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テイラー・スウィフト『folklore』が表出させる
コミュニティ・ミュージックの必然

31 July 2020 | By Shino Okamura

もちろんこのアルバムには音楽作品としてのいくつものアトラクティヴな側面がある。だが、それ以上に、ちょっとだけ大袈裟に書いてしまうと、ポピュラー音楽史の大きな金字塔がここにあるということもできるだろう。コロナがなくてもいずれこのアルバムは誕生することになったかもしれない。だが、感染症を前には人間はちっぽけな存在であり、どんな立場にいようとも、どんなルーツを持っていようとも、そしてどんな人種であろうとも、人間たる人間は平等である……ということを改めて突きつけられたこのタイミングで、「伝承」「民俗(学)」……という意味の言葉をストレートにタイトルに冠したアルバムを出したということに大きな意味がある。

先に情報を整理しておこう。本作はテイラー・スウィフトがコロナ禍に制作したニュー・アルバム。位置づけとしては昨2019年に発表された『Lover』に続く7作目のスタジオ・アルバムだが、制作プロセスは全く異なり、今作はザ・ナショナルのアーロン・デスナーがプロデューサーとして16曲中11曲を遠隔で作業、双子の兄弟であるブライス・デスナーによるオーケストラ・アレンジなどを加えて自宅で完成させたという。テイラーにとって長年の共同制作者であるジャック・アントノフも関わっているが、アーロンと、そして4曲目「exile」にヴォーカルで参加しているジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)の創出する音世界が大きく支配した作品と言っていい。「I’m doin’ good, I’m on some new shit」という歌詞に始まる1曲目「the 1」から、徹頭徹尾、アーロン(とジャスティン)の「音」——大いにクラシカルで大いにモダン、大いに野趣に溢れ大いに知性的な「フォーク」だ。

アーロンはアルバム『1989』(2014年)を聴いて以来のテイラーのファンだったそうで、その年の『Saturday Night Live』で出会い、昨年のザ・ナショナルのライヴにテイラーが足を運んだことを契機に交流がスタート(その時、テイラーはNetflix『Queer Eye』で知られるアントニ・ポロウスキと一緒だったそうだ)。そして今年4月にテイラーから「一緒に曲を書いてくれない?」とメールが届き、共に作業をすることになったのだという。ほんの3ヶ月前のことだ。

アーロンの方は3月上旬、ジャスティン・ヴァーノンと一緒にビッグ・レッド・マシーンの新作の作業をするべくテキサスに入っていた。しかしコロナの影響から作業はペンディングとなり、アーロンは所有するニューヨークの《Long Pond Studio》に移動。ちょうどステイホーム期間とあって、アーロンはスタジオでそれまでになくたくさんの曲を書くこととなった。ザ・ナショナル用なのか、ビッグ・レッド・マシーン用なのかは特に決めずに、とにかく曲を多く作り溜め込んでいたのだという。そこに連絡してきたのがテイラー。アーロンにとってはちょうどアイデアのストックがあるタイミングだった。テイラーはアーロンの曲のアイデアを極力崩さないようにしたいと主張した上で、アーロンの断片を生かしてすぐさま「cardigan」を仕上げて送ってきたという。万事このような具合に、制作中は二人で毎日のように連絡をとりあいながら最終的にアルバムとして完成させていった。「cardigan」「seven」「peace」が最初の段階で両者が共作した曲になるという。

テイラーがジャスティンとのデュエットを「一緒に歌ってくれたら死んじゃう!」とまで切望して実現した「exile」と、もう1曲純然たるフォーク・チューン「betty」の2曲のみWilliam Boweryなる人物が作曲でクレジットされているが、一体が誰なのかは実のところ明かされていない(アーロンは自分の変名ではないことを明言している)。ただ、ザ・ナショナルのメンバー(ブライス・デスナー、ブライアン・デヴェンドーフ)以下、ベン・ランツ、トーマス・バートレット、ロブ・ムース、ジョシュ・カウフマン(ボニー・ライト・ホースマン)、ジェイソン・トゥルーティング(ソー・パーカッション)、ジェームス・マカリスターら参加するゲストがほぼアーロンやボン・イヴェール周辺の仲間であることも含め、いずれにせよテイラーのこれまでのソングライティング、制作のパターンからかなり思い切って新しい挑戦に振り切った作品であることは間違いない。遠隔で作業しなければいけない状況だったからこそ実現した作品、という評価ももちろん正しいだろう。

だが、果たしてそれはテイラーの「インディー・フォーク化」を意味するものではない。確かにアーロンとジャスティンのプロダクションにかなり寄せて作られた作品ではあるが、テイラーの原点がそれこそアメリカン・フォークロア・ミュージックであるカントリーやフォークにあることを思えば、むしろザ・ナショナルやボン・イヴェールらとの理想的な合流地点と考えた方が自然だろう。いや、「合流地点」なんて表現はどうにも作為的に過ぎるかもしれない。両者がもともと同じ場所に立ち、同じ景色を見て、同じ思惑でフォークロア(民間伝承)を考えながら活動していたことを浮き彫りにしたアルバムなのではないか、と。しかし、ただその一点が大きな意味を持っている。コロナでみなが同じ立場で協力しなければいけない環境下。あるいは #BlackLivesMatter に見られる人種差別問題において対立するのではなく歩み寄る必要が突きつけられた現在。世界的スターのテイラー・スウィフトと、インディー・ロックの出世頭であるザ・ナショナルとボン・イヴェール周辺との邂逅は、そうした社会状況ゆえ顕在化したポップ・ミュージック史の必然ではないか。

もちろん、その背後には、ジャスティン・ヴァーノンやブライス・デスナーによるグループ、ビッグ・レッド・マシーンや、レーベル《37d03d》での活動、さらには彼らが中心となるアーティスト集団《PEOPLE》の設立やその開かれた野望がある。この春、元R.E.M.のマイケル・スタイプとのコラボ「No Time For Love Like Now」が話題になったが、そうやって周辺仲間だけではなく、広く世代も地域も超えた様々な人々と繋がりながら大きな連帯を築いていく作業……それこそ、彼らが掲げる「コミュニティ・ミュージック」。つまりは、アーロンやジャスティンが望んできた共同体たる壮大な理想郷の一つの成果がこの『folklore』というアルバムにあると言っていい。

ハイライトは13曲目「epiphany」。アーロン・デスナーらしい荘厳でクラシカルな色調のアレンジに包まれたこの曲で歌われているのは、コロナの世界的パンデミックと、それによって犠牲を強いられている医療従事者たちのことだろうか。尤も、曲の前半では戦争に向かう戦士のことをモチーフにしているかのように綴られているし、そもそもが「cardigan」のPVにも軍服を着て第二次世界大戦で兵役に就いたテイラーの祖父の写真が登場するなど、このアルバム自体、戦争というテーマを一定の視野に入れて制作していたことが窺える。だが、「epiphany」の後半に入ると、親族ではなく医療従事者たちがコロナの末期患者の最期を見届けていることの厳しい現実が描かれている。その物語の流れは鮮やかというほかない。タイトルの「epiphany」とは、洞察、直感、悟りなどもちろん様々な意味を持つが、語源は、平凡な出来事の中にその事象・人物などの本質が姿を現す瞬間を象徴的に描写することに由来する。つまり、テイラーはコロナの厳しい医療現場も、武器を持って敵対する過酷な戦場も同一であるとした上で、そうした場面でこそ人間が本来持っているはずの古典的なヒューマニズムが表出されるということを伝えようとしているのではないか、と。

テイラーが考える「folklore」は、そういう意味では単に民俗学的な伝承を指し示すだけではなく、本質主義とも言えるヒューマン・ネイチャー的思想を炙り出すためのキーワードと捉えることもできるだろう。そして、それは決して偶発的に顕在化してきたものではなく、上っ面のアガペーでもなく、目に見えぬ状態でずっとそこにあったもの。アーロン・デスナーやジャスティン・ヴァーノンとの作業も、いつ行われても全く不思議ではない、ごく自然で当然たる邂逅だったということだ。

アルバムのリリースから数日経過した先ごろ、「cardigan」のアコースティック・ヴァージョンが公開された(4月27日にテイラーがアーロンに送ったボイスメモと歌詞が付属したシングルもリリース)。海外のメディアの多くでは「インディー・フォークへのピボット(方向転換)」などとして紹介されているが、私たちがこの作品を前にして今やるべきはそうした選民思想に基づく属性の明文化などではないだろう。もともとは同じ地球上の生命体だったという大前提の上での理解と歩み寄り。コロナがもたらした気づきはあまりにもささやかで、あまりにも大きい。(岡村詩野)



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Text By Shino Okamura

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