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曽我部恵一: 劇場 – Original Sound Track

2022 / Rose
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若者たちの狂走を静かに見つめるサウンドトラック

07 April 2022 | By Dreamy Deka

又吉直樹のベストセラー小説を、行定勲監督のもと山﨑賢人と松岡茉優の主演により2020年に映画化した『劇場』のサウンドトラックが配信でリリースされた(アナログ・レコードは7月上旬発売予定)。東京・下北沢を舞台に、モラトリアムの全てを演劇に賭ける若者と、彼を支えることに青春を捧げた恋人を描いた物語は古典的と言えるほどの王道ぶり。実際の下北沢の街にも、こうした話が空き缶と同じくらいたくさん転がっていることだろう。しかし、こうした膨大な「よくある話」の中から這い出してきた数少ない若者が、俳優や演出家、あるいはミュージシャンとして、私たちの心を震わす作品を届けてくれていることを思えば、この作品を単なるクリシェとして扱うわけにはいかない。

そしてこの物語の主人公と同じように、若き日に下北沢で音楽の夢を追い始め、その時代から30年経った今もこの街に挑む若者たちを見守り、時には競い合っている曽我部恵一が音楽を担当することは、もはや必然と言ってもいいように思える。

曽我部恵一が映画のサウンドトラックをリリースするのはこれで3作目。最初の作品はよしもとよしともが90年代を生きる若者の静かな狂気と絶望を空気感ごと切り取った名作漫画を映像化した『青い車』(2004年)。そしてもう一つは、ピンク映画を出自にセンセーショナルな作品を世に送り出した鬼才・若松孝二の若き日々を描いた群像劇『止められるか、俺たちを』(2018年)。よしもとよしともは曽我部恵一BAND『ビレバンのソカバン』(2009年)のジャケットを描き下ろしたり、サニーデイ・サービスのアルバム『the CITY』(2018年)のジャケット写真に参加するなど、曽我部恵一との親交が深いことで知られる。また曽我部は2012年に急逝した若松孝二の熱烈なファンとして知られており、雑誌で対談した際にはいつか音楽を担当させてほしいと直訴していた。そうした関係性もあってか、両作品の音楽はいわゆる映画音楽の枠をはみ出すほどに、アーティスト・曽我部恵一として側面が強く出ているように思う。『青い車』においては、同時期にリリースされたアルバム『瞬間と永遠』(2003年)を彷彿とさせるバレアリックなダンスビートが印象的だし、また『止められるか〜』では、サニーデイ・サービスの音楽性の柱の一つである60年代・70年代のフォークやサイケへの憧憬が色濃く反映されたものとなっており、いずれも映画から独立した「曽我部恵一のオリジナル作品」として成立していた。

それに比べると『劇場』の音楽はシンガー・ソングライターというよりも、劇伴作家としての側面が強いものと言える。音楽で全てを語り切らず、映像と組み合わされることで初めて完成する、抑制的とも言えるトーンが作品全体を覆う。しかし、例えばワンコードのアルペジオの上で鳴らされる抒情性と無常感の両方を孕んだメロディーが印象的なメインテーマには、この街で夢を抱くも破れていった若者たちを見続けてきた曽我部恵一の眼差しが見え隠れしているように感じる。そしてソロ初期に率いていたランデブーバンドのメンバーでもある伊賀航、加藤雄一郎、横山裕章と共に録音された「ふたりの部屋」「自転車のふたり」といった楽曲は映画における感傷的なクライマックスを彩ると同時に、00年代初頭の曽我部恵一、あの頃の街の風景、そして愚かだった私たちの姿を強く思い起こさせて、胸を甘く締めつけてくる。シンプルな音像の中にも、下北沢を本拠に生き抜いてきたアーティストとしてのシグニチャーはしっかりと確認できるのである。

この『劇場』の公開は、コロナ禍が深刻化する時期と重なり、公開延期・縮小の憂き目にあった。そして演劇や音楽業界が大きなダメージを受ける中、この世界に身を投じることのリスクは以前よりも高くなっているだろう。しかしそこを乗り越える、愚かで向こう見ずな若者だけが、将来の名作を私たちに届けてくれるのである。この作品に触れて、そうした彼ら彼女らへのリスペクトを忘れるわけにはいかないという思いを新たにした。(ドリーミー刑事)


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