タイラー・ハイドとルイス・エヴァンスによる
新作『Forever Howlong』全曲解説
ブラック・カントリー・ニュー・ロード(BC,NR)のニュー・アルバム『Forever Howlong』は間違いなく今年のUKを代表する1枚だろう。それは、バンドの方向性をドラスティックにチェンジさせたばかりか、これまでの流れを分断させることもなく、さらにはそこに新しい可能性を提示することで見事にバンドの再生を実現させたからだ。もちろん、2022年の前作『Ants From Up There』のリリース直前に、ヴォーカル、ギターのアイザック・ウッドが突如脱退を表明したことは、このバンドの歴史に意図しない大きな転換点を与えることとなった。アイザックが自身のヴォーカルによって『Ants From Up There』にもたらした堂々たるダイナミズムは、2作目にして圧倒的な存在感を放ったバンドの跳躍力の象徴だったと言っていい。しかし、彼らは新たなヴォーカリストを迎えるような形で、アイザックの“抜けた穴”を無理に埋めようとはしなかった。穴を埋めるのではなく、空いた穴はそのままに、言ってみれば、全く異なる源泉から豊かな水を汲み出す道を選んだ。ヴォーカルと作詞を3人の女性メンバー──タイラー・ハイド、メイ・カーショウ、ジョージア・エラリーが分担する新生BC,NRは、見事に真新しいポップ・バンドの在り方を見せてくれることになったのである。12月に実現するジャパン・ツアーは、そういう意味でも明らかに刷新された彼らを見届けることができる、必見中の必見の公演と言えるだろう。ここでは、メンバーのタイラー・ハイドとルイス・エヴァンスによる、ニュー・アルバム『Forever Howlong』の楽曲解説をお届けする。リリースから約1ヶ月、改めて新作が伝える再生の必然を実感できるはずだ。(編集部)
Photo by Eddie Whelan
「Besties」
Lewis Evans(以下、L):ジョージア(・エラリー)の代弁というわけではないんだけど、僕にとっては友情とか、そういうものを感じる。でも、それ以上のことは言えない。それ以上のことがあるとは思うんだけど。歌詞に関して言えば、僕にとっては悲しい曲のように感じる。悲しくてビタースウィートであることは確かだ。
「The Big Spin」
L:この曲はあっという間に完成した。 そして、この曲のおかげで、アルバムの後半を書き始めるきっかけになったような気がする。 この曲が、ジョージアをインスパイアし、彼女は「Besties」を書き、それが、タイラーをインスパイアして、「Happy Birthday」が出来たんだ。「The Big Spin」 は、バンドとして初めて、完全なグルーヴを体験することができた曲で、それは本当に気持ちよかった。長い間、特にBC,NRとして音楽をやっていて、こんな気持ちになったのは初めてだったから、すごく満足できたし、もっとこうすればいいんだと明白に思えた。短くてキレがあって、本当に素晴らしい曲だと思う。大好きな曲だ。
「Socks」
L:タイラーがこの曲を初めてリハーサル・ルームに持ち込んだのは2023年のことで、ちょうどツアーから帰ってきて、 よりバラエティに富んだセットリストを演奏できるように、曲を書いていた時だった。《Bush Hall》でのライヴ・アルバム(『Live at Bush Hall』)を、最初から最後まで、毎晩それだけを演奏するのはあまりに疲れるし退屈だったから。その時に、「Salem Sisters」、「Socks」、「Nancy Tries to Take the Night」、「For the Cold Country」、「Two Horses」、そして「Goodbye, (Don’t Tell Me)」をセットに加えた。タイラーがこの曲を演奏しているのを初めて見たのは、たしか、《work in progress》ショーだったと記憶しているんだけど、タイラーがピアノで弾き出したとき、そこには彼女とピアノがあるだけで、おお、これはすごいと思った。ランディ・ニューマンのような、でもタイラーのエッセンスが感じられる曲で、バンドにとって本当に適応力のある曲になると感じたんだ。この曲は、何千通りもの展開が(できると)想像できたし、どのようになっても素晴らしい曲になってたことは間違いないと思うけど、本当にタイラーのヴォーカルとピアノのパフォーマンスが中心になっていて、僕たちはそれに華を添え、サポートするという、まさにランディ・ニューマン的なアプローチをとったんだ。
「Salem Sisters」
Tyler Hyde(以下、T):魔女(笑)。それは夏場のバーベキューにおける、社会的不安の巨大なメタファー(比喩)なの。人生の中で社会的に不安な時期に入ると、その不安感が表に出てきて、本当に何もしゃべれなくなり、「自分が相手より優れていると思っている」と(相手に)思われることを恐れる。話しかけることが出来ないから、失礼になる。そして、それが頭の中でぐるぐる回る。でもそれは頭の中だけなのか、現実なのか? みんなが彼女たちを魔女だと決めつけ、彼女たちは木に登って隠れるんだけど、バーベキューではその木に火をつけて、魔女を燃やすの。バーベキューでは彼女たちが自分の方が上だと思っているから。
「Two Horses」
L:この曲には、本当に壮大な物語があるんだ。「Mary」もそうなんだけど、ある意味説明不要かも。この曲は、僕にとっては、本当にアメリカを舞台にしているというか、アメリカーナの雰囲気がある。2023年に日本で初めて演奏したんだけど、その後セットリストにも長い間入っていた。この曲の面白いところは、リハーサル・ルームに入るまでに、ほとんどまとまっていたこと。というのも、ジョージアは、すでにほぼ全員にプレイしてもらいたいものを決めていて、すべてを計画していた。彼女はこの曲に対して本当にブライアン・ウィルソンのようなマインドを持っていたんだ。その後、僕たちは皆、いい感じだけど、ちょっとこうしてみようかな、とか、こうしたらいいんじゃない? みたいに、それぞれ自分なりのアレンジを加えて、1年くらいそんな感じで演奏していた。でも、スタジオに入る準備をしていたとき、曲を見ていて、僕らが追加したものが実際に曲を支えているのか、曲の役に立っているのか、と考えたんだ。そして、ジョージアが最初に望んだようににしたほうがいいんじゃないかって思い始めた。だから、すべてをもとに戻したんだ。最初にジョージアがやりたかったことが正しかったと気づいたのはラッキーだった。だから、これは面白い曲だよ。みんなに見せる前に、あれほど発展させた曲は初めてだったからね。
「Mary」
T:これは説明不要の歌だと思う。学校に通う少女が、友人と呼ばれる人たちの中で自分の居場所を見つけるのに苦労するというストーリーで、本質的には反いじめの歌なの。
「Happy Birthday」
T:この曲は、今まで書いた曲の中で最も簡単にできた曲のひとつで、私にとってはとても珍しい書き方だった。ただピアノの前に座っているだけで、指を投げ出したら、言葉が出てきたの。でもそれは、クールなコードやクールな言葉を使うことを気にするのをやめたからだと思う。評価を恐れる気持ちを捨て去るのは本当に難しいの。(ルイス「コードはクールだよ!」) コードはクールなんだけど、その時はそう感じなかった。でも、それでいいの。ただ何となく、外の世界を手放すことができた。 それは、自分の心をコントロールできる修行僧のようなものなんだけど、私は修行僧ではないから、自分の心をコントロールできないの。
「For the Cold Country」
T:『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』みたいよね。
L:うん、マジカルで幻想的な感じがして、それが音楽のスタイルにも表れている。特にコーラスではそれが想像できるよね。コーラスが始まると、すべてが一気に広がり、カメラがこの魔法の世界を映し出しているように感じる。なんだったけ? 名前が思い出せない。ああ、リベンデル* だ!『ロード・オブ・ザ・リング』で初めて見たんだけど、それを想起させたかったし、このマジカルな美しさをできるだけ引き出したかったんだ。
T:歌詞に、「I’ll take off my armour, If you promise to stay」 というセクションがあるんだけど、私たちは、この部分を“The Shire* ”と呼んでいるの(ただ単に、この名前をつけただけです。一応意味を下に書いていますが、ここでは名前を拝借しただけです)。ジョージアがヴァイオリンで弾いているんだけど、この曲は私たちを『ロード・オブ・ザ・リング』の世界に連れて行ってくれた。 最初はそんな意図はなかったんだけど、書いている最中に、曲が私たちをどこに連れて行ってくれるのかを決めてくれるというのはとても素敵よ。
*リベンデル:霧ふり山脈の西の麓にある谷間であり、サウロンから身を守るために作られた避難所でもある。半エルフのエルロンドが最後の憩いの館を構えて住んでいる。*シャイア:J・R・R・トールキンが『指輪物語』などで描いた架空の中つ国の一地域。
「Nancy Tries to Take the Night」
T:この曲にはいくつかの要素があるの。個人的な経験や、他の女性たちが特定の方法で自分自身を描いているのを目の当たりにして、なぜそうするのか疑問に思う。私が目撃したり、経験したりした小さな物語はたくさんあって、どれを選ぶか迷うけれど、その中でも私が共感した巨大な架空の世界は、ディケンズ時代のロンドン、『オリバー・ツイスト』のナンシーだった。「Nancy Tries to Take the Night」は、彼女が仕事を終えて、夜に、安全とは言えない世界へ出かけていこうとする、それをやろうとすることなの。ストーリーのネタバレはしないわ。だから、本を読むか、映画を見るか、舞台を観に行くべきね。
「Forever Howlong」
T:バンドのメンバー全員にとって、その意味はそれぞれ違うと思う。私にとっては、バンドの形がいつまでこのまま続くのかということで、これまでたくさんの変化を目の当たりにしてきたから、変化はもう私たちの血の中にあるものなのかもしれない。 だから、私たちがどれだけこのままでいれるのかは分からない。変化に対してポジティヴであること、それだけよ。
「Goodbye, (Don’t Tell Me)」
L:この曲、大好きなんだ。なぜか入り込むのに一番時間がかかった曲なんだけど、実は面白いことに、このアルバムの中で一番古い曲なんだ。《Bush Hall》の(ための)作曲時期の最初のころに書かれたもので、ジョージアが持ってきたんだけど、彼女はジョックストラップのツアーをしていたから、曲をきちんと完成させることができなかった。だから、僕の頭の中ではずっと未完成のままで、いまいち僕の中でピンときていなかったんだ。でもその後、再びこの曲に取り組むことになって、本当にいろいろと意味を成し始めた。今では、僕のお気に入りの一つで、このアルバムの中でも最も良いサウンドの一つだと思う。この曲のプロダクションは本当にいいと思うし、最後の小さな声を震わせて歌う部分が大好きなんだ。この部分は、どれだけクレイジーにするか真剣に議論されたトピックで、僕はもっとクレイジーにしたかったんだけど、妥協せざるを得なかった。でも、この曲には満足しているし、アルバムの最後を飾るのにふさわしい、前向きで多幸感あふれる曲だと思う。 すごくいい気分になるけど、ちょっと悲しい曲でもあると思う。
<了>
(翻訳/近藤麻美 )
Text By TURN's Editors

Black Country, New Road JAPAN TOUR 2025
◾️2025年12月08日(月) 大阪 BIGCAT
◾️2025年12月09日(火) 名古屋 JAMMIN’
◾️2025年12月10日(水) 東京 EX THEATER
開場18:00 開演19:00
詳細・チケット購入はこちらから(BEATINK公式オンラインサイト)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883

Black Country, New Road
『Forever Howlong』
RELEASE DATE : 2025.04.04
LABEL : Ninja Tune / BEATINK
購入は以下から
BEATINK公式オンラインサイト
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