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「名もなき第三の男」ジャック・ホワイトが実践する未来

20 September 2024 | By Shino Okamura

ジャック・ホワイトのニュー・アルバムのタイトルは『No Name』、すなわち“名無し”である。このタイトルを見て、マカロニ・ウエスタンの名匠・セルジオ・レオーネ監督の主要作品におけるクリント・イーストウッドの役を思い出したのは私だけだろうか。『荒野の用心棒』の「ガンマン・ジョー」、『夕陽のガンマン』の「モンコ」、『続・夕陽のガンマン』では「ブロンディ」……と、名前が一見あるように見えるが、これらはすべて誰が名付けたかわからない異名だったり偽名だったりと、主人公なのに正式な名前は与えられていない。基本は「名無しの男」、つまりは「名乗るほどのものではない」、もしくは「名前なんてどうでもいい」とする主人公、あるいは作者、監督の意向を伝えるものだ。加えて、例えば黒澤明監督の『用心棒』をモチーフにした『荒野の用心棒』の「ガンマン・ジョー」を始めとする、これらイーストウッドが演じたキャラクターは、要するに西部開拓時代の流れ者、よそ者という位置付けであり、クリーンで誰からも愛されるヒーローではなく、毅然と悪と立ち向かい、時には殺しもする素性のわからない一匹狼という見え方になっている。これがイーストウッド生涯の当り役『ダーティーハリー』の「ハリー・キャラハン」の下地になったことは言うまでもない。 ジャック・ホワイトが、日頃、この「名無し」を意識しているのかどうかはわからない。けれど、ホワイト・ストライプス時代に立ち上げていた《Third Man》の名のもとに、レーベル、レコード・プレス会社(工場)、版権管理、ショップ、およびバー/ヴェニュー運営などなど多層的に音楽制作を捉え、ナッシュヴィルを拠点に寡黙に実行している彼が、ネット社会における現在のミュージック・ビジネスを虎視眈々と批判していることは間違いないだろう。なんたって《Third Man》=『第三の男』なのだから。

そもそもこの『No Name』というアルバムの発表の方法自体が「名無し」的なものだった。ジャックが経営する《Third Man Records》に買い物に来た人のショッパーに黙ってこの誰の作品かも書かれていない「名無し」のレコードを入れておく……ほとんどフライヤーのような扱いでさりげなくリスナーの手に渡らせるような、最初はそんな“リリース”だったわけだが、その後8月1日に正式に《Third Man Records》で発売開始、翌8月2日にはインディペンデントのレコード・ショップでの販売と、デジタル配信を開始、そして、9月13日に完全生産限定盤としてヴァイナル・レコードで、9月20日にCDでリリースされる流れとなった(日本盤Blu-spec CD 2は10月23日リリース)。ゲリラ的にリリースするのはいつものジャック・ホワイトらしいが、盤に何も書かれていない、まさしく「名無しの権兵衛」のレコードが、それもジャックの店でショッピングをしてくれた人にこっそりと配布された今回の手法はなんとも粋だ。自分の店にわざわざ足を運んでくれた人へのプレゼントであり、そういう人にこそ優先的に聴いてもらいたいという意図も明確、しかも先入観なしにまずは音だけで判断せよ! と、リスナーを試す狙いもあるだろう。それを聴いた人が「これはジャック・ホワイトの新作なのではないか?」と想像を巡らせて噂が噂を呼ぶように尾鰭がついて広がっていく……しかしながら、ジャック・ホワイトは昔からこうして情報に振り回されがちなリスナーを、凝り固まった市場を、攪拌させてきた。それこそ、「名無し」の一匹狼のごとく“行動”してきたのだ。

アルバムとしては約2年ぶりの新作となるが、ご存知のように2年前の2022年には4月に『Fear Of The Dawn』、7月に『Entering Heaven Alive』と2枚のアルバムをリリースしている。ジャックのソロ名義ではその時点で約4年ぶりだったが、その間にラカンターズの約11年ぶりのアルバム『Help Us Stranger』(2019年)もあったし、ナッシュヴィル、デトロイトに続いて2021年にはロンドンのソーホーにも店舗をオープンさせた。レーベルとしてもジャック関連の作品はもとより、ボブ・ディラン、ファラオ・サンダーズ、ウェイン・ショーター、ジーナ・バーチ、マーゴ・プライス、ワンダ・ジャクソン、ヒートマイザーなどなど数々のレコード作品(リイシュー含)をコンスタントにリリースしていて、レーベル・オーナー、会社経営者としての手腕も発揮。気がついたら12インチ、7インチを中心とする《Third Man》のカタログは膨大な数に及んでいる。

物理的な空間(ショップ)やモノとしての音楽(レコード)が当たり前のように町の中にある世界線を黙々と定着させているジャックは、その点では全くゲリラでもなんでもなく、40年前……いや30年前でもまだ日常だった、地に足をつけた活動をするしごくまっとうな音楽愛好家だ。だが、それを実行させるにあたり彼は「俺印」をなるべく出さないようにしているかに見える。かつて、我々は欲しいレコード(CDでもいいが)があればレコード・ショップに買いに行った。特に欲しいものがなくてもフラリと立ち寄った。次第に店主と顔馴染みになって言葉をかわすようになった。「これいいですよ」「もう買ったよ」「じゃあこれは?」「知らないな、買ってみようかな」。そんな会話を通じて音楽と出会ったりした。そういう日々の過ごし方を多くの人がしなくなった今、ジャックは陰日向なく暗躍する。それこそ購入してくれた人の袋に『No Name』のレコードがそっと入れられていたように、彼は顔を隠した自分の存在を、普段の暮らしの中に音楽が普通にあることの証として、日々忍ばせているのである。

しかし、それは決して道端にそっと咲く野花のようなちっぽけな存在、という意味ではない。日常の中にそっと送り込まれたこの「名もなき第三の男」は、19世紀にブルースが派生するように歌われるようになった時のような、50年代にロックンロールが誕生した時のような、大衆音楽が時代に大きな爪痕を残したの歓びを我々に謳歌させようとしている。この『No Name』を、ある程度の大きめのヴォリュームで聴いてみればわかるだろう。「Old Scratch Blues」に始まり、「Terminal Archenemy Ending」に終わる13曲は、まるでホワイト・ストライプスかと思えるほどラウドでダイナミック、石や砂や岩がザラザラと転がって床に傷をつけていくプロセスを見ているようなブルーズ・ロックンロール・アルバムだ。2023年から2024年にかけて、もちろん《Third Man Studio》でレコーディングから完成まで行われた。レコードのプレスも《Third Man》。前述したように、最初にこの作品が人の手に渡ったのは《Third Man》のショップでのこと。とはいえ、“流通”まで含めた全肯定が《Third Man》で行われるのはもはや普通、ジャックなら表情ひとつ変えずにそう言ってのけるのだろう。

ただ、近年のジャックのどのソロ作にもない、聴き手に明確にアピールするための、ハッキリとしたリフやフックのあるフレーズを持っているのが大きな特徴だ。蠢くベース・ラインとキメのブレイク、“Oh Yeah”の掛け声が特定の高揚感をもたらす「That’s How I’m Feeling」などは、その点で最もわかりやすい曲と言えるだろう。今回も容赦のない爆音によるギター・ロックには違いないのだが、ある意味愛想がある、聴き手への共有が狙いの一つにあるような仕上がりになっている。レッド・ツェッペリンとAC/DCがヒートアップするステージ上で互いに組んず解れつを繰り返したような中盤の「Archbishop Harold Holmes」を一つの頂点に、後半はよりキャッチーなベース・ラインやギター・リフの曲が並んでおり、ガレージィッシュなギター・スタイルを強調した「Missionary」などはナッズの「Open My Eyes」を思わせたりもするほど。まるでジャック自身の幼少時のロック体験、ギター体験を素直に自作で再現したかのようだ。

名前はない。ただ、サードマンと呼んでくれ。そんな男が今ここまで胸を開いてロックンロールの原点を謳歌している。かつて、グリール・マーカスはギャング・オヴ・フォーについて「彼らがどれだけすぐれた存在になりうるかということについては限界がない」「もしこれがロックの未来なら、ぼくは待ち切れない」と綴った。ジャック・ホワイトがロックの未来を背負う存在なのかはともかく、彼の活動に際限がないのは間違いないだろう。49歳。先は、まだまだ長い。先ごろ、ホワイト・ストライプスの「Seven Nation Army」の著作権を侵害したとして、11月の米大統領選に向けた活動を展開するトランプ前大統領の陣営を、ジャックはメグ・ホワイトとともに提訴した。トランプ陣営に対し、楽曲の使用をめぐって抗議の声をあげたりクレームをSNSで公開しているミュージシャンは数々いるが、実際に提訴まで踏み切った存命のミュージシャンはジャックとメグだけだという(故アイザック・ヘイズの遺産管理団体が著作権侵害で訴えているが)。「名もなき第三の男」は音楽を愚弄する者をどこまでも黙って行動して糾弾する。そして、当たり前のように音楽が、ロックンロールが、我々の手元にある未来を描く……のではなく実践するのみだ。(岡村詩野)



Text By Shino Okamura


Jack White

『No Name』

LABEL : Third Man Recods / Sony Music
RELEASE DATE : 2024.9.20(輸入盤CD) 2024.10.23(国内盤Blu-spec CD 2)

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Sony Music Japan
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