それが私のなかでの“Adult Romantix”
――来日公演を経たサミラ・ウインターに訊く新作『Adult Romantix』の制作背景とミュージシャンシップ
『Adult Romantix』には驚かされた。『Adult Romantix』は、ブラジル人の母とアメリカ人の父のもとに生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動するミュージシャン、サミラ・ウインターを中心としたバンド、ウインターの5枚目となるフル・アルバムだ。本作のオープニング・トラック「Just Like A Flower」で聴こえる、前のめりでドライなドラムが放つ高揚感と、痺れるようなファズ・ギターが織りなすジュヴナイルでフレッシュなオルタナティヴ・サウンドに心が躍った。
近年、インディー・ロック・フリークの間でギター・オリエンテッドなロックの人気と影響力が高まってきている。国内ではkurayamisakaを中心にジャパニーズ・グランジゲイズが隆盛。国外では10年代にバランス・アンド・コンポージャーやタイトル・ファイトが先導し、シチズンやベースメントが継いだソフト・グランジ。ピティ・セックスやターンオーバーといった《Run For Cover》勢(同レーベルの主要作品の多くに携わったプロデューサー&エンジニア、ウィル・イップの存在も重要だ)。本インタヴューでも名前の挙がったTAGABOWに代表されるフィラデルフィアの先鋭的かつ実験的なオルタナ・バンド・シーン(“フィリー・シット”と称されることもある)など、10年代にかけてアンダーグラウンドなインディー・ロックを支えたバンドたちが、(特に日本から見た場合の)感傷的なメロディーと炸裂する轟音を印象的に用いた現行オルタナ/インディー・ロックの隆盛に、重要な存在となっていると思う。ウインターの本作も、そんな10年代以降におけるインディー・ロックの文脈の中に位置づけられる作品といえるだろう。
ウインターはベッドルーム・ポップ、ドリーム・ポップ的色彩が強かった初期から、徐々にシューゲイズ、スロウコアに音像を傾け、作風をグラデーションさせながらリリースを重ねてきた。みずからの音楽的ルーツでもある90~00年代のインディー/オルタナに照準をあわせたという本作は、上述したようなアンダーグラウンドなインディー文脈に目配せし、サミラ自身の内省的なパーソナリティも色濃く反映しながら、プロデューサーであるJoo Joo Ashworthの貢献により楽観的でオープンな空気も閉じ込めることに成功した作品になっている。ウインターが初となる来日公演を果たした2月、フロント・パーソンのサミラに初めての来日、ライヴ、作品、制作についてなどなど、たくさんの話を聞いた。多岐にわたる質問に、サミラは丁寧に答えてくれた。
(インタヴュー・文/尾野泰幸 通訳/竹澤彩子 写真/kokoro 協力/吉澤奈々)
Interview with Samira Winter
──今回、日本にツアーをしに来てくださりありがとうございました。Instagramに日本で撮った写真を投稿しているのも見ました。今回の日本ツアーでは、どんなことが印象に残っていますか?
Samira Winter(以下、W): とにかくファンの人たちからの愛! 「ずっと日本に来てくれるのを待ってたよー!」って感じで、手紙やプレゼントをもらったり。正直、こんなに温かく迎えられるなんて思ってもみなかった。この週末に名古屋と京都に行ったんだけど、ちょうど初雪の日で。「あー、さすがにウィンターって名前だけに初雪を連れてきたね」みたいに言われちゃって(笑)。外も木も真っ白で、みんな雪ではしゃいでて、何もかもが美しすぎてキュンときちゃった。
──あなたが日本を東から西に移動しながらツアーをしている最中に、マイ・ブラッディ・バレンタイン(以下、MBV)が日本を西から東に移動しながら8年ぶりの日本ツアーを開催していました。同ツアーがおそらく数万枚のチケットがソールドアウトになっているように、MBVは日本でも所謂“シューゲイザー”の伝統と美学を象徴するバンドとして、今回のツアーであなたが共演したLuby SparksやBlurred City Lights、Hammer Head Sharkといった若いバンドにも多大な影響を与え続けています。あなたの音楽にもMBVもしくは、それが象徴する“シューゲイザー” という独特のジャンルが持つ魅力と美学が埋め込まれていると思います。あなたにとってMBVはどのような音楽、芸術ですか?
W:今この場で告白するけど、今回のこのツアーのスケジュールもMBVの来日に合わせて組んでいたんだよね(笑)。
──えー(笑)!
W:本当にそうなんだよ(笑)。前から日本に来たくて、日本のレーベル・スタッフに「どのタイミングがいいだろう?」って相談していたんだけど、MBVが日本に行くってことを知り、「あ、今がその時機かも」って(笑)。それでチケットを買って、MBVの来日に合わせてツアーのスケジュールも組んで、という。そのくらい自分にとっては思い入れのあるバンドだから。シューゲイズってジャンルと出会ったの自体、大学に入ってからっていうくらい遅咲きで。当時、ボストンでジャーナリズムを学んでいたんだけど、ブラジル育ちってこともありドリームポップとか、シューゲイズとか、スロウコアとか、そっち系の音楽については全然知らなかったんだよね。ただ、大学やボストンのローカル・バンドだったり、自分の友だちがそんな音楽をやっていて、その友だちに最初のウインターのアルバムのレコーディングを担当してもらった。当時から、シューゲイズやドリームポップ、例えば夢の中みたいな現実とは違う層の世界に連れていってくれるように美しく、意識が遠のいて現実から離れていくような、靴を脱いで、ただ音とノイズの中にふんわりと身を任せるような、そんな感覚に包まれる音楽には共鳴していたけど、MBVは特にメロディーが大好き。ビリンダ・ブッチャーは、わたしにとってのヒーローだしね。わたしとしてはシューゲイズにフェミニンな要素を持ち込みながら、歌のメロディーや節まわしの部分で、自分のルーツでもあるブラジル音楽からの影響を取り入れていきたい。さらに、そこにエレクトロニック・ミュージックを掛け合せて、みたいな。
──最新作『Adult Romantix』のアートワークはMBVのEP『Glider』のアートワークがリファレンスとなっているとのことですが、このアートワークはどのように、作品のテーマや精神性を象徴しているといえるでしょうか。
W:私のなかでシューゲイズのイメージは、誘うような色気のあるもの。だからこそ、ジャケットは絶対にキスでなきゃ!ってずっと思っていて。最初は『Glider』のアートワークみたいな路線で考えてたんだけど、撮影に協力してくれたカップルと一緒にカヴァー撮影をしたときに、少し離れた位置からすごくいいアングルの図が撮れて、しかもその白抜きの背景がちょうどハート型みたいになっていて。アートワークに使ったその写真は、私のなかでは愛の記憶みたいなイメージで、大人になって思い返す恋愛の記憶。それがアルバム・タイトルにある『Adult Romantix』に繋がっていったという。もちろん、それをどう解釈するのかは聴く人の自由だけど、私にとって『Adult Romantix』って、若い頃のあの純粋で無垢な愛っていうイメージなんだよね。すごく甘い想い出かもしれないし、ちょっと苦いかもしれない(笑)。「あー、うまくいかなかったなあ」、「あのときはやらかしちゃったなあ」って思うこともあるかもしれない。でも、とりあえずそれを乗り越えて自分が今ここにいるし、今はもう大丈夫、そういう運命じゃなかったってことだよねっていう。ただ、その記憶はいつまでも自分と共にあり続ける。その人との出会いによって確実に自分の人生が変わったし、自分の中にたしかな跡として残ってる。そういうかたちの愛。それが私のなかでの“Adult Romantix”。
──『Adult Romantix』が“インディー・ロックへの回帰”を試みたアルバムであるとインタヴューであなたが言及しているのを目にしました。私の印象では、前作、そしてこれまでの作品と比較してギターの音像がよりソリッドで乾いた印象になっていて、それが本作の熱い情感を高めている感覚があります。これまでの作品と比較して、本作においてギターの音作りという側面であなたはどのようなところに意識的に取り組まれたのですか?
W:ギターの感覚についてはまさにその通り。この直前に出したEPがエレクトロニック寄りで、そのときに「いや、私はそもそもインディー・ロック好きのギター少女なんだけどなぁ……」って強烈に思った(笑)。それもあって、今回は思いっきりインディー全開にしたかった。それとさっき話したシューゲイズや、今まで話してきたような要素を全部入れたアルバムを作りたくて、自然とそういう方向に傾いていったというか。要するに、この作品のギターはエフェクト使いがポイントだよね。ドライで、あまりリヴァーヴがかかりすぎてなくて、ヴォーカルも同じでドライで、若干サチュレートされたザラッとした質感で、より剥き出しの状態に近い音。そうなるともうどこにも隠れようがないんだよね。すごく無防備な状態に自分の声がおかれてる感じ。それとギターの音も、もうちょっとエッジを効かせた、尖った感じにしたくて。このアルバムは、私がロサンゼルスで過ごした何年間かの時間からものすごくインスパイアをうけていて、曲によっては自分が別のキャラクターの中に入って歌ってるものもあったりする。実際に声をピッチダウンして、男性っぽい、中性的な声で歌っている曲もある。例えば、「Misery」とか「The Beach」 とかでは、自分とはまるで違う声だなって思う。それは今回やってみたかったことの一つで、色んな声を試してみたかったんだよね。自分の声の色んな領域、それこそ低音から高音まで探ってみたくて、それはすごく楽しかった。そしてその試みにはなんとなくセルフケアのような部分もあって。というのも、何年も住んでいた街をちょうど離れようとしてる時期だったこともあり、いろんなキャラクターを演じることで、あの土地で出会った人々や思い出を一つ一つ振り返っていくみたいな感覚もあったというか。
──本作のギターの音作りといった側面でもっとも意識的に取り組んだ楽曲はどの楽曲で、どのようなことを意識されましたか?
W:それで言うなら「Misery」 かな。完成するまでに一番紆余曲折があった曲。最初、LAにいるときに友人のアレックス・クレイグと一緒に書き始めた曲なんだけど、最初はいまと全然違う雰囲気で、もっとテンポも速くて、バー・イタリア系統のインディーっていうか(笑)。ただ、そこからスタジオに持っていったときに、「あ、これは本物のドラムを使ったほうがいいよね」とか、「レッド・ハウス・ペインターズみたいなドラムを入れよう」、「アコギを入れよう」、「ピッチを下げて」、「声ももっと低く」って感じで、どんどん変化していった。ずっとどこかで男性ヴォーカルにも歌ってもらったらいいかもなあって、デュエットみたいな感じにしたいな、と。そうなると2番の歌詞が必要だよなってことで、ホース・ジャンパー・オブ・ラヴのディミトリ(・ジアノプロス)にお願いして、その2番のパートを歌ってもらったんだよね。だから、この曲は本当にいろんなピースを繋ぎ合わせながら、一番制作に時間がかかった曲。そして、ギターのトーンに関して言えば「Sometimes I Think About Death」なんかは、アレックス・Gとか、TAGABOW(They Are Gutting a Body of Water)とか、あのへんの感じを出そうと、エレクトロニカのビートとディストーションの効いたギターを混ぜようってアイデアから始まって、そこから色んなギター・トーンを試していって最終的にはボーズ・オブ・カナダみたいな方向に流れていった(笑)。ディストーションのギターとエレクトロニックなビートの組み合わせが思いのほか簡単には交わってくれなくて。色んな紆余曲折の末に辿り着いた形があの曲。
──いくつかのメディアで本作の「Just Like A Flower」が完璧なアルバムのオープニング・トラックだと、言及されています。私も勝手ながら「Just Like A Flower」を聴いて本作が素晴らしい作品になるに違いないということを確信しました。明確なコンセプトが用意されているように見えるあなたの作品において、この楽曲をアルバムの一曲目としてセレクトした理由を教えていただきたいです。
W:それが今となっては笑い話だけど、「Just Like A Flower」や他の何曲かに関しては、あまりにもぶっちゃけすぎてるし、自分をさらけ出しすぎてるから、本当は録りたくないって思ってた(笑)。オリジナルのデモは、今の「Just Like A Flower」のイントロみたいな感じで、もっとスローでドリーミーな音で、ほとんど日記みたいなものだった。まさに歌詞のまま、「完全に一人ぼっちで/酔っ払って、ハイになって/ベッドの中で」って(笑)。すごくパーソナルで人に見られたくない部分についての曲だから、こんなのレコーディングして世に出すとか恥ずかしくて無理!って (笑)。ただ、友人でプロデューサーでもあるJoo Joo Ashworthに自分が書いたデモを全部聴かせたのね。私はとりあえず大量に曲を書くのが好きで、50曲くらい書いて、そこからアルバム用に10曲とか13曲とか選ぶ形にしたかったのね。それで片っ端からデモを聴いてもらっているときに「Just Like A Flower」 のところで、彼が「これだよ、これは絶対にやらなくちゃいけないやつでしょ!」って。で、私は「えー、嘘でしょ、だってめっちゃガーリーすぎるし……」って回避しようとしたんだけど、「いやいや、この曲は何が何でもやるべきでしょ!」って彼が主張した。それでレコーディングし始めたんだけど、途中でJoo Jooから「もっと速くしてみたらどう?」って提案された。ただ、私の頭の中で思い描いているデモ・バージョンも一度形にしてみたかったから、そこから「じゃあ、両方やってみよう」となって。もともとは全部ひとつながりで一曲にしたくて、最初はスロー・バージョンから入って、途中で一回ブレイクを挟んで、そこからあのイントロのダダダダダっていうドラムロールで速いバージョンに入っていく構成だった。ただ、全曲録り終わってから曲を並べて聴いいたときに、レーベルの人から「イントロと本編だけにカットしてみたら?」って提案されて、「あー、たしかにアルバムのスタートとしてはそれもありかもね」って。イントロダクション的な曲からスタートするアルバムが好きなのもあったから、結果的には大満足してる。すごく面白いよね、自分にとってすごくパーソナルで、むしろ人に見せたくない部分が出てる曲のほうが、むしろ一番共感しやすいんだな、というか。やっぱり、私たちみんな人間なわけで。みんなそれぞれ普段人には見せない、自分だけの世界を内側に持ってる。だから、もし正直に自分自身を打ち明けたら、たとえそれがどんなに特殊でパーソナルなシチュエーションや、感情について歌ってるとしても、みんな普通に寄り添って共感できる。それってすごく美しいことだなあって。
──これは「Just Like A Flower」が素晴らしいがゆえに思いついた単純な質問なのですが、私にはアルバムの一曲目を聴いてそのアルバムが傑作であることを確信できる作品がいくつかあります。例えば、ブルース・スプリングスティーン『Born To Run』の「Thunder Road」やアメリカン・フットボールのファースト・アルバムの「Never Meant」、あるいはペイヴメント『Slanted and Enchanted』の「Summer Babe(Winter Version)」のような楽曲です。あなたにとってそのような作品は何が思いつきますか?
W:うわー、そんなことまで考えてくれてうれしい! とりあえずペイヴメントに関しては大ファン! えーっと、一曲目が最高のアルバム。……あんまりこういうのを記憶するのが得意じゃないんだけど。(スマホをチェックしながら、かなり長い間、検索中)
──ちなみにどの辺のアーティストをいま検索しているんですか?
W:スマッシング・パンプキンズとかヨ・ラ・テンゴで探しているんだけど、難しいね(笑)。
──変な質問をすみません(笑)。さらに「Just Like A Flower」をはじめとしてアルバムに収録された楽曲を聴いて私が思ったのは、これまでの作品と比較してドラムが生っぽい音になり、より前に出てきて、輪郭がはっきりして耳に届いてくるということでした。これが作品に全体としての前のめりなグルーヴやジュヴナイルな感覚を与えているとも感じています。先ほどレッド・ハウス・ペインターズの名前も出ていましたが、改めて本作のドラムの音作りについては、どのようなことを意識されていたのかをお聞きしたいです。
W:まず、私がプロデューサーと一緒に作業するときって、毎回一曲ずつ作っていくみたいなスタイルでやっている。バンドのメンバーが常にいるわけじゃないから「じゃあ、試しにバンドでライヴ演奏して録ろう」みたいなやり方じゃなくて、もっとプロダクションをベースにした感じで制作をしてるというか。だからドラムの音も曲によって全然違ったりするんだけど、「Just Like A Flower」のドラムについていえばいつもデモの段階では曲がスローテンポな曲を書きがちということもあるなかで、さっき話した「Just Like A Flower」が辿ってきた制作の展開によってあの高揚感がある楽観的なドラムが曲を生まれ変わらせたような気がする。「大丈夫!できる、できるよ!」って、背中を押してくれるみたいな。そんな楽観主義とか再生みたいなものを象徴しているのが、あのドラムの音だと思う。だから、アルバムの幕開けの曲として完璧だと思う。「Misery」はもっとレッド・ハウス・ペインターズっぽい雰囲気で、他の曲はもっとエレクトロニックなドラムだったり、わたしは普通のバンド形式で制作をするわけじゃないから、かえってそこがすごく自由だよね。全部が全部、生ドラムである必要もないし、曲ごとに好きなドラムサウンドを試せるというか。最近、エレクトロニック寄りの音楽からインスピレーションを受けることが多いのもあって、「Existentialism」とか、「Sometimes I Think About Death」、「Hollow」あたりはバワリー・エレクトリックにインスパイアされてる曲なんだ。そうやって色んなサウンドのパレットで遊ぶのが単純に好き。生ドラムとドラムマシンやエレクトロニックなドラムの両方の良さをいつも試しながら制作してる。
──先ほども名前が挙がったJoo Joo Ashworthは、わたしたち《TURN》も来日時にインタヴューを行ったSASAMIのお兄さんで、これまであなたの作品はもちろん、SASAMIやHand Habitといったミュージシャンの作品に参加していると思います。彼との最新作を作り上げる作業のなかで最も印象に残っていることはどのようなことですか。
W:以前に『What Kind of Blue Are You?』(2022年)を一緒に作って、そのあとにEPを作って、今回のアルバムは二人で作り上げてきたウインターのサウンドの延長線上にあるものにしたかった。その二作と地続きにありつつも、同時に新しいことにも挑戦してみたかったのね。あと単純にJoo Jooのことが大好きで。もともと彼がLAでフロスってバンドをやってるときに2人とも同じ音楽シーンにいたんだよね。そのあと彼はDJになって。いまは、自分の曲を彼のもとに持っていって、どうやってもっと面白くするかアイデアを膨らませていく作業がすごく好き。彼はいつも型に捉われない予想外のアイデアを思いついてくれる人で、「ねえ、ここにこのビートどう?」みたいな感じで、毎回、視点がリフレッシュされていくみたいな。彼は今回私がもっとインディー寄りのロック・アルバムを作りたいという考えを、すごく丁寧に汲んで、それをきちんとかたちにしてくれた。
──あなたのこれまでの作品を聴くと、フィールド・レコーディングのような環境音や会話音声を挿入したり、ホーンやシンセサイザーでのアレンジや、ヴォーカルのレイヤー・コントロールを巧みに行ったり、多層的なギターエフェクトをもって轟音の中に洗練を担保したりと、音像への幅広い遊び心が感じられました。一方で私が感じているこの感覚はあなたの楽曲の表層を、一部を感じているだけだとも思っています。そこで訊きたいのですが、あなたが楽曲を制作するにあたり、核心においていることはどのようなテーマや精神性ですか?
W:いま、自分が生きている人生の瞬間をそのまま映し出す、ということだと思う。だから、どのアルバムも最終的にはタイムカプセルみたいなものになっちゃんだよね。アルバムを作るまでにだいたい2、3年かかるんだけど、その間の自分の人生に何が起きているのか、音楽的に何にインスパイアされているのか、あるいは外側じゃなくて自分の内側に目を向けていくこともある。自分はいま一番何を作りたいと思っているか? っていう。だから、これまでにもいろんなフェーズを通ってきたなかで、作品としてリリースこそしてないけど、アンビエント系の曲も常に作ってるし、ブラジル音楽もずっと作っているんだよね。ウインターに関しては自分の中で明確に「こういう感じの音」っていうイメージがあるから、そこで統一しておきたい。とはいえ、どのアルバムも私の人生におけるある一定の期間を閉じ込めたタイムカプセルであり、変容のプロセスなんだよね。主人公が地下の世界に潜っていって、その中にある影と対峙する冒険物語みたいな。でも、それって決して容易ではない(笑)! 正直しんどいし、厄介だし、苦しいし辛いときもある。でも、それが、自分にとっては曲を書くっていう行為なんだよね。最新作の『Adult Romantix』もそうで、最初に取りかかったときには悲しみの渦中にいて、恋愛関係ですごく悩んでいて、その苦しさから紛れるように白昼夢とか、妄想の中での片想いに逃げ込んでいったっていう、そこがこの作品のスタート地点。でもアルバムを作り終える頃には別れを迎えて、荷物を全部まとめて、自由になって、別の街に移ってという変化を経験している。その過程のなかで「こんなことがあって、あんなこともあって、こうこうこんなこともあって」みたいな感じで、いろんな断片を集めていく。それをまとめて、最後まで仕上げていく。実は曲を完成させるのがいちばん難しいかもしれない(笑)。あまりにも楽しいからそのままずっと作業を続けたくなる(笑)。自分が曲作りで一番好きなのが新しい曲を書き出す瞬間で、そのときが一番ワクワクする。でも、最後の最後の工程の「ここのミックスをこう変えよう」とか、そういう細かい部分に向き合うのがいちばん大変だったりする。最後まで仕上げていくなかで、このアルバムの世界観をどうやって伝えよう? っていうところで、アートワークは? ヴィジュアルは? アルバム・タイトルは? どうやってこれを世界に打ち出していく? ってところまで詰めていく。ただ、今回のアルバムは初めてそこを最後までやり切ったっていう実感があった。もともとアルバムについて話すのがそんなに得意じゃなくて、自分の気持ち的には毎回、「ハイ、新作できました!じゃ、あとはよろしく!」みたいなノリだけど、PR担当に「もっと言葉で説明してくれない?」って毎回詰められていて(笑)。だから今回は、学校の課題だと思ってエッセイを書いて、『Adult Romantix』についてのテーマを書いて、モチーフを書いて、映画のストーリーを書いて……、ライヴ会場で出会ったミュージシャン同士のカップルが主人公のストーリーで……とか。そういう物語やテーマを全部書き出したことで、自分の言葉を見つける役に立ったし、アルバムの世界観を導いてくれた。それでようやく完成したのが今回のアルバムで、「ねえ聞いて、これが私のストーリーだよ。今回はこんなことを経験したんだ、それを物語にしてみたよ!」みたいな。でもいったん世に出たからには「どうぞみなさん好きに楽しんじゃってください!」みたいな感じ(笑)。
──先ほど少し話も出たように、あなたはブラジルにルーツがあり、英語とポルトガル語を同じように使って歌う楽曲もあると思います。われわれ日本人も日本語と英語を一つの楽曲の中で使い分けることはありますが、その多くはエスニシティの理由ではなく、ポピュラー音楽における文化的なオーセンティシティへの憧憬の現れでもあります。あなたにとって英語で歌うことと、ポルトガル語で歌うこと、そこではどのようなことを意識して言語を選択しているのですか?
W:子供の頃から両方の言語の中で育ったから、どちらも私の人生にとって大きな一部。家でも母とはポルトガル語、父とは英語で話していたし、学校もブラジルのインターナショナル・スクールに通っていて英語とポルトガル語の両方で授業をしていたから、頭の中で自然に切り替えてる。18歳からずっとアメリカに住んでいるから、今では英語で曲を書くほうがちょっとだけ楽なんだよね。でも、ポルトガル語で歌うときは、英語とはまったく違う性質の言語って気がする。ポルトガル語って、単語が少し長かったりどこか詩的なんだよね。英語はもっと直接的で「I want you」とか「I love you」みたいに普通に言えちゃう。でもポルトガル語でそれをそのまま言うのは抵抗があるっていうか。たぶん日本語もそうなんじゃないかな。
──日本語でも同じように、「I want you」や「I love you」を、そのまま直訳するのは違和感がありますね(笑)。
W:ポルトガル語でも一緒。だから、英語において、ストレートじゃなくて遠まわしに伝えたいときとか、ロマンティックな響きにしたいときはポルトガル語を選ぶ傾向にあるかな。ただ、ポルトガル語に関しては、今後もっといろんな場面で曲の中に取り入れていきたいなって思ってるよ。
──あなたがかつて暮らしていたロサンゼルスについて「懐かしむのに最適な場所」だといい、最新作も「失われたロサンゼルスの夏」というテーマがあると目にしました。いまアメリカのバンドも、日本のバンドも大きな作品制作を駆動するテーマの一つに「ノスタルジー」、もしくは私たち日本人にはその細かいニュアンスを感じられないかもしれませんが、「サウダージ」という概念に似た感情や経験があるのではと感じています。あなたにとって、あなたの音楽にとって「ノスタルジー」もしくは「サウダージ」とはいったいどのようなものですか?
W:そうだなあ、私にとってノスタルジアでありサウダージって、そこから世界や過去を見つめていくレンズみたいなもの。その感情を通過することで、自分の気持ちと折り合いをつけていくみたいな。エリオット・スミスのめちゃくちゃ悲しい曲とか聴くとめちゃくちゃ心に効くわけじゃない? たとえ今自分が悲しくなくても、ものすごく響く!、みたいな。私は普段はハッピーな人間で、日々心穏やかに過ごしていたいし、あんまり人に対して攻撃的に出るとかなくて、どちらかというと(日本語で)「カワイイ」? みたいなタイプ。音楽は私にとって自分の中にあるダークな感情とか、複雑な感情を探求するためのメディアみたいなものだと思う。そういう意味で、ノスタルジアだとか、センチメンタルな感情って、ある種の純粋さと繋がってるためのツールでもあるし、過去を癒す手助けにもなってくれたりする。わたし自身、常にそうしてるっていうわけじゃないけど、ときに過去を振り返ることで感じる美しさみたいなのがあって、例えばポラロイド写真を撮ったり、アナログの写真を撮ったりすると、ぼやけた線が写り込んだりするでしょう? ああいう感じの美しさだね。あれは、日本語でなんて言うんだっけ?(日本語で)「キンツギ」?あの壊れたものを金で修復する……。
──金継ぎ、ですね。
W:そう、まさに金継ぎの発想だよね。不完全の中から生み出される美しさ。不完全な部分もすべて美しいものとして受け入れる。傷ついた過去もその過去の痛みも大切に金で繋げて抱きしめるように。私にとってノスタルジアもサウダージも、その金継ぎの金の役割をしてくれているんだよね。自分が過去に感じたこころの傷や痛みを自分に許してあげて、そこから昇華されたところに癒しが訪れる。そこからまた前に進んで歩んでいこうっていうね。
<了>
Text By Yasuyuki Ono
Photo By kokoro
Interpretation By Ayako Takezawa
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Winter『What Kind Of Blue Are You?』
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