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「作ったものが独自の生き物となる」──6年振りとなる新作『Something in the Room She Moves』について、ジュリア・ホルターに訊く

23 March 2024 | By yorosz

カーテン越しに聴こえてくるような、夢を思わせる手触りの声と楽器のサウンド、クリシェの網をすり抜ける、記憶に留め難い楽曲展開……。

LAを拠点に活動するジュリア・ホルターは、2012年《RVNG Intl.》からの『Ekstasis』で注目を集めて以降、《Domino》に移籍しての作品群(2013年の『Loud City Song』、2015年の『Have You In My Wilderness』、2018年の『Aviary』)にてシンガー・ソングライターとしての知名度、評価を一層高めてきたが、その音楽性の変遷はベッドルームから生まれた風変りなドリーム・ポップに端を発しながら、シンセや音響編集による実験、現代音楽との繋がりを匂わせ、継続的にジャズやチェンバーミュージックとの関わりを深め、更には交響的なロックを鳴らすにまで至る、なかなかに複雑な様相を呈している。

加えて、そのキャリアを詳細に辿ってみると、「シンガー・ソングライター」という認識だけでは足りない様々な(例えばカリフォルニア芸術大学でアメリカの現代音楽の作曲家であるマイケル・ピサロに師事し、コラボレーションも行うなどの現代音楽の作曲家/演奏家としての、例えばリンダ・パーハクスのバンドで演奏するなどのサポートミュージシャンとしての、またはオクシデンタル・カレッジにて音楽の客員助教授を務める教育者としての)側面が浮かび上がってきたりもする。

彼女に対して(多くはケイト・ブッシュやローリー・アンダーソンなどの先人を例に挙げながら)アート・ポップという少々古めかしいタームがしばしば(どこか苦し紛れに)用いられるのも、そのような複雑さ、掴み難さ故であろう。

そんなジュリア・ホルターがこの度、2018年の『Aviary』以来6年振りとなる新作『Something in the Room She Moves』をリリースした。いうまでもないことだが、この6年の間にはコロナ禍をはじめ世界中の人々の生活や社会への認識を大きく変えてしまう出来事があり、また彼女個人の領域には、妊娠という大きな経験も訪れた。

「複雑で変容可能な私たちの身体にインスピレーションを得た、肉体に焦点当てた作品になっている」と語られ、フレットレス・ベースの導入がまず大いに耳を引く本作には、どのような経験と冒険が息づいているのか。今回のインタヴューではサウンド、詞、過去との繋がりや未来への展望など、様々な観点から質問し、詳細なお応えをいただくことができた。

様々な楽器が重なるバンドサウンドから声楽まで、柔らかい光が注ぐ昼間から思考がざわめく夜まで、サウンドやイメージの中心点を容易に掴ませぬ抽象性を湛えた本作の魅力を紐解くに、これらの言葉は細やかながらたしかな一助となるはずだ。

(質問作成・文/よろすず 通訳/中村明子 写真/Camille Blake)

Interview with Julia Holter

──前作『Aviary』から今作までの間にはコロナ禍という世界的に多くの人々の生活や価値観を変えてしまう出来事がありました。音楽家にとっては、ライヴなどが制限される中でどう活動するかが大きな関心事になりました。あなたはこういった経験したことのない状況の中でどのように音楽活動をされていましたか?

Julia Holter(以下、J):何て言うか、方向感覚がなくなるような感じがすごくあったというか……そもそもミュージシャンの経済状況がストリーミングのせいである種の危機に瀕していたところに、パンデミックが大きな変化をもたらした。というのもストリーミングからの収益は低くて、収入源として全然頼りにできなくなってきていて、普段はツアーが大きな拠り所だったから。だからコロナ禍の時期はUMAW(The Union of Musicians and Allied Workers)という組合に参加することになったの。多くのアーティストが突如としてライヴができなくなり、音源からの収入も減って、それを何とかしようっていうことで。そしたらあの時期に国から前例のない額の給付金が支払われて、それで何とか切り抜けた人も多かった。でもとにかく全般的に言うと、すごく気が滅入ってた。長い間孤立状態でいることが、あんなにも悲しいなんて全く知らなかった。少なくとも音楽を作ることはできるだろうと思っていたけれど、ライヴにも行けないし新しい音楽も聴かず、アート鑑賞も映画鑑賞もできず、全然刺激がなくて。だから創作するのも難しかった。

──そしてそういった状況での経験は本作にどう影響しましたか?

J:私の経験は明確で、コロナ禍の真っ最中に妊娠していたという事実抜きには語れないと思う。それで今作は身体がすごく大きな部分を占めているの。私はあまり自分の体と繋がっていない人間なんだけど、それが急に初めての妊娠に直面して、それって妊娠してない状態とは全然違う身体的経験で。おまけにコロナ禍で、誰も彼もが体のこと、呼吸とか肺とか、人に近づかないとか、他の人の体から距離を取るとか、そういう身体のことが重視される新しい状況が生まれた。正直に言うと私にとってはそれが憂鬱だった、身体的状態に閉じ込められているということがね。それに初期の頃は多くの死者が出ていて強烈な時期だったし、まあそんなことは私が言わなくてもみんな知ってるけど、とにかく体が強調されていて、でも私は私の体とあまり繋がっていなくて、だから少し動揺して、でも興味深くもあって。今作で身体を強調したのは意図したものではなくて、そういうことが起きていたということなのよ。

──過去の作品においても、あなたの作品には音楽以外の様々な芸術の影響が伺えました。本作において、音楽以外(例えば映画、文学、絵画、舞台芸術など)で大きなインスピレーションとなった作品はありますか?

J:今回はすごくプロダクションに興味があって。それが最初にあって、そこを中心として構築していけるような焦点になっていた。何と言うか、官能的というか、流動的というか、メロディーがスルスルと動き回っているような流れる感じにしたくて。これは音楽のインスピレーションになっちゃうけど、ケイト・ブッシュの「Breathing」という曲があって、あの時期の彼女の音楽はフレットレス・ベースを多用していて、彼女だけじゃなくてあの時期の音楽は全般的にフレットレス・ベースが多用されていたの。とにかく音的にはそれが本当に今作の焦点だった。文字通りフレットがないから滑りまくるというか超滑らかで。あとはちょうどその頃私のパートナーのタシからルドラ・ヴィーナっていうインドの楽器を知ったの。弦楽器で、その滑りまくる感じがすごく好きで。アーティストの名前はBahauddin Dagarだったと思う。とにかくその楽器の音が私の耳にはすごく気持ちよくて、フレットレス・ベースもそれと似ている感じがある。それからさっきケイト・ブッシュの曲を挙げたのは、あの曲はちょっと奇妙な内容で、お腹のなかに赤ちゃんがいて、死の灰が大気中に拡散している真っ只中か何かで、それで胎児が毒を吸っているとか、そういう内容で。強烈なんだけど、あの曲も体の中がテーマだったから、自分が感じていたことと少し符合していて。今言ったような繋がりを完全に認識していたかどうかは分からないけれど、とにかくフレットレス・ベースを中心にしたかったというのがあったし、それを演奏したデヴィン・ホフは素晴らしくて、フレーズも彼女がかなり書いてくれて。

──今作に参加しているメンバーの多くはあなたの作品に以前から関わっている、付き合いの長い音楽家ですね。特にデヴィン・ホフとクリス・スピードはあなたが《Domino》に移ってからの最初の作品『Loud City Song』の頃から参加しています。彼らとはどういったきっかけで出会い、共に活動することになったのでしょうか?

J:確かCorey Fogelの紹介だったと思う。Coreyは私がよく一緒に組むパーカッショニストで、そう、だからCoreyが2人と知り合いで、『Loud City Song』の時に誘ってくれて、どちらも素晴らしくて、それ以来デヴィンとはかなり密接に仕事をしているし、クリスが参加してくれる時はもう大喜びだし。とにかくデヴィンは常に座組みに入れたくて、なぜなら彼女は本当に最高のベーシストだから。

──これまでのあなたの作品ではCole Marsden Greif-Neillが共同プロデューサーとして多く関わっていましたが、今回は新たにKenny Gilmoreが共同プロデューサーとしてクレジットされています。彼が今作に関わることとなった経緯や、今作における役割をお聞きしたいです。

J:Kennyとは、たぶん2008年か2009年に彼がアリエル・ピンクのバンドにいるときに会って。まだ高校生とかで、基本的に彼はいくつもの楽器演奏とレコーディングを独学で覚えた超才能ある若者で、私の本屋での初ライヴも観に来てくれて、でもこういう形で一緒に仕事をするようになったのは前作の『Aviary』から。Coleが連れてきて、Coleはその頃別のプロジェクトを色々やっていて、それに彼はもうちょっとポップ寄りの領域に行きつつあって……『Aviary』の制作中ではないけどね。とにかくColeにとってもKennyがいて良かったんだと思う。それまではほぼColeとだけ組んでいたけど、Kennyとの作業はすごく楽しくて、Cole同様、Kennyとも音楽の興味でたくさん共有する部分があって、多くのことに関して同意見だったり、お互いに理解していると感じられて、でも同時に違う部分もあるっていう。基本的に自分の作品は自分が全部ディレクションをするわけで、Kennyも自分の作品をやるときは自分でディレクションをするけど、私とやるときは可能な限り最高のサウンドを追求することにフォーカスして、しかも彼は本当にそれに長けている。Coleもそうだったし。最高のサウンドを導き出すためにはどうすればいいかっていうアイデアも出してくれて、特にエンジニア的な面に関して、自分では絶対に思い付かないようなことだったり。それに彼は私が何をしたいのかをすぐに分かってくれて、分かり合えている感じがあって、一緒にやっていてすごく楽しいの。

──声だけで演奏され、モンゴルのホーミーを想起させる風変りな発声が用いられている「Meyou」が収録されていたり、「Something in the Room She Moves」ではメロディーの末尾に装飾音のような特徴的な音程の動きが付されていたりと、声の微細な表現にこれまで以上に工夫が凝らされている印象を受けます。今作における声の表現において、新たにチャレンジしたことはありますか?

J:「Meyou」はある種の未来、私が今後やりたいこと、つまり他の声を取り入れたいということなんだけど、その方向性を示していると思う。ある意味私にとってのチャレンジは自分自身の声だったりすることが多くて、自分の声の限界にがっかりしたり……別に自分の声は好きだけど、結構独特だから。そして私は他の人に楽曲を提供する作曲家としてスタートしているから、自分の音楽を歌うのが常に自分である必要はないっていうのがまだどこかに残っていて。だから他の声のために書くっていうのは、今後もっとやっていきたいと思ってる。

──本作の歌詞には光や海といったモチーフが度々登場し、リスナーにある出来事自体というより何かが起こった時の空間や時間の明るさや手触りを想像させるような機能を果たしている印象があります。本作にこういったモチーフが多いのは、自然にそうなったのか、それとも意識的なものなのか、お伺いしたいです。

J:今の質問については完全に同感。フィーリングを描くことにすごく興味があって、必ずしも具体的な出来事を描くことではないっていう。誰かがそれを聴いたときに、その人がいつかどこかで抱いたものとして共感できるような。そういう感情の転移に興味があって、特に今作ではストーリーに関するはっきりした意図というのはなくて、それよりも「こういう気持ち分かる?」とか「あなたはどう感じる?」という感じで。だから印象派っぽいのかもしれない。

あと、太陽とか昼とか夜とかも今作では結構使ってる言葉だと思う。言いたいことを理解してもらうための象徴としてね。たとえば夜は真っ暗で見えないから想像力が暴走する創造力に富んだ場所。昼はあらゆる謎が取り払われて自分が世界に向けて無理矢理押し出される。でも同時に、結局はそんなに白黒はっきりしてるわけじゃなくて両方が混ざったりもする。そして両領域で共生するという、そういう感じのことをちょっと探求していたような気がする。

──過去のインタヴューにおいて、あなたは作品とご自身の私生活を結び付けるような見方を退ける発言をされています。しかし本作においては、控えめながらご家族への謝辞、そして亡くなられた甥との思い出についての言葉が付されており、これはあなたの作品では珍しいように感じました。それほど本作においてこういった出来事は欠かせないものだったということでしょうか。

J:以前は別の言い方をしたかもしれないけど、今の考えは、私たちが作るものはすべて個人的なものだということ。私の作品はどれも同等に個人的で、でも個人的なものであるために、直接的に私生活に言及している必要はなくて。ある時期に自分が作るものの中には、自分の私生活における何かが入り込んでいて、それは他の人にとっては明らかではないかもしれないし、逆に作った本人よりも他人の方がはっきり見て取れるかもしれない。自分の経験から逃れることは不可能だと思うし、明らかではなくても何らかの形で現れるというか。それは政治的と言われる音楽についても同じ。明らかに、これが私の人生ですっていうモロに個人的な音楽もあるし、それほど直接的ではないものもあるけど、でも私は、実際にはすべてが等しく個人的なものだと感じる。それはある意味すべてフィクションだから。たとえ誰かが、本当にありのままを描いたと言っても、それは真実じゃない。それは現実をそのまま書き写したものではなくて4分に収められたアートで、そういう意味では作者と距離があって、作ったものが独自の生き物となる。

──あなたのこれまでの活動を辿ると、リンダ・パーハクスをはじめ、アン・ブリッグスやカレン・ダルトンなど、女性のシンガー・ソングライターの先人の名前を自然と知ることになります。過去のインタヴューでは、ビリー・ホリデイやフィオナ・アップルについて言及されているのも見かけました。あなたの活動がこういった先人たちを知るきっかけとなることは重要なことだと考えられているのでしょうか?

J:それはさっきの話にもあった、経験したことが何らかの形で作品に入り込むっていうのと似ていて、たとえばリンダ・パーハクスの音楽は私の音楽に入っている。その音楽の世界で多くの時間を過ごしたら、それは自分の脳の一部になるから。だからさっきの質問にも繋がるけど、自分にとって大切なものは自分の音楽に表れるし、それは自分でも気づかないような形かもしれない。とにかく今言ったアーティストたちからの影響は大きいし、リンダ・パーハクスの音楽はすごく特別で、その才能は言うまでもないけど、戦略的ではなかったというところもすごくて。ただひたすら精神的ヴィジョンに基づいて誠実に作ろうとしていた。誘導するものがないなかで、ただ自分がやりたいことをやっていたという。そういうトレンドからヒントを得ないで自分がやりたいことをやる人たちっていうのは、私にとって、そしてアーティストにとっても、最も重要なロールモデルの1つじゃないかと思う。

<了>


Text By yorosz

Interpretation By Akiko Nakamura

Photo By Camille Blake


Julia Holter

『Something in the Room She Moves』

LABEL : Domino
RELEASE DATE : 2024.3.22
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