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そもそもの話、「下北系」を考えなおす【スーパーカーの遺伝子 vol. 2】

13 September 2025 | By Shoya Takahashi / Yasuyuki Ono

【vol. 0】kurayamisaka、なるぎれ、新世代インディー/オルタナから再考する対談連載

【vol. 1】「青の系譜」とYUMEGIWAの話



Talk Session with Yasuyuki Ono and Shoya Takahashi (TURN editorial team)

▼目次

1. 『ミュージック・マガジン』史観、“正史”の外側にいたバンドたち
2. 下北系ギターロック、なんだったの
3. ソニーとアニプレックス、タイアップが作った回路
4. 《Rate Your Music》からみる“Shimokita-kei”
5. 下北系は“アート系”? フェス時代とのミスマッチ
6. インディーお兄さんのエモ講義
7. ミッシングリンク、残響/ポストロック経由の継承
8. ブッチャーズ! ナンバーガール! TOKYO NEW WAVE!
9.フジロックのスロットを見てしゃべる楽しいやつ。そして踊ってばかりの国
付録. 「スーパーカーの遺伝子」を考えるためのプレイリスト




1. 『ミュージック・マガジン』史観、“正史”の外側にいたバンドたち

髙橋翔哉(以下、髙):第2回ですね。スーパーカーと現在をつなぐ2000年代におけるミッシング・リンクを探るというのを、事前に議題にあげていました。

尾野泰幸(以下、尾):はい、じぶんのなかでもいろいろ整理してみて思ったこととして、X(Twitter)が音楽ファンのコミュニケーションツールになったのが2010年代半ばだと思うんですが、当時は『ミュージック・マガジン』的なはっぴいえんど史観による“正当な日本のポップ・ミュージックの歴史”みたいなものがあるていど影響力を持っていたと思うんですね。『ミュージック・マガジン』が2010年7月号で「ゼロ年代アルバムベスト100 邦楽編」という特集をやっていて、1位がゆらゆら帝国の『空洞です』、2位がCornelius『Sensuous』だった。スーパーカーは『HIGHVISION』がたしか90位くらいで、くるりのアルバムのほうがずっと上位にあったのが印象的でした。

2010年代はシティポップ再評価が広がっていくなかで、はっぴいえんど、大滝詠一、細野晴臣らも海外からの評価をうけて権威性が高まっていく。いっぽうでそれとは逆の、ギターロック的なものは軽視される傾向にあったというか。その反動かはわからないですが、Xの音楽好きのなかにはART-SCHOOLやsyrup16g、あるいはTHE NOVEMBERSといった、90年代や2000年代から活動しているバンドを評価していこうとする流れもあったようにみえて。それが“正史”に対する抵抗に見えたりもしました。

髙:ART-SCHOOLはちょうど先日トリビュート・アルバムが発表されましたね。

尾:われわれがいま話題にしている“スーパーカーの遺伝子”を受け継いだようにみえるバンドたちも、そういう『ミュージック・マガジン』的な史観から外れたところにいると思っています。

髙:そうですよね。『ミュージック・マガジン』的な史観がどれほどの影響力を持っていたかはあまりじぶんの肌感覚としてはわかっていないのですが、とくにXはフィルターバブル化した「界隈」を生みだす装置として、シューゲイザー、V系がそうであるように、“ゼロ年代型オルタナ再評価”を一つの界隈として成立させうる磁場があると思っています。

尾:Xでは音楽好きが「邦楽ベストアルバム100」のようなリストを集計して発表するのをみますが、あれらもほぼ『ミュージック・マガジン』史観が反映されていて、やはりはっぴいえんど、細野晴臣、大滝詠一、あるいは小沢健二あたりが上位にくる。それが“歴史”として構築されていくのはわかるけど、それだけじゃないよねというのが今回の議題だと思っていて。

髙:「MUSIC AWARDS JAPAN」の授賞式では、STUTSや砂原良徳がYMOの「Rydeen」を演奏したそうですね。はっぴいえんど〜YMOの影響力が、良くも悪くも日本の音楽業界内に残存していることを象徴する話だと思いました。

尾:僕がよく話題にあげるのが《UK.PROJECT》周辺のバンドや、BUMP OF CHICKEN、ART-SCHOOL、syrup16gなどが中心にいた2000年代の下北系ギターロック。それに加えて《残響レコード》やポストロックの流れもあり、さらにbloodthirsty butchers、COWPERS、Nahtといったポストハードコア系の動きも大切だと思います。そういったロックのほうが、いまのバンドたちにとってはリアリティを伴う影響力を持っているんだろうなと感じています。

2010年代で『ミュージック・マガジン』史観的なものに影響を受けた音楽に対して、当時より関心が低下しているところはありますね。むしろ2010年代後半以降にでてきた、ゼロ年代オルタナっぽいサウンドのほうがいまはおもしろいなと思っています。

髙:2020年代のオルタナっぽい音のインディーバンドって、2010年代のそういう「ポスト・シティポップ」的な流行に対する反動だと思いますし、かれらの台頭と入れ替わる形でポスト・シティポップがパンデミック以降で一気に息切れしていった感もあると思います。そういったタイミング、つまりパンデミックで「中央」が失われたタイミングで、ローカルのアンダーグラウンドからこういう音楽がでてきたのは納得感が強い気がします。

尾:かれらは『ミュージック・マガジン』史観やポスト・シティポップへのアンチテーゼというわけではないんですけど、見方としてはそうなってしまいますよね。




2. 下北系ギターロック、なんだったの

尾:さっき話題にだした下北系ギターロックでいうと、《UK.PROJECT》がSpotifyで「00年代下北系ロック」というプレイリストをつくっていておもしろいんですよ。

髙:ほんとだ、すごいですね。「俺たちの歴史は俺たちがつくる」って感じで最高です(笑)。

尾:《UKP》みずから“正史”のようなものをまとめているのがおもしろいですよね。syrup16g、ART-SCHOOL、LOST IN TIME、セカイイチ、椿屋四重奏、ACIDMAN、Analogfish……。これらは本当に、“ロックバンド”然としたバンドですよね。

髙:そうですね。たとえばわかりやすく歪んだギターが鳴っているような。

尾:「下北系ロック」と題されているけど、単にロックというより、いま振り返ると“ギターオリエンテッド”な感じがすごくある。どのバンドもファズとか、倍音系のギターがバーンと鳴っている音像が印象的ですよね。バンプも初期はそういう感じでしたもんね。

髙:僕も「スーパーカーの遺伝子」プレイリストにBUMP OF CHICKENの「ベンチとコーヒー」を入れたんですが、これもひじょうにオルタナ的なギターが聴ける曲。バンプは近年の「クロノスタシス」や「SOUVENIR」など、“Official髭男dism以降”なポップ路線の曲も好きですけど、もともとは「UKのロック」に影響を受けたサウンドをやっていたバンドですよね。

尾:そう、いま髙橋さんが言ったように、下北系ロックってUKの影響下にあると思うんですよ。USインディではなくて。たとえばオアシス経由で、UKのブリットポップが下地にある感じがする。この《UKP》の「00年代下北系ロック」プレイリストにはレミオロメンも入っていますが、かれらのルーツはバンド名の由来でもあるようにレディオヘッドですもんね。

髙:たしかに。ゼロ年代前半〜半ばはUKのカラーが強くて、ゼロ年代後半になると《残響レコード》を中心にだんだんUS寄りのバンドがでてくる。

尾:そうだそうだ。ポストロックの源流のひとつであるアメリカン・フットボールがもともとシカゴエモ文脈で、「残響系」もまたエモ経由でポストロックに派生していく流れがあるので、主としてはUSインディというか。いっぽうで下北系ギターロックはUK感が強くて、おなじくUKが元祖であるポストパンクの影響も入っている。それらが混ざりあっているのがおもしろいですよね。ポスト・シティポップにしても、下地としてはUSインディでしたからね。

髙:2010年代にうつって、UKのロックに影響をうけていた日本のバンドというと、Galileo Galileiや[Alexandros]が挙げられると思います。フェス・ブームで盛り上がった四つ打ち系ダンスロックも、元はゼロ年代UKのニューレイヴが源流にありますからね。

尾:2010年代でいうと、個人的にはメジャーでもインディーでも、むしろUSのほうが盛り上がっていた気がしていて。2010年代に新しくでてきたUKのロックバンドは、The 1975も含めて大味な印象があって、アンダーグラウンドなUKインディが成功するのは2010年代末、フォンテインズD.C.やブラック・ミディなどのサウス・ロンドン勢を待たなければならなかった。

髙:まあ、2017年ごろからザ・ビッグ・ムーン(The Big Moon)、ペール・ウェイヴスなどロンドンの盛り上がりはありましたが、大成功を収めたのはたしかに2019年以降という印象がありました。




3. ソニーとアニプレックス、タイアップが作った回路

髙:下北系ロックに話をもどすと、これってゼロ年代固有のシーンというイメージがありまして。「00年代下北系ロック」プレイリストが挙げているバンドも2010年代に入ると、乱暴にいえば多くは活動が緩慢になるか、あるいはタイアップによる大衆化に活路を見いだしていくかになっていく。かつて下北系ロックと分類されていた音楽がどうやって2010年代に受け継がれていったのか? あるいは完全に系譜は途絶えてしまったのか気になります。

尾:そこでおもしろいのは、この「00年代下北系ロック」に入っているアジカン、スネオヘアー、メレンゲ、フジファブリックなどって、ソニーに所属していくんですよ。アジカンとメレンゲは《Ki/oon》、スネオヘアーは《エピック》とソニーの社内レーベルからだしているし、フジファブリックもソニーでした。このプレイリストには入っていませんが、Galileo Galileiも《SME》だからソニーなんですよね。

これらのバンドに共通しているのは、アニメ・タイアップをやっていることなんですよ。アジカンは「遥か彼方」が『NARUTO』、Galileo Galileiは『おおきく振りかぶって』だし、スネオヘアーは『ハチミツとクローバー』、メレンゲはアニメ版『ピンポン』、フジファブリックは『宇宙兄弟』と『銀の匙』……。かれらの本分が必ずしもそこにあったとは思わないけど、マスなリスナー層に届くためのタッチポイントはそこですよね。ソニー所属のバンドがアニメ・タイアップできるのって、「アニプレックス」がソニー・ミュージックグループという面も大きいと思うんですよね。

ソニーに所属しているバンドを売るために、アニメの曲を歌わせる。そこに、ロックバンドに若いリスナーがタッチする回路があったと思います。個人史的にも、『NARUTO』のオープニング/エンディング曲のコンピレーションが原体験として重要だったんじゃないかと思っていて。アジカンとかサンボマスターとか、シュノーケルとかね。

髙:なるほど。ソニー、アニプレックスの共犯関係が支えていた部分があるんですね。今年の映画業界でも、歴史的なヒットといわれている『「鬼滅の刃」無限城編』と『国宝』が、どちらもアニプレックス(=ソニー・ミュージックエンタテイメント)の作品だというのは宇野維正さんや柴那典さんが指摘していたのを思いだしました。ちなみにアニメ・タイアップをやることによる、下北系ロックの音楽面への影響はあったんですかね。

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尾:アジカンの後藤さんは、「遥か彼方」について当時のディレクターの「『NARUTO』と組むってことは世界にでていくきっかけになると思うよ」というひとことに納得してやったという話はあるように、今後のバンドの活動に良い影響になると考えていたとよく話していますね。

それにアジカンって名前が「ASIAN KUNG-FU〜」じゃないですか。それとおなじように、日本ならではの土臭さをどう入れるか、わざわざ東洋っぽいリフをつくったり、オリエンタルな感じをデフォルメしていくように考えていたそうですけどね。

アジカンが振り返る『NARUTO』が繋げた海外への道 | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

髙:「遥か彼方」ってメジャー・デビューしたころの曲ですけど、その時点でかなりチャレンジングなことをしていたんですね。

尾:メレンゲが『ピンポン』の曲をやっていますが、『ピンポン』の劇伴は牛尾憲輔(agraph)なんですよ。牛尾憲輔といえばナカコー/フルカワミキが組んでいたLAMAのメンバーでもあるし、『ピンポン』の窪塚洋介主演の実写映画版は主題歌がスーパーカー「YUMEGIWA LAST BOY」。そこでスーパーカーとつながるんだ〜みたいな(笑)。

髙:わあ、やっとスーパーカーにもどってきた(笑)。

尾:だからソニー系のギターロックって、ジャンルとして表出はしていないけど、ひとつのシーンのような形がなにかしらあったと思うんですよ。アニソンとしてのギターロックも、音楽的な共通点は抽出すればあるかもしれないけど、そこはまだ言語化できないです。

髙:うんうん。

尾:でもいま挙げてきたバンドって、2010年代に10代を過ごしたひとにとって、大事な音楽だった可能性があると思うんですよ。じぶんは2010年代は大学生以降だしアニメの視聴者でもなかったので、正確な肌感覚はわからないですけどね。




4. 《Rate Your Music》からみる“Shimokita-kei”

髙:先ほどアジカンの『NARUTO』主題歌による海外進出の話がありましたけど、それに関連して、《Rate Your Music》を見ると、放課後ティータイム(『けいおん!』劇中バンド)のアルバムが海外ですごく聴かれているんですよ。

尾:え、そうなんですか!

髙:the pillowsも海外人気が高いのは『フリクリ』きっかけですよね。アニメ・タイアップって、実際に海外進出への足掛かりとして機能しまくっているし、海外の音楽好きからみた「日本のロック像」もそういうものに依拠しているところがあるので、おもしろいですよね。

《Rate Your Music》の話を続けると、このサイトはアルバムごとにPower PopとかNeo-Soulとかジャンルのタグが付けられていますけど、そのなかに「Shimokita-kei」というジャンル名がすこしまえに登場したんです(※)。それがまずおもしろいし、日本人であるじぶんからすると、椎名林檎とかナンバーガールとか「これもShimokita-keiなの?」と思うものがそこに含められたりしているんですよ。

※実際には、それまで「J-Rock」と名付けられていたジャンルページが「Shimokita-kei」と名称が変更されていた。ここで「J-Rock」=「Shimokita-kei」と解釈できる回路が存在している事実自体が興味深い

Shimokita-kei – Music genre – Rate Your Music

尾:(サイトをみながら)ジャンル説明もしっかりしていますね。

「下北沢のインディー・シーンに密接に関連した日本のスタイルで、ポップに影響を受けたソングライティング、メロディックなギターリード、表現力豊かなボーカル、そしてしばしば大音量で目立つオーバードライブの効いたギターが特徴である。……」

この説明ではフラワーカンパニーズやサンボマスターやチャットモンチーが名前を挙げられていますけど、それぞれソニー所属ですね。

髙:ここに書いてある「鬱ロック」(syrup16g、ART-SCHOOLのようにシューゲイザーやエモの影響を受けた抑うつ的なスタイルの下北系、と文中で説明されている)という言葉は、たまにXでみたことありますが、当時から日本語圏ではある程度知られていたタームのようですね。

尾:へえ〜知らなかったな。

髙:《Rate Your Music》は神聖かまってちゃんを「新世代の鬱ロック」として言及していて、アクロバティックな解釈だと感じたのですが、国外からの飛躍した視点として新鮮にみれるんですよね。

尾:やはり名前が挙がっているきのこ帝国の重要性も。2000年代の下北系ギターロックとジャパニーズ・シューゲイザーを軸にして、羊文学やkurayamisakaにつながる存在感のあったバンドというか。「クロノスタシス」の印象が強いからメロウなギターバンドっていうイメージがついているけど、本質はそうじゃないのは振り返られるべきだし。

髙:うんうん。

尾:モーモールルギャバンも、じつはタイトな演奏と音数を減らしたミニマルなサウンド構築でポストパンクみたいな曲をやっていてすごくいいバンドだし、ファーストの『野口、久津川で爆死』とかめっちゃいいですからね。で、モーモールルギャバン初期のアートワークは(ASIAN KUNG-FU GENERATIONのアートワークでも知られる)中村佑介がやってる(笑)。

髙:そうだそうだ(笑)。




5.下北系は“アート系”?

尾:下北系って、当時聴いていたひとたちはいまも熱心に聴き続けていると思いますが、いまの10代、20代前半くらいのひとたちにはどのように届いているのかしっかりとは把握できていません。でも海外からみると、こうやって俯瞰してみると輝くものがあるんだろうなと思います。それって、いまだ知られていない音源をディグして紹介する「レア・グルーヴ」的な動きの一環だと思うし。

髙:下北系のバンドって基本的にはまだ再評価が追いついていないイメージがあります。やっと初期のBUMP OF CHICKENが再評価されているような状況があると思うのですが。

尾:その再評価が追い付いていないという状況の背景としては、2010年代的なフェスロックにオーディエンスの興味が集中してしまった結果、これらの“アート志向”の強い下北系のバンドたちはフェスのインスタントで情動的な現場とは距離があったというか……。

髙:なるほど。下北系って、じつはアート志向の強いバンドが多いんですね。9mm Parabellum Bulletとか凛として時雨みたいにマッシブなバンドは、フェスでも活躍したわけですけど。

尾:さっきの《UK.PROJECT》がまとめているプレイリストでいうと、syrup16g、ART-SCHOOL、LOST IN TIME、セカイイチ、椿屋四重奏、ACIDMAN、Analogfish……などどれもアート系というか、強い世界観を持ったバンドでしたよね。そのいっぽうでXでTHE NOVEMBERSが高く評価されるバンドになったのは、下北系の海外からのカテゴライズのひとつの動きと似ているのかもしれないけど……。

髙:THE NOVEMBERSの評価について印象にのこっているのは、《Rate Your Music》では2019年の『ANGELS』というインダストリアル〜ポストパンク色の強いアルバムに評価が集中していて、英語圏ではShimokita-keiとはべつの文脈で聴かれていそうだなって。またどこだったか海外の媒体の「2019年の日本の良作」みたいな特集で、THE NOVEMBERS『ANGELS』が冥丁『Komachi』やNOT WONK『Down the Valley』といっしょに紹介されていたのを覚えています。日本でもポストパンクやインダストリアルの要素を含んだ音楽って、僕を含めて、局所的な人気を集めるような熱心なリスナーが多い印象にあります。僕のフェイバリットはその翌年の『At The Beginning』という、さらにこの方向性を突き詰めた作品なんですけどね。

下北系の「アート性が強い」というのは、アルバム全体のトータリティで勝負するということだと思うんですけど、そういう意味だとフェスブーム以降には、2020年代以降のTikTok等も含めて楽曲ごとのインスタントな消費という、真逆の傾向が流行したってことだと思いますね。

尾:アート志向が強いという意味だと《残響レコード》やポストロックもそういうところに近いというか。《残響レコード》でいうと原点であるte’やハイスイノナサ、ポストロックでいうとtoeとかLITEとかですかね。

そのなかでthe cabsが、ことし1月に再始動してすごく注目を集めたというのは印象的でした。いま言ってきたような2000年代の下北系から、2000年代後半〜2010年代前半にかけての《残響》やポストロックという展開のなかで、the cabsの存在は繋ぎ目となるバンドとして大きかったんじゃないかと思いますね。

the cabsって、ボーカルの首藤さんはKEYTALKに所属していて、ドラムスの中村さんはplentyに所属していくことになる。KEYTALKもplentyも2010年代のフェスシーンで活躍していったわけで、その流れでthe cabsというバンドがひとつのキーになる気がしています。

髙:ほ〜、知らなかった。たしかにKEYTALKも、2010年代半ば以降にイメージされるバンド像にたいして初期はもうすこしポストハードコアというか、the cabs的なる要素を持っていたイメージがありますね。

尾:そうなんですね。the cabsの名前もデス・キャブ・フォー・キューティーからとっていますからね。そこに2000年代エモの影響もあるというか、広がりがあると思います。




6. インディーお兄さんのエモ講義

髙:《残響レコード》のピークが2011年ごろ? そしてthe cabsが活動休止した2013年以降、時代が変節を迎えていったとすると、その後もシーンを繋ぎとめていたのはアンダーグラウンドなところだと思うんですよ。オーバーグラウンドだとtricotとかがいますけど。

尾:エモでいうと、malegoatやThe Firewood Projectというバンドをしている岸野一さんという方が、《THE LOST BOYS》と銘打ってずっと海外のエモ系のバンドを日本に招聘しつづけているんですよ。さらにアメリカン・フットボールの2017年来日公演とか2019年のフジロックで、ハジメさんをステージに上げていっしょに演奏したりもしていて。

髙:そうなんですね。尾野さんによるせだいのレビューも勉強になりました。日本ではジャパニーズ・エモがひとつの様式としても成立しているんだけど、じつは海外の流れから独立しているわけではなく、むしろ常に国内外のシーンと共振しながら成熟していったという。

尾:大阪のFLAKE RECORDSなどもエモのリリースをフォローしつづけているイメージもありますね。あと90’sエモ・リバイバルって国外だと《Run for Cover》とか《Count Your Lucky Stars》、《Topshelf Records》、《Tiny Engines》などが重要なレーベルなんですが、それらからリリースしていたSnowing、Into It. Over It.、You Blew It!といったバンドたちもきちんとリアルタイムに近いかたちで招聘されていた印象もあります。そういう意味でも国内でエモは世代を受けつぐ活動がきちんとなされていた感覚もありますね。

元・銀杏BOYZの安孫子さんがやっている《KiliKiliVilla》も、海外のバンドを招聘したり国内バンドのフックアップなど重要な役を担っている。これはエモと直接つながるかどうかはわからないですが、長野の松本でも、オルタナティブスペース&バー《Give me little more.》が、マウント・イアリなど国外アクトの来日時のライブ会場によくなっていたり、独自のインディーコミュニティを形成していて。ドリーミー刑事さんがTURNで松本についての記事を書いていましたね。ちなみにアメリカン・フットボールが再始動後に出した「My Instincts Are The Enemy」のMVは松本がロケ地のひとつになっています。

あとはまえに話したようにUmisayaやくだらない1日のメンバーが、音楽サークルやライブハウスにいる先輩にミッドウエスト・エモ・リバイバルのバンドを教えてもらったという、そういった体験は大きかったんじゃないかなと思います。他にも、都市部のバンドサークルの間だけで流行ってるバンドとかありそうじゃないですか。「これを聴いておくとかっこいい」というもののひとつに90’sエモ・リバイバルがあったのかもしれないな。

髙:音楽サークルという独特なコミュニティの話、おもしろいですね。サークル内ではだれでも知ってるけど、部室から一歩外に出たらだれも知らないみたいなバンド、ありそうですからね(笑)。




7. ミッシングリンク、残響/ポストロック経由の継承

尾:では、下北系から残響系、ポストロック等をつうじて、2010年代へ繋げていったバンドってなんでしょうね。それこそ、長野で活動するOGRE YOU ASSHOLEはそうなのかなと思いましたけど。

髙:RADWIMPSの影響力は大きかったと思って。RADWIMPSは初期こそミクスチャー・ロックでしたが、メジャー・デビュー後にエモをポップな形に普及させた功績は大きいと思います。それがさらに新海誠との映画仕事をとおして、ポストロックや室内楽の間のような試みもするようになった。

RADWIMPSからの系譜で現在エモのような音楽をやろうとしているのがMrs.GREEN APPLEだとしたら、もうひとつの系譜は、クリープハイプに始まり、My Hair Is BadからSaucy Dogに続いていく流れ。Saucy Dogはクリープハイプ「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」のカバーもしています。

下北系オリジナル世代や《残響レコード》の面々がアルバムのトータリティや楽曲の世界観で勝負しようとしてフェスブームで挫折したのに対して、RADWIMPSやクリープハイプの影響下にある一派は、アニメタイアップとはべつの形でそういった場にも順応していって、世代交代に成功してきたのかなと思っています。

尾:現行のインディー/オルタナ・バンドたちに対して、BUMP OF CHICKENの影響感は個人的に受け取っていましたが、原体験としてはRADWIMPSの存在はどのようなものだったのか興味はありますね。

髙:hardnutsやひとひらが所属するレーベル《Oaiko》のサイトで、いくつかのバンドのインタビューを読んでみても、BUMP OF CHICKENや、尾野さんが好きなアジカンが、共通して影響源として挙げられているんですよね(笑)。

尾:大事なんですよ、アジカンは……(笑)。

Oaiko|note

髙:同時に、「ラッドやワンオクではないんだな」とも思って。ONE OK ROCKも、2010年代半ば以降にイマジン・ドラゴンズ的なスタジアム・ロック化していく以前、『残響リファレンス』(2011年)あたりまではマイ・ケミカル・ロマンスに影響を受けたエモポップをやっていたこともある。

尾:もうひとつ意外なのは、相対性理論があまり言及されないイメージがあること。僕らの世代だと、相対性理論は通っていないひとがいないくらいに影響力があったはずなんですけどね。

髙:相対性理論の「小学館」やサカナクションの「ルーキー」、チャットモンチーの「Last Love Letter」などを聴くと、リズムがマスロック的に変則的でマッシブなんですよ。このあたりの、世間的には比較的ポップと思われているバンドでもポストロック〜マスロックを内面化していることに意外性はありますが、いまのバンドとはまたべつの回路な気がする。

ただ相対性理論に関してはむしろ、YOASOBIやずっと真夜中でいいのに。に端を発し、Eveや星街すいせいへと繋がっていく“夜系”、ポストVocaloid/歌い手や宅録ポップ的なまったくべつの路線で受け継がれている気がしますよ。相対性理論のカバーもやっているラブリーサマーちゃんや長谷川白紙はもちろんですけど、TikTokでも相対性理論っぽいポップスは頻繁に聴きます。

尾:とはいえやっぱり、ギターロックにおいてはアジカンなんですよ(笑)。でもアジカンってエモの要素はあるけど、《残響》とかポストロックにつながる要素はどうなのかな?とわからないままです。《残響レコード》やポストロック系からの繋ぎ目は、OGRE YOU ASSHOLEなどが担っていたのかなという感じがします。




8. ブッチャーズ! ナンバーガール! TOKYO NEW WAVE!

尾:もうひとつ、こういうプレイリストもみつけまして。こちらは個人のかたがつくったものみたいです。

髙:これもおもしろいですね。新旧入り交じっていて、2010年代のフェス・ロックみたいなものや、(ASIAN KUNG-FU GENERATIONが随所でオマージュされたアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』の)結束バンドも入っているし。

尾:このプレイリストをみていると、最初のほうは結束バンドが入っているけど、最後のほうにはkurayamisakaが入っていて。やっぱりおなじジャンルとして聴かれているんだろうなって。

髙:かなりアクロバティックな並びに見えますが、使い古された既存の文脈から離れてDJ的にガシガシつなげていくのがTikTok以降っぽい。

尾:Spotifyといえば、ストリーミングで聴けない音源で、bloodthirsty butchersのことを話したかったのを思いだしました。2003年に田渕ひさ子が加入しているんですけど、2010年の『NO ALBUM 無題』の「curve」という曲で彼女がボーカルも担当しているんですね。その儚くて淡いボーカルの感じがkurayamisakaを聴いた時に脳裏に浮かんだ情景と重なりましたね。

髙:へえ〜。

尾:(編集長・)岡村さんもkurayamisakaを聴いたときに「ブッチャーズを思いだすね」と言っていましたが、そういうところなんだと思います。ラストアルバムの『youth(青春)』の「デストロイヤー」も田渕ひさ子がセカンド・ボーカルで、これもいま聴くとすごく良くて。晩年のbloodthirsty butchersは重要だと思います。

髙:(「curve」を再生して、)これはすごい!(笑) ここ1、2年のバンドシーンの雰囲気というか、すごく「今」な感じがしますね。

尾:そう、そして田渕ひさ子から、スーパーカーの含まれる「98年の世代」にもどって、円環が閉じていく。

髙:ブッチャーズはストリーミングサービスに解禁されていない作品も多いので、後期の作品は聴けていませんでした。Apple Musicがローンチされたのは2015年ですが、その前後で日本のロックはあまり変わっていない気がする。ストリーミングサービスが登場したインパクトって、過去のバックカタログがいっせいに“いま”に流入してきたという意味で、渋谷系やノーザン・ソウルと同質ですよね。ただし渋谷系と比べると、ジャパニーズ・ロックへの影響は少ない気がする。J-POPへの影響は大きそうなのですが。

尾:2015年当時といえば、Yogee New Waves、Suchmos、never young beach、シャムキャッツ、ミツメといったバンドが活動していて、あるいは昆虫キッズや森は生きているがこの年に解散して東京インディが落ち着いていき、そのほか中央線付近のバンドもUSインディの影響を受けて登場していましたね。そこに「シティポップ」というレッテルが貼られてぜんぶ台無しになりはじめた分水嶺の時期でもありました。

髙:うんうん。

尾:もうすこしまえには『TOKYO NEW WAVE 2010』というコンピレーションにまとめられているような動きがあって、新宿Motionなどのライブハウスを中心に、オワリカラ、SEBASTIAN X、シャムキャッツ、東京カランコロンなどさまざまなバンドが活動していて。

これらのバンドはメロディアスというよりポストロック的な要素が強くて、ライブ映えする良いバンドが多かったイメージです。オワリカラとかSuiseiNoboAzとか。andymoriがこのなかだといちばん出世したけど、andymoriはこれらのバンドっぽくなかった感じもありますね。

髙:なるほど。僕は一時期、じぶんが世代的に追いつかなかった2010年代前半の東京インディ/オルタナのバンドを勉強していたことがあって、SuiseiNoboAz、オワリカラ、東京カランコロン、壊れかけのテープレコーダーズなどを聴いていたけど、それらが「TOKYO NEW WAVE」とタグ付けされていたのは知らなかったです。NEW WAVEは、ニュー・ウェイブ/ポストパンクとは関係ないんですね(笑)。高野文子とか大友克洋的な「ニューウェイブ」ってことか。

尾:あと話しておきたいのが、ナンバーガールがなぜ2010年代に神格化されていったのか。台湾の透明雑誌というバンドが、盛り上がりをみせたのも重要だったかもしれない。透明雑誌はナンバーガールの「透明少女」からバンド名をとっていて。ちなみに“なるぎれ”のメンバーは透明雑誌が好きだと言っています。

それらの影響はあるにしても、ナンバーガールはオーバーグラウンドでも人気を集めていって、再結成後も「最高のバンドだったんだ!」「全然チケット取れない!」という状況だけど、活動していなかった15年間くらいはここまでの広がりはなかった感覚もあります。神格化された理由はほあかにもあるはずなんだよな。

髙:それは前回も話した、X上でのキャラクター化による影響が大きいと思うんですよね。寡黙なメンバーが多いスーパーカーがそうならなかったのもなんだか納得がいくし、くるりも常に活動しつづけているからそういったかたちでの評価にはつながりづらい。

尾:あとは最初にも話した「ミュージック・マガジン史観」の話で、ハードコアな音楽好きの基礎教養として、ナンバーガールは『SAPPUKEI』などがディスクガイドの上位に入るけど、スーパーカーはそうじゃなかったわけで。

髙:《Rolling Stone Japan》のオールタイムベスト(2007年)ではスーパーカーの『スリーアウトチェンジ』じゃなくて『HIGHVISION』がランクインしていましたね。「『HIGHVISION』なんだ〜」感というか、クリティックとリスナーの肌感の違いはずっとあるバンドな気もする。“スーパーカーになにを象徴させるか”の視座の違いというか。

そうだ、最近スーパーカーのラストアルバム『ANSWER』を聴き返していたんですけど。後期スーパーカーって「『Kid A』以降」みたいなクリシェによるエレクトロニカ文脈で語られがちだけど、『ANSWER』に関しては意外とロック/ポストロック的というか。「WONDER WORD」なんかはceroの「Fdf」みたいですけど。

ギタリストとしてのいしわたり淳治のシグネチャーって、空間を活かしたクリーン寄りの音だと思うんですけど、そういう意味ではいしわたりが9mm Parabellum Bulletを手がけるように納得感もあり、のちのポストロック的なるもののつながりを予見するアルバムだと思ったんですよね。ちなみに、ナカコーは『ANSWER』ではポップスをやろうとしていたそうだし、一方でいしわたりは『ANSWER』ではほとんどギターを弾いていなかったはずなので、すこし強引な文脈づけなんですけどね(笑)。

尾:なるほど、ともあれスーパーカーはいまの視点でいうと“最初と最後が重要”ということですね(笑)。『ANSWER』って当時のバンドの状況がよくなかったことをみんな知ってしまっているし、それもあってかあまり聴かれないアルバムという印象があります。だけどナカコーのソロとしての要素が強かったとはいえ“絞りだされた作品”ではある。

髙:たしかに、アンセムも少ないですしね。というかスーパーカーのアンセムは『スリーアウトチェンジ』と『HIGHVISION』の収録曲に集中している。

尾:たくさんの面白いバンドがでてきていますが、そのなかでもブレイクスルーするバンドの要素はどのようなものなのだろうと考えてしまいます。美学的にはアンダーグラウンドで好きなことをやるほうがいいですけど、でもオーバーグラウンドにいくと好きなことができないのでは?というのはリスナーの勝手な推測なのでそうでもないかもしれないが……(笑)。

髙:だれがブレイクスルーするのかということについては、過去のバンドを振り返るうえでもつい考えてしまいますよね。サカナクションだって、もともとは相対性理論とかandymoriとおなじ規模の存在感だったのにドカンと出てきたり。関西でいえば、踊ってばかりの国や黒猫チェルシーとおなじ神戸のアンダーグラウンドなライブ・シーンにいたはずが、女王蜂だけがすごくマスに近い存在になったりだとか。

いまここで取り上げているバンドは、そういう未来予測ができないというか、とてもキャッチーなフックになる要素はそれぞれ持っているけれど、マスと繫がりうるわかりやすさや“いかがわしさ”が、そこまで顕在化していないのがおもしろいのかもしれませんね。kurayamisakaとかすごくポップではありますが。

尾:そういう意味だと羊文学が偉大だということですよね。彼女たち自身はその自覚がないとしても顔役として活動している。大局的な目線でみると、のちの歴史においてだいじな存在になっていく気がするなー。ほんとうに象徴的な存在。ソニーだしアニメタイアップ(『呪術廻戦』、『推しの子』)やってるし。

髙:すごいですね。僕はあまりレーベルで音楽を聴く習慣がなかったこともあり、ソニーとかアニプレックスのような業界に近い話を聞くとけっこうゾワっとするし、じぶんがいかに限定的な価値基準で音楽に接しているかを実感するなあ。




9.フジロックのスロットを見てしゃべる楽しいやつ。そして踊ってばかりの国

尾:羊文学はフジロックでもいいスロットに入っていましたね。なにかのヒントになるかもしれないから、しっかり作品聴かないとな。それこそRADWIMPSのつぎのスロットに入っているという、アイコニックなバンドになってきていると思う。羊文学は《TURN》では取り上げてきませんでしたが、フィーチャーしていきたいですね。フジロックにはさっき名前をあげた踊ってばかりの国も出ていましたね。

髙:踊ってばかりの国の隠れた影響力についてもふれたいと思いましたが、「スーパーカーの遺伝子」の系譜じゃない気もしていて。betcover!!を経由して、越冬や電球にめちゃくちゃ影響を与えていそうと思うんですけど。

踊ってばかりの国は初期のころこそRCサクセションやフィッシュマンズと比較されたように、フォークロックやレゲエの要素を含んでいましたが、メンバーが交代して5人体制になってからはポストロックに寄っていて。「バナナフィッシュ」(2019年)とか、ダブであると同時に電子音楽的なコンポージングを感じますからね。リスナー層や表面的なサウンドから想像すると、かれらの潜在的な影響力を見誤りそうだ。

尾:下北系のアート性の強いバンドとくらべたときに、《Rate Your Music》でdepressiveとかdarkと記述されるような世界観って、踊ってばかりの国やOGRE YOU ASSHOLEのサイケデリアにも共通する。いまはより大きな存在になってしまいましたがGEZANもそうでしたよね。

今日はいろいろな話が飛び交いましたが、2000年代と2010年代にかけてのミッシング・リンクを探しつつ、様々な方向に話が脱線していって楽しかったですね(笑)。

髙:無邪気すぎますが、音楽好きでよかったと思う回でした(笑)。

<了>




付録. 「スーパーカーの遺伝子」を考えるためのプレイリスト

Text By Shoya TakahashiYasuyuki Ono


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