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BC,NR・フレンズ・フォーエバー!
──「あの頃」のサウス・ロンドンとブラック・カントリー・ニュー・ロードの尊さについて

24 October 2025 | By Ikkei Kazama

僕らにとってサウス・ロンドンとは、「僕らにとって」という言葉で括ることが許された初めてのロック・ムーヴメントだった。

そもそも、ロック・ムーヴメントなんて二度と起こらないと思っていた。西暦の下2桁と年齢が合致しているような人間(=僕)は、その発生を半ば諦めていた。これは世代の話だ。ロンドン・パンクの発生過程はバブル経済とかと横並びの「どうやらあったらしい」狂騒の歴史として学んだし、その卓越性を前世代までの特権として粛々と受け入れていたはずだった。

ただ、今になって思えば、2010年代中盤から現在へと通じる一連のバンド群が生んだ渦は、そうとしか形容できない現象だった。70年代のマンハッタンにおける《CBGB》や80年代後半のマンチェスターにおける《The Haçienda》のような「聖地」が「伝説のライヴハウス〇〇選」みたいな記事の中でうっとりとした表情で語られるたびに感じていた欠乏感を、キャパ200人にも満たないブリクストンの《The Windmill》というヴェニューは埋めてくれた。ファット・ホワイト・ファミリーという首領(ドン)を取り囲むようにシェイムやゴート・ガール、ソーリーといったプロジェクトが蠢き、ダン・キャリーと彼の主宰する《Speedy Wunderground》の送り出す数多の恐るべき子どもたちと共に、SNSとYouTubeを経由して海の向こうから迫ってきた。特に日本では《So Young Magazine》の日本特別号も発売されるなど、その動静が積極的に紹介されていた。結局、僕らは物語の読者として共犯関係を結んだ。

サウス・ロンドンの力学は一様ではない。ポストパンク・リバイバルの熱波に加え、教育にフォーカスした草の根的な活動を継続している同地のジャズ・コミュニティの貢献も見逃せない。その胎動を克明に記録した2018年発表のコンピレーション『We Out Here』は、ここ数年で最も重要な編集盤と言えるかもしれない。さらにサンファやキング・クルールといったカルト・スターによるグローバルな活躍も刺激的に機能していた。

また、ブレクジット以降の社会不安が若い世代のバンドに通底するリリシズムに作用していると見る向きもある。2021年にNPRからリリースされた「The Post-Brexit New Wave」という題の記事では、ヤード・アクトやコーティングなどと共に、ドライ・クリーニングやレッグスといったサウス・ロンドンのバンドも並列されている。ここにUKのレイヴ文化やフォンテインズD.C.にザ・マーダー・キャピタルといったアイルランド勢の動きも絡み、文化的リソースの循環が高速で行われていたのがあの頃のサウス・ロンドンだった。

……ここまで書いて、自分が「だった」や「思っていた」といった過去形を無意識のうちに用いていたことに気づいた。無理もない。どうやら僕らは歳を取ったらしい。人生のライフステージが一段ずつ上るに連れ、物語を紡いだバンドが様々な方角へと散らばっていく。ここ1〜2年はそう実感するタイミングが多かった。

当時の主要な登場人物を振り返ってみよう。まず、ブラック・ミディは解散した。最初にKEXPでのライヴ・パフォーマンスで彼らを観た時の衝撃は今でも新鮮に残っている。しかしバンドは3枚のフル・アルバムを残し、極めて前のめりに、活動を止めた。今やジョーディー・グリープはソロとしてラテン〜ジャズ・ロックへの興味を深め、キャメロン・ピクトンはマイ・ニュー・バンド・ビリーヴという明け透けな名前のバンドを始動し、モーガン・シンプソンはジョー・アモーン・ジョーンズからリトル・シムズのバックまで叩きこなす名ドラマーとして最高峰の評価を得ている。もちろん、赤いテレキャスターのマットのことを忘れたことなど一度もない。

ブラック・ミディの面々がアグレッシヴにコミュニティの外部へと働きかける一方、スクイッドはローカルへの貢献にも尽力した。2020年に《Warp》へと所属し、グローバルな規模での活動を継続する傍ら、彼らは地元であるブリストルのシーンをフックアップするためのコミュニティ《INK》を設立。元々はアントン・ピアソンのソロ作をリリースするために用意されたレーベルだったが、昨年はブリストルの即興シーンから発展したザ・ビッグ・ファス・アンサンブル(The Big Fuss Ensemble)を取り上げ、サウス・ロンドンとは別の可能性も指し示した。マーサ・スカイ・マーフィーやビンゴ・フューリー、マイナー・コンフリクトといった距離の近いバンドたちと共にオルタナティヴな場所を作るという「地元志向」がスクイッドの根幹にはある。



そしてサウス・ロンドンという場所の特殊性を体現し、両者以上にライフステージの上昇を楽しんでいるのがブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下、BC,NR)だ。ロックバンドとしての新規性やポスト・ブレクジットのいたいげな詩的表現で評価されがちなサウス・ロンドンのバンド群だが、BC,NRのコアはメンバーの関係性にこそある。そしてそのキャリア上の変遷こそ、サウス・ロンドンが放っていた魔力の正体であるような気がしてならないのだ。

バンドが2018年に始動する前にも、ナーバス・コンディションズやザ・ゲストなどのプロジェクトは動いていた。2019年に《Speedy Wunderground》より「Athens, France」の7インチ・シングルが260枚限定で発売され──ブラック・ミディとスクイッドをはじめ、同レーベルによる限定7インチの発売は一種の「お墨付き」のようなものだった──、2021年に満を辞して《Ninja Tune》よりデビュー・アルバム『For the first time』をリリースしてからは、世界中のインディー・ロック・ファンから歓待を受ける存在になった。

BC,NRの物語が大きく動き始めたのはセカンド・アルバム『Ants From Up There』のリリース後、2022年初頭に発表されたアイザック・ウッドの脱退だ。7人横並びでの関係を重んじるBC,NRだが、バンドのリード・ヴォーカルであり、引き攣ったようなスポークンワードと歌唱で切々と言葉を吐く様──ポストパンク・リバイバルの思念体のような、完璧なヴォーカルだ──の貢献は誰の目にも明らかであり、故に脱退もセンセーショナルに受け止められた。当時はパンデミックの波が引き、世界中で徐々にギグの機運が高まっていったタイミングだ。2010年代のBC,NR の青写真が『For the first time』に、その後に『Ants From Up There』がイメージ像を更新するような形で用意され、いよいよ大海へと漕ぎ出す直前で、物語に栞が挟まれた。

ユーラシア大陸を挟んで察するに、バンドとしての「人生設計」はこの時点で一旦白紙になったかのように思われた。実際に2022年初頭のアメリカ・ツアーはキャンセルとなった。しかし、BC,NRは半年も待たずにツアーを開始した。7月の《フジロック》では初の来日公演を敢行、タイラー・ハイドの涙は今も忘れられない。『Ants From Up There』までの曲を封印し、既存のメンバーによる新曲のみがそこでは披露されていた。

メインとなるソングライターが複数存在し、ヴォーカルもスイッチする、変則的な形態を選択したBC,NRの6人。この時点で彼らの宿命は結束し、文字通りの運命共同体として運動を始めるように見えた。より直接的に表現するなら、バンドの核へと新たに据えられたのは友情だ。

2023年3月発表のライヴ・アルバム『Live at Bush Hall』では、タイラーが思いつきのように組み込んだ〈Look at what we did together, BC,NR friends forever〉(「Up Song」)というラインが採用され、バンドの精神を奮い立たせるチャントとして響いていた。3部構成による演劇仕立てだった『Live at Bush Hall』のうち、ひとつがプロム(高校の卒業直前に開催されるダンス・パーティー)を模したものだったことを思い出してみよう。『Live at Bush Hall』のリリース直後の来日公演で、入場扉の頭上に光り輝いていた「BCNR」のバルーンは、『Live at Bush Hall』でのプロムで使用されていたものだ。当時のバンドにおける「卒業」が何を意味していたのかを詮索することは脇に置いておいたとしても、そのメタファーを用いたことが数年来のBC,NR史における重要な出来事であったことに異論はないだろう。

そして最新作『Forever Howlong』を前にして、ウェットな感情を抱くのも無理はないだろう。そのタイトルも去ることながら、冒頭を飾る「Bestie(親友)」の〈Do you wanna play?/Forever how long can I play?〉というラインはバンドへの直接的な告白にも、古くからの友人へのMessengerにも、そのどちらにも読める。『Live at Bush Hall』収録の「The Boy」での組曲のような構成を踏襲したメイ・カーショウのヴォーカルによる「The Big Spin」ではカントリーサイドの情景を散りばめたコミューンの一幕が歌われ、「Mary」では学校に馴染めない少女の一日が悲劇的に描かれる。リリース直後の全曲解説インタヴューを一読すると、どことなく現代からは遊離した中世風の雰囲気を共有しながら──本作がジョアンナ・ニューサムの諸作と比較されることになった所以だ──、メンバーのソングライティングが相互的に作用しあっているのが伺える。

中でも一際驚かされ、BC,NRの現在の精神性を体現していると直感したのは「Forever Howlong」だ。メイの歌うメロディに合わせて聞こえてくるのはゆらゆらと震えるリコーダーの音色、クレジットされているのはメンバーの5人だ。実際にライヴでもアコーディオンを抱えて歌うメイを取り囲むように、調子を時々外しながらも、彼らはリコーダーを吹いている。少しシュールなこの光景を持って、僕はBC,NR像が完全に刷新されたと心の底から思えた。一切の乱調を許さずに砂場で精巧な城を組み立てるのではなく、砂の感触を確かめながら同じ塊にリーチしていること自体が目的であり、彼らはそこからどこへも行かないのだ。なぜなら、そこが最も尊く美しい場所だからだ。

その尊さこそ、僕らがサウス・ロンドンに抱いていた感慨の正体だったのかもしれない。あの頃に夢見ていた景色──毎週のように飛び出してくる新人バンドの動向を追い、コラボレーションの網目を想像しながら遠いブリクストンに想いを馳せていた──は、BC,NRというプロジェクトの体現する関係性の美学に還元されうるものだ。つまり彼らが永遠である限り、僕らの身体を芯から貫くような物語は更新され、粛々と堆積される歴史としてサウス・ロンドンの「あの頃」を承認することができる。これから控える来日公演に期待するのはそんな「あの頃」の肯定であり、再会の祝福だ。心のうちにあのチャントを秘めて、僕らはまた集まる。(文/風間一慶 写真/Eddie Whelan)

Text By Ikkei Kazama


Black Country, New Road JAPAN TOUR 2025


◾️2025年12月08日(月) 大阪 BIGCAT
◾️2025年12月09日(火) 名古屋 JAMMIN’
◾️2025年12月10日(水) 東京 EX THEATER
開場18:00 開演19:00

詳細・チケット購入はこちらから(BEATINK公式オンラインサイト)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14883


Black Country, New Road

『Forever Howlong』

RELEASE DATE : 2025.04.04
LABEL : Ninja Tune / BEATINK
購入は以下から
BEATINK公式オンラインサイト


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