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「自分たちはまだやれるのか? という思いが渦巻いていた」
5人の結束と信頼感が試されたザ・ナショナル渾身の新作

28 April 2023 | By Shino Okamura

確かにそのダイナミックなライヴ・パフォーマンスゆえ、ザ・ナショナルは屈強なアメリカン・ロックの系譜としても語れるタフなバンドではある。だが、決してありのままをただ飾らず形にするようなラフなバンドではない。非常に繊細に音決めをし、緻密なアレンジを施し、楽器間のバランスを調整し、時には互いのパートを考え合い、ミックスやマスタリングにも腐心する……要するにスタジオ作業での化学変化をいつも存分に視野に入れている連中だ。それは、ストリング・アレンジのスキルを武器に現代音楽のフィールドでも活躍、坂本龍一、アルヴァ・ノトとともにサントラ『The Revenant』なども制作してきたブライス・デスナーや、テイラー・スウィフトの2020年の一連のアルバム『folklore』『evemore』を筆頭に数多くの他アーティストを手掛ける売れっ子プロデューサーのアーロン・デスナーの感覚だけではなく、ニュー・オーダーやジョイ・ディヴィジョンなどイギリスのニュー・ウェイヴ〜ポストパンクにとりわけ傾倒してきたというブライアン・デヴェンドーフとスコット・デヴェンドーフの二人が好むひんやりとしたビート感や音質への徹底したこだわりも当然ながら大きく作用している。“歌う文学者”のようなマット・バーニンガーの存在感ある低音域のヴォーカルも、実は毎回とてもいい音で録音されていて、要は彼ら5人ともがおのおの室内作業を楽しむ傾向にある。そうやって互いのアイデアを受け入れ、支え合いながら、でも決して自家中毒に陥ることなく包容力ある層の厚いロック・サウンドへと結実させてきた。今やメンバー全員異なる地域に住んでいるものの、この点ではデビュー当時からほとんど変わっていない。

そんな彼らでもコロナ禍は一定の危機にあったという。通算9作目となるニュー・アルバム『First Two Pages Of Frankenstein』は、パンデミックなどで活動が停滞する中でバンドの信頼関係が試された末に、逆に強靭な結束力となって誕生したような1枚だ。新しいこと、これまでにトライしていないことに挑むより、まずは自然に体が反応することに乗っかっていく、というような制作プロセスは、結果としてメランコリックな旋律、美しいギターの音色、静かに底辺で畝るシャープなビート、背景に彩られたストリングス、そして人間味溢れる歌……すなわちザ・ナショナルそのものと言える楽曲をおのずと引き寄せた。“『フランケンシュタイン』の最初の2ページ”なるアルバム・タイトルは、試しに本を開いてみて、そこでパッと目に飛び込んでくる何かをインスピレーションや踏み台にするという今作の制作スタンスを表しているのではないか、とスコット・デヴェンドーフは言う。そんな偶発的で肩肘張らないやり方で、ここまで精緻な作品になったのはやはり5人の結束力、信頼関係があってのことだったのではないだろうか。

テイラー・スウィフト、フィービー・ブリジャーズ、スフィアン・スティーヴンスらも参加。そこは変わらずコミュニティ・ミュージックとしての本領が発揮された格好だ。《TURN》では過去に何度も取材を敢行しているが、今回もベースのスコット・デヴェンドーフが代表してインタヴューに答えてくれた。フレンドリーで物腰が柔らかく、どんな質問にも10以上の回答を全力でしてくれる朗らかなスコットは、間違いなくどんな逆境時にもバンドにフレッシュな風を送り込んでいるキーマンなのだろうと思う。こういう人物がメンバー全幅の信頼を得ている以上、ザ・ナショナルは絶対に大丈夫だ。
(インタヴュー・文/岡村詩野 通訳:坂本麻里子   Photo by Josh Goleman)



Interview with Scott Devendorf

──コロナ禍を挟んで約4年ぶりの新作『First Two Pages Of Frankenstein』、ゆるやかに、深く、心と体に染み込むようなアルバムですね。それでいて非常にフレッシュな空気が漂う、ザ・ナショナルというバンドの原点を感じさせる作品でもあると感じました。

Scott Devendorf(以下、S):(照れ笑い)ハハハッ! オーケイ。

──というわけで、今日はこの新作についての話を聞かせてください。まず、前作『I Am Easy to Find』をリリースしてからの話に遡らせてください。2020年、コロナ禍となりあなたがたもツアーなどができなくなったことで、コロナ禍初期は過去のアーカイヴなどをツアークルーたちを守るために販売したりしていました。とはいえ、メンバーみなさん各自ソロ活動で多忙にしていました。あなた自身はテイラー・スウィフトの『evermore』にも参加しましたし、マット・バーニンガーのソロ・アルバム『Serpentine Prison』にも力を貸していました。その時期、あなた自身はザ・ナショナルの次を考えてどのように過ごし、メンバーとはザ・ナショナルとして次の活動に向けてどのような話し合いをしていたのでしょうか。今回のアルバム制作の前段階の話を教えてください。

S:僕たちは本来、2020年にツアーに出る予定を立てていたから、コロナで予定が狂ったのは少しショックだったね。とはいえ、と同時に……前2作は立て続けに作ったようなものだったし、だからあの2枚を作りそれに伴うツアーをやっていく間はろくに休みがとれなかった、というのもあったと思う。そんなわけで、ある意味良かったというか、少し休めたのはありがたいことだった。ただし、(苦笑)もちろんそれに伴い、活動ができないという状況も訪れたわけだけれども。だから2020年の初め頃は、ツアーができない状況の中で自分たちに何をやれるか、その策を見つけ出そうとして過ごしていたと思う。それに今も話にあったように、僕たちには非常に尽くしてくれるツアークルーがいて、彼らは良き友人でありファミリーでもあるから、パンデミック期間中に彼らをどう援助すればいいだろう、ということも考えていた。彼らは2020年を通じて僕たちのツアーで働く予定になっていたからね。そんなわけで2020年はまず、その資金調達というか、(苦笑)基本的にまあ、関係者みんなが食べていける、生き残れるようにするにはどうすればいいかを見極める、というのがひとつあった。それにはかなりの努力を要したし、コンサートのストリーミング、マーチャンダイズ販売などをやって。やっている間はそれはそれで楽しかったよ。でも、奇妙だったけどね、他の誰もと同じく、僕たちもああいう事態になるなんて予期していなかったし……うん、そうしたことを色々と考えていた。そこですぐに「新しいレコードを作る必要がある」と自分たちは考えなかったと思うけど、やっぱり考え始めはしたね、次の作品はどんなものになるだろうとか、どんな風に曲作りを始めよう、云々。というのも、ああやって急に時間の余裕ができたわけだから。

──とはいえ、テイラーの作品にはザ・ナショナルのメンバー全員が何らかの形で関わったり協力したりして、リモート制作という可能性を提示したテイラーとのマッチングが、コロナ禍にザ・ナショナルというバンドにも大きな推進力になっていたことは間違いないと思います。あなた自身はテイラーの作品に関わったことで、一人のプレイヤーとしてどのような発見、気づきがあったと言えるでしょうか。また、それが今回のザ・ナショナルでの作業にどのようにフィードバックがありましたか。

S:んー、まあ、リモート制作という意味では、僕たちはどっちにせよそれはもう何年もの間やってきた、みたいな。メンバー全員が違う都市で暮らしているし、だから全員顔をそろえること自体、一種の「ビッグな家族会」というか(笑)。だから長いこと、曲を書きながら音源ファイルはお互いの間でやり取りしてきたんだ。その意味ではそれほど作業面での違いを感じなかったけれども、ただし「それを強いられた」という意味で違いはあったね、何せ移動規制があったし、集まることができなかったから。自分ひとりで音楽を作るのもそれ独自の世界だろうし、自分のやっている何かに対してその場ですぐに反応する人間が存在しない、というのはそれはそれで興味深いものだと思う。だからあれをやるのはクールだったし、そうだね、完全にリモートであっても良い作品は作れると僕たちも学んだんだろうし、ある意味楽しくもあったけれども、ただ、みんなで集まってやるほど相互交流的ではないし充実感はない、というか。何かプレイしてみて「これ、どう思う?」と聞いたり「こうやってみれば?」なんて風に相手の反応を見ながらやる方がとにかくずっと楽だし、でもテイラーの作品の場合は「どうかうまくいきますように」と願いつつ、この、「プロダクション側」(苦笑)ってものに対してアイデアを提出する、みたいな(笑)。だから、そのインタラクティヴな面が欠けていたのはマイナスだったんじゃないかと思うけど、それにも関わらず僕たちはあの2作に収録された楽曲群を作り上げたわけで、うん、あれは楽しかった。

ああ、それに、勝手がまったく違った、というのもあったな……いや、「まったく違う」とまではいかないけど、タイプが違うというかな、ほら、僕たちはこれまで、いわゆる「ポップ・ミュージック」や「ポップ・シンガー」と一緒に仕事したことはなかったわけで。だから、ああいう音楽の作られ方を体験できるのはクールだった。そうは言っても、アーロンが曲を書きギターも弾くというスタイルの音楽作りだったから、その半分くらいは自分たちにもおなじみの類いの音楽をベースにしたものだったわけだけど。とにかくまあ……うん、あれはある意味、もっとしっかり「プロデュース」された音楽だった、ということだろうね。でも、彼女にとってはたぶん、あの2枚は普段のピカピカに磨き込まれたタイプのプロダクションからちょっと離れてみた、というものだったんじゃないかな? タイトルが示唆する通り『folklore』、もっとルーツっぽいポップ・ミュージックというか。でも、とても興味深かったよ。彼女は本当に素敵な良い人だったし、あの2作を仕上げて以降、僕たちは彼女と直接コンタクトをとったことはないんだけど、あの経験を味わえたのはクールだった。

──彼女はとても才能がある人ですが、今あなたもおっしゃったように非常にメインストリームなアーティストです。

S:うん。

──その意味で、制作環境他、かなり違ったと思います。たとえば、作品が発表されるまで緘口令が敷かれていたり……。

S:(笑)ああ、完全に他言無用だった!

──(笑)あの経験全体を通じて、学んだこと、バンドにフィードバックしたものはありますか。

S:ああ、僕たち全員、NDA(Non-Disclosure Agreement/秘密保持契約)に関してはたっぷり教わったよ!!

──(笑)

S:(笑)。というのは冗談だけど、うん、すごく良い経験だった。だからまあ、音楽作りの中身の部分という意味では、自分たちが音楽を作る時とそんなに大差なかったっていうのかな、あれこれ違うことを試したり、少しフリーにやってみたりもしたし。とはいっても、楽曲の構造はちゃんと決まっていたし、それに言うまでもなく、彼女は素晴らしい歌声の持ち主なわけで……だからこう、(歌の邪魔になるような)突拍子もないことはさすがにあまりプレイできない、みたいな(笑)? そうやってこう、歌そのものの文脈の中でうまく機能することを心がける、という。

──そうした中で、今回のアルバムはいつ頃具体的に曲作りやスタジオでの作業/プリプロがスタートしたのですか。

S:たしか2020年から2021年にかけて……ああ、2021年の4月に、バンドとしてみんなで再会したんだっけ。ってことは、1年くらい前? いや、今から数えると2年近く前だ(苦笑)、(小声でつぶやく)時間の感覚がおかしくなってる……。というわけで基本的に、2年前に全員で集まり、それまで書き溜めてきた素材を元に作業に取り組み始めた。僕たちがいつもやるように、ベーシックなピアノのパートやギターのパート等々の歌のスケッチ群を相手にね。僕たちの制作プロセスは、多くの場合はアーロンかブライスが持ち寄ってくるそうしたスケッチを中心に据え、それに合わせて何かプレイしながら、全員がそれぞれのやり方でそこに反応していく、というもので。そこで一番インタラクトするのは、大抵はマットだね、というのも、彼はそれらを形にしていくというか、歌メロを思いついたり、軽いヴォーカル・テイクをやったりもするし。とは言っても、そのほとんどはリズムにノって声を出しているだけとか(笑)、最初の段階では必ずしも「歌詞」にはなっていないけれども。でも、彼は面白いことをやるんだよ、テクニック面で長けた人ではないんだけど、例えばガレージ・バンドみたいなシンプルな音響ソフトウェアを使って、歌を興味深い形でカットしたり。その上で、あれこれつぶやいたり調子に合わせて声を出してみながら、彼は音楽部分対して歌のパートがどう成立するか示唆していくわけ。うん……ともあれ質問に戻ると、僕たちはそうやって色んな形で、何年かにわたって互いに(新作向けの)アイデアを交換し合い、それに反応して各人が作業をしてきたと言える。でも、全員が集まったのは2021年春で、そこで本格的にそれらの素材に取り組んだ。一週間か、もうちょっと長かったかな? それくらいの間、(パンデミック以来)初めて一緒に取り組んだし、あれはヘンだった……(苦笑)。

──(笑)

S:(笑)いやだから、たぶん2019年の12月以来、全員で顔を合わせたことはなかったはずだし。あれが、パンデミック前にやった最後のショウだったと思うんだけど……いや、それは違うな、マットと僕は、2020年の初めに《Tibet House Benefit Concert》で共演したから。あれはほんと、楽しかった。ただ、あれはバンドとはまた別で、彼のソロの内容だったし、だからメンバー全員という意味では少なくとも1年はお互いに実際に会ったことがなかった。というわけで、僕たちはアイデアをぶつけ合い、レコーディングも少しやって、ラフなスケッチ群の上にもっと素材を重ねていきつつ、もうちょっとこう、自分たちとしては「歌」に近いと思えるものにシェイプしていった、という。で、そこからたぶん……もう1年くらいかかったんじゃないかな、スタジオにみんなで集まって作業する、という意味では? というのも、僕たち全員……2021年の間は、まだツアーをやっていなかったしね。アーロンはテイラー関連の仕事を始めとする諸プロジェクトでも忙しくしていたし、とにかく、なかなか全員集合しにくかったんだ(苦笑)。そんなわけで、各人でひたすら作業を続けていき、そうだな、2022年のどこかの時点で、またみんなが集まったんだと思う。いや、実際あれは2022年の5月、ツアーのために集合したんだった。で、その時点までに僕たちはもうちょっと歌を形にできていたし、そのツアーをやりながらそれらの歌にもっと取り組み始めたんだ(笑)、「失われた2年間を取り返そう!」みたいな感じで。

──(笑)

S:それもあったし……とにかく、再び一緒にプレイする感覚をどうやったら取り戻せるか、というのもあっただろうね。というのも、あの(コロナ禍のもたらした)休止期間は、僕たちにとって結成以来最長の休みだったと思うし。僕たちの通常のサイクルは、ほぼ3年ごとにレコードを作り、それを出したら1年~1年半~2年くらいツアーに出て、ツアーをやっていく間にまた新曲を書き始めることもあって、そこから次のレコードへ……みたいなものなんだ。だからよく考えてみると、レコードとレコードの間にあれくらい時間と余裕が生まれたのは異例だったね。そうは言いつつ、僕たちは決して作業がものすごく速い方ではないし、どっちにせよ、作品作りには大抵しばらくかかってしまうんだけどさ(苦笑)。

──プレスリリースによれば、一時マットがスランプに陥り、歌詞もメロディも全く思い浮かばない、次第にうつ状態になってしまっていたとのことですが……。

S:うん。

──それによってソングライティングを始めとして全体的に作業が滞ったり、予定が狂ったりもしたのでしょうか。

S:イエス! それは間違いなくあって、遅れた(笑)。ただまあ、僕たちの頭の中に当初は特に「これ」といったゴール/締め切り的なものはなかったんだけどね。たとえば「この年の5月にはアルバムをリリースしなくちゃいけない」云々の目標は、初めのうちはなかった。ただ……うん、マットはしばらくの間、確信がもてない、自信がもてないと感じた時期を経ていたし、それに、これはみんなそうだったと思うけど(苦笑)、とにかく心ここにあらずな状態だったっていうか? いやだから、みんなかなり長い間、いつものノーマルさとは勝手の違う生活を送らざるを得なかったわけで。

──ああ、たしかに。

S:で、僕が思うに新作のタイトルは実はそこに言及しているんじゃないかな? 彼がそのスランプを克服しようとした、という面にね。もしかしたら、この話もプレスリリースの中に含まれているのかな? 僕には分からないけど……。でも、もしかしたらそこでは触れられていないかもしれないから、この場でお話を語ることにすると──マットはたまに、作詞に取り組んでいる時に、本をパラパラめくってみることがあるんだ。別にその本を読もうということではなくて、ページを繰っていくうちに、彼をインスパイアしてくれるアイデアや歌詞の一部なんかを含んだフレーズだの言葉の組み合わせが見つかる、と。だからこのタイトル、「『フランケンシュタイン』の最初の2ページ」は彼のやるそのプロセス、試しに本を開いてみて、そこでパッと目に飛び込んで来る何かをインスピレーションや踏み台にする、というのと関わっているんじゃないかと僕は思う。というのも、このレコードは別にフランケンシュタインやモンスターだのについての内容ではないから。まあ、もしかしたら友情の側面はあるのかもしれないけどね、要するに、友だちや家を探しているモンスター、という。だけど、ホラー映画みたいなものじゃないんだよ(笑)!

──(笑)ええ、もちろん。でも、話してもらえる範囲でいいので、奇妙なスランプに陥っていたマットのその当時の状況もおしえてもらえますか。おそらくその背景にはパンデミックの影響が大きく関わっていたのでしょうし……。

S:うん。

──あの頃は、誰もが不安でメンタルの面で落ち込みがちでしたよね。マットのソロ・アルバムにも参加したあなたから見て、彼は何が理由でスランプに陥ったのだと思いますか。コロナ以外の理由として、考えられることはありますか。

S:まあ、誰もが「仕事ができない」「ノーマルな生活を送れない」「愛する大事な人々に会えない」などの不安を抱えていたわけだし、それらすべてがひっくるめられていた、というのはもちろんあったね。ただ、パンデミック期間中に僕たちが音楽的に、プロとしてやろうとしていたことの多くが正直あまりうまくいかなかった、という面もあるんじゃないかと僕は思っていて(苦笑)。アーロンのやったテイラーとの仕事など、うまくいったものもちゃんとあるんだよ。だけど、例えばマットは素晴らしいソロ・レコードを作ったというのに、なんというか……たぶんあの作品は、ノーマルな時期に出ていればもっと注目を集め話題になっただろうけど(※同作のリリースは2020年10月)、そうはいかなかった。だから誰もがちょっと、無駄な努力をしていたってところがあったんだと思う。そこに、彼のエゴはちょっと傷ついたんだろうな……何かをクリエイトするために一所懸命努力したのに誰も気づいてくれなかった、「誰もいない森で木が倒れたら、果たして音はするのか?(=耳にする人間がいないと、木が倒れてもその音は「聞こえた」ことにはならないのではないか)」みたいなことになったわけだから。それに、僕たちもそれと同じ経験を味わったしね。パンデミックの後期あたり、2021年前半頃にLNZNDRF(ランゼンドーフ)の作品を自主リリースしたんだ。やるのが本当に楽しかったし、パンデミック前に作り始めてパンデミック中に仕上げた、みたいな作品だったけど、僕たちも同じようなフィーリングを抱いたからね、「わざわざレコードとして出す価値はあるのか?」と。というのも、みんなが音楽を作っているし、なのに誰も気づいてくれない、みたいな(苦笑)。さっきも言ったように、誰もが至るところで、同じときに、徒労に終わることをやっている感じだった。

そう、僕たち全員、そう感じていたよ……だから、パフォーマンスを打ち、ライヴ・ショウをやり、ストリームをやるとか、色々と活動していたけど、とある時点で「なんてこった!……とにかく、いったんストップしよう」って悟ったんじゃないかな(苦笑)。ってのも、一種の袋小路というか、ああいう状況がいつまで続くのか僕たちにも見当がつかなかったから。で、その面、状況の「不明さ」はある程度誰にでも影響したと思うし、特にマットは他のみんな以上にそうだったのかもしれないね、さっきも話したように、彼は何かグレイトなことをやろうと努力したし、でもたまたまそれをやるにはタイミングが悪かったわけで。だから、こう……あれはグレイトな作品だったけど、おそらく彼が期待していたほど成功しなかった、評判にならなかった、みたいなことじゃないかな。そういうことが起きるとエゴが傷つけられるだろうし、「やっても意味がない!」みたいに(苦笑)感じるよね、「歌を書いたってどうせ無意味だ、もうどうでもいい!」とヤケになってしまう。

──(笑)なるほど。

S:それって一種……たとえば世界大戦みたいなもの、というのかな。トラウマを残す大きな出来事が起き、誰もがそれに影響されるけど、現実としてはそれに対して手も足も出ない。そういうことじゃないかと……。

──ともあれ、そのいわば「バンドにとっての危機的状況」は、今やみなさん抜け出したわけですよね。再会し、アルバムを作り、ツアーも控えていて。

S:ああ、うんうん、1、2年前よりもずっと良い状態だよ。僕たち全員もっとハッピーに感じているし、誰もがお互いに対する理解を少し深めたんじゃないかと。そうだといいと、僕は思ってる。パンデミックの間は自分たちが20年近くやってきたことをやれなかったわけだし、おかげで以前よりもそこに対する感謝の念がもたらされた。以前の僕たちは……まあ、ガス欠寸前で進んでいたとまでは言わないけど、とにかく猛烈に働いていた。ツアーも数多くこなし、レコードもどんどん作って、もちろんやっていて楽しかったけれども、ある意味、そのすべてをやろうとして消耗していたのかもしれない(苦笑)。やっぱりたまに、それってとてもじゃないけど「リラックスできる」類いのライフスタイルじゃないよなぁ、と思うし。

──そうでしょうね。

S:とにかく、すり減らされちゃうんだ。で、僕たちは2019年の終わりあたりに疲れ切っていた、それは間違いないし、それでも2020年のツアーは楽しみにしていたんだ。ところがその予定が頓挫してしまった、という。

──正式な録音はいつものNY上州にある《Long Pond Studio》のようですが、他にも今作は多くの場所で制作に関わる作業がなされています。NY、LA、コネチカット、ボストン、イースト・デトロイト、ペンシルベニア、そしてベルリン、イタリア……。

S:(苦笑)ハハハッ!

──どういう流れでこれらの場所で作業が行われたのでしょうか。少し細かくおしえてください。ツアー中もレコーディング作業をしていた、ということですか。

S:うん、今回のレコードでエンジニアを担当してくれたひとりであるベラ・ブラスコ(Bella Blasko)、彼女にツアーに帯同してもらってね。もうひとりのジョン・ロウ(Jonathan Low)はスタジオでのエンジニアを担当してくれて、彼は今回ミキシングもやってくれた。でまあ基本的に、僕たちはベラにツアーを一緒に回ってもらい、各地で楽屋に設営したちょっとした録音設備を使ってのレコーディングを彼女にエンジニアリングしてもらったんだ。その設備のことを僕たちは本家の《Long Pond》にちなんで《Mini Pond》と呼んでたんだけど──。

──(笑)

S:(笑)モニタ1台、ミキシング台、ラップトップ、インプット用デバイス等々を設け、ツアー中もアイデアを吹き込んだり、パーツに取り組んでいたわけ。で、クレジットにあれだけの数の土地やスタジオ名が記載されることになったのは……僕たちはツアーであちこち移動していたし、その間に「この歌のヴォーカルに、あの歌のギター部に、それからここのドラム・パートも録らないと」などの状況が持ち上がると、随時部分的に録っていったんだ。ドイツのどこかで一日休みがあったとしたら、そこでスタジオを借りて作業するとか、あるいは少し空き時間ができたらそれを利用してスタジオ入りして数時間機材をセットアップし、3曲ぶんのドラムを録るとか、歌入れをやる、ギターを録る、といった具合に。それをやったのは、《Mini Pond》の設備を使ってやるのは無理、という時だけだったけどね。あの設備はシンセとか、もっとダイレクトに録れるパートには向いているけど、やはりドラム・キットを楽屋に据えるのは楽じゃないから(笑)。それに、実際にステージで録音したパートも多少含まれていると思う。ライヴ・パフォーマンスももちろんだけど、サウンドチェック時に録った素材もある。その晩のショウ向けにすべてのセットアップを済ませた上で、リハーサルをやりつつ、サウンドチェック時に録音もやれたし、そこでブライスがギター・ソロを弾いたり、あの、ちょっと不思議な感じのする、空間的な広がりのあるライヴっぽい素材を録ったり。

──なるほど。

S:そんなわけで、あれだけの数の場所がクレジットされることになった、と。僕たちはツアーに出ていたし、なんというか、パンデミックのせいで2年近くの間やれなかったことの何もかもをパンデミック後のツアーのあの1年に詰め込んだ、みたいな? 「よし、ツアーに出ることになったからリハーサルを5月にやろう。昔のレパートリーを練習し直して、新曲も覚えて、ツアー中にレコーディングもやる」って具合で、ちょっとトチ狂ってたな(苦笑)。まあ、失った時間を挽回しよう、みたいなことだったんだよ。

──今話に出たライヴ音源を用いた曲は、たぶんハンブルグのステージでライヴ録音された部分他を含む「Tropic Morning News」ではないかと思います。

S:(うなずきつつ)うん、そうだ。

──で、その「Tropic Morning News」をマットが持ってきたことで再起のきっかけになったそうですね。

S:うん。

──曲の歌詞はマットと彼の妻であるカリン・ベッサーとの共作だそうですが、コロナ禍を含めた近年の様々な重くネガティヴな社会の空気の中で、気が散ったり滅入ったりする状況を打破しようとするストラグルと強さを感じることのできる曲です。この曲はライヴ音源、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラとの作業を加えた部分など非常に多層的に作られたものだと聞いています。一種、フランケンシュタインのように継ぎ接ぎというか。

S:(苦笑)たしかに!

──あなたたちはどのように最終的に作業を始め、この曲を構築し、完成させていったのかおしえてください。

S:あれは、アーロンのアイデアから始まった曲だったと思う。彼はドラム・マシンを使って……このレコードには、あちこちでかなりドラム・マシンが顔を出すんだ。僕たちもジョークを飛ばしつつ、楽しみながらあれを使っていた。というのも、僕の弟はドラマーだし、腕も良いんだけど、すごくメトロノームっぽい規則正しいプレイが好きでね、何せ彼のドラマーのヒーローのひとりはニュー・オーダーのスティーヴン・モリスだし。

──(笑)なるほど。

S:というわけで、コンピュータのように、マシンのように精確に叩くのは彼の目指す目標のひとつ、というか。もちろん、そこに表現力も含めつつ、という話だけれども。えー……ごめん、話が少し脱線してしまった(苦笑)。ともかく、うん、あの曲はドラム・マシンとコード進行みたいなものから始まったはずだし……うーん、どうやってあの曲を形にしていったんだっけな? まあ、最終的にはスタジオで、ライヴの素材も混ぜ込みつつひとつにまとめていった。ただ、これまでもずっとそうだったんだけど、スタジオに集まり、機材をセットアップし、一緒に演奏して「バンド」として録ったものをそのまま使うのは、僕たちはあんまり得意じゃないんだよ(苦笑)。

──(笑)なるほど。

S:(笑)それはなんというか……楽曲そのものが流動的、というケースが多いからなんだ。僕たちの作業過程はコラージュしていくプロセスに近い、みたいな? 「よし、曲のスケッチ群ができた。全員でそこに何か足していこう」ということになり、やってみた中から自分たちも良いと思う、ベストなものを見つけていく。で、それらを上に重ねてみたり、曲により沿って演奏してみたりしながら配置していくわけ。だから僕たちは、バンドとしてスタジオに入り、全曲を全員で演奏してそれを録る、という感じじゃないんだ。いやもちろん、曲が書き上がったところでそれをやる場合もあるけれども(笑)。だからある意味どの曲も、この「フランケンシュタイン」的な構築の過程を経たものと言えると思う。バンドでライヴで録るやり方も、もうちょっとロック系な曲でやったことがあったし、初期のレコードのいくつかの楽曲ではリハーサル・スタジオにセットアップして全員で一緒に、みたいな手法はとったよ。ただまあ、そうやって常に変化している、ということなんだと思う。僕たちがテクノロジーをもっとうまく使えるようになり、(笑)自分たち自身をレコーディングすることについてもうちょっと知識を重ねるにつれて、「これはこのまま使おう」「これはバラそう」みたいに判断できるようになる、と。

それに、アーロンはこれまでずいぶんの数の作品をプロデュースしてきたけど、どのようにレコーディングするか、どういう風に音楽を作るかという点に関して、僕たちに違う考え方をするようプッシュする役回りを果たしてきたのは常に彼だった、みたいな。で、彼は今やもっとポップな音楽のプロダクションに関わるようになっていて、あちらはまたプロダクションという意味では全然違う世界なわけだよね、楽曲の構築の仕方を始め、考え方がまったく違う。ああいう楽曲は非常にしっかり作り込まれているし、たとえば歌詞に使うシラブルの数から何から、ちゃんと決まっていて。でももちろん、僕たちはそういったことはまったく考えずにやっている(苦笑)。そもそも、僕たちの音楽はそういう(ポップな)ものには聞こえないし、そういった思考回路を基盤にしていないから。ただ、そういった音楽の作り方から何かしら興味深いものを学ぶことは避けられないよね、それはそれで面白いし。

──「Tropic Morning News」もそうですが、もともとザ・ナショナルは少しニュー・ウェイヴの要素が感じられる曲が魅力の一端となっています。

S:ああ、そうだね、うん。

──フォーキーなタッチの曲であっても、クラシカルなオーケストラ・アレンジが施された曲でも、ダイナミックな展開の曲でも、ギターの音色やベース・リフ、淡々としたドラミングなどで少しクールな空気を送り込むことで決して過剰にエナジェティックになりすぎない、そのハイブリッドなバランスが素晴らしいですが、これは計算された上でのバランスなのでしょうか? それともスポンティニアスに、お互いが楽器でインタラクトしながらそのようになることも多いのでしょうか。

S:確実に、そのふたつが合わさったものだね。というのも、僕たちは音楽のもつ構造を重視しているというのかな、だから、枠組みのない自由なインプロってことは普通はまずないんだ。その要素が完全にゼロというわけではなくて、ライヴではもっとそういうことをやろうとしているし、スタジオでもたまにやってみる。でも、双子チーム(デスナー兄弟)のギターの弾き方、あの噛み合って連動するふたりのプレイそのものが、内在的な構造を曲の中に常に作り出している、というか。フィンガー・ピッキング、そしてスタッカート調のカッティングという具合にギター2本の演奏が合わさることで、一種メカニカルな駆動が生じる。それに、ブライアンのドラミングもマシンっぽいところがあるし……いやだから、僕たちはみんな、このバンドの結成以前からずいぶん長いこと一緒にプレイしてきたわけで、僕たちが息を合わせて一緒にプレイする、ちょっとした瞬間の数々は自ずと伝わるんだろうね。ああ、それに、僕たちの好きな音楽の傾向、というのもあると思う。僕たちが成長していく中でかっこいいと感じた音楽というか、自分たちの評価する、好きな音楽には一本通った線、共通性があるんじゃないかな。メンバーの中で誰がそのバンドを一番好きか云々を競い合うわけじゃないけど、例えばジョイ・ディヴィジョンは全員大好きだし──まあ、たぶんブライアンが一番のファンだろうな(笑)。とまあ、それは質問にもあった、ニュー・ウェイヴ/ポスト・パンク系のアクトの一例として挙げたってことだけど、うん、大人になっていく中で聴き、愛した音楽/バンドということでは、僕たちの間に共有された知識が備わっている、というか。だから「自分たちが良いと思うのはこういうもの」「インスピレーションを引いてくるのはこういうもの」みたいな共通項がある。でもその一方で、やや非主流なネオ・クラシカル音楽だとか、フォーキーなものもあるわけで……まあ、僕たちが集まると、お互いにフェイヴァリットをシェアし合う、ということだね。ごめん、これで答えになっているかな(笑)。

──大丈夫です。で、歌詞についてはマットやカリンに聞かないとわからないかもしれませんが……。

S:(笑)がんばって答えるよ!

──(笑)はい、お願いします。あなた自身は今回のアルバムの歌詞についてどのように捉えているのか聞かせてください。例えば、フィービー・ブリジャーズが参加した「This Isn’t Helping」などは、まさに“このままではいけない”という強いメッセージに、マットのスランプを発端とするパーソナルな思いだけではなく、今の社会全体に対する危機感を感じることができます。

S:うん。

──同じくフィービーが参加した「Your Mind Is Not Your Friend」は自分自身の心と向き合うことの是非を問うているような心理学的なリリックだと思います。テイラーとマットがデュエットした「The Alcott」は壊れた関係を修復しようとする意識やその兆しを描いた歌詞のように思いました。全体を通して今作のリリックにおいて浮き彫りになったのはどのようなテーマだと感じていますか?

S:僕からすれば、この作品の歌詞はある意味、丸ごとセラピーめいたものじゃないかと思えるね。

──(苦笑)そうなんですか!

S:(笑)もちろん、良い意味で、ということだよ! 何もプロの精神分析医を相手に、みたいなものじゃなくて、音楽を通じてのね。ただ、話としては……僕たち全員が、世界全体が、この、トラウマをもたらす時期に入っていったわけだよね。とても多くのものが失われ、後悔があり、うまくいかなかった物事もたくさんあった。で、今回の歌は、僕から見ると……そうだね、カップルとして、そしてもっと一般的な人間として、そんな時期を経ていたことをめぐるマットの個人的なフィーリングとカリンの個人的なフィーリングとが顧みられていると思う。と同時に、いつものごとく、具体的に「お前が何を言っているのかよくわかる」的な真実の要素も交えつつ、一種もっと誰にでも当てはまるというか、こう……色んなキャラクターのコラージュとでも言うのかな、「ここで歌われているのは、たぶん自分、そして彼の従兄弟、それに彼の母親だろう……」みたいな(笑)、そういう要素もあるんだけど。

──(笑)なるほど、色んな人々のコンポジットも混ざる、という。

S:そう。だからこれらの歌は文字通り「彼/彼女」のことばかりではない、という。でも、今回のレコードに収録された歌は、おそらくいつもよりもっと字義通りな内容に寄ったものじゃないかと僕は思う。例えば「This Isn’t Helping」は“これは役に立たない(this isn’t working)”という思いを歌っているわけで、いくら薬を服用しても、セラピーにかかっても、友だちと話してもダメだ、効果がない、みたいな。だからそこには具体的な、手を差し伸べ、誰かを落ち着かせようとしたり、助けようとする/あるいはその人が癒されるのを助けようとする、そういう要素があるように思う。だからなんだ、さっき「セラピー的な音楽」と言ったのは。例えば「New Order T-Shirt」の一節に……(思い出そうと考え込む)何だったかな? ああ、“How you had me lay down for a temperature check/With the cool of your hand on the back of my neck(体温を測るためにあなたは私をどんな風に横たわらせたことか/私の首にあなたのひんやりした手を添えながら)”だ。あれはなんというか、パンデミックや病気に関するフレーズなのかもしれないけど、それと同時に、きつい時期を体験していて神経が衰弱している、そんな人を安堵させているようにも思える。だから僕の解釈は、今作の音楽は自助的な面も少しあると共に(苦笑)、再び繋げるというか、トラウマを負った後で力を回復しようとしている、そんなものじゃないかと。

──なるほど。

S:自分にも断言はできないけど……ああ、それに、僕たちのレコードはどれもすべて、自分たちの人生のそれぞれの時期を表している、みたいな面もある気がする。例えば『Alligator』みたいな初期作品はある意味もっと、ニューヨークに暮らす独身の人物、未婚男性キャラクター的な面が多かった。それが今では、レコードを出すごとに僕たちも年齢を重ねたし、もっと家族持ちのキャラクターって感じだし……。それぞれのレコードに、僕たちがそれらを作った時に自分が人生のどんな地点にいたか、自分は何を考えていたかの要素が含まれている、みたいな。音楽を聴くと、作った人間が何を考えているかある程度まではわかるわけで。だから、どのレコードにも一種のテーマめいたものがあるんだね、例えば『Sleep Well Beast』はとても政治的な内容で、怒っているしパラノイアに陥っていて、ちょっと神経質になっている。トランプが大統領に選出された頃だったし、僕たち全員気が動顛していた、そういう緊張感が全体に漂っている、というか? それは音楽を作るのには良い状況だけど、僕たち自身のメンタルには良くなかった(苦笑)。

──(苦笑)ええ。

S:で、『I Am Easy To Find』は――まあ、あの作品はマイク・ミルズも参加し部分的にプロデュースもおこなったから、また別のパースペクティヴが生じることになって。政治的な面も含まれているとはいえ、あれはもっとマイクの作った短編映画の登場人物が引っ張っていく内容だったし、あのレコードで僕たちは他の人間の人生について描こうとした。24分くらいの長さの中でひとりの女性の誕生から死までを描く、みたいな内容の映画だったから。というわけで、自分たちの潜っていた経験はすべてある程度までは、フィルターを通過した、抽象的な、一種プリズムを通した形で出てきた、みたいな。対して今回のレコードはもうちょっとこう、具体的なリアリティに回帰したんじゃないか(苦笑)、僕はそう思ってる。困難な時期と、そのきつい時期を乗り越え、向こう側に抜け出てどう感じるか、というドキュメントになっているって意味でね。

──では、あなた個人への質問です。ザ・ナショナルは5人のそれぞれ個性あふれるメンバーで構成されていて、作品を重ねるごとにその個性が演奏に反映されるようになっています。今作であなたがあなたらしく演奏できたと思えるのはどの曲のどの部分でしょうか。

S:(照れ笑い)うわ、参ったな……。良い質問だね、というのも、僕たちが音楽を作っている時は本当にその内側に入り込んでしまっているから、客観視しにくくて。自分のやっていることが理解できないとか、視点が分からなくなる、という意味ではないんだよ。ただ、僕たちの歌の書き方っていうのかな、さっきも話したように、それはスタジオに機材をセットアップしてパートを次々に録音していく、というものじゃないから、僕はベースだけではなくどこかでキーボードも弾いていたし……そのパートはどこだろう? 作品に収まった演奏もあれば、カットされたものもあるだろうな……。それに、僕だけじゃなくアーロンもたまにベースを弾くしね。そうやって、常に誰もがその場面で自分にできることで貢献しているんだ。

──楽器を取っ替え引っ替えしつつやっていく、と。

S:そう。だから「この曲のベースのパートはお前がすべて作って、ギターのパートはあいつが全部書く」みたいなことには絶対にならない。それに、アーロン/ブライスの兄弟は、いつも非常に協同しながらやっているし――まあ、たまに言い争いになることもあるけど(苦笑)、それはそれで可笑しいし。彼らには独自の作業の進め方があって、制作中は、あのふたりは自分たちの思考の中にハマっていることが多いよ。そういう事情だから、正直、自分がよくやれたと思う/気に入っているトラックはどれか、という質問にすら答えられない(笑)。まあ、作っていく過程で、やっていてすごく楽しかった、そういう素材はいくらでもあるし、中にはレコードに残ったものもあって……でも、そういうやり方で僕が気に入ってる点は、自分たちのやることにはどれもちゃんと意味がある、すべて目的があってやっている、ということで。だから、僕たちのレコードはいつも、層がいくつも重なったケーキ(苦笑)になりがちだな、と感じる。制作中に実に多くのことが起きるから、得てして僕たちのレコードは、自分たちでも掘り起こさなくちゃならないくらい何層も重なりすぎた厚いものになってしまう、という。

──(笑)考古学者みたいですね。

S:ああ、ほんと、かなり考古学者っぽい。「あれ、自分たちは何を作ってたんだっけ……?」と混乱してきて、そこでこりゃトゥーマッチだな、と悟るっていう。そうは言いつつ、僕たちも歳月を重ねるにつれて、もうちょっと自分たちのやることを基本に絞ろうとしているとは思う。だから「オーケイ、これでいい。これで大丈夫」みたいに切り上げるっていうか。でもこのレコードの中には奇妙な、ゴチャッと塊になった箇所がいくつかあるんだ……アーロンにそのつもりはなかっただろうけど、2、3カ所くらい、僕じゃなくてアーロンが演奏したベースのパートがあって、僕はいずれ弾くことになるんだし、そのパートを覚えることにしたわけ。そのために、いったん曲が仕上がったところで、再びすべてを剥き出しにして、別個に音源に耳を傾けるのは可笑しかったよ。キーボードのパートから始まり、2分くらいベースは無音で、そこから急にダダダッとベース部が入り、そしてまた無音になる、という。それくらい、僕たちも要素を絞ろうとしているってこと。

でも、ベースのパートは正直、歌が大体上がった後で形になっていくね。たまにそういうケースもあるとはいえ、普通は大体、ドラムとベースから歌がスタートすることはない。僕たちのやることは何もかも、何かに反応しながら進んでいくというものであって、最初の段階からアンサンブルとして一斉にということは滅多にない、というのが僕の感触だな(笑)。まあ、そういう場合もあるけれども……。あ、でも、「Eucalyptus」はやっていて楽しかった。そうだな、じゃあ、あの曲を自分のフェイヴァリットに挙げておこうかな。ってのも、あの曲では僕がレコードの中でベースの全パートを演奏しているし(笑)、実際、とても好きな曲だから。あれはアルバム用に最後に書いた曲群のひとつで、ほんと、文字通りツアーをやりながら書いていった。一度、自分たちもまだちゃんと覚えていないほやほやの段階でライヴでプレイしたこともあったはずで(笑)、「オーケイ、3パートから成るこういう流れの曲で、歌詞はこんな感じ、レッツゴー」みたいなノリでサウンドチェックをやり、そのままぶっつけ本番でプレイして。でも、かなり良い出来だったんだ。うん、あの曲では僕がベースを弾いたし、気に入っているし、楽しかった。

──最後に。ようやくフェスティヴァルやツアーが再開され、ライヴ・バンドとしてのザ・ナショナルも本領発揮できるようなタイミングになってきたと思います。コロナ禍を経て、そしてこのニュー・アルバムを作り終えた今、バンドとして何か変化した部分があるとすれば、どういうところだと感じていますか。

S:多くが変わったと思う。まず、自分たちのやっていることをやれる、そこへの感謝の念は確実にある。っていうか、バンドをやれていること自体に感謝してる(苦笑)。というのも、ある意味、バンドを一時的に失ったのはもっともショッキングな点だったし、おかげで自分たちがどれだけバンドを恋しく思っているかに気づいたから。まあ、ツアー続きでクタクタになると「これ以上は無理だ、あと1年くらいツアーがなくても自分は平気だ」と思うこともあるとはいえ、やりたくてもツアーがやれない状況を強いられると、「ええっ、そんな?!」みたいな気分になるものでね。それに、誰にとっても――もちろん僕たちも含めて――この、パンデミック状況の「先行き不明」なところが……おそらく最悪な面だっただろうね。でも、と同時に、そこがもっとも……なんというか、そんな未知の状況に打ち勝って自分たちはここに戻ってきた、自分たちにはまだ音楽作りやツアーがやれる、という手応えを感じさせてくれるものでもあった。去年、僕たちは2年ぶりのツアーのためにブライスの暮らすフランスに集まってリハーサルを1週間くらいやってね。あれは本当に楽しかった。だけど、ツアー初日のショウをやった時は、お客さんを前にして久々にプレイすることに自分たちも「うわぁっ!」みたいに圧倒されて、やっぱり気持ちが動揺した。それくらい、すごく異質に感じた、というか? それに、パンデミック状況もまだ続いていたから僕たちも心配でマスク着用等々に注意していたし、とにかくこの「自分たちはまだやれるのか?」「自分たちはまだ上手にやれるのか?」みたいな思いが渦巻いていたし、特にマットはその思いが強かったんじゃないかと僕は思う。

なんだかんだ言ってもマットには役割があるわけで、パンデミックを経て再びその役回り、ライヴの場でバンドをリードしていく男(笑)って役割に戻るのには、ビビらされたんじゃないかな、たぶん? それに、友情ってことでも、僕たちは多くを学んだと思う。お互いがお互いに対してどんな意味をもつ存在なのか、という点についてね。というのも僕たちは失っていた――というか、他の人たちもそうだろうけど、時間が経つにつれて、友人でいる態度/視点であるとか、お互いの才能に対する感謝の念、友情やユーモア、仲間付き合いといった色んな面を見失ってしまうものだよね。何年も一緒に働き活動を共にした後では、どうしても少し鮮度が落ちるというか、すり減ってしまい、誰もが視点を失ってしまう。だけど、僕たちはその視点を取り戻したと思う──(パンデミックの結果)半ば強制的にね(苦笑)! だから活動したくても活動できない羽目に陥ったこと、あれはある意味もっとも、物事を理解し目を覚まさせてくれた経験だった、というか。もちろん、あの時期の体験から僕たちが学んだり感じたことはそれ以外にも山のようにあるのは間違いないけど、概して言えば、その感謝/理解の念だろうな。だから「うん、バンドとしても、人間としても、僕たちはヒドい連中ではないよな!」と悟ったっていうか(苦笑)。僕たちは音楽をやるのが得意だし、音楽をやるのが好きで、それが僕たちの人生。自分たちがやろうとしているのはそれなんだ、と悟った。そういう一種の、「あのさ、でも、何ごともいつか終わりがくるものなんだよ」っていう、現実を直視するリアリティ・チェックをしてもらったんだと思うよ。

<了>

Text By Shino Okamura


The National

『First Two Pages of Frankenstein』

LABEL : 4AD / Beatink
RELEASE DATE : 2023.04.28

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