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ジャズにとっての、そしてジャズのみならず多くの音楽への示唆
ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズの邂逅が示すもの

25 March 2021 | By Takuro Okada

本作は《Verve》《Impulse!》など複数のレーベルがリリースに関わっている。 そのうちの一つ《New Deal Records》は2018年にブレイク・ミルズが立ち上げたレーベルで、立ち上げ当初に「自身の音楽を世に送り出すための拠点であるだけでなく、私が愛し、評価している他のアーティストの音楽を世に送り出す手段」と語っていたように、これまでに自身の『Look』(2018年)、『Mutable Set』(2020年)のほか、アーケイド・ファイアやボン・イヴェールでの活動でも知られるベース・サックスフォン(バリトン・サックスよりも一回り大きい!)奏者のコリン・ステットソンのサントラ盤『The First – Original Soundtrack Vol. 1』(2018年)、アンドリュー・バードやベン・モンダーの作品に参加するドラマー、テッド・プアーのリーダー作『You Already Know』(2020年)がリリースされている。そしてテッド・プアー『You Already Know』からは、リリース元に《New Deal Records》に加え《Impulse!》の文字も追加された。この『Notes With Attachments』もまた《New Deal Records / Impulse!》からのリリースとなっており、《New Deal Records》におけるジャズ的なカタログ・ラインとして同一線状の作品として考えられるのではないだろうか。ブレイク・ミルズの推すジャズ的な要素を持った作品がここからラインナップされていくと考えると今後のカタログ展開がとても楽しみで目が離せない。

《Impulse!》は、厚めの紙に光沢のあるインクでコーティングした見開きスリーヴに、オレンジと黒のツートーンの背表紙のジャケットでお馴染みの老舗ジャズ・レーベル。発足当時は新興のレーベルでありながら1962年以降のジョン・コルトレーン作品、アーチー・シェップ、ファラオ・サンダース、アルバート・アイラー、チコ・ハミルトン、ユセフ・ラティーフ、ガボール・ザボといった個性的な面々の代表作を多く輩出しており、60年代後半のモードとフリーの中間地点のような……というよりは、どちらも兼ね備えた混沌であり、編集的な秩序もある実験的でユニークな作品群が思い浮かぶ。

70年代後半に《Impulse!》はいったん消滅するが、90年代に入りダイアナ・クラールなどの作品で再びレーベルの名前が復活し(ちなみにこちらは《Verve》から出たダイアナ・クラール『Wallflower』(2014年)にはブレイク・ミルズがギターで参加)、この数年はシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ『We Are Sent Here By History』(2020年)、ザ・コメット・イズ・カミング『The Afterlife』(2019年)など、どことなくかつての《Impulse!》を彷彿させながらも現代的なエッセンスを持ち合わせたジャズ・アルバムを輩出している。近年、ジャズの枠に囚われない勢力的な活動をみせるカマシ・ワシントンやフライング・ロータスはどことなく《Impulse!》の香りを連想させる。

ロバート・グラスパー以降のジャズの拡張的な感覚は、ここ日本のリスナーには定着してきたように感じる。本作『Notes With Attachments』もそういった意味できわめて今日的に“ジャズ的な”とも言えるようなサウンドが展開されていると言って違和感がないと思う。レーベルに《Impulse!》の名前がわざわざ記されているくらいなので、そう言っても差し支えないだろう。

しかし一方で本作はジャズのレコードとしては奇妙に思える。むしろジャズに対してある種の挑発的な態度とも取れるのが、始まりのテーマと終わりのテーマの間に介在するスポットライトがステージの一点を照らすような、いわゆるソリストのインプロヴィゼーションの不在だ。

テーマ~インプロ~テーマ的な脱却は常にフリー以降のジャズに置いて常に試みられ、議論されてきたジャズの次のジャズにおけるある種の命題の一つのように思える。フリー・ジャズはそうした形式性に対する最も初期衝動的反発だったはずだ。その後の動きでは、例えば、ふとジャコ・パストリアスの「Crisis」(1981年『Word Of Mouth』収録)が思い浮かぶ。演奏者は互いのオーバーダビングした音は一切聴かず、ジャコのベーシック・リズム・トラックだけを聴かされる。そこに合わせ各々がソロ的演奏を吹き込み、ミキシングの時にはそれぞれのトラックを出し入れしコラージュ化した。

また、70年代のエレクトリック・マイルスの、時折ソリストは居れども、メロディや和声ではなく、あくまでビートが主体となる始点と終点のないメビウスの輪のようなアンサンブル。(プロデューサーの)テオ・マセロはそこにハサミを入れて片面20分ほどのレコード・フォーマットのサイズに落とし込んだ。即興と編集による形式への意図的な回避。

ジャズ的な即興と編集という観点から言えば、ロバート・グラスパーのグループのアンサンブルにはテオ・マセロのハサミ入れのような感覚、トラックメイカーのポストプロダクションがインプロヴィゼーションの中で共有されているような感覚をそこに覚える。それ以降のジャズメンたちは、DTM上のマッピングや編集の感覚が明確にインプロヴィゼーションとそのアンサンブルの中で共有されているように感じるほどだ。

そこで、改めて耳を『Notes With Attachments』に傾けると、そうしたこれまでのジャズ側からの脱構築アプローチとはまた異なる角度からのジャズへの真髄なアプローチを感じることができる。例えばビーチ・ボーイズの和声進行とディアンジェロのビートが絡み合うような「Just Wrong」。

主題になるような反復されるテーマのリフが出てきたかと思えば、楽曲は常に流動的にメロディ、和声、ビートを変え続け展開される。いかにもコンポーズ作品的ではあるが、時折1〜2小節の細分化されたインプロヴィゼーションのようなフレーズがふと出てきては消え、かと思えば作り込まれたオブリガードや展開の合図のようなバーバンク流儀のシタール・ギターも登場する。楽器のアーティキュレーションは常に生々しい緊張感がありつつ、時折それをサンプラーのように反復して見せたりする。それは即興的に演奏されているレア・グルーヴやジャズ・ファンクのフックになるようなポイントをコレクトし繋ぎ合わせていくトラックメイカー的な視点が見出せると同時に、執拗な反復はせずコンポーズドされた楽曲のような自然さを持ち、さらにそれらの繋ぎ合わせは非常に滑らかでいるのは、サンプリングで仕上げられたトラックを再び生身の人間のアーティキュレーションによって生じているような感触を覚える。私自身がこの楽曲のプロセスを知るわけではないので、あくまで憶測でものを書いているが、もともと雛形があって「Just Wrong」が生まれたというよりは、こうした演奏(あるいは即興)、録音、編集、といったプロセスを複層的に経て生まれたジャズ的なサウンドに聴こえてくる。 ブレイクがプロデュースした『You Already Know』(2020年)もここで少し触れておきたい。

テッドのドラムスとアンドリュー・ディアンジェロのアルトサックスを中心とし、時折ストリングスやピアノがテクスチャー的に場に染み込んでいく。演奏内容や質感は正に《Impulse!》の系譜を踏襲しつつ現代の感覚と溶け合うような作品に思える。ドラムスとサックスが主軸という楽器構成もあるので一見サックスのソロが続いているようにも聴こえなくもないが、それにしてもサックスは必要以上にこみ上げる事なく淡々とメロディを吹いたり、リフを繰り返したり、そしてテッドのドラムは終始メロディー楽器が歌ったりリフを刻むような反復を繰り返すため、これもまたステージの一点を照らすようなソリスト不在の民主的なアンサンブルを思い浮かべた。これは私の嗜好の話なので眉唾程度に聞いていただきたいのだが、コルトレーンやファラオ・サンダースのレコードを聴きながら、バンドが一点のボールを目がけて食らいつくような瞬間や、白熱するソロが素晴らしいのは勿論だが、張り詰めた緊張感の中で全員が神経を研ぎ澄ませて最初の1音やその後の行程を探るイントロだったり、テーマが乗る前の浮遊感あるバッキング・リフの繰り返しなど、ジャズのレコードのはじめの20秒がとても好きだったりする。例えばマイルス・デイヴィス「So What」の有名なベースによるテーマが始まる前の20秒やファラオ・サンダース「Astral Traveling」の冒頭の44秒など、永遠に聴いていたいと思っていたのだが、テッド・プアー『You Already Know』は、そうした感覚に近い楽曲が並んでいるのがとても面白く思った。いかにもジャズ的なテクスチャーを有しながら、ジャズのレコードではなかなか見られない構造に思うが、この辺りもプロデューサー・ブレイク・ミルズによる編集感覚が大きいのだろうか。

そしてここで言う編集の感覚も一言付け加えておきたい。テープにハサミを入れたり、DTM上で波形をエディットすることはもちろん編集であり、こと音楽の話題で持ち上がる編集という言葉はこうした意味合いが大きいと感じる。しかしこの編集という言葉をよりミクロに捉えることでブレイク・ミルズのより興味深い点に行き当たる。ある楽曲に対して、どういった要素を持ち込むことでより楽曲を美しく輝かすことが出来るか。そのための選択を促す感覚がやはりブレイクが怖ろしく感度が良いプロデューサー気質を持っていると感じる。少し分かりやすく書き起こすなら、例えばブレイクは今世紀を代表するトップランナーのギタリストの一人であるが、セッションマンとして彼が録音現場に呼ばれ楽曲にアプローチする際にきっと“ギターを演奏する”ことに注力するのではなく“楽曲を演奏する”ことに注力すると思う。この時、演奏者は自身の箪笥の引き出しを開けたり閉めたりしながら、フレージングを編集していくわけだが、ブレイクに関してはそうした引き出しの数が異常に多い上で、それらを繋ぎ合わせる編集感覚も人一倍鋭いように感じる。そして楽曲をトータルにプロデュースする際にも彼のそうした鋭さが間違いなく感じ取れる。こうした録音技術的な編集感覚や、このフレーズを何度組み合わせるかだとか、このバースを何度繰り返すかといった時間的な編集感覚、そして本曲で言うならばペットサウンズとディアンジェロのフィーリングを再解釈する文脈的な編集感覚が非常に興味深く映る。

そこに多くの場合、ソリストのインプロヴィゼーションが主体とされるジャズとブレイクの感覚の結合は更に興味深い。少し化石のような話を持ち出すが、ジョン・コルトレーンの真髄を肌で感じるには3時間に及ぶソロを耐え抜いてこそ垣間見えるというのは、あるいは本質であると思うが、一方で録音物としてのジャズに目を向けてみたい。そう考えれば先に述べたジャコの目隠し演奏を含め、過去のジャズの名盤レニー・トリスターノ『Lenny Tristano』(1955年)、ジョン・コルトレーン『A Love Supreme』(1965年)、あるいはECM諸作品におけるマンフレート・アイヒャーの役割など、ジャズをレコードに落とし込むという矛盾を孕むような行為においての編集感覚は時代時代に常に試みられている。終わりと始まりの無いエレクトリック・マイルスの演奏はテオ・マセロのハサミが無ければいまも地球のどこかで止まることなく永遠に演奏が続けられているかもしれなかった。そしてそれらは録音物のみならず、優れた文脈的な編集感覚を持ち合わせていたと感じる。マイルス然り、コルトレーン然り、彼らの、そして彼らのチームの優れた点がその複層的な編集感覚にあったというのは時間が経てば経つほどに強く感じる。そしてブレイクは今日のDTM成熟期における新しい感覚を持った編集者の一人であり、また並外れたギター・インプロヴァイザーであるという点が面白い。

名匠ピノ・パランディーノの初のリーダー作『Notes With Attachments』はもともとピノの録りためていたアイデアをブレイクに持ち込み、作業を進めていくうちに次第に共同制作という形になっていく。即興とデモ音源の境目というのは議論の余地がある興味深い地点である。即興演奏とその後楽曲となる断片が初めて発されたその瞬間に違いはあるのだろうか。そうしたデモ音源をもとに録音物を型作るというプロセスは大きな目で見れば逆アングル的プロセスのジャズという像を私は思い浮かべた。ここからジャズのみならず西アフリカやアフロビート、キューバの音楽、ニューエイジ、ファンク、イギリスのフォークなど2人のミュージシャンが共通して参照する音楽が複層的に時にダイナミックに、時に顕微鏡で覗き込まなければ分からないほどミクロに混ざり合う。

そういえば先日、とある先輩ミュージシャンと本作のことが話題になった。私が「ピノがフレットレス・ベースを弾くなんて意外!」というと、彼は「ピノが出てきたときは先鋭のフレットレス奏者として結構話題になったんだよね!」との事。私の知識不足かもしれないが、結構世代間で認識も変わるところかもしれないので、このエピソードも挟んでおこうと思う。

というわけで80年代のピノの音源もその後こっそりチェックしていたのだが、『Notes With Attachments』で聴けるピノの演奏はこれまで聴いたことがある彼らしい演奏はもちろんあるが、そのほとんどはピノがこれまで開いていなかった箪笥の引き出しをひっくり返したような演奏が多いように私自身は感じた。そして名手とはいえそのナチュラルな手さばきは、確かに引き出しにずっと仕舞われていたスイッチなのだろう。この辺りの手引きもブレイクが共同制作者と名前を連ねることになる所以だろうか。

『Notes With Attachments』で脇を固めるミュージシャンたちも非常に興味深いメンツが揃っている。先日配信されたライブ映像にも参加していたサックス奏者サム・ゲンデルも本作ではキーマンの一人だろう。「Djurkel」でのアンプがオーバーロードしたような過激なディストーションがかけられたサックスの音色はまるでブレイクのスライド・ギターのようで一瞬どちらがどちらか分からなくなる。そしてチーム・ディアンジェロではピノの相方であるクリス・デイヴはドラムのみならずクラヴィネットやローズも演奏。皆で楽器を取っ替え引っ替えリラックスしながら録音してるムードがなんだか眼に浮かぶ。その他にもジョン・スコフィールドやジャック・ディジョネットのグループで活動するピアノ/オルガン奏者ラリー・ゴールディングスやブレイク・ワークスでお馴染みのストリングス2人……ロブ・ムース、アンドリュー・バード。テッド・プアーはプリペアド・ピアノでクレジットされている。

本来なら冒頭に書くべきだったがこのピノとブレイクという意外な組み合わせは録音作品としてはジョン・レジェンドの2016年作『Darkness And Light』が最初。その後ブレイクがプロデュースするパフューム・ジーニアスの2作品でもピノがベーシストとして参加してる。そして昨年リリースされたブレイクの『Mutable Set』に収録された「My Dear One」でもピノがプレイしている。マーラーを思わせる美しいコード進行の中でゆったり歌うピノのベースというアンサンブルは『Notes With Attachments』の付箋のように聴こえなくもない。

《New Deal Records / Impulse!》今のところカタログ・ラインナップは2作のみだが、ブレイク・ミルズが手がけるジャズ的なレコードたちは、これからまたジャズにとっての、そしてジャズのみならず多くの音楽への示唆が含まれているだろう。今後のカタログ・ラインナップも続くことを心から楽しみにしている。(岡田拓郎)


Pino Palladino And Blake Mills

Notes With Attachments

LABEL : Verve / A New Deal / Impulse!
RELEASE DATE : 2021.03.12


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Text By Takuro Okada

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