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英リヴァプールとマイケル・ヘッドの蜜月
今なお迸るペイル・ファウンテンズの微熱

21 October 2022 | By Takafumi Ogihara

1983年、NHK-FMの《クロスオーバー・イレブン》でオンエアされた「Love’s A Beautiful Place」(《Virgin》からの2枚目のシングル「Palm Of My Hand」のカップリング曲)を聴いて、一気に心を掴まれてからもう39年。当時はFM雑誌には番組表にオンエア曲が掲載されており(当時は決してプレイリストとは呼んでませんでした)、《Fool’s Mate》や《ロック・マガジン》で話題になっていたペイル・ファウンテンズ(The Pale Fountains)の楽曲がオンエアされるのを心待ちにしていました(僕の住んでいた田舎では輸入盤のシングルはほぼ入手出来なかったので)。

この時の印象が強すぎて、翌年(1984年)リリースされた名盤の誉れ高きファースト・アルバム『Pacific Street』は初めて聞いた時、少し地味に(オシャレ度が後退して、フォーク・ロック過ぎない?と)感じたのも事実。そしてセカンドにしてラスト・アルバムの『…From Across The Kitchen Table』は、このTURNのライトニング・シーズ(10月14日に13年振りのニュー・アルバム『See You In The Stars』を発売したばかり)のイアン・ブロウディのインタビューでの「自分を出しすぎてしまった」という発言で、あの路線変更はイアンのプロデュースによるものが大きく、バンド発ではなかったのかとリリースから30年以上経ってから知ったこともあり、その後、マイケル・ヘッドへの見え方も変わったような気がしました。とは言え、マイケルと弟のジョンが結成したシャック(Shack)の1988年のファースト・アルバム『Zilch』(このアルバムもイアンがプロデュース)を聴いた際には、ペイル・ファウンテンズが戻って来たという感慨があったのも事実ですが、マイケル・ヘッドに関しては、このような感慨を何度も経験しているような気がします。作品のインターヴァルが開き気味なのも確かなのですが、割と劇的な復活劇のようなシチュエーションが用意され、それに引けを取らないような作品を発表しているのが大きな要因かと思います。

そのペイル・ファウンテンズやシャックのフロントマンでソングライターでもあった、英国リヴァプールの至宝、マイケル・ヘッドが、(1982年のシングル「Just a Girl」で)レコード・デビュー40周年を迎えた今年(2022年)6月に、彼の現在のバンド、マイケル・ヘッド & ザ・レッド・エラスティック・バンドの5年振りとなるこのニュー・アルバム『Dear Scott』をリリースしました。これは彼の音楽キャリアでの10枚目のアルバムにもなります。

発売前には日本の大手レコード・チェーン店ではほぼ無視されていた(商品登録もされていなかった?)このアルバムは、全英チャートで初登場6位にランクインし(フィジカルとヴァイナル・チャートはハリー・スタイルズに続き2位)、彼のキャリアで最も高いチャート・アクションとなりました(これまではシャック時代の1999年のアルバム『H.M.S. Fable』の25位が最高なので、初のトップ10入りを記録)。いくらフィジカル・セールスの比重が高そうなUKアルバム・チャートとはいえ、本当に予想外でした(リリース・タイミングでは、初のトップ10入りを応援しようキャンペーン的なものもあったようです)。

ザ・レッド・エラスティック・バンドとの作品は、前作にあたる2017年のアルバム『Adiós Señor Pussycat』(元ペイル・ファウンテンズのアンディ・ダイアグラムが、初リリースとなった2013年のEP『Artorius Revisited』に続き、トランペットで参加)までは、マイケル本人も設立に関わった(ほぼ自身のレーベルと言える)《Violette Records》からのリリースでしたが、『Dear Scott』は、同じ地元リバプールの後輩バンド、ザ・コーラルの2021年のアルバム『Coral Island』もリリースした親会社が北京で、リバプール拠点の《Modern Sky UK》からリリースされました。また『Dear Scott』は奇しくも、ザ・コーラルの創立メンバーで、現在はソロ・アーティストとして活躍しているビル・ライダー・ジョーンズがプロデュースを担当しており(彼はアークティック・モンキーズやブラーのグレアム・コクソンとのコラボレーターとしても有名で、先輩から後輩ミュージシャンまで広く慕われています)、2019年の夏頃から制作に入っていました(ザ・コーラルがデビューした《Deltasonic》は、元シャックのドラマーの故Alan Willsが設立したレーベルで、プロデューサーがイアン・ブロウディだったのも因縁めいています)。

当初のアルバム・タイトルは『New Brighton Rock』で、3分の2のところで、制作は頓挫していましたが、ライブを行って資金集めをし、レコーディングを再開して、2年を賭けてアルバムを完成しました。1983年生まれのビルは、マイケルの作品の熱心なファンで、プロデュースだけでなく、ギターやピアノでの演奏、オーケストレーション等のアレンジャーとしてもアルバムに貢献しています。

ビルとともに、ミックスを手掛け、エンジニアリングも担当しているのは、ライヴ・メンバーでもあるナサニエル・カミングス(現在の名義はNathaniel Laurence)で、彼はプレイヤーとしても(ギター、バッキング・ヴォーカル等で)参加。録音メンバーは、前作(2017年の)『Adios Senor Pussycat』に引き続き、近年のライヴ・メンバーでもある、フィル・マーフィーがドラム、トム・パウエルがベース、マーティン・スミスがトランペットやフレンチ・ホルン他(元ストーン・ローゼズのジョン・スクワイアーのレーベル、《North Country》からリリースされたシャックの2003年作『…Here’s Tom With The Weather』、ザ・レッド・エラスティック・バンドの『Artorius Revisited』にも参加)で参加しており、バンド感の増した演奏を聴かせています。

2006年にノエル・ギャラガーのレーベル《Sour Msah》からリリースされたシャックの『…The Corner Of Miles And Gil』にも参加していたアンディ・フリズ(以前はAndy Frizell名義で参加)のフルートもかなり印象的にフィーチャーされています(マーティンとアンディはホーン・チームとして2007年の『Time Machine (The Best Of Shack)』収録の新曲「Wanda」にも揃って参加していました)。

今作での初参加は、チェロで参加のイヴリン・ホールズ、ギター&バッキング・ヴォーカルで参加のダニー・マーフィーで、ダニーは近年のこのザ・レッド・エラスティック・バンドのライヴ・メンバーでもあり(ドラマーのフィルとは兄弟)、ザ・コーラルの現在のライヴ・メンバーでもあります。レコーディングは、ビルとナサニエルが運営している、英マージーサイドのウィラルのウェスト・カービーにある《YAWN Studios》(ビルの2018年のアルバム『YAWN』から来ている?)で行われております。

マイケルの年齢の半分ぐらいの若さの、ナサニエル、フィル、ダニーの3人は、2018年にザ・コーラルのジェイムス・スケリーのレーベル《Skeleton Key Records》よりデビューした、リヴァプールの5人組インディー・ポップ・バンド、The Peach Fuzzのメンバーでしたが、今年7月にデビューEP『Just Ripe』を《Modern Sky UK》からリリースしたばかりだったのにも拘わらず、8月に解散を発表しました。

本作『Dear Scott』の成功が、解散に繋がったのであれば皮肉な話ですが、ナサニエルとダニーのそれそれの仕事が充実して来ているのも要因なのかとも思いました。ナサニエルは、9月上旬に行われたマイケルのスコットランドでの元ティーンエイジ・ファンクラブのジェラルド・ラヴ(Gerry Love名義)との弾き語りライブでもサポートを行う程、必要不可欠なメンバーとなっています。

ペイル・ファウンテンズの初期のライヴのレパートリーには、ハル・ディヴィッド&バート・バカラックによるディオンヌ・ワーウィックの代表曲「Walk On By」、1969年の『On Her Majesty’s Secret Service(女王陛下の007)』の挿入歌で、2021年『007/No Time To Die』でも使用された(歌詞はハル・デイヴィッド、作曲は映画音楽の巨匠ジョン・バリー、歌唱はルイ・アームストロング)の「We Have All the Time in the World(愛はすべてを越えて)」、更にはスウィート・ソウルの名曲、デニース・ウィリアムスの「Free」(オリジナルは、超貴重音源集が《International Anthem》より発表されたばかりのチャールズ・ステップニーのプロデュース曲)があり、マイケルがまだ20歳前後だっったことを想定すると(彼は1961年生まれ)、かなり早熟だったように思えます(トランペットだけでなく、スティールパンやヴァイオリン奏者もライヴに参加していて、とてもその編成はインディー・ロック・バンドという風情ではありませんでした)。 今思えば、シャーデーやエヴリシング・バッド・ザ・ガールがブレイクする前に、彼女たちを手掛けたロビン・ミラーが《Virgin》からの最初のシングル「Thank You」(1982年11月リリース)のプロデュースを手掛けていたということも、非常に象徴的な気がします(元ヤング・マーブル・ジャイアンツのアリソン・スタットンのいたウィークエンドと同時期)。

この『Dear Scott』にも、ホーンやストリングスが効果的に使用され、初期ペイル・ファウンテンズから面々と引き継がれている、アーサー・リーのラヴ直系のノスタルジックで繊細なメロディーは健在で、アコースティック・ギターの響き、(プログレとは明らかに違う)バカラック的ともいえる流麗な転調や曲展開が多く、映画音楽のようなアレンジはよりナチュラルに、彼の楽曲に馴染んでいて、この40年の積み重ねが結実した作品のように思えます。「The Next Day」や「Gino and Rico」、「The Ten」はその典型的な好例です。目紛しい展開の「Fluke」の後半のストリングスは、ペイル・ファウンテンズの「Unless」(悲しの風景)を思い出したりもします。

アルバムに先行し、3月にMVが公開された「Kismet」、4月にMVが公開された「Broken Beauty」、5月に先行シングル的に公開された「The American Kids」、どの曲もシャックの名曲群を最適化したゴージャスなアレンジでアップデイトしたかのような出来栄えで、アルバムへの期待を高めるのに非常に貢献したと思います。 こんなにも現在の主流とは逆行しているような楽曲やサウンドで、堂々とヒットチャートの上位に食い込めるのは(いち早く、ロック・バンドの復権が叶った)イギリスならではと思ったりもしましたが、完成度が高く、伝統と気品が感じられ、美しくバランスとれた楽曲が続くことで、これまでの作品と一線を画していることが、このアルバムの訴求力に繋がったのかとも思いました(英紙《The Guardian》は5点中4点、英音楽誌《MOJO》は5点満点、《UNCUT》誌は10点中の9点と、軒並み高評価でした)。

シャックを2000年代にフックアップしたノエル・ギャラガーですが(当時はまだオアシス在籍中)、そのノエルの2021年のベスト・アルバム『Back the Way We Came: Vol. 1 (2011–2021)』に収録された新曲2曲(特に)「Flying On The Ground」が、本人がインタビューで語っていたようにバカラックのメロディーとモータウン的なコーラスを意識した(バート・バカラックが、モータウン風な曲を書いたというイメージで、コーラス・グループのROXYには「Walk On By」風にとリクエストしたとのこと)、地味ながらもかなりの名曲だったことからも、どことなく、老成したペイル・ファウンテンズのようにも聴こえ、マイケル・ヘッドの今回の復活劇がナチュラルに演出されていたようにも感じました。

Apple Music & iTunes MSでは、マイケル・ヘッド & ザ・レッド・エラスティック・バンドのオフィシャル・サイトのみで販売されていた2020年2月2日のライヴCDの音源『Live in London』が『Dear Scott』のデラックス・エディションで聴けますので、そちらもどうぞ(SpotifyやYouTube Musicでは『Live in London』単体作品として聴けます)。なんといっても、ペイル・ファウンテンズの「Reach(青春はいちどだけ)」を演奏にしているのがトピックです。

シャックの1991年に録音されスタジオの開催でマスターテープが消失し、残されたDATをマスターに1995年にリリースされたセカンド・アルバム『Waterpistol』収録曲が4曲も演奏されているのも意外でした。近年のザ・レッド・エラスティック・バンドとの曲よりも、不遇なシャック時代の楽曲を多めにしているのは、マイケルなりの長年のファンへのサーヴィスだけでなく、新規ファンにもこれらの曲を知って欲しいという狙いもあったように思えました。《MOJO》誌のインタビューでも「個人的には浮き沈みは激しいが、曲はいつでも出来ていた」と語っているように、常に素晴らしい曲を書き続けたいたからこそ、どの時代をクローズアップしても、名曲が浮かび上がってきます。

リヴァプールという街で繋がった、若いプロデューサー、若いバンド・メンバーとの邂逅により、リフレッシュしたかのように、豊かな創作活動を行い、サビないソングライティングを十分に発揮したこのアルバムで、マイケル・ヘッドの溢るる才能を再発見して貰えたらと思います。(荻原孝文)

Text By Takafumi Ogihara


Michael Head & The Red Elastic Band

Dear Scott

LABEL : Modern Sky UK
RELEASE DATE : 2022.09.07


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