Back

【未来は懐かしい】Vol.29
ヨーロッパ電子音楽の静かな交叉点

15 April 2022 | By Yuji Shibasaki

ベルギーの電子音楽ユニット、Sunstrokeによる 『Nothing’s Wrong In Paradise』(1985年)が、フランスの《Libreville Records》より全世界600枚限定でリイシューされた。

Sunstrokeは、1970年代からベルギーのプログレッシヴ・ロック〜ジャズ・シーンで活動していた鍵盤奏者ベン・ボラールが、ドラマー/マルチ楽器奏者のエチエンヌ・デラルイエと共に組んだユニットだ。ボラールは、デラルイエが所属していたバンド、カンダハールのライヴ・サポート・メンバーとしても活動する傍ら劇音楽も手掛けたり、当初から幅広い音楽性を志向していた(後にはシンセサイザーの専門店を営むなど、電子楽器全般にも通じていた)。片やデラルイエも、地元ベルギーのブルースロック・シーンとも深く関わり、様々なアーティストをサポートしてきた。つまり本作『Nothing’s Wrong In Paradise』は、キャリアの円熟期に差し掛かった中堅ミュージシャン二人が「やりたいこと」を追求した作品と言える。しかし、それまで彼が奏でてきた音楽の印象からすると大分清閑であり、控えめな内容だ。

実のところ、1980年代のヨーロッパでは、彼らのような「転向」例は少なくない。テクノポップの元祖というべきクラフトワークは、もともと相当にヘヴィなジャーマン・プログレ・バンドとして出発したことは広く知られているとおりだし、ベルギー産テクノポップの騎手となったテレックスにしても、メンバーのマーク・ムーランとダン・ラックスマンは70年代にはジャズ〜プログレッシブ・ロック畑で活動していた。

こうした「転向」を促進したもっとも大きな要因には、なにはなくともテクノロジーの深化と、彼ら自身によるそれへの興味の亢進があるのは間違いない。もちろん、ニュー・ウェイヴの時代に「若作り」して適応しようとしたという事情もあったかもしれないし、ヨーロッパ特有の事情としては、大量のライブラリー・ミュージック仕事を通じて数多のプロデューサー/音楽家が電子化の道へ誘導されたというのもある。さらには、ミュンヘン・ディスコやイタロ・ディスコの興隆へ、中堅ミュージシャンたちが裏方として貢献してきたという事情もある。

Sunstrokeの二人も、そういった流れを遠因としながら電子音楽色を全面に押し出した本作にたどり着いた、とみるのが適当だろう。1985年という「過渡期」らしく、収められているのは、テクノポップ的狂騒を通過した後の、いわば「ポスト・テクノポップ」的なアンビエント/ニューエイジ・ミュージックだが、この点、細野晴臣がたどってきた足跡とも符合するものを感じさせる。ロックを出自とし、楽器演奏技術を磨き上げながらも、80年代中頃には静的な環境音楽へと接近した、という点で類似性を見いだせるし、何よりもそのサウンド自体に重なり合うものがある。 タイトル曲「Nothing’s Wrong In Paradise」における浮遊感に満ちたハーモニーと親しみやすいミニマリズムには、80年代に細野が主催していた《Yen Records》のカタログ、特にイノヤマランドやインテリアなどの作品、あるいは《NON-STANDARD》期のアンビエント系諸作を思わせるところがある。この曲は、本作が後年世代から再発見されるきっかけとなったもので、ベルギーのDJがネットラジオでプレイしたり、ブログでの紹介を通じてマニアの間で評判が高まっていった。そういった意味で、確かにこの作品も、昨今巻き起こったアンビエント/ニューエイジ再評価の文脈でにわかに浮上してきたと言えるだろう。エレクトリック・ピアノのまろやかなトーンと、シンセサイザーのクリスタルな音色が心地よく混じり合う。冷厳なミニマリズムというよりも、演奏自体もどこかジャズ的な自由さに彩られており、「ヒューマン」なゆらぎを感じさせる(このあたり、どこか初期ウェザー・リポートの音楽を思わせるのだが、実際に二人は大きな影響を受けているようだ)。

加えて、A-2「Re-Incarnation」やB-1「Boat People」で聴かれるシンプルなメロディの反復、室内楽的なアンサンブルのあり方は、エリック・サティのピアノ曲や、フランス印象派からの影響を感じさせる(今回の再発盤には「Re-Incarnation」のアコースティック版リプライズが収録されており、それを聴くと余計にサティへのオマージュぶりに気付かされる)。

また、A-3「Race Of The Oasis」、B-2「Dance Of The Prophets」では、タンジェリン・ドリームらのいわゆる「ベルリン・スクール」的なシリアスさがかなり色濃く溶け込んでいる。テレックスに代表されるように、ベルギーの電子音楽シーンは、隣国ドイツにおける同ジャンルの重力圏に影響されている部分もかなり大きいわけだが、これらの曲を聴くと、改めてその思いを深めるのだった。一方で、「Race Of The Oasis」の細かなフレーズを取り出してみると、特にクラップとシンバルの処理の仕方にはヴァンゲリス「Chariots Of Fire」からの影響を見いだせるし、その実かなり多様な要素が溶かし込まれたサウンドだというのもわかる。

このような「オブスキュア」な作品が再発見あるいはリイシューされると、ともするとそのテクスチャーのみを恣意的に取り出して「アンビエント/ニューエイジ再評価」という大雑把なカゴに入れて納得してしまいがちだ。そのように脱歴史化された軽やかな感受性が多くの「再評価」を推し進めてきたのは確かにせよ、他方では、彼ら/彼女ら当時のミュージシャンたちがどのような歩みを経て、どのような音楽との関係性の中に自身の音楽を作り出したのだろうか、という関心にも等しく耳を開いていたい。(柴崎祐二)

Text By Yuji Shibasaki


Sunstroke

『Nothing’s Wrong In Paradise』



2022年 / Libreville Records


購入はこちら
disk union


柴崎祐二 リイシュー連載【未来は懐かしい】


過去記事(画像をクリックすると一覧ページに飛べます)


1 2 3 72