ベアの『イエロー・ハウス』(2006年)のような趣きもある。最近までブルックリンを拠点にしていた彼女はそのインディー・ロック最盛期のDNAをも受け継ぎ、見事なクロス・オーバーをやってのけているのだ。

だが最も圧巻なのは、後半へ向かう展開。チェロを軸にした弦楽器が加わると同時に曲調は室内楽のごとく変身してしまう。クラシックを志していたという素養の裏打ちを感じさせる弦楽のアレンジも素晴らしいが、何より“第3”のジャンルをも呑み込み、曲の印象をガラリと変える劇的な発想には、何度聴いても息を呑む。彼女にとっては2年ぶりの新曲だが、この楽曲こそKelsey Luというアーティストの、真の目覚めだ。(井草七海)

kZm – 「Dream Chaser(feat. BIM)」

東京の夜に漂う享楽的、且つ退廃的な香りを纏うYENTOWN。そして洒落ていて、それでいてラフに東京を駆けるCREATIVE GRUG STORE。そんな若い2つのクルーからkZmとBIMが共にマイクを握った本曲は、kZmのファースト・アルバム『DIMENCION』の最終曲にして、マスターピースだ。

YENTOWNを影で支え続ける男、Chaki Zuluが手掛ける、スネアとキックのシンプルなビートにザ・キラーズ「Mr. Brightside」のサンプリングを乗せたロマンティックなトラック。その上で2人が語らうようにラップするのは、これから彼らが目指す未来の話だ。その等身大な若者の姿を綴るリリックは、愛や後悔に深いところで寄り添うこのアルバムをよりリスナーに近づけ、なにより、夜に紛れ、どこか掴みどころのなかった彼らが、同世代で共鳴し、未来へ向かって前進する意志を映す。仲間とチルアウトする日常を切り取ったMVもそれをナチュラルに際立たせている。東京のラップシーンのその先を担う、新世代のアンセム。(高久大輝)

Thomas Bartlett & Nico Muhly – 「Dominic」

ダヴマンことトーマス・バートレットとニコ・ミューリィという共にニューヨークを拠点とする二人のキー・マンによる共演アルバムからの先行曲。ミニマルやアンビエントの持つ静謐な穏やかさと、室内楽の持つ気品ある抑揚、丁寧に言葉を囁くようなヴォーカルとが合わさった実に立体的な構造の曲……というのはこの両者の音楽バックグラウンドを考えても当然の内容と言えるが、それに加え、本作はガムラン音楽をモチーフにしたようなアレンジ、メロディが取り入れられているのが面白い。憑依舞踏の要素を孕んだ現地のレゴンの映像を用いたようなこの曲のPVにも現れているが、実際に5月18日にリリースされるアルバムのタイトルは『Peter Pears~Balinese Ceremonial』。バリの音楽がコンセプトになっていることは間違いなさそうだ。そして、こういう作品を聴くと、ノンサッチがやはり世界の音楽史の今昔をつなげる最高峰のレーベルであることを確信するのである。(岡村詩野)

SASAMI – 「Callous」

バーガー・レコーズ、シークレットリー・カナディアンに作品を残したLAのインディー・バンド、チェリー・ グレイザーのキーボード/ギター・メンバーだったササミ。カーティス・ハーディング、ワイルド・ナッシングらの作品への参加や、映画/CM作品のオーケ ストラ・アレンジを手掛ける裏方としての一面も持つ彼女がバンドを離れ、今秋にリリースするソロ・アルバムの先行曲が本曲だ。

浮遊感あるリヴァーヴ・ギターとシンセサイザー。複層するボーカル。冷たく空間を満たすディストーション・ギター。そしてポップなメロディーは、まさに深遠で内省的な感覚をもたらすシューゲイザー・マナー。リリックに現れる「過去との離別と決断」というテーマ性に、ソロとして歩み始めた彼女の姿を重ねてしまうように、まさに彼女のあいさつ代わりの一曲となっている。

本曲は《ピッチフォーク》にて「ベスト・ニュー・トラック」を獲得。アレンジャーやプレイヤーとしての技術だけでなく、ソングライターとしての才能を提示した、ササミへの期待は着々と高まっているのだ。(尾野泰幸)

Snail Mail – 「Pristine」

Snail Mailのメランコリックなギターとローファイな哀愁漂うサウンドは、90年代のUSオルタナティヴを自然と彷彿させ、懐かしさを感じずにはいられない、本能的に身を委ねたくなるサウンドだ。

そこに乗せられるヴォーカルは、やるせなさや気怠さをニヒルに吐き出すようでもありながら、力強さも感じさせる。投げやりでもなく、勢いに任せるわけでもないそのヴォーカルには、単なる10代ならではの感情の吐露と表現するにはあまりにも陳腐だと感じさせる魅力がある。早熟さ故の感受性の強さと共に、誰もが普通に感じるような悲しみや苛立ちが共存する彼女の楽曲は、普遍性も持ち合わせている。

”I’ll never love anyone else”と言いながらも”I’ll still see you in everything”と言ってしまう、矛盾する感情の中でもがく姿には、誰もが一度は経験したことがあるであろう、歯がゆく切ない感情が思い出される。(相澤宏子)

Text By Shino OkamuraDaichi YamamotoYuta SakauchiNami IgusaDaiki TakakuYasuyuki OnoShinpei HoritaHiroko Aizawa

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