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来日公演直前!
アンビエント? ジャズ? 
ナラ・シネフロが表現する余白

24 November 2024 | By Tetsuya Sakamoto

音楽でありながら、それを超えていこうとするもの──大言壮語な物言いかもしれないが、わたしはナラ・シネフロの音楽に触れるたびにそんなことを感じる。ほとんど自分自身の内部で鳴っているかのような親近感もあれば、共通の規則を持たない他者から語りかけられているような感覚に陥ることもある。掴んだと思った瞬間にするりと逃げていくとでも言えばいいのか、あるいは、あらゆる音楽的文脈からの解釈を拒み、音の根源へ向かっていると言えばいいのか。新作の『Endlessness』がリリースされ、待望の来日公演(現在チケットはソールドアウト)が目前に迫っている今に至っても、なかなか的確な言葉を見つけられずにいる。

Photo by Kris Tofjan

シネフロがデビュー作『Space 1.8』をリリースしたとき、その紹介にはアンビエント・ジャズというタームが用いられることが多かったように思う。事実、筆者もその言葉を使った。ハープとモジュラー・シンセに、スピリチュアル・ジャズの要素を交えながら生み出した瞑想的なサウンドには、ジャズとアンビエントの美学が共存しているように感じたからだ。その象徴が、サックスとシンセ、ハープがゆっくりと織り重なりながらドローン化していく、17分を超える「Space 8」だろう。だが、そんなサウンドの端々からは、ジャズやアンビエントといった文脈だけでは語ることのできないラディカルな音が響いていた。例えば、「Space 1」では鳥のさえずりや虫の鳴き声といった環境音をハープやモジュラー・シンセと絡め、ミュージック・コンクレート的手法で構築しているし、「Space 6」ではシンセ・ドローンに点描的ともいえるサックスと複雑なドラムを干渉させることで躍動感のあるグルーヴを生み出している。つまり、『Space 1.8』はアクティヴに動き続けているのだ。そして、その動きのあるサウンドは、単に癒しを追求するというよりも、より複雑化する社会からの外圧に対峙するために、伝統的な楽器を用いながらジャズやアンビエントの根源に迫り、それらを超えた新たなサウンドへ変成させる試みのように思えたのである。だからこそシネフロは、『Space 1.8』リリース後の《Pitchfork》のインタヴューで、自身の音楽がアンビエント・ジャズと定義されることに抵抗する言葉を発し、「本物のクラシック・ハープ奏者は、私が演奏しているヴィデオを見たら発狂するでしょう」と言ったのではないか。



そんな動きのある『Space 1.8』に対し、新作の『Endlessness』のテーマになっているのは、アルバム・タイトルも想像できるように、輪廻だ。また、楽曲は「Continuum」(=連続体)と名付けられ、それぞれに番号が振られている。だが、本作における連続体とは、曲と曲がシームレスに繋がっていくことを意味するものではない。本作のサウンドの中心になっているのはシンセのアルペジオの反復だが、シネフロは曲ごとにアルペジオの形を変えていく。ドラム、サックス、トランペット、フリューゲルホルンといった楽器はそのアルペジオの変化に合わせて、自由連想のように近づいたり離れたりしながら、曲をさまざまな次元へと導いていく。つまり、この自由で微細な変化のループが、本作の連続体の正体なのであり、本作に一貫性を与えているのだ。「Continuum 1」では、ニューエイジ風のシンセ・ループとジェームス・モリソン(エズラ・コレクティヴ)のサックス、モーガン・シンプソン(ブラック・ミディ)のドラムが溶け合いながら曲を形作り、中盤でストリングスの美しく光沢のある響きを加えながら、叙情的なサウンドスケープを描く。続く「Continuum 2」では、ゆったりとしたシンセ・アルペジオに、ライル・バートンのピアノ、シーラ・モーリス=グレイ(ココロコ)のフリューゲルホルン、ヌバイア・ガルシアのサックス、ナシェット・ワキリのドラムが即興的に交わりながら、穏やかなオーケストラル・ジャズを展開。シネフロなりのR&B表現と言うこともできる「Continuum 8」や、モータリック・ビート的なアルペジオに、テリー・ライリーやアリス・コルトレーン、あるいはワンオートリックス・ポイント・ネヴァーを想起させる眩いシンセ・ドローンと激しいドラム・ロールを交錯させつつ、最後はピアノのシンプルな旋律で締める「Continuum 10」も魅力的だ。このように音に没入しながら、その内部の微妙な変化に耳をそばだてていると、なぜだかわからないが、ヤン・イェリネック『Loop-Finding-Jazz-Records』(2001年)を並べて聴きたくなる。ジャズからのサンプルをフレーズ単位以下までチョップし、ループ・ポイントを緻密に変え、シーケンスをほぼ使わずにクリック・ハウスと絡め、か弱い音の一つひとつをどこまで聴取/認識できるかという根源的な問いを我々に投げかけた同作が、微細な変化の連続体である『Endlessness』と共振しているように思えてならないのだ。

こうした考察が、数日後に控えたシネフロのパフォーマンスをみるための良き補助線になるかどうかは正直わからない。なぜならば、『Space 1.8』にしても『Endlessness』にしても、聴くたびに違う風景をみせてくれるからだ。素直に聴けば神秘的で美しい音楽だ。だが、彼女の音楽には、アンビエントやジャズの文脈だけでは解釈することのできない余白がある。わたしはこれからもその余白を楽しみたいと思う。(文/坂本哲哉 写真/Kris Tofjan)

Text By Tetsuya Sakamoto


Nala Sinephro

『Endlessness』

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https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14242


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