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「You Are My Sunshine」90年の歴史
第七章
ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」とその後

04 May 2023 | By Kei Sugiyama

第一章で見たように、レイ・チャールズがカヴァーした「You Are My Sunshine」(1940年、ジミー・デイヴィス)がR&BにおけるYAMS楽曲の起点と考えられる。彼はアレンジにより、執着部分をカットし自分の非を認める男性像へと変更した。この変更が功を奏したのかヒットしたことでYAMS楽曲が“型”となり、モータウン、ディスコ、メアリー・J. ブライジ、ベイビーフェイスなどR&Bの潮流として現在まで続いているのは、これまで見てきた通りだ。そうした流れの最高到達点と言える楽曲がダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」(2018年)だ。You Are My Sunshineの世界観を踏襲しながらも、現代の美しいラヴ・ソングとして提示し世界的ヒットを記録。二人の公式Youtube動画を合わせてカウントすると2億回再生を越えている。では、この曲が如何に優れているのかをここから分析していく。

まず1点目は、You Are My Sunshineのパートがダニエル・シーザーとH.E.R.どちらにもあるだけでなく、それぞれのパートで微妙な言い換えをしているところ。H.E.R.のパートでは「You Are My Sunshine」(ジミー・デイヴィス)をはじめいくつもの楽曲が用いてきていた天気描写の流れを汲んだ表現。対するダニエル・シーザーは、YAMS楽曲の中でももう一つの定番曲スティーヴィー・ワンダー「You Are My Sunshine of My Life」(1972年)へのオマージュ/リスペクトが込められているのか「You’re the sunshine on my life」と歌っている。このようにYAMS楽曲2大巨頭のどちらも踏まえた楽曲構成になっている。

2点目はデュエット・パートだ。第一章のレイ・チャールズの項でも言及したが、デュエットにすることで、「You Are My Sunshine」(ジミー・デイヴィス)で見られる一人で悶々と回想し収拾がつかなくっていくという恋人への執着感が薄まり、風通しがよくなる。それだけでなく、互いに相手の事を同じ熱量で思っている様を歌い、サビ部分ではハモリを魅せる。登場人物や文脈・構成を工夫することで、YAMS楽曲でありがちだった一方的な独占欲が、内容はこれまでの楽曲からあまり変えていなくとも、現在のラヴ・ソングとして響かせることに成功している。

そしてもう一つ重要な点が、相手との距離感である。「You Are My Sunshine」(ジミー・デイヴィス)では目覚めたら彼女はいなかったという設定にしているが、この曲は歌詞ではあえてそこには触れていない。その距離感を演出するためのアプローチとしてMVにおいて画面を分割することで、距離感を演出している。画面を半分に切り分けるだけでなく、朝の浜辺と夕方の浜辺でそれぞれ歌う姿を映し出すことで、二人の時間的なすれ違いにより会えないことを映像表現として演出していると言えるだろう。最後の繰り替えしパートも、アンニュイな雰囲気の中で歌われることで、物語の締めとして美しく終わらせている。

前章までの流れを踏まえるとダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」は、決して目新しい楽曲ではない。しかしそれは一つの型として定着しており、時代の変化と共にその音楽スタイルを更新しつつ、現在の形になっていることが理解できたと思う。まさにYou Are My Sunshineの歴史的視座を踏まえた楽曲と言えるだろう。

何がきっかけかははっきりしないが、確かにいまYAMS楽曲は多くリリースされているだけでなく、ヒットしている。その中でも代表的な楽曲をピックアップし解説する。まず最初の楽曲は、ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」の1年前の2016年にリリースされ、公式YoutubeチャンネルのMVが現在4.4億回再生と特大のヒットとなっているのがDRAM「Broccoli (feat. Lil Yachty)」だ。この中で、ナンパ相手に対して“俺の太陽にならないか”と問いかける形で、このフレーズを使っている。多くのYAMS楽曲は相手を恋しく思う表現の追いかける恋が多かったが、ここではナンパのフレーズとして用いられている。これは、YAMS楽曲のフレーズが世間的に認知されていることを証明するような楽曲と言えるだろう。そうした目線の楽曲は珍しいだけでなく、この辺りからYAMS楽曲が増えていくことを思うと、近年のYAMS楽曲ブームの一つの起点となる楽曲と言えるのではないだろうか。

次の楽曲は、ファット・ジョー、DJキャレド、アモルファスの3人による「Sunshine (The Light)」(2021年)だ。この楽曲はリアーナ「Kiss It Better」(2016年)の歌唱部分を抜き出し全編に渡ってサンプリングしている。しかし、原曲となるリアーナ「Kiss It Better」は、太陽を待っているという表現に留まっており、ほぼ言っているがYou Are My Sunshineと最後まで言い切っていない。この表現は“匂わせYAMS”楽曲とでも言いたくなるほどだ。本作のプロデューサーとしてクレジットされているクール&ドレーとAmorphousもそう感じていたのではないかと私は疑っている。なぜなら彼らはここにルーサー・ヴァンドロス「Never Too Much」(1981年)を掛け合わせたからだ。この楽曲はサンプリングネタとして常用されているが、タイトルでありサビ部分の“never too much”の部分にフォーカスされがちな楽曲。しかし、本作では“You are my shining star”の部分に焦点を当てており、この曲のYAMS楽曲としての側面を理解しリアーナ「Kiss It Better」に唯一欠けていたフレーズを見事にマッチングさせている。“匂わせYAMS”楽曲をYAMS楽曲へと作り変えたのだ。それだけでなく、ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」やレイ・チャールズ「You Are My Sunshine」(ジミー・デイヴィス)でも見られたデュエットを、リアーナとルーサー・ヴァンドロスというサンプリングにより作り上げている所も、YAMS楽曲の歴史を踏まえた楽曲と言えるだろう。

次のフラットブッシュ・ゾンビーズ「YouAreMySunshine」(2018年)も、これまで見られなかった新しい形のYAMS楽曲となっている。なぜなら、これまでYAMS楽曲の多くは、叶わぬ恋を歌う事が定番となっていたが、本作は、オーバードーズで亡くなったラッパー、エイサップ・ヤムズ(A$AP Yams)への追悼楽曲であるからだ。“You Are My Sunshine”がもう会えない彼に対するやるせなさを表現しているフレーズになっているだけでなく、Yamsの頭文字がYou Are My Sunshineと同じであることも掛け合わせた上で、彼へのリスペクトが示すフレーズとして使われているのだ。このフレーズの発見は、今後のYAMS楽曲においてゲーム・チェンジャーとなるかもしれない。

最後の楽曲は、フェティ・ワップ「Sweet Yamz」(2022年)だ。タイトルのSweet Yamsとは日本における大学芋のような食べ物のことだ。この歌は、その甘さを恋愛における甘さと掛け合わせて歌っているのだが、私にはそれだけでないもう一つの側面が見えてくる。そう、みなさんもお気づきだろう。この楽曲は、フラットブッシュ・ゾンビーズ「YouAreMySunshine」におけるYAMS表現を踏まえた上で、そのフレーズを恋愛の歌に使ったのではないだろうかということだ。それを示すように、歌詞のYAMS部分をYou Are My Sunshineに変換しても解釈できてしまうのだ。特に、“道を示して”と歌う部分は、タイロン・デイヴィス「Honey You Are My Sunshine」などでも見られるYAMS楽曲における常套句である。わざわざこうしたフレーズを差し込んでいる所からも、この楽曲がYAMS楽曲を意識した作りだと思わせる。この曲のYAMSには、性的表現、ドラッギーなほど恋しているという表現、そして恋愛ソングとしての歴史を踏まえたYou Are My Sunshineという表現の3つが込められていると分析できるのではないだろうか。

筆者作成のプレイリスト
第七章 ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」とその後

【まとめ】
現在のR&BにおけるYAMS楽曲のターニング・ポイントとなったのは、レイ・チャールズだろう。彼がカヴァーしなければ、“You Are My Sunshine”というフレーズがR&B/ソウルの文脈でここまで注目されることもなかったと言える。彼はこのフレーズを気に入っていたのか、「Don’t Change On Me」(1966年)という楽曲でも歌っており、幼少期に光が見えなくなった彼が、こうしたフレーズを歌うことに対して、聴き手も物語を感じ共感しやすかったのかも知れない。

その流れをさらに発展させたのが、デトロイトに拠点をおくレーベルであった《モータウン》だ。ヒッツヴィルUSAと呼ばれたこのレーベルは、分業制で楽曲制作をしておりシステマティックに次々と楽曲を作っていた。そうした彼らが、60年代最も多くのYAMS楽曲を作っていたことは、意図的に作っていたことの証左であろう。特に盲目であったスティーヴィー・ワンダーに対して、レーベル側も彼のそうした部分をレイ・チャールズと重ねていたのかもしれない。70年代に入り、スティーヴィー・ワンダーが自分で楽曲制作を含めコントロールできるようになってから「You Are My Sunshine Of My Life」などを制作していることなども踏まえると、YAMS楽曲を多く歌っていたのは、彼自身の意向もあっただろう。

《モータウン》によりYAMS楽曲が型として定着した。さらにディスコの隆盛と共にアース・ウインド&ファイア「Shining Star」(1975年)を起点に70年代後半から10年程の間、“You Are My Sunshine”のフレーズは、“You Are My Shining Star”へと変化した。この変化はディスコ隆盛と共に始まり、クラブへ変化していく中で無くなっていった。上記グラフは、歌詞に“Sunshine”が含まれている楽曲の数(以下Sunshine楽曲)と歌詞に“Shining”が含まれている楽曲の数(以下Shining楽曲)をグラフ化したものだ(Lyrics.com調べ)。これは単語が使われているだけなので、YAMS楽曲では無いものも多数含まれていること、さらに再発やカヴァーなども含まれることや近年になるほど情報が正確であることから近年に近づくほどリリース数は多くなるが、全体の傾向が掴めるモノとして提示した。90年代〜2000年代にかけて飛びぬけて多くなっているのは、レコードだった楽曲のCD化とアニバーサリー・リイシューの増加などが主な原因として考えられるだろう。それがひと段落し、ストリーミングへと切り替わったことで2010年代での激減へと繋がっていると予測できる。このグラフで注目すべきポイントは、二つあると私は考えている。一つ目は、60年代と70年代はSunshine楽曲がShining楽曲を上回っていること。二つ目は1970年代〜1980年代にかけて、Sunshine楽曲が減っていることだ。しかも、2010年代を除けばこのグラフで唯一減っているのだ。

まず一つ目は、全体の傾向としてShining楽曲が多いのだが、レイ・チャールズのヒットを皮切りに《モータウン》がYAMS楽曲を量産したことなどが大きな要因となり、Sunshine楽曲が増えたと考えられる。二つ目は、80年代に入り本格的に“You Are My Sunshine”と歌う楽曲が減り、“You Are My Shining Star”へと切り替わったためリリース楽曲が減ったと考えられるのではないだろうか。

90年代後半から現在まで続いていると言ってもいいだろうが、YAMS楽曲におけるR&Bでの活況はメアリー・J.ブライジから始まった。そこには、60年代〜70年代のYAMS楽曲に影響を受けたジャム&ルイスやベイビーフェイスといった新しいソングライターが次のYAMS楽曲を作ってきたことが見えてきただろう。そして、そうした流れを踏まえるとダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」は、レイ・チャールズから始まったR&BにおけるYou Are My Sunshine需要の歴史を一曲の中に見事に詰め込んだ楽曲であることが分かってくる。

YAMS楽曲におけるヒップホップとの関わりでは、LL・クール・Jやメアリー・J.ブライジといったメロウなラヴ・ソングとして出てきたが、彼らはヒップホップにおけるラヴ・ソングの形を提示したと言え、YAMS楽曲のヒップホップにおける需要の形を示したとは言えないだろう。そういった意味合いでは、ヒップホップにおけるYAMS楽曲の本格的な需要は、これからなのかもしれない。DRAM「Broccoli (feat. Lil Yachty)」では“You Are My Sunshine”がナンパの常套句として使われていたり、フラットブッシュ・ゾンビーズ「YouAreMySunshine」やフェティ・ワップ「Sweet Yamz」に見られるようにYAMSへの短縮化が現在進行形で行われているからだ。

本稿は、You Are My Sunshineってよく歌われているなぁという気づきと、このフレーズを使った楽曲ってどんな曲があるんだろうという素朴な疑問がスタートだった。誰も注目していない視点を発見した嬉しさから喜々として楽曲を探し始めた。普段CDショップで働いていることもあり、チャンスがあれば出会う人に片っ端からYAMS楽曲を知っていないか聞いていった。最初はないと言っていても、2度目に会った時には、この曲ってYAMS楽曲じゃない? と多くの人から返答を頂いた。その多さに驚いただけでなく、それが示しているのはYAMS楽曲の多さと懐の深さである。音楽の趣向はある程度その人により聴く傾向があるだろう、それはジャンルであったり、好みの楽器であったり音であったり、あるいは歌い方かもしれない。しかしYAMS楽曲はそうしたモノにあまり関係がないようだ。だから調べれば調べるほどYAMS楽曲があり収拾がつかなくなっていった。そこで私はYAMS楽曲について、その中で何か一つの視点が必要だろうと、自分の作成したYAMS楽曲リストを見ていて浮かび上がってきたのが、ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」へと繋がる90年ほどのポップ・ミュージックの歴史というテーマだった。だから本稿には、リストアップされている楽曲自体に偏りがあり、You Are My Sunshine全体の歴史と言い切れるものではないということを留意して頂きたい。これはあくまでもダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」から遡ってみたらという話である。しかし、直接的でないにしても、1曲に対して300曲ほどの関連楽曲をリストアップしていく作業は、ポップ・ミュージックの歴史という曖昧な言葉が一つの視点から紐解かれていくようでスリリングであった。そして、それは文字通り一曲に対するファミリー・ツリーを描いているようだった。YAMS楽曲を考え始めた当初は、まさかこんな形になるとは思っておらずフワッとしたモノでしたが、同僚をはじめ色々な人とYAMS楽曲の話をしたことで、こうした形としてまとめることができました。そして、こんな企画を快諾して頂いた《TURN》編集部の皆様、最後になりましたが御礼申し上げます。(杉山慧)

※本稿で使ったデータは、歌詞検索サイトであるLyrics.comとGenius、音楽に関するデータベースサイト、Discogs、SecondHandSongs、HMV&BOOKS online、タワーレコードオンライン、Apple Musicでのデータを元にしている。

短期集中連載
「You Are My Sunshine」90年の歴史

第一章 You Are My Sunshineとレイ・チャールズ
第二章 You Are My Sunshineとモータウン
第三章 You Are My Sunshineとディスコ
第四章 You Are My Sunshineとヒップホップ
第五章 You Are My SunshineとR&B
第六章 You Are My Sunshineとゴスペル
第七章 ダニエル・シーザー「Best Part (feat.H.E.R.)」とその後
まとめ

「You Are My Sunshine」90年の歴史 扉ページ

Text By Kei Sugiyama

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