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「どうやって作ったんだろうっていうものが生まれた時が一番気持ちいい」
“ネオネオアコ”? いや、“純然たるポップ・バンド” Nagakumoファースト・アルバム『NGKM』リリース

26 August 2026 | By Shino Okamura

2021年1月に関西で活動開始。でも、それ以前のまだ音源が世に出る前から丁寧な活動のイメージをプランニングしていた、という話に、なるほど、と納得する。ここに届いたファースト・フル・アルバム『NGKM』のジャケットのアートワークだけを見ると、まるで精緻に作られたミニマル・テクノ、ハウス、IDMの作品のようだし、自分たちの足取りを浮つくことなく整理するように話すオオニシレイジは、リーダーで、ソングライターで、ギタリストだが、敏腕プロデューサーのようでもあるからだ。そして、この日、初めて取材で会ったオオニシは実にしっかりとこのバンドの、そしてシーン全体を大局で見ていた。確かに渋谷系を連想させる側面はある。“ネオネオアコ”というキャッチフレーズにもニヤリとさせられるが、それは単なるレトロ回帰でもリバイバルでもなく、時代の外側に立って過去の音楽を眺め直す、というオオニシ特有の批評的な距離感によるもののような気もする。

だが、聞こえてくる音を前にして、いやいやこれはそんな冷静な計算から生まれるような音でもないだろうに、と甘い気持ちにもなる。どう考えてもこれは純粋なポップ・ミュージック・ラヴァーズたちの純然たる思いが凝縮されたものだ。確かに入口には日本で再解釈されたネオアコ/ギター・ポップの文脈がある。乾いたギター・カッティング、滑らかなベース、軽快なドラム、洒落たコード進行、コモノサヤの可憐なヴォーカル……それは一定のノスタルジーを確かに喚起させる。しかし、そうした語彙ばかりを追いかけているとこのバンドの最も芳醇な部分を取り逃がしてしまう。解釈や知識を先行させず、ただただポップ・ミュージックの最もジューシーな根っこに立ち、そこから上を目指そう、多くの人とつながろうとする姿勢は実は純真なものなのではないか。

オオニシは自らのことを職人気質があると言う。そしてサヤはバンド全体に見え方をとても大切にしている。J-POPの土俵上で勝負することを望むオオニシのソングライティングと、その確信を背負って堂々とマイクに向かうサヤの声は確かにこのバンドの輝きの担保になっている……そんな表現もできるのだが、いや、そこでちょっと待てと、2026年の夏の終わりにこんな情熱と躍動に満ちたポップ・アルバムが誕生した、『NGKM』というファースト・アルバムにはそんな気取らないキャッチコピーの方がきっといい。

「Nagakumo」という名前は、百人一首にも含まれている歌「君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな」(藤原義孝)からとられている。だが、晴れた日に見える雲のような、白く軽やかで、輪郭は愛らしい、けれど、その内部では絶えず水蒸気が動き、形が変わり、光と翳りが入れ替わっている──Nagakumoは、存外、そんなポップ・センチメントを持つバンドなのかもしれない。二段階のアレンジワーク、ポップスに対するクラフツマンシップ、そして民藝のスピリットにも通じる手作りのフィジカル・パッケージなどを武器に新風を吹き込んできたNagakumo。ファースト・フル・アルバム『NGKM』のリリースを機に、オオニシレイジとコモノサヤに話を訊いた。(インタヴュー・文/岡村詩野 協力:FM京都)


アルバム『NGKM』トレイラー

Interview with Reiji Oonishi, Saya Komono

──曲作りは完全にオオニシさんひとりの単独作業なのですか。

オオニシレイジ(以下、O):孤独な制作から始まるんですけど、メンバーに送るのはドラムとかベースとかメロディが入っている、僕がDTMで作ったデモですね。

──イメージを想定し、かなり作り込んでいるデモなんですか。

O:作り込んではいるけど、完成形とは結構違ったりします。僕がメンバーに送るときに、結構もうアレンジ、編曲まで済ませてるんですけど、それを受けて、サヤちゃんが歌詞を書いたりすることでメロディが変わったりもしますし、ベースとドラムがまったく違うフレーズを当ててきたりします。最終的な完成形は、二段目の編曲があって生まれ変わるみたいな感じなんです。

──曲そのものの細部は変わるけど、方向はそのままですか。

O:はい。そこはそうなんです。絶対にイメージが先にあって、そこに当てはまるように作っていくっていうスタイルですね。今までに作った曲を考えて「今はこういう曲が欲しいな」と思って、自分が生み出したお題に対する回答、ベストアンサーを考えていくみたいな感じです。テーマ先行で曲が生まれますね、いつも。例えば、アルバム2曲目の「Supermoon」は、アルバムの中でリード・トラックになるような、わりかしアップテンポで推進力がある曲が必要だなと思って、そこに合うような曲を書いていく。なので、作っているうちにこうなった、みたいなことはあんまりないですね。

──その「Supermoon」はどういうイメージを想定していたのですか。

O:メロディとかすごいキャッチーで、JPOP的なアプローチなんですけど、逆にリズムの部分ってドラムンベースに初挑戦してるんです。ドラムの(ホウダ)ソウも僕もルイス・コールが好きだったので、そこを軸にして「これをポップスにできないか」みたいなところから着想を得た部分もあります。ただ、新曲の方向性はメンバーにあんまりヒアリングもこっちからしないんです。雑談してる中でたまに「次はこういう曲がやりたい」と言ってくれることがあるんです、メンバーから。それがすごく嬉しくて、結構採用!……って言ったら上からですけど、アイデアのトリガーになることがめっちゃありますね。

──なるほど。今となってはサウンド面でのリファレンスや目標がかなりハッキリあるんですね。では、まだ1曲もなかった一番最初……2021年の1月に活動開始を公表した時は、どうでしたか。

O:実はその元日にもう曲を出したんです。実はあの時点で4曲のレコーディングが終わってて。

──はい、2021年元日に公開された「テレビショウ」ですね。そして「テレビショウ」を含む4曲入りEPが春に出て。

(コモノサヤ、以下S):そうなんです。最初のEPに入ってる4曲なんですけど、2月になってからCDを作って、サブスクは3月で、と計画していました。できることからちょっとずつ出していったみたいな形なので、その最初の4曲は実は活動開始時点でレイジが構想してました。ただ、私たちがレイジから聴かされたデモは、全てリスナーのみなさんも聴くものになってるんですよ。レイジがデモとして出してきたけど「いや、これは……」みたいなのは一曲もなくて。レイジの中ではもちろんあるかもしれないんですけど、こういう曲が必要だから書いてて、実際それは必要だから採用される、みたいなのをずっと繰り返してきたんです。

──2021年1月1日に情報を出した時点でもう楽曲があって、「こんなバンドですよ」ってことを曲で伝えられる状態にあったわけですね。

S:そうです。それは、レイジが4年ぐらい、それ以前にやっていたバンド(揺れるドレス)があって、ある程度関西で知ってる人は知ってるみたいなバンドだったから、「彼がやるらしい」っていうのに見てくれる人がいるだろう、っていうのもたぶんにあったとは思います。《HOLIDAY! RECORDS》さんとかが紹介してくれて、関西で大バズりしまくるみたいなバンドがいる時期でもあったんです。実際に、「こういう曲を出すんです、レイジが新しいバンドをやるんです」って事前に音源を聴いてもらってました。初めてのバンドじゃないからこその動きみたいなのはあったと思います。そういう意味でもプランは明確にありました。

O:計画的犯行だった可能性ありますね(笑)。「バンドを組みました」ってもう早く言いたい気持ちももちろんあったんですけど、そのときに聴ける音源がないと好きになってもらえるかわからないし、自分がファンだとしても、新しいバンドを発見したときに曲を聴けたほうがいいじゃないですか。そういう思いがあって、ちょっと仕掛けた部分は多分好きでやってたと思いますね。

──冷静ですね。そのプランありきの姿勢はどういうところから着想を得たものなのですか。

O:前年の2020年はコロナ禍でライヴ活動とかが結構制限されてる感じだったので、結構自然に「音源つくってやるか」みたいな感じでしたね。

──コロナで停滞していた時期に自然と冷静になったと。とりあえずスタジオに入って音を鳴らしましたというところからではなかったことが奏功した。

S:ああ、そういう青臭さは確かにないですね。

O:初めてバンドを組んでみたとか、初めて曲を作ってみたとかは高校生でやって、そういう段階がとっくに終わってたんですよ。なので、ある程度自分はこういう曲が作れるとか、もう客観的に研究できていて。こういうふうに見せたいっていう狙いももちろんあった、っていうのは当時の心境だと思います。

──誰もやってないから、こういうことを、こういう見せ方をしたいとか、そういうのもあった。

O:そうですね。今の音楽シーンにどういう曲が必要か、みたいな気持ちもあって、音楽シーンごと盛り上げたいっていう気持ちはずっとあるので。そういう、自分のポジションみたいなのをすごく日々今も意識しますね。これより前に、そもそもバンド(揺れるドレス)を始めた頃は、10代だったっていうのもあって、若いバンドに対する目線の向けられ方って、「若くて青くて熱いバンド」か「天才、ハイセンスでおしゃれ」みたいなのが二極化してるなと当時思っていました。それってなんか多様性がないし、バンドってそんな一面的なものじゃないなと思ってたんで、複合的な音楽をやりたかったし、それを自分ならできるという自信があったんですね。そこにきてコロナ。そのせいで大学に行けないっていう制限が厳しい時代と重なったのもあって、すごい精神的に参ってたんですよ。もうバンドも失ったし、友達とも会われへんしみたいな。で、ひたすら自問自答し続けて、「自分は何ができるんや?」っていうところから、Nagakumoがどういうところにいくのか? みたいなイメージに行き着いた部分もありますね。

S:私は、逆に個人的には、あのとき世の中が止まったのをラッキーと思ったというか。

──というと?

S:ちょうどハタチになる歳だったんですよ。「ハタチになるのにまだこんな感じか」みたいなことが自分の中でいっぱいあった時に、世の中が止まったからラッキーと思って。でもみんながいろんなことに疲弊していったりする中で、なんかずっとやれることを楽しんできたなって思ってて。なんか時間稼ぎじゃないですけど、っていう感じになったんですよね、個人的に。バンドを始めたこともそうでしたけど。

──そんな中でも自分たちに刺激を与えてくれるような存在のミュージシャンはいましたか。

O:僕はバンドじゃないんですけど、星野源さん大ファンで。広く知られていてお茶の間の知名度もあって、マルチに活躍されてるじゃないですか。でも音楽ファンで、星野源さんの音楽が音楽ファンにももちろん認められて高く評価されてて。でもコアな人だけに向けてつくってるわけでもないっていうのがすごい尊敬していて。僕らはもっと小さい規模で始めたバンドですけど、同じスピリットでやっていけたらなって思っていました。存在として大きいですね。

S:私は、関西に出てきたときに、関西のバンド・シーンにすごいびっくりしたというか。地元の広島県福山市で、高校の時からライヴ・ハウスで遊んでたんですけど、音楽やってる高校生はそこでひとまとまりっていうか、細分化されるほどの人口がなくって。すごいちっちゃい世界で、音楽を一回やったらほとんどみんな知り合いみたいな環境だったんです。誰かのライヴがあったら、とりあえず地元のバンドがみんな集まるみたいなところで遊んでて。それもすごい楽しかったけど、2019年に大阪に出てきてみて、「インディーズ・バンドがこんなに面白いことできるんだ」って刺激を受けて。バンドはすごくたくさんいて、それぞれ波長が合う人たちでムーヴメントみたいにしてるっていうシーンにすごい感銘を受けて。京都とか神戸もそうだし、大阪も町ごとにいろいろあって。私はDENIMSがすごい好きだったんですけど、船を貸し切ってライヴをやったりとか、地元では絶対に見えない景色を見た時に「そこに混ざりたい」って気持ちを持ったんです。でも、私自身はまだ弾き語りしかできないから弾き語りをやってみたら、逆に今度は弾き語りだけの界隈があることにもびっくりして。「女子であること」が前提の弾き語りの世界とかにもまず身を置いてみて、なんだこれは! みたいな。カルチャーショックを受けて。

──カルチャーショックとは?

S:「違う世界にいくにはどうしたらいいんだろう」みたいなことをすごく考えてた時期にコロナが来たっていうのもあるんですけど。関西で音楽をしていく、身近にいたバンドみたいになるにはどうしたらいいんだろうみたいなのをすごく考えてたし、やるんだったらDENIMSとかみたいに変なこと、その中でも誰もやってないようなことを、地元のつながり、友のつながりで大きなことをやるみたいなのにすごい憧れてましたね。

──どこにいってもちょっと居心地悪いしとか、でも、こういうことやりたいし、ああいうこともやりたいし、面白い驚かせるようなことをやりたいのに、どうしたらいいだろう……みたいに模索している状況だった。

S:めちゃくちゃそうですね。大学の軽音に入ってみたら、みんなが「自分たちで音楽をつくりたい」とか、そういうライヴ・ハウスで面白いことをしたいって思ってるわけじゃないんだ、っていうのにも結構びっくりして。高校の時は軽音部もなかったんですよ、田舎すぎて。なんですけど、軽音部がめちゃくちゃでかい、100人以上いる軽音部に入ったけど、みんながそうやって人前に出たいとか、なにか人を巻き込みたいって思ってるわけじゃないんだっていうのにも、すごいカルチャーショックを受けました。

O:僕は大阪市出身で関西にずっといて、高校も軽音部ありましたし、結構交流あったりとか……境遇が結構逆ですね。しかも楽しかった。高校の時とか純粋に音楽をやること自体が楽しくて。楽器も始めたところだったし、練習が楽しいみたいな感じで。大学に入ってからも僕は結構ジャムセッションをやるような小規模な団体にいたんですけど、そこで気の合う仲間もたくさんでき、人にはかなり恵まれてきたので居心地はずっと良かったです。

──居心地が良くなかった人と良かった人が出会ってバンドを組んだ。

O:(笑)今もNagakumoはたくさんの仲間に囲まれて居心地はずっといいなと思ってます。

S:今の居心地はもちろんいいし、お客さんもそうだし、いわゆる関係者にも面白がってくれる方が多くないからこそ濃く繋がれてるなっていうのが実感としてありますね。私にも、すごく好きなバンドがいました。大学生の時にすごい敬愛して聴いてた中でいうと、今もですけど、羊文学とかLaura day romanceとか大好きです。「自分たちはこういうのがやりたいからやる」っていうのがすごいはっきりしてるバンドかなって思ってて。CDを出すからジャケットをつくった、とかじゃなくて、映像とか全部含めて自分たちが表現者としてやる、っていうのがハッキリとあるし、コミュニティの作り方がすごい上手で、それを自分たちの作品に落とし込んでるのに憧れてたというか。インスタを見てて「このデザイナーさんと仲が良くて、こういう写真家さんと仲が良くて」みたいなのが嬉しかったというか、いいなあと思っていましたね。

O:今サヤちゃんの話を聞いて思ったんですけど、サヤちゃんはコミュニティの作り方や見られ方、つながりを大事にしていたわけですよね。でも、逆に僕は、ついつい曲に対する職人であればいいみたいな感じで考えてしまうところがある。Nagakumoの打ち出し方とか見られ方みたいなのはサヤちゃんがちゃんと舵取ってくれてるんだなって思いますね。今回のアルバムもジャケットの特装盤が出ますし、今までのリリースも全て、普通のジュエルケースのCDじゃなくて特殊パッケージだったりしていて。他のバンドがやってない面白いことをやりたいっていうところのアイデアをサヤちゃんが担ってくれてるんですよね。だから、最初に「PLAN e.p.」を出した時から今も変わらずやれてるのかもしれないです。

S:見え方の部分に関してはそうですね。曲に関しては逆に完全にほぼレイジに任せてて、実際に出てきた曲に対して「なんかこの曲は……」って思ったこと一回もない。そこはもう任せ合ってるみたいな形ですかね。

O:そうだね。だって、僕はサヤちゃんをバンドに誘う時に、僕は曲が作りたいけど、あんまり歌いたくないんだよって言ってましたから(笑)。でも当時、サヤちゃんは逆だったらしくて、歌いたいけど曲は別に作りたくないと思ってたらしくて。補い合ってますよね。

──レイジさんは実際にかなり職人気質なんですか。

S:このバンドは2回アレンジをするタイミングがあるわけですけど、その2回目のアレンジに関しては、イエスとノーがレイジの中ではあらかじめ考えてあるのかわからないですけど、「それは受け入れる」「それはダメ、これは作曲者の意図」みたいなのがすごいハッキリあるんですよ。なので、みんなで揉み合っていいものができました、っていうのではなく、レイジになかったものを私らが出せるだけ出して、「じゃあこれとこれも入れたほうが美味しいかな?」とか、「これはもうベースの味だから、これは手をつけるとうちの味じゃなくなるよ」みたいなところがすごいハッキリしてると思います。

O:それ聞くとすごい職人だ(笑)。

S:寿司職人(笑)。

O:代々受け継いできた味を守る、みたいな。総監督というか、バランスの調整役ではありますね。最終的にメンバーの個性をどれぐらいの分量で入れるのか、みたいなところの。メンバーそれぞれ得意なことがあるわけじゃないですか。さっき僕ら2人が補い合ってるって話もありましたけど、4人いるので、4人それぞれ補い合ってると僕は思ってて。それを考えて、Nagakumoの曲を作る時はメンバーに当て書きをする意識があるんです。一人だけが個性を出しすぎると崩れちゃうんで、そこを崩れないようにギリギリで形を保つみたいなことは考えますね。

──どういうところにその職人っぽさが出ていると思いますか。

O:僕はお題があればあるほど輝くタイプだと思っていて。逆にノーテーマだとできないんですよ。なのでNagakumoも一つ「渋谷系」というテーマがざっくりあったりだとか、一曲一曲に対して「今回はちょっとジャズ強めで」とか「ロック強めで」とか、大喜利みたいにNagakumoの新曲にベストアンサーを出し続けるみたいなのが好きなんです。むしろ、芸術家じゃないんですよ、あんまり。

──芸術的だっていうことに対しての抵抗があるということですか。ポップ・ミュージックのハードルをあまりあげたくないというか。

O:そうですね。音源として並んだときに、感情の爆発の並びじゃないんですよ、全然。総合的に聞けるアルバムにしたいという気持ちがある。陶芸職人だとしたら、こだわった最高の商品でもちゃんと使えるお皿であってほしい。

──実用的な部分もちゃんとほしい。

S:民藝ですね。

O:生活に根ざしてほしいという気持ちもあるんで。

──柳宗悦のようなスピリット。

O:そうですね。合理化された美しさみたいなのが基準になってるんですけど、だからこそそこからはみ出たものも美しいと思ってて。はみ出るものも収まるものも、うまく調和が取れていたら嬉しいです。

──その調和は自然にされているものですか。

O:気がついたら枠に収まってしまいそうになるんですよ。なので意識的にはみ出すということをやっているので、最終的にはみ出したものになってるかもしれない。というのも、高校生の頃に結構音楽理論とかを勉強しましたし、大学の時にセッションをやってたら音楽の理屈っていうのが必要になってくるんですけど、理屈に押し込められないようにしたいなとずっと思ってて。あえて自分で何が起きてるかわからないことをやるみたいな。この曲、自分でどうやって作ったんだろうっていうものが生まれた時が一番気持ちいいです。自分の中に壁とかゴールとかをつくらない、道順を決めないようにしてますね。でも、すでにある民芸品を量産したいのではなく、何か新しいものを生み出したいという気持ちが常にあるので、今までのものを踏襲しながら、そこにジャストアイデアが輝く瞬間もあるっていう。

──ベタな言い方をすると「温故知新」ですね。

O:そうです。こういうジャンル、音楽性、他にやってる人がいないだろみたいなのがすごい好きなんですけど、かといって他に誰もやってなかったらそれでいいというわけでもないと思っていて。新しいことと奇を衒うことは全然違うので。星野源さんや小山田圭吾さんのスタイルが好きで尊敬しています。そのバランスみたいなのはちょっと言葉にできないですけど、自分の中の、もう言ってしまえばセンスというかを信じてやるしかないと思ってます。

左から、コモノサヤ(ヴォーカル、ギター)、オオニシレイジ(コーラス、ギター)、ホウダソウ(ドラムス)、オオムラテッペイ(ベース)

──では、新しいことってどういうふうにしたら生まれるものだと考えますか。今回のアルバムの中で、新しいことをやったなって思える部分がある曲はどれですか。

O:僕は「Question」という曲ですね。Nagakumoの今までのアプローチとしても新しいですし、“リフ・ミュージック”って日本で全然流行ってないというか、リフがループして展開していく曲って比較的少ないと思うんです。なので、そこをもっとポップスとして挑戦できるだろうと思って。「誰もやらないんだったら俺が実現させたる」という気概で作りました。メロディーも複数のスケールが交互に登場したりして。コーダルの世界から抜け出して、モーダルっぽいアプローチができて、そこにちゃんとキャッチーな歌が乗ってる……かなり新しいことできたなと思ってます。

──曲の一番最初の段階からそれはアイデアとしてあったのですか。

O:そうですね。あと、歌詞の推敲が結構ありましたね。この曲は僕が歌詞を書いてるんですけど、「もっとこういうふうに変えたい」っていう意見があったので、そこを取り入れて一部変えたりとか。このバンドはレコーディングの直前に歌詞が変わることがよくあるんですけど、最後まで妥協せずに詰めるという感じで仕上がりました。

S:「Question」もそうだし「贅沢な週末を」なんかは、「これ、歌わせる気あるのか?」っていうくらいに難しい曲なんですよ(笑)。そもそも私は音楽に対してめちゃくちゃ知識があるわけでもないし、ディグってきたこともあんまりない、それこそ感覚でしかやってこなかったので、どういう曲なのかとかも、正直、しっかり理解してあげれないんですよ、歌モノなのに。でも逆に、だからこそフラットに、どんな曲でも「はい、歌います」みたいな感じで全部トライしてますね。

O:これ(「Question」)が今回のアルバムで最初にできた曲なんですよ。

──届く時にはすごくポップだし、フレンドリーに聞こえるけど、いざ歌ってみようと思ったら難しい。

O:そうですね。難しく聴かせたいわけじゃ全くないんですよね。複雑さが一番前に出てこないようには気をつけてますね。そこは美学ですね。マインドの部分でそこが大きく変わると思ってて。難しいことをやるのが目的にならないようにしてます。何か別の意図、こういう表現がしたいみたいな……例えば「Question」だったら、二つの感情が自分の中で矛盾する世界観を表現したいという、音楽表現としての目的があって。二つのスケールを使おうとか、結果複雑になるというのは確かにあるんですけど、どうだ、難しいだろうという意識で曲を作らないようにしています。ポップだけどプログレッシヴの一歩手前をずっと綱渡りしてるみたいな瞬間もありますね。

S:私も歌うの慣れました(笑)。最初のうちはやっぱり「中で歌ってる人からすると曲についていけてない」と思ってたんですよね。全員がバランス取れてたっていう話ももちろんあるとは思うんですけど、「ベースは歌のことあんま考えてくれてないな」とか、「そこでそのリズムを刻むと歌は入れないよな」ということがあったし、ヴォーカルとして、はっきり言うと大事にされてないなみたいな気持ちも最初すごいあったんです。でも、私自身も含めだんだんみんなわきまえていったというか、分かってきて。今これがこのバンドの、ライヴをするバンドの14曲です、と言えるようになった。そういう意味でも、今だからこそ揃った14曲かなっていうのは思ったりもしますね。

O:Nagakumoは確かに4人が主役のバンドと思うんですけど、昔は4人それぞれが自分が主役やと思ってる瞬間ってあったと思うんです。でも今は4人が4人とも主役だと思えてる気はしますね。そこって結果似てるようで全然違う。じゃあ全員が常に注目され続けていればいいかと言えば、そんなことはなくて、出たり後ろに下がったりするようなバランスが重要ですし、その中でもヴォーカルはフロントマンとして一番前に出るべきだというのが僕は思ってるんで。でもヴォーカルのワンマンバンドでも退屈だとも思っていて、そのバランスをうまく『NGKM』では表現できた気はしますね。もちろん、ヴォーカルは最初から前に出た方がいいと思ってたんですけど、楽器ももっと前に出したいみたいな気持ちもあって。その足し算引き算がちょっと上手くなった感じは、総合監督として成長したのかなって気がしています。あと、自分がヴォーカルを取る曲がNagakumoで初めてちょっとずつ出てきたっていうのも重要で。歌唱に対する理解が深まった感じもこの数年ありますね。

──民藝的作品を内面から理解して、さらに自らプロデュースする感覚。

O:そうですね。生活に根ざしていて、かつ手作りであるという点においては、確かに非常に民藝かもしれない。外からはあまり見えないような、入稿とか発注とか、そういう作業とかも、メンバーで集まって手作業でやってます。もちろん、音源制作においても、本当にメンバーだけで編曲をするので、商業的な意図、第三者の意図っていうのが本当に入らない状態で今までできてきてるっていうのがすごい手作りだと思いますね。それを、徐々にコントロールできるようになってきた。でも、結果、理解してこだわりを持ってやってるからこそ、NagakumoはありがたいことにCDをたくさん手に取っていただけてるのかなと思います。配信だけじゃなく、モノを買ってくれている。

──それも最初からの狙いだった。

S:はい、そこは最初から。今って配信が普通になってて、CDを家で聴くっていうシチュエーションがあんまりないなっていうのを自分でも実感をしている中で、それでもわざわざCDを買う意味があるものってどんなのだろうっていうのをすごい考えたんですよ。「今の時代にCDを作る意味って何だ?」って。当時は私もお金がなかったんで、ちょっと違う感じの袋を買ってきて、ちょっと特殊な印刷をかけて、それであまり誰も見たことがないだろうみたいなCDを作ることしかできなかったですけど、そういう発想自体はずっとあったんです。それを少しずつ進めていって形を変えてきた。これまでいろんなパッケージでやってきましたけど、どんどん理想の形に近づいてきたっていう感じですね。

──それこそ渋谷系の時代はみんな凝ってましたよパッケージ。ピチカート・ファイヴ、オリジナル・ラヴ、フリッパーズ・ギターなどを手掛けていた信藤三雄さんの仕事は“作品”でした。

S:たまたまですけど、そこにリンクしたのもなんかすごい面白いなって個人的には思ってて。

O:もし「絶対に売れるものを作らないといけない」っていう時に、前例のないものを作るって怖いと思うんですよ。ある意味挑戦的。売れるか売れないかわからないものを出す、今まで見たことないものを作るって、そういうことだと思いますね。リスクはもちろんあります。でも、そこをインディペンデントにやれるメンバーがこのバンドにはいて。今回、本の装いをした特装盤もリリースするんですけど、《SECOND ROYAL》も快く取り扱ってくれることになった。共感していただいたのは環境に恵まれているのでありがたいですし、ファンの人にも温かく見守ってくれたら嬉しいですね。「またNagakumoが面白いことしてるな」と思ってくれたら、僕は非常に嬉しい。新しいものをやる時に、自己満足で新しいものをやるのでなく、人に売れる、すなわちいろんな人に楽しんでもらえることに意識が向いた結果、いろんな挑戦につながってるっていう部分は強調したいですね。

S:「私たちがCDを出したいから出す。だから買ってください」じゃなくて、それが面白いからお金を払いたくなった、みたいな感じになればいいな。

──過去の他アーティストの作品で、いいなと思うパッケージの作品はありますか。

S:実は全然詳しくなくて。無知ならではのゼロベースでやってきたって感じでした。テカテカ、キラキラした袋をAmazonで見つけてそれを買って、これでパッケージやって、みたいな感じ。知識があったら、「でもこれは誰々がやってて、こっちは誰々がやってた」と思うんでしょうけど、そういうのもなかったから、ヘンに自信を持って「これでやります」って! 実際Amazonに売ってるから、その後一時期インディーズで同じような袋を使った作品が出てきたりとかして、面白いなって思いました。私自身は本当に知らぬが仏精神でやってきたかなと。

O:音楽って再解釈とか破壊と再構築みたいな部分がありますよね。それはまた渋谷系の一つの要素であると思ってて。その感覚がもっと活性化すればいいなって僕はずっと思ってるんですよ。なのでアイデアはどんどん盗んでいってほしい。その方が音楽業界、まあ小さいところで言えば関西インディー界隈からでもいいので変わっていくと思うし。Nagakumoをきっかけにもっといろんな新しいことをするバンドが生まれて盛り上がっていってくれたら嬉しいなと思いますね。僕は曲の解説とかギターの解説の動画を上げたりとかしてるんですけど、それもそういう思いがあるからなんです。

──情報をシェアしたい。

O:そうですね、伝えたいというか。

──真似されたっていいし、それを誰かが受け取って、一緒にまたそれを盛り上げてくれたら本望だと。

O:そうですね。そういう思いです。第二のNagakumoが現れてほしいですね。ぜひ「我こそは第二のNagakumoだ」という人は連絡してほしいです。そっくりそのままなんかもうパロディみたいなことをやってても。

──そういう意味では確かにかなり確信犯ですね。“ネオネオアコ”というキャッチフレーズを名乗っているところとかも。

S:あれ良かったですね。あれにもだいぶ助けられた。あれ、コイズ(小泉大輔。《music studio SIMPO》代表エンジニア/プロデューサー)さんが名付けたんですよ。

O:つけたというより、コイズさんが冗談で言ったのを僕らが気に入って、最初に言ったら定着したみたいな感じでした。そもそも、ネオ・アコースティックがネオですから、そこがミソなんですよ。再解釈の再解釈みたいな連鎖っていうのが、どんどん音楽業界が煮詰まることなく続いていったら一番面白いなと思います。


<了>


 

Text By Shino Okamura

Photo By murotani honoka


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『NGKM』(通常盤)

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『NGKM』(配信)

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RELEASE DATE : 2026.08.26
配信はこちら
Nagakumo 公式配信リンク


Nagakumo 1st Full Album NGKM Release Party「It’s like a supermoon」


2026年9月26日(土)
会場:東京・キネマ俱楽部(2F SOLD)
LIVE:Nagakumo
開場:15:15 開演:16:00
前売:4,800円 学割:3,800円 (ドリンク代別途要)

2026年9月27日(日)
会場:大阪・心斎橋Pangea
LIVE:Nagakumo
開場:16:30 開演:17:00
前売:4,800円 学割:3,800円 (ドリンク代別途要)

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