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無尽蔵の創造性
全身芸術家・曽我部恵一の生き様をリリックから読み解く

24 January 2024 | By Dreamy Deka

2022年にリリースしたアルバム『DOKI DOKI』をひっさげて絶賛ツアー中のサニーデイ・サービス。全国をくまなく周り、毎回3時間以上のライヴを繰り広げるというあらゆる合理性を無視したようなロード。もちろん筆者も足を運んだが、2時間を過ぎたあたりで更にもう一段ギアを上げて限界の向こう側へひた走る様が圧巻だった。そこでしか見えない景色があり、そこで初めて沸いてくるエネルギーをオーディエンスと分かち合わなければならないという意志を感じた。

そんなツアーの最中に発表されることがアナウンスされた曽我部恵一のソロ・アルバム『ハザードオブラブ』。オータコージ、細野しんいち、かもめ児童合唱団などがゲストとしてクレジットされているが、作詞作曲はもちろん、ほぼすべての演奏を曽我部が担当している。サニーデイ・サービスというブランド、屋号から少し距離を置いた、一人の音楽家・生活者・父親としての曽我部恵一のプライベートな視点が感じられる作品である。

そしてこの『ハザードオブラブ』の発売前日に唐突にその存在が明かされたもう一枚のソロ・アルバムが『ヘブン2』。タイトルからも分かるように2019年にリリースされたラップ・アルバム『ヘブン』の続編。もちろん今回も全編ラップである。サニーデイのツアーに加えて映画公開、エッセイ集の出版、演劇への出演などがあった中、アルバム一枚分のリリックをどうやって紡ぎ出したのか想像もできないが、アブストラクトで不穏な言葉は、全身芸術家・曽我部恵一の最深部に潜む意識を照らし出していくような感覚がある。

どこまで意図的かは別として、2023年末の曽我部恵一の表現は、サニーデイ・サービスとしての活動、歌モノのソロ作品、そしてラップ・アルバムから成る三層構造から成っている。彼の無尽蔵の創造性をすべて吐き出すには、これだけのステージが必要だということなのだろう。もはやこの構造と量そのものが、人生を賭したインスタレーションとも言うべきレベルである。

思えばLP2枚組、80分を超える大作だった前作『Loveless Love』は、そんな重層性を一つの作品に凝縮したようなアルバムだった。バレアリックなビートでオーディエンスと音楽の喜びを分かち合う「永久ミント機関」、コロナ禍をカレー屋の店主として生きる日常を記録した「Somewhere In Tokyo」、ロック/ポップスの枠を超えてプリミティヴなメッセージを叩きつけた「戦争反対音頭」。シングル・カットされた楽曲を並べてみただけでも、縦横無尽の方向性が発揮されていたことが分かる。しかしコロナ禍という制約が無くなった今、曽我部の振れ幅はもはや一編のアルバムというフォーマットには収まらなくなったということなのかもしれない。

このように表現者としての曽我部恵一は常に全速力で進撃する巨人のような存在だが、『ハザードオブラブ』はそんなイメージから離れた、さりげない日記のような表情も浮かぶ作品である。筆者がこの作品を最初に聴いた時に思い出したのは、筆者と岡村詩野氏(TURN編集長)による2020年3月のインタヴューにおける彼の言葉だ。少し長いが引用してみたい。

「(作品とは)誰にも伝わってほしくない日記みたいなものだと思うんです。でもそれを誰かが見つけて、ここに俺に似てるやつがいたんだなっていうことを感じる。その関係性が僕にとってのネオアコだったり、ザ・スミスや(初期)ジーザス・アンド・メリーチェインみたいなポスト・パンクだったりする。つまり語弊のある言い方だけど、「お前らにわかってたまるか」っていうことなんですよ。「わかってたまるか」って書いてある日記を、若者が見つけちゃう」

このインタヴューはサニーデイのアルバム『いいね!』に関して行われたものだが、自分のことを自分にだけわかる言葉で書いた日記という感覚は、この『ハザードオブラブ』にこそ相応しい。

例えば冒頭を飾る「メタモルフォーゼラブ」。オルタナとメタル風のハードなギターが半ば戯画的にマッシュアップされ、タイトルの通りにその表情を目まぐるしく変容させていくナンバーだが……

“つれーわ 嫁はいない”
“ゆーこと聞かない厨二のBOY”

といったシングルファーザーとしての曽我部のリアルライフを想起させるワードが無造作にちぎり投げられる。

そして……

“運命邁進メリゴーラン”
“全身全霊Wonderful life”

といったフレーズからは、日本全国でオーディエンスを沸騰させ続けているサニーデイのステージとそのバックステージを慌ただしさを早回しで垣間見るような感覚がある。 しかしこうしたプライベートな手掛かりを随所に散りばめつつも、結局のところ何について歌っているのかは何も言わないままに……

“名前呼ぶ キミがいる
街が光る キスをしよう”


というリフレインで勢いよく締められてしまう。聴いている私たちは、なんだったのかあの突風は…とあっけに取られるしかない。しかし曽我部が「わかってたまるか」という思いで書いたならば、このポツンと取り残された謎にこそ意味がある。彼が書きつけた日記を「見つけてしまった」私たちは、そこに書いてある言葉の意味がわからないからこそわかってやろうと想像力を駆動させ、曽我部の言葉を自分たちの日常へ接続させようとするのだ。曽我部がその言葉を投げた場所が私たちの立つ場所から遠ければ遠いほど、自分の人生とリンクした時の興奮は大きくなる。その跳躍こそがロックンロールであり、アートであり、コミュニケーションであることを曽我部は分かっているのだろう。

そして生活者としての鋭い眼差しが顕著に現れている楽曲をもう一つ挙げるならば、B面の1曲目に置かれた「逃げ水」だ。サティのようなピアノが美しい静謐なフォークの調べに乗せて歌われるのはこんな歌詞である。

“ポケモンカード20万
麦チョコ 118円
ヤマタツLP 4400円
卵1パック360円
芸者は3〜4万
戦車は8〜9億
送料は無料ですか?”

これはもう日記というよりも、買い物メモのような言葉である。しかしこんなにも私たちが生きる2023年のど真ん中を射抜く歌詞を、私は他に知らない。戦争の準備に巨大な税金が費やされていくことを横目にスーパーの食品売り場で上昇する食費を嘆く。パレスチナでの殺戮、長引くウクライナでの侵略、さらに日本でも次々と明らかになる権力者の横柄さに震えながら、芸能界の宿痾に絡めとられた山下達郎の再発LPを買う。そしてそれを届けてくれるのは低賃金で請け負う非正規労働者だろう。もはやささやかに健康で文化的な暮らしを送るだけでも、搾取したりされたりしなくてはならない社会構造。その中を生きる矛盾と葛藤が、一切の主義主張を排した簡素な言葉に封じ込められている。前述のインタヴューの中で、曽我部はこんな言葉も残している。

「僕はここにいるよという孤独な心の表出というのは、人がいる分だけ絶対に存在している。僕も「ここにいるよ」って書き留めるし、他の誰かも書き留めている。そしてその孤独な夜に書き留めたものに出会うために、とてつもない労力を要する旅をする。それはSNSではアップロードできるものではないから。だから僕が一番大事だと思うのは「僕はここにいるんだよ」というつぶやきというか、みんなが毎晩こぼしてしまう詩ですよ」

この小さな呟きがやがて大きな波となって地球の裏側、例えばパレスチナやウクライナに平和をもたらし、腐敗しきった政治家を退場させる。そんなバタフライエフェクトを信じるなんて無邪気すぎることは分かっている。しかしあらゆるプロテストの第一歩は、これ以上は因数分解されない個として生きて、それぞれの名前をどこかの壁に、ノートの切れ端に書きつけることだ。曽我部恵一はここに生きているし、それを聴く私たちもまたここに生きている。この曲が再生された数だけ、その証が刻まれていく。

『ハザードオブラブ』が生活の起伏と摩擦から生まれたアルバムだとするならば、『ヘブン2』は目に見える世界の深い底、氷山のように沈む巨大な深層心理を照らし出すような作品のように思われる。

一曲目の「真夜中コインランドリー」はその名の通り夜中にコンビニのコーヒーを飲みながら洗濯を待つ男の40分間を描写している。しかしそんなありふれた日常の風景すらも曽我部にとっては形而上的世界の入口となるのだろう。不穏なストリングスのループの上で、店の前を通り過ぎるタクシーや野良猫、洗濯が終わるのを待つ客、天井で光る蛍光灯までもが、妖しい輝きとアシッドに歪んだ表情を曝け出す。

フックでは……

“真夜中コインランドリー
人生マイナーメロディ
回転木馬のように
永遠止まらないポエジー”

と繰り返されるが、バロウズから中村有志までを召喚しながらとめどなく溢れていく押韻は、もはや曽我部の意思によって紡がれたものではなく、ポエジーの悪魔に憑依された自動筆記のようにすら思えてくる。

そもそも52歳の曽我部恵一と同世代でコンスタントに新作を発表し続けるラッパーが数えるほどしかいないことを思えば、ラップとは格闘技にも似た肉体的負担を求める表現形態であることは間違いない。ましてや客演もなく、アルバム一枚分のトラックを一人作っているという条件まで追加すれば、その数は更に絞り込まれることになる。そんな過酷で原始的な競技に、ある者はダンス・ミュージックを更新する手段として、ある者はストリートでのし上がる武器として、そしてある者は路上の現状を伝えるためのメディアとして、それぞれに切実な理由で挑むわけだが、果たして曽我部の動機はどこにあるのか。

日本語によるラップのオリジネーターの一人である佐野元春との対談(2011年NHK『ザ・ソングライターズ』)において、「あなたは詩人としての傾向が強いアーティストか? それとも音楽的な傾向の強いアーティストか?」と問われて「詩人でありたいと思っています」と即答した曽我部を駆り立てるものは、やはり詩人としての衝動と業、まさに「永遠止まらないポエジー」によってなのだろう。

かつて「ソングライターたちこそが、現代を生きている詩人」と唱えた佐野元春は、80年代前半の新しい都会の景色をヴィヴィッドに描き時代の寵児となったが、その評価に甘んじることなくニューヨークへ渡り、海の向こう側のリアルをブレイクビーツに叩きつけた。 同じように『東京』『DANCE TO YOU』といった街に生きる若者のための名盤を作ってきた曽我部もまた、人々が寝静まった後の都市とそこに蠢くものたちの表情、いわばシティ・ポップの裏側を抉り出したいという欲望に突き動かされていたのかもしれない。「真夜中コインランドリー」の中で“コンビニのコーヒー”というサニーデイの代表曲のタイトルまで引っ張り出した点もその表れのように思われる、というのはこじつけがすぎるだろうか。

しかしそんな印象は終盤に収められた「結局ここに戻ってくる」のリリックでより色濃いものとなる。

“明日にそなえて夜を休む それができない
いつも寝ている犬はとても平和
オレは平和に憧れる愛の難民”
“戦争が起これば 東の空が明るくなる
ここまで硝煙の匂いが漂ってきそうなのに
街はあいかわらずのんびりうたた寝”


ここで私が思い浮かべたのは、サニーデイ・サービスのライヴでオーディエンスを熱狂させた後も、クールダウンできない詩人の血走った目。遠い国の戦場と自分の住む街が重なってしまう妄想から逃れられないまま過ごす深夜の孤独。ここまでを描かなければ都市に生きる詩人としての表現が完成しないという思いに突き動かされているのではないか。

私を含め、彼の無限とも思える芸術的体力に驚嘆し羨望するリスナーやクリエイターも多いだろうが、アーティストとしてのエネルギーが尽きないということはこの情念と共に生きるということなのかもしれない。

そしてダメ押すように「幽霊」では……

“蝿がブンと飛んでそんで
オレは生きていても死んで
いつか化けて出てやるって 世間様に伝えておいて”


と死んでもなお解放されない/しない、悪魔に魅入られた詩人の魂を自虐的に笑うようなリリックすら登場する。もはやこれは永遠に燃え続ける原子炉を身体の中に抱えるようなものである。

そんな深淵を覗いた後にたどり着く最終曲「窓と車輪」。この街の夜、人生の暗がり、死者と生者、動物と人間。全てを引き受けようとする覚悟が溢れ出たリリック。JB’sを彷彿とさせる切迫感のあるファンキー・ドラムに乗せて32回も繰り返される“君に届け”というリフレイン。ポエジーの神と悪魔が求める限り、どこまでもファンキーに踊ってやる、踊らせてみせるという、曽我部恵一が生み出す全ての表現に底通する魂を見たような気になる。

90年代から現在に至るまで、太陽の光を浴びる街に生きる若者たちの姿を描いてきた曽我部恵一。本人が若者とは言えない年齢を迎えてもなおその本質を捉え続ける眼差しは、一体どこからやってくるものなのか。他者の追随を許さないほど深くにある源泉を、この2枚のアルバムは強く示唆している。(ドリーミー刑事)



Text By Dreamy Deka


曽我部恵一

『ハザードオブラブ』

LABEL : ROSE RECORDS
RELEASE DATE : 2023.12.25(CD、レコード)
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Tower Records / HMV / Amazon / Apple Music

曽我部恵一

『ヘブン2』

LABEL : ROSE RECORDS
RELEASE DATE : 3月発売予定(CD、レコード) 先行配信中
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