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幸福な2人の合流地点
─宇多田ヒカル『BADモード』におけるフローティング・ポインツとの共同作業、その演出を聴く─

26 February 2022 | By Tatsuki Ichikawa

マルセイユ辺り。それはロンドンの誰かとパリの誰かが、この夏に落ちあう場所。あるいは、2人の天才のクリエイティビティが合流し拡張する場所でもある。

宇多田ヒカルのディスコグラフィの中でも、8枚目のアルバム『BADモード』における「Somewhere Near Marseillesーマルセイユ辺りー」は、異色のクライマックスとして我々の耳に残る。絶えず音の動きが捉えられる本作の中で、リスナー側の動きも触発するような、踊り場に相応しい11分54秒である。

『BADモード』におけるこのダンサブルな楽曲を手掛けたのは、UKを中心に活躍するミュージシャン/DJ/プロデューサーのフローティング・ポインツだ。現在36歳となるそのアーティスト、本名サム・シェパードは、マンチェスターのチェサム音楽院でクラシック教育を子供時代に受け、その後、UCLで神経学の博士号も獲得する秀才である。2008年から現在のアーティストネームであるフローティング・ポインツを名乗り、以降、若きエレクトロミュージックの実験者として注目を集める。

小袋成彬、AG Cooke、スクリレックスなど、錚々たる参加プロデューサー陣の中でも、フローティング・ポインツの本作への参加は、一際リスナーを騒つかせた。タイトル・トラックであり1曲目の「BADモード」、6曲目「気分じゃないの (Not In The Mood)」、そして10曲目「Somewhere Near Marseillesーマルセイユ辺りー」。フローティング・ポインツが本作で手掛けた3曲は、先行シングルが多数を占めるアルバム中でも特徴的な、完全新曲だ。そんなアルバム『BADモード』における宇多田ヒカルとの刺激的な楽曲を語る上で、まずはフローティング・ポインツが昨年に果たしたもう一つの合流に耳を傾けてみたい。



2021年にリリースされたアルバム『Promises』はフローティング・ポインツが、フリージャズの生きる伝説、ファラオ・サンダースと組み、加えてロンドン交響楽団も参加した作品である。デヴィッド・バーンのレーベル《Luaka Bop》からリリースされた『Promises』は、フローティング・ポインツの新作としては勿論、10年間作品を世に出していなかった、ファラオ・サンダースの久々の新作としても注目が集まった。1960年代にサン・ラとの共演やジョン・コルトレーンのグループでの活動を経て、コルトレーンの正統な後継者として記憶されるファラオ・サンダースが、フローティング・ポインツのアルバム『Elaeni』(2015年)を聞いたことが、この共演のきっかけだと言われている。また、『Elaeni』リリース時のインタビューにて、フローティング・ポインツはファラオ・サンダースの作品を「クラブでかける音楽」として挙げていた。2人のこのアルバムでの合流は正に“約束”されていたものなのかもしれない。

『Promises』の音楽は何も無い場所から静かに、まるで深い霧から姿を表すように(あるいは霧そのもののように)立ち現れてくる。2019年の作品『Crush』でも、細かくシンセを刻み、波動させる衝動的な演出などで、その緩急豊かな音の躍動を生みだしていたフローティング・ポインツだが、対して『Promises』では、それまでの延長線上のサウンドであるとはいえ、非常に静的で謙虚なバランスを保っていると言えるだろう。ミニマリズムに溢れたフローティング・ポインツのサウンドに、それぞれの演奏が、登場人物のようにフレームイン/アウトすることによって、アルバム全体を動的に構築していく。

例えば、ファラオによる演奏が繊細に、フローティング・ポインツの音に身を重ね始める「Movement 1」の後半の展開は、このアルバムのコラボレーションを象徴しているような、慎重な音のアクションである。「Movement 4」では、ファラオ自身の声がサンプルとして使われるが、ここでの“声”は“楽器”に成り代わっている。その音が耳に届いた瞬間、我々は声の楽器性を、つまりは音としての声の役割を考えずにはいられない。

あるいは、全体を通して、ゆっくりと上昇していくアルバムにおいて、最も混沌とした動きを捉える「Movement 7」のサックスの逸脱的な躍動は、まるでヘビ使いの笛の効果が失われた時のヘビそのものである。それらの生物的な音の動きをまとめ上げ、展開を作り出すフローティング・ポインツには、多くのアーティストがそうであるように、“演出家“という言葉が相応しい。そして、そんな演出家の音楽の中で、動的なファラオ・サンダースの演奏が鳴る本作は、瞑想的ながら、非常に運動的な作品であるとも言えるだろう。

このように『Promises』という作品は生き物のようだ。『Promises』の音楽は絶えず動き続けている。故に音はたちまち現れ、消え続ける。さて、宇多田ヒカル『BADモード』の話に戻ろう。

アルバム『BADモード』が、過去の名作たちと同じように、多くの音の動きによって構築された作品であることは疑いようもないが、特にフローティング・ポインツとの共作に耳を傾けてみたい。1曲目「BADモード」は、リラックスしたピアノの音色と共に、宇多田ヒカルの“息の音”で幕を開ける。思いのほか軽快なリズムを刻むこの楽曲は、寛ぎと生命の音が聴こえる導入部だけでも、“生活についてのアルバム”としての『BADモード』を代表する1曲だと言える。並べられる固有名詞や、コロナ禍での他者との距離感を問う歌詞も、現在進行形の人々の生活において切実さを湛えているものである。その中で、加わっていく複数の楽器の運動は的確な場面で登場し、様々な感情と物が並べられる歌詞の自由性と呼応するように、その多彩な展開に加担していく。何よりもムードが変わる曲の後半で、ファラオ・サンダースの声と同じく楽器化する宇多田ヒカルの声は、日本語を刻みながら独特のリズムを繰り出す。一方で、演奏として入るヴァイオリンの音色は宇多田ヒカルの息子によるものらしい。アルバム・ジャケットに収められた2人が、自由に音のアクションを見せる。そして、それを含む数々の楽器達の運動を捉え、聴きやすさを保ち、的確にまとめながら、前半と後半で違う展開を生み出すフローティング・ポインツの手腕は、『Promises』と同じように“演出家”として発揮されている。

息子は「気分じゃないの (Not In The Mood)」の終盤でも再び登場する。“ある日のカフェで目にしたもの”を日記的に綴ったこの曲のサウンドは、微妙に憂鬱なムードを醸しているが、特筆すべきは、息子が登場する展開を経た終盤の間奏部分だろう。そのドラムのリズムが先頭に立った瞬間、正にフローティング・ポインツらしい、無限的な領域に突入する。いつ終わってもいいように流れ続けるその間奏は、いつ終わってもいいからこそ、唐突に終わる。この場面の暗転は、正統にディゾルブ、カットを繋いできたアルバム中でも、最も劇的な瞬間である。そして、そのサウンドの劇性は、これまでになく観察的な母親の言葉に呼応する形で、感情の深淵に向かい叫ぶような息子のヴォーカルによっても強められている。この曲における親子の共演も、UKの音の演出家の手によって、大きな流れの中で、音のドラマとして演出されている。

そして何よりも、演出家としてのフローティング・ポインツの作家性がより色濃い楽曲こそ、終幕を飾る「Somewhere Near Marseillesーマルセイユ辺りー」だろう。アルバム中で最長の尺を誇るこの曲は、2人の共同作業の中で段々と拡張していった、つまりは欲望に忠実な作品であるらしい。フローティング・ポインツによる快楽的な音のループの中で、宇多田ヒカルのワンセンテンス、ワンフレーズが、的確に配置され、音として紡がれる。例えば〈オーシャンビューの部屋一つ、予約〉というシンプルな言葉の中で、〈オーシャンビュー〉と<予約>に、〈o-a-u〉を導き出し、それを反復するように並べた様子はどうだろうか。その声は、本作で施工される周到な韻の操作を、最も明確に指摘できるような、純粋な音の快楽として、我々の耳に響くだろう。延々と続くような、まるでクラブ・ミックスだとフローティング・ポインツ自身も言った、そんなこの曲は、そういった宇多田ヒカルによる大胆で繊細な音のアクションと、それらをまとめ上げるフローティング・ポインツの演出によって構築されている。

または、終盤に鳴り響く宇宙的なシンセに耳を傾けてみてもいい。そのサウンドは無限性を携え、2人の創作における拡張をそこに見せる。“欲望に忠実”という点で、そのサウンドと歌詞の主題も美しく交わる。そしてなによりも、的確なコントロールと自由性の両方を確認できるという点で、宇多田ヒカルとフローティング・ポインツという2人の演出家が持つ“らしさ”が合流した地点として相応しい。

前述したように、本作においては珍しい完全新曲であるこの3曲は、いずれも本編の、タイトル、折り返し地点、ラストという重要な場所に位置していることからも、作品全体のムードと方向性を左右する楽曲であることは間違いなさそうだ。そしてそれらの楽曲が、『Promises』で、演出力を発揮していたフローティング・ポインツによる作品であることは、言うまでもなく重要である。

家族との関係、自分を装うことの意味、アバンチュール。これらの宇多田的としか言いようがない、フィクションとリアルを孕む主題を目撃しながら、我々はどうしてもフローティング・ポインツとの共作によって紡がれる音の動きと、欲望を追求した大胆で、繊細な創作を素通りして語ることはできない。何よりも、人々が部屋に分断されたコロナ禍で、その合流が果たされた事実を、幸福なこととして受け止めたい。

音楽は関係によって紡がれる。動きによって紡がれる。生活の中で紡がれる。その当然で生々しく美しい事実を2人の共作、及び『BADモード』は再確認させてくれる。そしてその事実を思い出すためアルバムを聴く我々は、幾度となくその場所に辿り着くだろう。マルセイユ辺りに。(市川タツキ)


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Text By Tatsuki Ichikawa

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