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TURNスタッフ/ライター陣が選ぶ
「私の好きなブラック・カントリー・ニュー・ロードこの1曲」


「Sunglasses」

「Sunglasses」は衝撃的な曲だ。約10分の大長編。中盤で展開が切り替わるこの曲で、アイザック・ウッドの歌詞は、社会の階層が隔てる見えざる死角への意識を取り上げ、“サングラス”というモチーフを使い辛辣に風刺する。彼の脱退前のバンド、そしてこの曲の再編集後ヴァージョンが収録されたファースト・アルバムには、荒削りでありながらも、個が集まるコミュニティからメッセージを問いかけるパンクな精神と青臭さがあり、それは、このバンドのブループリントである“その時”が本楽曲に高純度で刻まれた特別なものだろう。「サングラスをかければ俺は無敵だ」「学んだこと全てが今や無意味に思える」。(市川タツキ)


「Nancy Tries to Take the Night」

女性メンバー3人が中心になって制作された最新作が圧倒的に好き、という人は、もしかすると少数派かもしれない。だが、その少数派の一人として言うなら、むしろ「天晴れ!」と叫びたくなる作品であることを改めて強調したいと思う。例えば1曲目のイントロなどはほとんどチェンバー・ミュージックであり、この9曲目などはほぼアパラチアン・フォークのような風体で、後半は器楽曲のアレンジがふんだんに取り入れられてもいる。しかし、この曲のタイトルにある“Nancy”が、チャールズ・ディケンズの『オリヴァー・ツイスト』に出てくる情婦・ナンシーから取られていることを知った時、このバンドが歴史の縦軸と横軸を大きな目線でとらえようとしていることに気づいて感動した。『オリヴァー・ツイスト』は確かに英ヴィクトリア期文学の作品ではあるが、貧困、犯罪などを扱った「状態小説」の走りでもある。そして、最新作でこのバンドが向き合ったアメリカのアパラチアン・フォークはスコットランドやアイルランド移民がアメリカの山岳部に移住して行った時代から口伝いに誕生した民間音楽であり、根っこには欧州から持ち込まれたマーダー・バラッドへの親和がある。ヨーロッパの伝統国と、開拓された大陸との因果関係を自然に伝えてくれる今のBC,NRは、我々が考えている以上に歴史秘話を紐解いてくれる存在になりつつあるのかもしれない。(岡村詩野)


「Happy Birthday」

正直にいって、私はBC,NRの“真面目な”リスナーではない。メンバーそれぞれの芸術/文化的素養を背景とし、緻密な計算のもとで構築された実験的かつ躍動的な音像。機智と比喩、参照に富む巧みなリリック。それでいて、リスナーをおいてきぼりにしない親しみやすいメロディー……。いってしまえば、私にとって、BC,NRは抜け目がなさ“すぎる”バンドだ。ゆえに、タイラー・ハイドをして自らの心に潜むクールネスへの欲望から離脱して作曲されたという「Happy Birthday」は私にとって、BC,NRのなかでもとても魅力的な楽曲として響く。この曲から感じるどこか肩の力が抜けた軽やかさに宿る一瞬の“ゆるみ”が、私というひとりのリスナーにとって、BC,NRが最も輝く瞬間なのだった。(尾野泰幸)


「The Place Where He Inserted the Blade」

セカンド・アルバム『Ants From Up There』が出るときの座談会企画で「一番印象に残った曲を教えてください」という質問にその場にいた3人が連続でこの曲をあげたということがあった。おいおいこんなのいいのかよと思ったものの、僕の順番が最後だったのだとしてもきっと空気を読んで他の曲をあげるなんてことはしなかった。みんなにとってそれほどまでに特別だったのだ。曲の中で彼らは出されることのなかった手紙のようにしこりを残し消えてしまった時間を思う。そうやって続く日常を過ごす。静かなピアノの音に神経質に心を撫でるようなギターが重なりフルートが鳴る。別離を歌ったこの歌に今では別の意味が加わってしまったようにも思えるけれど、過去と未来の間に浮かぶ特別な曲であることには変わりがない。(Casanova.S)


「Basketball Shoes」

老婆心ながら、『Ants From Up There』を「アイザック・ウッドの抒情詩」という一側面のみで鑑賞するのは少々もったいない。もちろん「そう」でもあるのだが、「そうでもない」ことにまで言及んでしまう瞬間にこそ、砂金のように輝くポップ・ミュージックの眼目がある。先行シングルの「Chaos Space Marine」がザ・スミス「Still ill」の引用より始まり、80年代の英国病(及びサッチャーによる荒療治)と2020年代のポスト・ブレクジットが並列され、両者の差異が考証された2021年の10月を回顧しよう。そしてそのまま、アルバムの最後を締めくくるこの曲のラストで繰り返される、「your generous loan to me, your crippling interest」という一節を思い返そう。アイザックの書く詞の中に何度も登場してきた「父」の存在。そのアンビヴァレンスが世代間格差へとクロスオーヴァーし、国家全体を覆うr>g的な絶望感へと結実してしまい、瘦身の青年が抱えていた破れかぶれのシニシズムを突き破って、その彼がぐったりとへたり込む様。悲しい哉、利息によってのみ僕らは認められ、利息によってのみ僕らは殺される。(風間一慶)


「For the Cold Country」

アルバムにジョージアが持ち込んだあっけらかんとしたポップネス、あえてカオスに仕上げない方向性こそがこれからのBC,NRなのかもしれないけれど、メイのクラシックの素養にトラッドとマスロックとプログレとハードコアを注ぎ込み、触ったら切れそうな繊細さとダイナミクスを湛えたこのアンサンブルは『Forever Howlong』のハイライトであることに揺るぎはない。フィジカルのコレクターズ・エディションではこれがラストなのも納得。かつて「Sunglasses」を大西洋の反対側で聞いたGeeseが2025年に覚醒したのと同様に、この曲も未来のどこかのバンドの触媒となってくれることを願う。(駒井憲嗣)


「The Big Spin」

ルイスがTURNに掲載された「『Forever Howlong』全曲解説」の中で「バンドとして初めて、完全なグルーヴを体験することができた曲」と語ったのがこの「The Big Spin」である。言い方を変えれば、アイザック脱退以降のバンドにおける“基準”ということになるだろう。全体的に軽やかなアンサンブルではあるが、どこか不穏さも携えたこのグルーヴは、掴み所があるような、ないような……でもたしかに癖になる。ヴォーカルをとるメイが、「私の人生における非常に具体的な出来事について、あまり個人的な話をせずに説明しようとしている」と言う通り、歌詞は極めて抽象的だが、タイトルの示すように“巡る”季節のごとく、誰にでも春はやってくるのだというポジティヴなメッセージを感じる。(高久大輝)


「Instrumental」

マジか。そう来たか、やっぱそう来ますよね、はいはい、ですよね、知ってます。ってな感じで、刺激の追究から円熟へ、悪くいえば予定調和的な均質化/ノンジャンル化を果たしてしまったロンドンの先鋭的なバンド・シーンであるが、そういう現象を作ってしまったプレイヤーたちが、軒並み自分たちの無垢なルーツやバイオリズムから生み出される表現へ立ち戻ろうとしているのはさもありなん。BC,NRは、そもそもが(ポップ・ミュージックの外部にある)既視感のコラージュから出発したバンドであるが、近年はより人間の顔がよく見える既製品様の良質なポップネスへと回帰していて、これもまたさもありなん。彼らの最初のアルバム『For the first time』には、実は、自分たちの(修正できない)ポストパンク的な手癖を実験音楽や民族音楽的な要素でひた隠しにしようとする無邪気さがあって、そこがある意味で賛否を盛り上げたわけだけど、僕はその1曲目「Instrumental」がいちばん好きだ。3の倍数か4の倍数か、どちらの拍子で踊ってもいいからね、という(不寛容なようで)寛容なリズムを土台にしながら、徐々に和声やパートを変化させていく展開は、神経症的にどん詰まりな気分を表現するのにぴったりだ。おだやかな顔で内心「死ねよ、死ねよ、おらおら」(3、3、4のリズムで)と思うこともある毎日だけど、強靭なリフとリズムがごろっと転がり続ける彼らは、たしかにロックンロールを奏でるバンドであるなあ。(髙橋翔哉)


「Socks」

クラシック映画もしくはミュージカルを想起する楽曲にのめり込む。しっとりとしたピアノの音粒から大きなバンド・サウンドへ変容したり、テンポも伸び縮んだりと予想できない起伏がある。それにタイラーの語りかけるようなヴォーカルは情熱的で素晴らしい。この曲を手がけたタイラーは前作『Ants from Up There』の制作前に、アーケイド・ファイアの『Funeral』(2004年)をよく聴いたという。加えてルイスは「『Forever Howlong』全曲解説」で、ランディ・ニューマンの名を挙げた。BC,NRの奏でるオーケストレーションは、その柔軟性によって不遇な境遇をアイロニーに変えたのがわかる1曲だろう。(吉澤奈々)


「Sunglasses」

好きな曲、というよりは頭にこびり付いているのが、この初期のシングル「Sunglasses」だ。小さな町の富裕層の父親視点で「凡庸な演劇」や「シングルモルトの氷」に不満を漏らし、「英国工業の黄金期」を懐かしむ様子が、緊張感を高めていくサックスの反復と共に皮肉たっぷりに歌われる。曲名のサングラスは変わりつつある時代に対しての自己防衛と無知として象徴的にあしらわれているのも印象的だ。なお、アルバム『For the First Time』収録時に再録音されている。(油納将志)

Text By Kenji KomaiShoya TakahashiNana YoshizawaTatsuki IchikawaIkkei KazamaCasanova.SShino OkamuraMasashi YunoDaiki TakakuYasuyuki Ono


Black Country, New Road JAPAN TOUR 2025


◾️2025年12月08日(月) 大阪 BIGCAT
◾️2025年12月09日(火) 名古屋 JAMMIN’
◾️2025年12月10日(水) 東京 EX THEATER
開場18:00 開演19:00

詳細・チケット購入はこちらから(BEATINK公式オンラインサイト)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883


Black Country, New Road

『Forever Howlong』

RELEASE DATE : 2025.04.04
LABEL : Ninja Tune / BEATINK
購入は以下から
BEATINK公式オンラインサイト


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