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ムーンライダーズ50周年企画 メンバー全員インタヴュー
鈴木慶一
「70年以上生きても知らないことはまだある。好奇心があるうちはやめない」

26 August 2026 | By Shino Okamura

50年……つまり半世紀もの間、このバンドは第一線で活動を続けている。そして、今年2026年もまたニュー・アルバム『e.d morrison』をリリースした。文字にしてみればただそれだけのことだ。なのに、どうしてこんなにも胸を熱くさせられるのだろう。どうしてこんなにも力が漲ってくるのだろう。結成時のメンバーがみな70代に入っている(なのに頑張っている)から? もちろんそれは大きい。だが、その結成時のメンバー……鈴木慶一、武川雅寛、白井良明、鈴木博文は決して若造りをしない。年齢を重ねていく様子をそのまま曝け出し、格好悪い姿だって曲にしてしまう。新しい『e.d morrison』はそうした彼らの本音が表出されたリアルなアルバムだ。

けれど、一方で、“ドントラ”の愛称で親しまれる1986年の傑作『DON’T TRUST OVER THIRTY』の楽曲クレジットで使用したバンド名義としてのネーミングを小文字表記にしてタイトルにした『e.d morrison』というアルバムは、名もなき誰もが生きていれば実感する心の痛みや憂鬱、歳月に伴う日々の汚れや垢を、あくまでモチーフとして淡々と掬い上げたアルバムでもある。これが今の日本、これが今の社会。きっと10年、20年、40年……それこそ次の半世紀を経過したら、あのころの物語として語り継がれるバラッドになっているはず。そんなシニカルな目線が制作していた彼らにあったのではないかと思えてならない。無論、その背中を押しているのが、『ドントラ』の頃にはこの世に存在していなかったが、故岡田徹存命時から加わった澤部渡(スカート)、佐藤優介、そして故かしぶち哲郎からバトンを受け継ぐかのように2006年に加入している夏秋文尚であることはいうまでもないだろう。今や3世代が同居した大家族のごときバンド構成は、愛と喪失を否応なしに併せ持つ共同体の縮図のようだ。ヒビが入ったら修復すればいい。きっと誰かが釘と金槌を渡してくれる。疲れたら寝ればいい。きっと誰かが翌朝には叩き起こしてくれる。ムーンライダーズはそうやって生きていくことを教えてくれるバンドだ。それゆえに熱くさせられ、力が漲り、でも、これでいい、これがいい、と思えるのだ。亡くなったかしぶち哲郎、岡田徹の未発表曲もここには含まれているし、オリジナル・メンバーはもちろんのこと、夏秋、澤部、佐藤の曲も……今回初めて全員分揃った。

だが、彼らは特段騒ぐこともなく、3年前(2023年)には、即興スタイルとはいえ、新録アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』をリリースしている。つまり、近年はなんともコンスタントに作品を送り出し、年に2、3度はがっつりとワンマン・コンサートも開催している。停止していた時期ももちろんあったし、レーベルの移籍はもはや数え切れず、そういうわけでメンバーの中には鬼籍に入ってしまった方もいる。それでも生きていく。時にはその胸に侘しさを抱き、時にはわっはっはと笑い飛ばしたりしながら。

TURNでは現在のメンバー7人の個別インタヴューを敢行する。そして、新作発売日である今日から、週に2本ずつくらいのペースで一人ずつ記事として公開していく予定だ。最初はもちろん鈴木慶一の登場である。

一体いつ寝ているんだろう、いつ休んでいるんだろうと思えるほど常に音楽制作をしていて、役者としても求められたら出演する。趣味の領域も広く、サッカーや野球にも興じ、飲み歩くこともしばしば。もちろん、新譜チェック、旧譜再発にも常に目を光らせ、来日アーティストの公演会場に姿を見せたかと思えば、日本の若いミュージシャンのパフォーマンスも楽しむ。近年、はちみつぱい時代からの朋友、岡田徹、THE BEATNIKSとして長くコンビを組んできた高橋幸宏、P.K.O(Panta Keiichi Organization)としてのさらなる活動も期待されていたPANTA……と、仲間を相次いで失ったものの、だからこそ生きていくと強く心に刻んでいるかのようだ。ロング・インタヴューをお楽しみいただきたい。
(インタヴュー・文/岡村詩野)

Interview with Keiichi Suzuki

「本質を見せるのはかっこ悪い」という美学の終わり

──ムーンライダーズに対して昔から「日常の中の、居心地の悪さみたいなもの」を表現するバンドだっていうイメージがずっとあったんですけれど、年齢を重ねて自分たちの人生の終盤が見えてきたからこそ、初めて体験として、実感として出てきた、それがこの新作だと思いました。だからこれまでで一番本質が可視化された作品ではないかと感じています。

鈴木慶一(以下、K):結構曖昧にしていたからね、ずっとね。50年間、いわゆる主義主張はありません、のようななことも含めて、音楽的にもいろんなことをやって、考え方もいろいろあるけども、一貫して対人思考基準は持っているわけで、それの派生としての音楽作品なのだと思う。その本質的なるものを見せるのは、恥ずかしいというよりも、かっこ悪いっていうのが当たってるかな。私はこう考えてんだというようなことを歌詞にしたり曲にしたりすることは、恥ずかしくもあり、かっこ悪いことだと思っていて。そういった格好をつけることが、だんだん無駄だなということ。余計な考え方だなと思うようになるわけだよね。きっかけとしては、たとえば二十世紀中は、誰かに「このミュージシャンはいいですよね」って言われると、知らなくても「ああ」って言ってごまかしたりして。それは余計な自尊心……うーん、自尊心に代わる言葉はなんだろう。見栄か。

──プライドですか。

K:プライド。余計なプライド。でもそれが21世紀に入るとなくなるんだよね。「それ、知らないわ」っていうのを平気で言えるようになる。若い頃は本当に言えないもんね。「これなんだろうな、知らないんだけど」っていうことが一番かっこ悪いことだと思ってたけども、それがかっこ悪くない、それでいいんじゃないか、それがかっこいいんじゃないかと思うような……知識のなさは恥ずべきことではないと逆転するところがどこかであったね。

──そこを自覚した段階……何か思い当たるタイミングはありますか。

K:簡単に言えば今言ったことだよね。「なんとかっていうミュージシャンいいよね」って「ああ、ああ」って言ってたのが、「それ知らないな」って言えるようになったこと。やはり21世紀になって50を超えてからだな。26年くらい前。そっからそういうことが積み重なっていくうちに、バンドを継続するとかが俄然面白くなってきて、ポール・マッカートニーのごとくとにかく楽しんで続けようということになっていった。もちろんそれに際しては努力をいっぱいするわけだけども、当然それまでと同じく表には出さないでね。だけど、2011年に一旦(無期限活動)休止するわけだ。休止の原因は様々だけど、バンド内のことが大きいと思う。それはバンド内ならびにその周辺の環境までも含めたところだよね。まさにビートルズ的ではある。そうなってしまうんだよ、バンドはどうしても。

それで休んだ結果、2013年にかしぶち(哲郎)くんは亡くなってしまったけど、その追悼もあって再びライヴもちょっとやるようになって。岡田(徹)くんも少し体調不良になってきたり、武川くじらも大病を乗り越えたりでやれるうちにやっておこうというような気持ちと、あと若い二人、(佐藤)優介くんと澤部(渡)くんが助けてくれることによってやれるなという確信ができた。そして『it’s the moooonriders』(2022年)を作るんだけど、そこから1年経って、さらに岡田くんが亡くなってしまった。さらに最初のギタリストの椎名(和夫)くんも今年2026年に亡くなっちゃって……はちみつぱいの渡辺勝くんも2024年に、オリジナルムーンライダーズの山本浩美も2003年に亡くなっていろんな人を失っていくわけだよね。

──慶一さん個人の活動の中では、高橋幸宏さん、PANTAさんも同じ2023年に亡くなっています。すごくお聞きしにくい質問なんですけども、死への恐怖、焦燥感でじわじわ首を絞められるような感覚というのはやはり強くあったのでしょうか。

K:60代になってからは「60代からは死刑囚みたいなもんだ」とよく言っていたんだけど、まあそれは周りでどんどん現実として亡くなってしまってたから。それに対する怖さはどんどん増していくわけだよ。自分もだ。もうじき75になるけども、後期高齢者用の健康保険証が届いたりするわけね。そういう年齢を目の前にすると、そりゃあね。サッカーのワールドカップを見てても、あと何回見れるんだろうな……とかっていうのは漠然と昔から考えてたけど、本当にリアルな形で「次の4年後はどうなってんだかわかんない」というような怖さは当然ある。毎日起きて、普通にご飯を食べたり、顔を洗ったり、風呂に入ったりっていうことを今やれてるけど、一日一回や二回は絶対思うね。「あれ、これっていつまで続けられるんだろう」って。

でもね、そういう感覚がどんどん増してくることによって、その逆転が起きて、「知らないことを普通に知らない」でいいじゃんと思うようになる。もしくは、知らないことがかっこ悪いことじゃなくて、むしろいくら70年以上生きても知らないことはまだあるんだということを自覚するようになる。それは知らないことを知りたいという好奇心がまだあるということで、それがあるうちはやめようということはない。だから、周りの人が亡くなっていくことによって、やめようと思ったことはない。私はやんなきゃと逆に思う。それに、今またポール・マッカートニーの本ばっか読んでるから(笑)。

──上には上がいる。

K:マッカートニーが結構いい例なんだよね。84歳で彼はバリバリやってるわけで。それを例に出すのはダサいと思う人もいるけど、私はそれもダサいとは思わない。ちゃんと新作アルバム出してるし。確かにジョン・レノンが亡くなった時もショックで変なこと言っちゃったよね。でも、周りの友人がいなくなっちゃうことで、より音楽を作ったりしていこうという気になっていったんじゃないかな。それに、気力をキープするにはいろんな補助的な行動が必要になってくるってことかもしれない。それは運動であったり、酒であったり、タバコであったり、牧畜であったり、私ならサッカーもそう。それが気力に結びつく。でも、朝起きて今日サッカーの練習に行かなきゃいけないけど、行きたくねえな、と思う日もある。その理由は、血圧のせいだったりもする。血圧、毎日測ってるから。で、今日はちょっと高い、イヤだな~、行きたくねえなって思う。そういったことも加味して日常を生きてるわけでね。行きたくないけど、行かないと、何か折れてしまうという気持ちや、ずっと行かなくなっちゃうんじゃないかという恐怖心もあったりしてね。だから行く。で、行って帰ってきたら、「ああ、行ってよかったな」と。死に対する恐怖心っていうのはどんどん湧いてくるわけだけど、幸いにも私は大病はない。大病にかかってしまったら、それはどうするんだろう。周りにはそういう人が多いので、どうやって余命宣告されたらどういう気持ちで生きていくんだろうなとか思っちゃうけど、でも、今は好奇心があって、知らないことを楽しむって気持ちがある。その間は大丈夫なんじゃないかな。全く根拠ないけどね。病はいつの間にか巣食う。

歌詞制作のプロセス ── 「文芸部」宣言と歌詞のストック

──さて、新作についてですが、澤部さん、佐藤さん含め、初めて現在のメンバーが全員曲を提供する格好になりました。これはアイデアとして前からあったのですか。

K:澤部くんが「かつて文芸部ってありましたよね」って言ってくれてね。私とかしぶち(哲郎)くんと鈴木博文は文芸部で、他のメンバーは軽音楽部だっていうような意味。つまり、得意なことは得意なこととしてやろうっていうことだ。「なら、それでいきませんか?」というような流れになった。ただ、そのアイデアの前に、まず最初に鈴木博文が5、6個、歌詞ならあるよって書いてきて。それは今回のアルバムに使われてるし、引用もされてる。ボツになったものもあるけども。そうこうして曲を集めていくうちに、みんなで曲を集めようってことになった。最初から「みんなで曲を持ち寄ろう」って感じではなかったね。

──慶一さんも歌詞だけという形のものはストックとしてあるんですか。

K:あるよ。歌詞というよりも詩だね。それは時々インプロの時に読んだりする。何曲、何編かあるけども、それは日々やっていることなのでね。思いついたものを、そのまま曲につける歌詞になるであろう、もしくはならないかもしれないという詩のようなものがたくさん。朝起きるとすぐできちゃったりもする。これまたポール・マッカートニーだ。できちゃった時にこれいいなというのはどんどん録音する前に、データ化したストックがいっぱいあるけども、そういう中からデモを出していくんだ。

──歌詞に関しては、今回は慶一さんと博文さんの歌詞がほとんどですが、これが対照的ですね。博文さんがパーソナルな目線を強く持っているのに対し、慶一さんの歌詞は俯瞰しているものが多い印象です。

K:私の歌詞が俯瞰してるというのは、その通りでね。個人的な私的なるもの、極私的なるものは鈴木博文が書くからいいやと思うんだよね。そうじゃないものを書かなきゃいけない。そうしないと、全体が極私的な歌詞ばかりになってしまう。

──それは常にそういうバランスをとっていらっしゃるんですか。

K:うん、昔からね。あの人がこういうのを作ったからこういうのにしようというバランスだよね。

──「今回は自分も極私的なものを書こう」とか、そういう感覚が働く時も当然ありますよね。

K:あるけど、それはそれでいいんだけど、やっぱりどうしても全体を見てしまう。こうやったらもっと良くなる、というのを、相手を傷つけないようにコントロールしていくという位置、道筋を作っていくようなことを50年ぐらい多分やってきたんだろうね。時々極私的炸裂はあったと思うけど。2曲くらいね。

──ムーンライダーズに関しては、ディレクター的な、プロデューサー的な目線ということですか。

K:そう、A&R的な。それは歌詞だけじゃなくサウンドも。その極私的なものを作っちゃうとね、結構後で歌えないようになっちゃうのよ。この間、ライヴで「何だ? このユーウツは!!」をやったけど、やっぱりちょっとキツかった。極私的で。それと「Lovers Chronicles」という曲、あれもやれない。あまりにも極私的だ、私的すぎた。

そういう経験は意味がないけども、やってしまったことは意味があるんで、それは経験じゃなくて経験値として入ってるわけで。だからやらない。だから、プラスティック・オノ・バンドみたいなものはできないのね。やれって言ったらやるけど、それはソロ・アルバムでプラスティック・スズキ・バンドでやればいいじゃないかということ。このムーンライダーズにおいては、計画的にものを作っていくって感覚でいるね。

武川雅寛、岡田徹、鈴木慶一、かしぶち哲郎、白井良明、鈴木博文

──具体的に計画的な作業はどういうところに最も現れるものなのでしょうか。

K:特に今回最も計画的な部分はというと、かしぶちくんと岡田くんの未発表曲を扱うことになったってことかな。かしぶちくんのデモテープを使った曲からは……これはもう100曲に近いぐらい聴いたんだけど、そこから選んだ。要するにオリジナルのデモから、テクノロジーによってヴォーカルとバッキング・トラックとを全部分離したの。分離してテンポ一定にして。アシスタント・エンジニアが全部テンポを打って、テンポ決めてくれた。それが、最後の組曲「Suite シャンデリア」の中の「3rd Mov. Dance ウフッ!」。あれはかしぶちくん自身のヴォーカルをそのまま生かしてる。

岡田くんのデモテープの中では今回アルバムの1曲目にした曲……あれは昔からいいなと思っていたんだ。そういうのをどうやってアルバムの中に入れるのか? ということは本当に計画的に考えたかな。岡田くんの曲の場合は、そのデモテープが何に使われたかわからないんだよね。他で使っちゃった可能性もあったし。でも、娘さんの(岡田)紫苑さんが管理していた音源を、優介くんがアレンジをいろいろしていてね。それも何種類もね。だから、あの曲に関してはアレンジがテンポが違うやつとか4種類ぐらいある。何度も何度もリアレンジしてるんだね。想像だけど、本人も気に入ってたんだと思う。もちろん私もいい曲だなと思って引っかかっていた。今回、その二人の曲をどこに置くのかとか、そういうのもすごく考えたよ。

で、そうこうして曲が出揃いそうになった頃に、老人組(先輩組)は若い人(澤部渡、佐藤優介)が選曲する、で、その若い二人は老人組が……つまり我々5人が選曲するということになった。で、まず今のメンバーが1曲ずつで7曲。それに、かしぶちくん、岡田くんの曲を入れることになったわけだけど、私が100回ぐらい聴いたかしぶちくんのデモの中から選んで……1曲に収まらず2曲ぐらいいい曲があったので、これをどっちもやりたいと。だから組曲になった……ということは私から提案したね。

──「自分の曲はこれが一番の自信作だよ」みたいな進言は澤部さん、優介さんにはしなかった。

K:もちろんそれはある。でも、言わなかった。そういう姑息なことはなし。(白井)良明なんかは色々忙しくて一曲しか出せなかったから、それがそのまま採用されたって流れがある。鈴木博文が最初に「詩だけあるよ」って言ったやつに良明が曲をつけた。それが「美しき老い」。でも、いい曲だったんで、もうそれ一発で決まり。打率10割だよ。それに対して、私は多めに曲を作って歌詞もできてたんだけど、最後に作った曲……まだ歌詞ができてない曲だったんだけども、それが選ばれちゃったんで、歌詞作らなきゃいけなかったから後で作った。それが「俺たち死に神、ヴォランティアーズ」。でも、そういうやり方だったから面白いものができた。功を奏したかもしれないね。あの曲の歌詞は、“俺たち死に神”っていうテーマが頭の中にずっとあったんだけど、そんな時に「これメロディーにハマるぞ、“俺たち死に神”って」、ピタっときたんだ。

澤部渡・佐藤優介の”メンバー化”とディレクターズ・チェア

──澤部さん、優介さんがバンドに馴染んできた今だからこそ、全員で曲を持ち寄るスタイルは意味がありますね。

K:あるね、それは。澤部くんと優介くんをメンバーとするかしないかというのもあるだろうけど、ただ、曲を書いて参加するということは、我々の中ではメンバーだ。もちろん契約的にはいろいろあって難しいって部分もあるけど、一緒に長く活動していくこと、作り上げていくことによって、面白い状況が生まれるんだよね。澤部くん、優介くんは前回のアルバムではサポートだったわけだよね。演奏者だ。もしくは歌を歌う。コーラスをつける。でも、ライヴをいろいろ重ねていくうちに、澤部くんは、まさにブライアン・ウィルソン・バンドのジェフリー・フォスケットみたいな感じで私と一緒に歌うようになった。お助けがいっぱいあったからね。そんな中で、このアルバムで参加するっていうのはとても自然だったんだ。しかも、スタジオにディレクターズ・チェアっていうのあるじゃない。トーク・バックをして「次にこうしましょう」っていう人の席。前回のアルバム制作では作曲した人が座ったんだけど、今回、なんと誰も座らなかったんだよ。

──自分の曲でも座らない。

K:座んないんだよ。座んないからなんか心配になったらしくて、あの二人が座ったんだ(笑)。ひょっとしたらわざと座らず様子を見た。

ディレクターズ・チェアに座る佐藤優介(左)と武川雅寛(右)

──インスタに投稿された公式写真でも、あの二人が座ってる写真が目立ってましたね。

K:私も座るけども、隣には必ず澤部くんか優介くんがいる。だから、少なくとも作曲した人が座ったとしても、隣には二人がいるという状況だよね。これは初めてのことだった。

──二人がジャッジする立場、意見をちゃんと言える立場にいる。

K:そう、言うんだ、ちゃんと。

──曲を作った人が「その指摘は違う!」っていうことも起こり得るじゃないですか。

K:起こりうる。普通は起こる。でも、起こらなかった。なぜかっていうと、的確だからそれでいいやということだったんだと思う。ありとあらゆることを容認していくというような録音の現場であったってことなんだ。もちろん、良明は家で録った部分も多いんでなんとも言い切れないけど、でも、私がギター弾く、良明もいる、澤部くんもいる……当然ギターだらけになる。そこからこのアンサンブルを作ること、それが大きな目標になっていくんだ。ギター3本のバンドっていうのは私の憧れなんでね。モビー・グレイプ、バッファロー・スプリングフィールド……そして私がやっている別バンドのコントロヴァーシャル・スパークもね。だから、良明がギターを入れてきたらそれに対して、次に私が反応する、あるいは澤部くんも入れる。その逆が多かったけど。最後に良明が家で録音する。

──どういう風にギタリスト3人が役割を分けてるのかと思っていましたが。

K:これが色々パターンがあってね。良明はとりあえず任せときゃいいやって感じ。家で録るだろうし、何か弾くだろう、おかしなことを。で、そこから澤部くんと私の二人でアンサンブルを作っていく。全く同じことを二人で弾く場合もあるし、二人分ける場合もあるし。それをつづれ織りのように作っていくわけだね。それで基本的なギター・サウンドのベーシックができる。それに対して後から良明が何か入れるかもしれないしって感じだね。でもね、私がギターを入れてる時とかでも、必ず澤部くんか優介くんがディレクターズチェアにちゃんと座ってんだ。これ、あとから思い出すと、誰の曲でも二人がちゃんと座ってた。で、「いいですね、今の。最高です!」って言ってくれる。お、最高ならこれでいいか! って思うけど、すかさず「じゃ、もう一回やってください」って(笑)。厳しいんだよ。

アンサンブルの作り方 ── デモを上塗りしていく手法

──若手二人のジャッジによって当初のデモから外れていくことが面白い結果を生んでいった。

K:そう。もちろんデモ通りにここでこういうギター、あるいはここでこういう音っていうのは、当然指示を最初は送るわけだ。それに対して若者二人がもっとこうしよう、ああしようってことを言うと。「これでいいですよ」とか「これいいかな」ってわかんなくなる時があるんだけど、「これでいいんじゃないですか、これがいいんですよ」って言われて、なるほどと。つまり、曲を開封して、デモのデータを並べて、どんどん消していく作業になるわけだよね。上塗りしていって、デモのデータを消していくトレースしていくようなこと。もちろん、それは作り方としては昔からある。でも、そこからさらにもうちょっと違うものにするためには、デモと違うものを弾いてもらってそれをOKとして、デモのものを消していく。もしくはダブらせる。昔からそういうことだらけだけど、消させない人もいた。

即興アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』(2023年)

──前作の即興アルバム『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』の制作経験も大きかったのではないでしょうか。

K:それはすごく出てると思う。一番出てるのは全員で作った曲「体毛のない孤独」(作詞は鈴木博文)、あれは一日で作った曲なんだ。今回曲を作りながらまとめていて、ここまで現メンバーの7曲に岡田くんの曲、かしぶちくんの曲を加えて9曲だから、あと1曲で10曲になるよってことになった時に、「セッションで作ったらどうでしょう」というのがマネージャーの野田さんの方から出た。え、セッションで一曲作るのが大変だよ、でも、まあやってみようってことになってできた曲。そこで、やるにあたって一番きっかけとするものは歌詞だった。まず最初に鈴木博文の歌詞があって、これを曲にしてみようってことになった。ビートルズの例えを出すと、「Let It Be」を作った時みたいに、メンバーで車座になって。歌詞をもとに、まずポロッと私が“タラリロリロリララン〜”っていうメロディを作った。で、「じゃあ、この先頼む、誰か」って感じ。そして次から次へ少しずつ先へ進んでいくって感じで出来上がったんだ。車座になってるから、自然と誰かが繋げていくんだよ。作業中のプロセスがわかる音源も残ってるけど、それすごい面白いよ。メイキングみたいなものだ。いつか発表したいね。つまり、「体毛のない孤独」は『Happenings Nine Months Time Ago in June 2022』と同じ作り方なんだ。この時ばかりは全員いないと意味がないから、良明もいたよ。

でね、こういうことをやっていくと、それこそ面白いハプニングも起こるんだ。「今マイナーからスタートしてますから、メジャーにしましょう」ってハモンド・オルガンの前に座っていた優介くんが言い出して、実際にメジャーにしてみたんだ。「すごくいいじゃん!」ってことになって、さて、じゃあ、ここから先をどうする? って振り向いたら優介くんがいないんだよ(笑)。なんと、ブースから出てロビーのマッサージ・チェアに座ってたんだ(笑)。大物だよ彼は。「メジャーにしてこれからどうすんの?」っていうのに投げっぱなしでいなくなっちゃってた。まあ、もちろんそのあとはちゃんとまた戻ってきて続けていったけど、そもそもメジャーにするアイデアは見事だった。この7人はそういうアイデアが自然と出るんだ。

──「体毛のない孤独」はフィニッシュもユニークですね。

K:そう。終わりを作らなかった。まず1番しか作らない。で、インストゥルメンタル部分が入って、そしてまた2番が来る。最初は1番と2番と統一されてない歌詞だったんだ。歌詞というよりも詩に近かったんで、そこは修正していきながら完成させたね。

──一番の歌詞には「結婚式」が出てきます。で、最後には「告別式」。確かに、友人の結婚式に出ることは若い時分には多いけど、晩年になるとそれが告別式になる……この呼応には最高のキレがあると思いました。

K:あの「告別式」は私のアイデア。反対意見もあった。その呼応して作るっていうのは、やっぱり歌詞を作る上では大事だからね。1番と2番とメロディーが変わっちゃったりするんで、それをなるべく減らすために言葉を現場で鈴木博文に変えてもらうと。その場で歌詞もどんどん変わる。そこが面白いじゃない。歌を録音するときに、すでにものすごいメモがいっぱいあって、ここはこう変えようというのも結構言うんだ、私は。誰に対しても。くじらの歌詞も私、その場で変えてるし。そういうことができるメンバーでもあるんだよ。

「天上のシャンデリア」のリレー歌唱と俯瞰する視点

──かしぶちさんが作曲している「天上のシャンデリア」(作詞は鈴木慶一)が顕著ですが、メンバー全員でマイクを回すようにリレー形式で歌ったりする場合、声質や展開を考えてある程度順番とかを考慮するのでしょうか。それともその場その場のひらめきですか。

K:あれは私が歌詞を作る時に、ここは誰々が歌うって決めてたの。で、最後は私に戻って、で、みんなで歌う。歌詞自体がそういう内容だからね。天上からかしぶちくんが降りてきて、「みんな歌ってよ、私の曲を」というようなものにしたいなと。1曲目「トンネルの向こうのNothing」、あれは岡田くんの曲だけど歌詞は鈴木博文が最初に作ってまずは送信してきた6曲くらいの中の1曲。そこにはトンネルの向こう側には「ないないない」「無無無無」とか書いてあったんだ。どうやらトンネルの向こうに行く列車の話だったんだね。でも、それを見ながら“Nothing”とかいろいろ言葉を変えていったんだ。これも岡田くんがやっぱりあっちの世界からこっちを見ている感じ。だから、複数のメンバーが歌う場合、やっぱりある程度は順番や歌詞の内容との調整はしている。でもさ、こんな感じで亡くなったメンバーの目線から歌詞を作るバンドはこの世の中にはないよね、きっと(笑)。だって、トンネルの向こうはあの世だよって、あの世から岡田くんが見ているよ、天上からかしぶちくんが見てくれてるよってことだから。

──ポップ・ミュージックは作家性みたいなのにこだわる一方で、出来上がったらもう誰のものでもない、聴く人のものだ、という感覚もあると私は思っているんです。ムーンライダーズも、年齢を重ねて、バンドとしてのキャリアがどんどん重なっていく中で、手を離れたらみんなのものとして共有しようというような、達観的な視点が増しているように私は感じました。

K:それは強くあるよ。要するにポップ・ミュージックっていうのはそういうもんなんで。作ってしまったけど、これは誰がどこを作ってるとかっていうのはいろいろあるけども、出来上がってしまったら、それは手を離れていくわけだよ。自分の作ったものの愛情が強すぎるのは私は良くないと思う。だって、作ってしまって、ステージでやったらお客さんが聴くわけで、それはお客さんのものになるかもしれない。もしくはCDを買ったり、アルバムを買ったらお客さんの持ちものになるかもしれない。それは常に考えてないとね。様々な解釈がとられるであろうしね。例えば、かつてのいかにもポップスと言われた甘ったるい歌詞からディランが改革した、大きな歴史的な転換点があったでしょ。でもそれでも、他者が聞き、他者が判断するものだ。本人の判断よりもそちらの方がきっかけになる。人数的にも一人対五千人だったりするわけだよ。それがすごく面白いところであり、だからこそ歌詞を作るんだよね。誤解されるであろうとかいうのを頭に置きながら、だからこそダブル・ミーニングとかトリプル・ミーニングというような歌詞が英語ではあるわけで。そうやって作っていくことが、どこか文学性なんだろうな。ストーリー・テリングということだ。

──例えば、ブリル・ビルディング時代の商業ソングライターたちの仕事に触れると、伝統、形式、習慣を継承していくことの重要性を考えさせられます。自分たちの手を離れたらみんなのもの、という概念も彼らの仕事にはあります。でも、そうしたポップスの作業の一つの美学を一方でムーンライダースは壊そうともしています。つまりそこを両立させている。歌詞においてもそこを継承しつつ、バラバラにして崩壊もさせている。澤部さんが作曲した「Backstage Fright Rumba」の歌詞は慶一さんですが、あれなどはまさにその典型という気がします。家父長制、校舎、コインランドリーって言葉が次々と出てきてシュルレアリズムのようです。

K:そう、家父長制……あの言葉が突然出てくる。なんであそこに家父長制が出てきたか、私もよくわかんない(笑)。要するにあの曲っていうのは、お客さんに向けて「みんな楽しんでるかい」っていうようなステージ・ソングなんだよね。ステージ裏では結構大変なんだよというようなことを言いながら、なんで家父長制が出てきたか。しかも校舎からの帰りに。急に山間の廃校が浮かぶ。ホラー映画だ。それは多分、そういったことが世の中に常に起きていて、現実としてあることを、いろいろニュースとして入ってくるようなことを、ブリル・ビルディング的な曲の中にすり込ませてみようということの一例だろうね。それこそバリー・マンとシンシア・ウェイルの曲とか、アニマルズの「We Gotta Get Out of This Place(朝日のない街)」とか。曲はすごくポップなのに「え、こんな歌詞なの?」っていうパターン、あるじゃない? ブリティッシュ・ビートな曲調なのに、歌詞は、オヤジが外で働いて、くたびれて、飲んでクダまいて帰ってくるとかさ。それって大昔だとウディ・ガスリーの曲だったかもしれない。曲調との違和感はあるけど、どこかに実際にあった風景をバラバラにして切り取って、新しくしたものってことなんだよ。

──はい。だからこの曲に限らずですが、昔のアメリカとかイギリスの田舎のちょっとブラッディな感じを思わせます。バラッドのような。歴史の中に実はたくさん潜んでいる、ある名もなき一家族の、ちょっと悲しい物語……それの現代版という印象を今回強く受けました。

K:そう、バラッドなんだよ。アメリカの田舎町の何気ない風景が歌になった感じ。具体的な誰かの日常ではなく、知らない誰かの。日本で言えば、町内会のお祭りでステージに立ってるようなことになるんじゃないかというような意識だね。つまり、そういう風景の中に家父長制はまだ生きてるかもしれない。もちろん、家父長制なんてできれば残っていて欲しくないけど、あるものをそうやって流し込む、滑り込ますことによって、非常にドメスティックなバラッドになると思う。それは計算してやったんだ。“校舎”って言葉を入れたのもそうかもしれないね。

──慶一さん、毎年お正月に高校の同窓会をやってらっしゃるじゃないですか。その風景が“校舎”という言葉に出たのかなと思いました。

K:それはあるかな。昨日もたまたま羽田の祭りで同窓会みたいなものがあってね。そこで昔の友達と会うと、ああ、あの頃いろんな事件があったね、とかって話になって、60年前の謎が昨日解けたりとか。人の一生っていうのはどんどん長くなってきて、もうまさに75年になってるわけだけど、積み重なった過去の記憶っていうのは時々ふって湧いてくるんだよね。これは若い時には思いもつかなかった。「あの時こんなことしたよな」っていうのをメモしておかないと忘れちゃう。忘れてもいい夢みたいなもんだから。そういったことがふわっと景色とかも含めて、過去の景色やらいろんなものが出てくる。これはもう“生前走馬灯”だよ。

でも、そこに現在の風景も混じる。だから“コインランドリー”。あそこで一晩過ごす人多いんだってね。最新のコインランドリーはキレイだし、24時間空いてるから時間気にせずいられるし。コンピューター置いてなんかやってる人もいるね。私も時々覗くよ。誰いるかな、可愛い子がいるなとかそういうことだよ。深夜の邪念。それが昔の記憶や何気ない風景と重なるんだ。「Backstage Fright Rumba」はそういう曲になった。だから、バラッドでもあるし、ショート・ムービーみたいなものでもある。「あの娘のラブレター」(『火の玉ボーイ』)なんてバラッドみたいなもんだよ。もちろん、本当にバラッドを研究したわけじゃないけども、現実の時間を超えたストーリー・テリングだと思うわけだね。ロビー・ロバートソンの歌詞もそうだ。ビートルズの「Penny Lane」もそうだよ。ポール・マッカートニーの新作『The Boys of Dungeon Lane』もそうだよね。結果としてバラッドなんだよね。バラッド的なるものっていうのは、何か非常に身近なことを歌いながら、何か普遍性を持っていくわけだね。そこはすごく考えるね。

「80億」という数字 ── 極小の幸せと極大の幸せ

──歌詞によるそのバラッド感は「俺たち死に神、ヴォランティアーズ」にも出ています。あの歌詞には“80億”っていう数字が何回も出てきます。それは血栓などの健康数値であり、そして地球上の総人口が今公式で80億人というところにも引っ掛けているようにも読めます。健康を気にして長く生きたいけれど、これ以上人類は増えていいのかとも考える、そんなアイロニーを感じるんですね。

K:そうだね。俺たち死に神って言ってるけど、俺たちっていうのは俺たちかもしれないし、若者かもしれない。

──“老害”だけではなく“若害”って言葉も出てきますし。こういう言葉の使い方、本当に鮮やかですね。

K:そう。死に神はあちこちにいて――もはや死神と特定できるものを失っているというようだよって。だって“ジーザスら”ってふうに複数にしてるんだもん。“ら”は重要なんだ。私が知らなかった60年代のブラジルの映画監督は作品でこう言ってる。「大地も海も神や悪魔のものではない。人間のものだ」とね、確かグラウベル・ローシャだ。

──自分たちを含めた集合体みたいな見え方を意識しているということでしょうか。

K:そう。自分の周りの、いわゆる極小の生活圏、それを拡大していきたい。それが俯瞰であり、幸せはこの極小から始まるわけだね。それが80億にも目が行くっていうことだよね。それは現在しょうがない。こんなに情報がたくさん入ってきたら、何が起きたか、誰が死んだかすぐわかる。あそこで戦争が起きる、こちらで戦争が起きる、いろんなことが入ってくるわけだよね。身の回りのことが、全体を見ることにもなるんだ。森を見て宇宙を見るっていうかね。嘘も満載だけど。

でもね、そこも意識しすぎないようにしてるんだ。いつもアルバムを作る時は不安から始まるんだよ。あと何年生きれるんだろうっていう不安も抱えてるわけでしょ。今度のアルバムはいいんだろうか、どうなるんだろうかってわかんないの。ずっと不安なんだよね。出来上がってやっと不安は解消される。しかし、更なる不安は訪れるわけ。あそこ失敗したなってのは絶対あるわけだから。常に不安はつきもの。やっぱりバンドでやろうがソロでやろうが、作品作るっていうのと、始めてから八割方不安だね。出来上がるまでの日数を100としても80は不安だよ。どっかでふっと「これはいいかもしれないな」と思う。その瞬間が訪れないと出せないよね。それはみんなそうでしょ。もの作るの大変だし。でも、実は不安だらけなんだ。作りながらいろんなものを内包していて、矛盾を内包していくことになる。なんでこんな人間になっちゃったんだろうと思う時だってあるしね。その最もわかりやすい例は「何だ?この、ユーウツは!!」だよ。でもそれを乗り越えてはいないんだ。毎日毎日、もう40年くらいずっと憂鬱だ。ちなみに、“80億”って数字については、THE BEATNIKS(正確には高橋幸宏名義)の作品「6.000.000.000の天国」(『BROADCAST FROM HEAVEN』1990年)の続編を意味していたりもする。あれからもう30年以上経過したんだね。

高橋幸宏「6.000.000.000の天国」

──自分の書く歌詞の中につい何度も使用する言葉ってあるかと思うのですが、慶一さんはそこは逆に生かしてやろうという思いがありますか。

K:手癖で出る言葉、確かにある。鈴木博文だと“灰”。偶然にも今回“死に神”も出てきた。シンクロだ。

──“鞄”もありますよね。トランク。

K:トランク。あれはね、鈴木博文が『鞄を持った女』(1961年)っていう映画が好きでしょうがないんだ、きっと。クラウディア・カルディナーレの映画ね。私ももちろんある。でも忘れちゃって同じことを使っちゃうっていうのがあるよ。「居候」とか。こんなに作っているとね。言葉癖みたいな感じが出る場合もある。澤部くんの曲に歌詞を書いたあの「Backstage Flight Rumba」の“バックステージ・フライト”って言葉、あれはこの春(3〜5月)、ケラ(リーノ・サンドロヴィッチ)の芝居(ケムリ研究室 No.5『サボテンの微笑み』)に出演した時、袖で待ってる間に思いついたんだよね。

──かなり最近じゃないですか。

K:うん、さっき話したように、歌詞がない曲を澤部くんと優介くんが選んじゃったもんだから、慌てて歌詞をつけなきゃいけなくなったんで(笑)。だからこの曲の歌詞だけはすごく新しいんだ。「BACKSTAGE PASS」(THE SUZUKIのアルバム『Everybody’s in Working Class』)って曲、昔書いたな。「Stage Flight」(ザ・バンド)って曲をカバーしたこともあったな。じゃあ、これを合体させちゃおうって感じ。澤部くんの曲はスカートっぽくない曲を選んだんだけど、そういう曲に、自分の過去の作品で使ったタイトルを引っ張ってきたりするって面白いなって思う。偶然なんだけども。

スタジオで作業をするメンバーたち

──これだけ新しいことを試しているアルバムが、50周年のタイミングにして作ることができた。このすさまじい集中力と好奇心はどこから来ているのでしょうか。

K:これで最後かもしれないとは常に……毎回思ってるってことかな。これで最後と思って作っていかないと。あ、でも、まだ不満が残るから最後じゃないなってことだな(笑)。うん、これが最後だとは全然思ってない。例えば、セッションはもっとやらないと、と思う。例えば具体例としていいのは、今回のくじらの曲(組曲「Suite 腕に夕日 肩に枯れ木」の「1st Mov. 愚か者の壊れた杖」)がそうだよね。これで終わるより何か足した方がいいなって思った。これは歌詞もくじらだしね。それをバンド・サウンドに昇華するにはどうしよう、じゃあ、プラス何か足そうということになって。なので、いろいろと現場で足したの。だから組曲になっちゃった。

過去のいい例は、「僕は走って灰になる」(『ANIMAL INDEX』)。あれはインストゥルメンタル部分しかなかったの。その後コードだけは残ってた。で、これはインストゥルメンタルにするより歌詞をつけて、最後ダッとハモるといいんじゃないかってことになった。で、鈴木博文が歌詞を書いてきて、メロディをみんなで作った。その現場で。そしてハモっていく。そうすると、グッとムーンライダーズになるわけ。放っておくとムーンライダーズにならないものもあるわけで、それはムーンライダーズにしないといけない。そこは一番考えるし、これからも考えるだろうね。そこに関しては、岡田、かしぶち存命中の方が難しいことは多かった。当然、みんなエゴがあるからね。でも、今は今で澤部、優介の二人だってイエスマンではない。テイクを何度も何度も私たちにさせる。もう一回歌ってください、とね。だからこそディレクターズ・チェアに座っておいてもらった。この二人座らせといた方がいいなと。そこは俯瞰で見てるわけで。

──澤部さん、優介さんが最近はムーンライダーズのライヴの選曲をしている意味も大きいんですね。

K:そう。選曲にあたって非常に考えられてるんだよ。ここでこうなって、次はこうなるから……って流れも考えてくれる。だからディレクターズ・チェアに座ってもらってもOKなんだよ。それは若者に任せるってことじゃない。同じ平等の土俵じゃないけどさ、同じバンドの板の上に、もしくは船の上に乗ってるようなもんで。任せてもOKだな。それに応じたディレクションをするしって感じで信頼しているってことなんだ。

──もちろん全員が歌っていて、声の聞き分けは確かに可能ではあるんですけど、そうは言っても似てきている印象もあります。そこは自覚的なのでしょうか。

K:うん、実際に歌い寄せてる感じだね。それはバンドとなっているという証だろうね。ムーンライダーズも初期は似てない、あんまり。だんだん似てくるようになった。一緒に歌ってて、コーラスを合わせるにはみんな似せて歌わないといけない。そうするとザ・バーズになるとか、こうやるとオクターブで似せて歌うとスクイーズになるとか、そういう似せ方があるんだよ。私もTHE BEATNIKSでは幸宏に似せるし。澤部くんもスカートの時と違う歌い方だよ。こちらも合わせるし。それがヴォーカルを録る時の、もしくは一緒に歌う時、コーラスを付ける時、それは重要なこと。重要なことだけど、自然にそうなっていくんだな。もちろん、エンジニアリングでそうしてるところもある。この音質に合わせようということもあると思うな。

──そういうこともあって、まるでe.d morrisonという一人の男のアルバムのように聞こえますね。ジャケットのアートワークも帽子を被った男性だし。

K:タイトルの発案自体は澤部くん。『DON’T TRUST OVER THIRTY』(1986年)で使ったバンド名義のクレジットを引っ張り出して、「これがいいんじゃないか」って。それが人格を持って具現化した。ジャケットのイラストはceroの元メンバーだった柳智之くんに書いてもらった。いくつか候補があってね。みんなで投票してきめたんだけど、ちょっとずつメンバーに似ていたりしたんだ。最初はメンバーの顔をコラージュして一人の男の顔にするようにしたかったんだけど、結果としてそういう意味を持ったジャケットになった。実在しない架空の人物。その点でもバラッド。いわゆるトピカルなことを取り入れつつ、意識しているものを取り入れつつ……っていうことなんだけど、どこかの風景であり、誰かの物語になっている、と思うんだよ。

7月にリリース40周年記念ライヴを敢行した『DON’T TRUST OVER THIRTY』(1986年)

──70代で作る作品という意味でも符合しますね。特有の自虐のユーモアがリアリズムとなっている。でも、それは必ずしもムーンライダーズのメンバーたちを指し示したものではないかもしれない。

K:そう。自分たちであり誰かでもあるんだ。歌っているのは“死に神”だったり“老い”だったりするけどね。私はどんどん変わっていく人間だと思ってたけど、変わってないとかもあるんだなって、晩年に至ると考えざるを得なかったりもする。歳をとるってそういうことでもあるよね。でも、それは誰でも体験することでもある。

もちろん、蓄積というか長くやってきたことによるアイデアや学びも当然ある。例えば、具体的なことだけど、レコーディングした《Sound Crew Studio》にはとにかく大量に楽器があるんだ。楽器をレンタルしてくれるんでね。「明日、あの楽器を使います」って伝えればいいので、だからほとんど楽器を持っていかないの。そっちの方がいい音するんで。だから事前に大量に借りとくの。で、パッと思いついたら、楽器を手にして、これかな? やってみよう! あ、違う、戻そう! よし、12弦を大量に使ってみよう、マンドリンも使おう! とかね。その結果「体毛のない孤独」なんて複弦だらけだ。私と澤部君でパターンを作っていくと。生の12弦とかエレキの12弦とか、これ澤部くん、エレキの12弦がいいんじゃない? とか言って。それを澤部くんや優介くんみたいに子供……いや、孫世代と一緒に作ったってことは本当にすごいことだと思うし、普通のこととも思う。でも、それが今のムーンライダーズらしさなんだと思うよ。


<了>


Text By Shino Okamura


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