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曽我部恵一: Loveless Love

2020 / ROSE RECORDS
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狂った2020年にメッセージを

15 April 2021 | By Dreamy Deka

2020年のサニーデイ・サービスの活動を振り返ると、1月1日に新曲「雨が降りそう」をリリースし、新ドラマー・大工原幹雄を迎えて3月に発表したアルバム「いいね!」が大反響を呼ぶ。そして11月にはそのリミックスアルバム「もっといいね!」をドロップ。さらに12月からはコロナ禍で延期となっていたアルバムツアーを敢行。

さらに曽我部恵一ソロとしては、2月に自身初のラップ・アルバム『ヘブン』のインスト盤を、3月に真黒毛ぼっくすとのライブ盤『純情ライブ』をリリース。5月に新曲「Sometime in Tokyo City」、8月に『永久ミント機関』、『戦争反対音頭』およびライブ盤『LIVE IN HEAVEN』、10月には遠藤賢司トリビュート作品『おーい えんけん!ちゃんとやってるよ!2020セッション』を発表……。こうしてざっとリリースされたタイトルを並べただけでも、2020年の曽我部恵一は普通のアーティストの10年分に相当するような活動を重ねており、あのまま年を越したとしても何も思い残すことはなかったのでは…… と思ってしまう。にも関わらず、あえてせわしない年の瀬に14曲85分にもわたる大作『Loveless Love』を配信リリースしたことには、一人のアーティストとして、あるいは人間として、この狂った一年が終わってしまう前に何かメッセージを残しておきたいという強烈な意思を感じずにはいられない。

私たちの2020年を狂わせた元凶であるコロナウイルスは、パンデミック発生から1年以上が経過した今も、世界中の人々の生命を等しく脅かし続けている。しかしこのウイルスが経済に与えた影響にフォーカスすれば、「等しさ」とはまったく違う様相が見えてくる。飲食業を中心に全世界で5億人分の職が失なわれ、飢餓の危機に直面する人口は1億人以上増加する一方で、各国の金融緩和政策によって流れ込んだ資金によってナスダックやダウ平均株価は史上最高値を更新。世界の保有資産の上位10名が持つ資産はこの一年で200兆円増加したとされる。つまり、その果実にありつける人間はほとんどいないまま、世界全体の経済は実体なき成長を続けたということである。音楽産業においても、外出制限を追い風にSpotifyのユーザー数は20年末時点で3億5千万人に達し、間違いなく2020年は歴史上最も多くの人々が音楽を自由に楽しむ時代となった。ライブ活動の制限によって経済的苦境に立たされているアーティストにはほとんど恩恵をもたらさないままに。

その中で、東京・下北沢というライブハウスや劇場、規模の小さな飲食店がひしめく、つまりコロナ禍による経済的影響を最も強く受けた街で、レコード店を運営し、飲食店のオーナーも務める曽我部恵一が直面した2020年の現実がいかに過酷なものであったかは、筆者の想像を超えている。しかしこの『Loveless Love』という大作は、彼がそこで目撃した矛盾という言葉では到底言い足りない巨大な断層に対して、一人のミュージシャンがどこまで爪痕を残せるのかという勇敢な試みであり、だからこそ2020年の内に発表しなければならない特別な作品となったのだろう。

曽我部恵一の膨大なソロ作品には、素描のようにシンプルな弾き語りから、色彩豊かに描き込まれたポップスまで多くのバリエーションがあるが、今作はその膨大な作品群のどこにも位置づけられない、曽我部恵一の音楽的冒険を総括したような手応えがある。例えば、先鋭的なサウンド・プロダクションという点では『まぶしい』(2014年)を、多くの楽曲が都市の風景を思い起こさせるという点では『LOVE CITY』(2006年)や『There is no place like Tokyo today』(2018年)を、そしてどこまでも静謐な孤独感は『My Friend Keiichi』(2014年)を想起させるといったように。

しかし、このアルバムにこれまでにない響きをもたらしているものは、10年代以降のドリーム・ポップやベッドルーム・ポップの影響を感じさせるサウンドだろう。「Cello Song」に代表される浮遊感のあるシンセサイザーの音色が鼓膜に押し寄せてくるアルバム前半は、現実味が希薄なまま平行世界へ連れていかれてしまったような2020年のよるべのなさを象徴しているようであり、その密室感のある音像からは、外出制限と隔離を強いられ続けた日々を思い起こさずにはいらない。そしてそこに重ねられる曽我部の歌声にもどこか虚ろな気配が漂っている。

しかし、このアルバムに描かれているもう一つの表情。それは、コロナの分厚い雲に覆われた世界においても決して失われることのない、人間の営みが放つ輝きである。三浦透子に提供した「ブルーハワイ」のさりげなくも美しさに満ちた時間。「ダンス」で描かれた夜のパーティーに寄せる静かな胸の高鳴り。「戦争反対音頭」にこめられた素朴な祈りとささやかなユーモア。これらの楽曲の連なりは、まるで映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』のように、この地球のどこかで今この瞬間にも、名前もつかない、しかし誰かにとっては忘れられないワン・シーンが生まれ続けている様を表しているようである。そしてこの惑星が朽ちるまで果てることのない、人間の持つ生命力が爆発した様を宇宙スケールで鳴らしたような「永久ミント機関」のダンス・ビートはこのアルバムにおける太陽であると同時に、いつかまたダンス・フロアーで再会する日を夢見る私たちのアンセムである。

そしてこれらの楽曲で描かれた絶望と希望、夢と現実。美しく凶暴な世界の一切を、一人のシンガーソングライターとして、生活者として、労働者として受け止めたアルバムのクライマックスが、15分にもおよぶ大作「Sometime in Tokyo city」だ。コロナ禍による緊張がピークに達していた2020年5月にリリースされたこの曲こそ、コロナ以前の時代から常にシーンの最前線で戦ってきた曽我部恵一にしか歌うことのできない、2020年と『Loveless Love』という傑作を象徴する一曲だと断言してしまいたい。

「下北沢へ来たなら 僕らの店に来ませんか いい匂いがしていますよ」と“生身の曽我部恵一”を連想させる言葉が、歌とポエトリー・リーディングの間をたゆたうように重ねられていき、フィクションとドキュメント、アーティストとリスナーという境界線がゆっくりと取り除かれる。そして、いつしか言葉の一つひとつが、私自身のこの一年、あるいはこれまで過ごしてきた人生に対して直接語りかけられているような感覚になる。シングルとして発表されてから何度も聴いた曲だが、寒い冬の夜に初めてアルバム全体を通して聴いた時に押し寄せた格別の感動は、桜が散った今となっても一切色あせていない。そしてそれは未だ先が見えない2021年においても、もう少しだけ未来の確かさを信じてみてもいいと思わせてくれるだけの勇気をもたらしてくれるのである。(ドリーミー刑事)


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