過ぎたロマンスは水底に沈めた
強烈な魅力を持った女性をフロントパーソンに据えるバンドが、音楽史において数多く存在していたのは誰もが知るところだ。古くはフリートウッド・マックやブロンディ、ルーファス。90年代前後には、コクトー・ツインズや、マジー・スター、ポーティスヘッド、カーディガンズ、ノー・ダウトなど、特に多かった印象がある。それは彼らがX世代で、第3波フェミニズムの流れにあったことも一因かもしれない。いずれにせよ、どのバンドのフロントウーマンも、オリジナルで強烈な魅力を持った女性たちだ。
“魅力的”という形容詞は、英語においては様々な表現を持つ。charming(チャーミング)、enchanting(エンチャンティング)、ravishing(ラヴィシング)、charismatic(カリスマティック)、exotic(エキゾチック)、glamorous(グラマラス)などなど、“魅力”を表現する言葉は古今東西にあり、現在にまで様々なニュアンスで表現するために、形を変えながら残り続けている。そして、フロントウーマンを据えるバンド形態において、その女性の魅力をどのようなコンセプトで押し出すかというのは、表現と戦略の両面で最も重要だと言える。
インディー界隈のみならず、バッド・バニーやTainyの作品への客演で、レゲトン界隈でも注目を集めるバンド、ザ・マリアス(The Marías)。このLAを拠点にするバンドのフロントウーマン、Maria Zardoyaもまた、強烈な魅力を持つ女性だ。米アトランタ出身でありながら、プエルトリコにルーツを持つが故に、英語とスペイン語、二つの言語で歌い分けることができる。ラテン由来のエキゾチックな妖艶さを纏いながら、ニーナ・パーソンのように、ブリル・ビルディングを背景に感じさせる、キュートでフックを持った歌唱。その反面、グウェン・ステファニーのようなサッシーな一面を持ちつつ、ホープ・サンドヴァルを思い出させる儚げな表現をも見せてしまう。
そんなMariaを中心とするザ・マリアスだが、キーパーソンは彼女だけではない。バンドのドラマーで、作曲/プロデュースも手がけるJosh Conway。彼とMariaは元々恋人同士で、そんな2人からバンドは始まった。 ただこの2人の恋愛関係は、最新作『Submarine』の制作を前に終わりを迎えた。この場合、バンドの解散や、どちらかの脱退という事例もしばしば見てきたが、彼らの別れはロマンティックなもので、この別れがお互いの創造性を奮い立たせ、創作をより円滑にしたという。
《NPR》のインタヴューで、彼らは自身の関係と、ノー・ダウトのグウェン・ステファニーとトニー・カナルの関係を比較している。ノー・ダウトの2人も恋愛関係にあったが、別れをきっかけに名作『Tragic Kingdom』を作り出した。当時の様子を映すドキュメンタリーを観た2人は、あまりの類似点の多さに驚いたそうだ。 これまでのザ・マリアスは、いわば、彼氏が彼女の魅力を引き出すプロデュースをする構図であったわけだが、独立した個人と個人のコラボレーションから出来上がった最新作は、これまでより俯瞰したプロダクションに仕上がった印象を持った。
そうした別れを経た今作のサウンドは、タイトル『Submarine』(潜水艦)や、アートワーク、MVからも連想されるように、“水中”をモティーフにした表現が散見される。
そもそも、彼らの軸とした音楽は10年代以降のUSインディーであり、サウンドとしては初期の2枚のEPに揺り戻った印象を持った。彼らのプレイリストにも収録されているように、やはりマック・デマルコのような記号的存在からの影響も根強いようだ。 そんなマックは、いつかの《POPEYE Magazine》のインタヴューで、「僕とコナン・モカシンとスティーヴ・レイシーは3大コーラスペダル使いだ」と語っていたように、USインディーサウンドとコーラスエフェクトはイコールの関係なのである。コーラスペダルのような揺らぎ系エフェクトの元祖と言えば、ジミ・ヘンドリックスの使用で有名なUnivoxのUni-Vibeであるが、揺らぐ水の中にいるかのような聴覚効果から“水中サウンド”と喩えられてきた(日本国内に限った表現ではあるが的確だ)。
今作は、そんな水中サウンドの文脈をなぞりつつ、テーム・インパラ以降のディスコサウンドや、ブロードキャストであったりステレオラブに通ずるレトロサウンドに接続し、様々なネオサイケデリアに根を広げている。それらの養分を彼らのフィルターを通して吸い上げ、Maria Zardoyaによってオリジナルに昇華しているのだ。
このアルバムは、バンドのブレイクスルーの契機になり得るし、リリースから2ヶ月が経った今、確かな広がりが観測できている。中心メンバーの破局を乗り越え、よりクリエイティヴな集合体として成熟したバンドは、間違いなくネクストレベルにいる。(hiwatt)
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