「天使の羽根は結局誰のものかわからなかった」
フォンテインズD.C.『Romance』インタヴュー
人々はしばしば「幻想」に浸りがちになる。例えば、実際には現実世界上に存在するグリードアイランドを、VRゲーム上の世界だと思い込み続けるプレイヤーたちのように(『HUNTER×HUNTER』連載再開おめでとう)。
本記事の主人公、フォンテインズD.C.がおかれている状況もまた、いくつかの幻想の上に成り立っている。UKインディー、サウス・ロンドン、ポストパンク……それらのタームはすでに溶解している。パンデミックを経てシーンは固定的なものではなくなり、マンチェスター、LA、ソウル、ストックホルム、ブラジルと、都市規模を問わず世界のどこからでもインディー・アクトは爆発的に鳴りを強め続けている。かつて「ポストパンク」の元に名をあげたUK/アイルランドのバンド群も、今はそれぞれの道を歩みはじめている。ブラック・カントリー・ニュー・ロードのアイザック脱退、ブラック・ミディ活動休止。スクイッドはエクスペリメンタル色を強め、アイドルズは初期コールドプレイのようなアート・ロックに傾倒、CourtingはThe 1975化。
それらは憂うべき状況ではなく、むしろ袋小路にはまりつつあったバンドシーンを突破するように、次の生態系を作りつつある状態である。編集部内でもバンドシーンの世界的な停滞を憂う向きがあるが、これもまた保守的批評精神の病「うんざりアディクション」が生み出した幻想に他ならない(と無駄に挑発的になってみる)。
フォンテインズD.C.もまた、かつてのスタイルを断ち切って次のステージに向かっている。新作『Romance』には、『Dogrel』(2019年)のころから続くジョイ・ディヴィジョン/テレヴィジョン直系のソングライティングや、アイルランドの詩人精神を受け継いだ社会へのシニカルなリリシズムは後退している。『A Hero’s Death』(2020年)や『Skinty Fia』(2022年)の、自らのアイデンティティへの決意やGilla Band以降の奥行きのあるプロダクションも、前提や後景として内面化してしまっている。代わりに本作ではロマンティックかつノスタルジックな言葉や、90年代オルタナティヴ・ロック~ヒップホップに裏付けられたみずみずしくダイナミックなサウンドが作品を彩る。つまり、視点は社会のメタから個人のリアリティへ。サウンドはよりレトロスペクティヴかつフレンドリーに。それらの変化は取材中も話題にされた、メンバーに子供が生まれ自身も年齢も重ねたような事実とも関係しているだろう。いつまでも幻想に身を任せてはいられない。
取材を受けてくれたのは、コナー・カーリー(ギター/コーラス)、コナー・ディーガン(ベース/キーボード/コーラス)、トム・コール(ドラムス/パーカッション)の3人。初期に比べて演奏楽器が幅広くなった彼らは、文字通りバンドのサウンドを担う存在。スポークスマン/作詩家であるグリアン・チャッテンとも違った視点から語られる、ポスト幻想/リアリズムとしての「ロマンス」に注目してほしい。
(質問・文/髙橋翔哉 通訳/長谷川友美 協力/高久大輝 写真/Theo Cottle)
Interview with Fontaines D.C. (Conor Curley, Conor Deegan, and Tom Coll)
──新作のサウンドは、懐古主義的というよりも、自分たちの内面からでてくるものを抽出した印象です。「過去はあまり振り返らないんだ」というコールの言葉を読んだのですが、このあたりは制作時によく意識していましたか?
Tom Coll(以下、TC):今までのアルバムはどれも、僕たちにとって進歩の過程のようなものなんだ。僕たちが今いる場所を映し出す鏡のようなものだと思う。今回は現代的なものがうまくミックスされていると感じるね。
──現代的なものとは、具体的にどのようなエッセンスを指すのでしょうか?
TC:この前のツアーに大いにインスパイアされていて、それが今回のアルバムに反映されていると思う。多くのメンバーがサンプラーやドラムマシンを買ったし、よりエレクトロニックな影響をたくさん受けているんだ。曲作りのプロセスも、これまでよりもっと要素をレイヤリングして作り込むスタイルになっている。これまでのアルバムは、主に部屋に集まって演奏したものを録音しているような感じだったけど、今回のアルバムはまるで積み木を積み上げるような感じで。とにかく、よりエレクトロニックなインスピレーションを受けていると思う。
──今回はジェームス・フォードがプロデュースしているのもトピックですよね。私は本作を聴いて、空間的であり柔らかいサウンドという意味で、彼がプロデュースしたアークティック・モンキーズ『The Car』(2022年)や、ベス・ギボンスの新作が思い浮かびました。フォードにプロデュースを依頼した経緯を教えてください。
Conor Deegan(以下、CD):ジェームス・フォードがアークティック・モンキーズをプロデュースし始めたころにやったことは、本当に興味深いものがある。彼らは素晴らしい曲を書けるバンドだったけど、歪んだギターといいビートといい、基本的にはロックバンドだった。でも、そのころのアークティックはムードを作り出していなかったんだ。後期のアルバムでムードを意識するようになったとき、彼らは楽器を使う“アーティスト”へと進化したし、ジェームス・フォードがその手助けをしたんだと感じる。僕たちも楽器の限界を感じ始めていて、一本調子にならずにアトモスフィアを作りたかったんだ。だから、『Romance』は作る際にはジェームス・フォードと一緒にやりたかったんだよね。
──セカンドの『A Hero’s Death』以降、空間的なサウンドデザインに意識的になったと思います。今回も「Starburster」や「Sundowner」のトリップ・ホップ〜ダブ的なスネア・ドラムにもそのこだわりがあらわれています。今回、サウンド面で特にうまくいったポイントがあれば教えてください。
Conor Curley(以下、CC):トリップ・ホップみたいなジャンルは、僕たちがこのアルバムのために考えていたことの出発点として、とても良いものだったんだ。このアルバムで僕たちがやろうとしていたことの核心もそこにある。僕たちは、さまざまな要素から新鮮なインスピレーションを引き出そうとしたんだ。
でも、過去のものからインスピレーションを受けたものって、固定的で、しかも誰もが知っているようなものになりうる。もし90年代の何かにインスパイアされたら、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインみたいな誰もが聴いたことある感じになっちゃうんじゃないかな。試行錯誤を繰り返すしかないけど、真に新しいものを作ろうとするのは怖いことなんだ。新鮮でも、固定的なものにはしたくないから。そういう意識が、このアルバムをサウンド的に本当にエキサイティングなものにしていると思う。
──「Starburster」では、チャッテンが初めてラップを聴かせていますよね。「Boys In the Better Land」のスポークン・ワードとも全く違うというか。サウンドも含めた、そういうヒップホップへのシンパシーはどのような部分からでてきましたか?
TC:僕はグリアンの代弁をするつもりはまったくないけど、メンバーみんながヒップホップやそれに近いスタイルの音楽に深くのめり込んでいたような気がするんだ。個人的には、そういったスタイルの音楽にはあまり関わってこなかったんだけどね。
でも、僕たちのショーのバックステージでは、アウトキャストやA$AP Fergの曲がよくかかっていて、それが大きな意味を持っているような気がする。間違いなく僕たちの作曲プロセスにも影響を与えているね。ここ数年で、みんなの音のパレットが広がったように思うんだ。だから他のエリアからの影響を取り入れられたのは良かったよ。
──「Favourite」で歌われていたりミュージック・ビデオで表現されているのは、親世代に向けての感情なのでしょうか? 楽曲もザ・スミスやザ・キュアーを思わせるところがありますが、親世代の聴いていた音楽として狙ったところもある?
CD:このアルバムは、僕たちが人生の価値観について疑問を抱いている瞬間と重なっているんだ。カルロスに子供が生まれて、バンドにとって物事が激しさを増す中で、僕たちにとって何が大切で、そういったことを乗り越えるために何が必要かを考えるようになったんだ。
激しさは増しているけれど、振り返ってみると僕たちお互いが仲間であること、そして心から大切にしている人たちや家族や友人をどれだけ大切にしているかがわかった。あのミュージック・ビデオを作った本当の理由は、僕たちに大切なことを思い出させるためなんだ。
このアルバムは人生で何が大切かを問いかけるものであり、僕たちのロマンスや精神性は、僕たちを前進させ鼓舞する大きな要素になっている。このビデオや曲は、そういう精神的な感覚を再確認させることを意図しているんだ。
──私は、『A Hero’s Death』のアートワークの銅像からはアルバムのひんやりとした音を連想しましたし、『Skinty Fia』のアートワークの鹿は、アイルランドというアイデンティティに目を向けたリリックを表象していました。 あなたたちのアートワークには毎回強い意味があると考えますが、今回は宙に浮かぶハートマークで。それも怒りと悲しみに引き裂かれたような表情をしています。どうしてそのようなデザインになったのでしょう?
CD:当初、アルバムのアートワークを見つけるのはかなり難航して。『Romance』というタイトルはかなり前から決まっていて、アルバムのイメージも固まっていたんだけど、ロマンスという概念に疑問を投げかけ、それが多面的なものであることを表現しようとしていたからね。ロマンスというのは一見するととてもストレートに見えるかもしれないけど、それを適切に表現するものを見つけるのは難しかったんだ。
Lulu Linのアートワークを見たとき、どこか奇妙な感じがしたんだ……。ある意味、不快で居心地が悪かった。でも、ロマンスに対する考え方があまり明白に伝わってこないという点で、この歪んだハートは実際に僕が感じている不確かさの表現として、この作品にぴったりなものになったと思う。これを見た人は、何かおかしいと思うだろうからね。完璧なハートではないし、シンプルなハートでもない。それは本当に重要なことで、このレコードを理解するためのちょっとしたヒントだと思ってる。
──今回のアーティストヴィジュアルを見てみると、レイヴを意識させるスタイリングが印象的です。あのスタイリングの背景や経緯を教えてください。
CC:スタイリングの中で自分たちを表現したいと思うようになった大きなきっかけは、去年の日本ツアーだったんだ。人々が自分のキャラクターを体現しているのはとても美しいことだし、自分自身を表現する方法や服装が自分の一部にもなっているのがわかった。僕たちはそういうことを試したことがなくって。スタイリングを音楽と組み合わせて視覚的な世界を作り上げることは、本当にワクワクする体験だったんだ。とにかく、日本での経験が大きなインスピレーションになって、去年からこのアイディアが始まったんだ。
──エキセントリックともいえるヴィジュアルからは、ロンドンのHMLTDやファット・ドッグ、あるいは2000年代にニューレイヴと呼ばれていたバンド群も思いだします。本作も彼らのように折衷的な音楽だと思いますが、このあたりのバンドに共感する部分はありますか?
CD:実は昔、HMLTDとツアーに行ったことがあるんだ。
TC:何年も前にね。
CD:そうそう。2018年にシェイムとツアーをして、もう一組のサポート・バンドがHMLTDだった。彼らとバックステージを共有したんだけど、彼らの格好は本当にクレイジーで。
CC、TC:うん(笑)。
CD:当時、僕たちはダブリンから来たばかりで、シャツにスラックスを着ていたんだけど、HMLTDの服装はすごくクレイジーで目を引いたんだ。ある日、彼らがバックステージにやってきて、天使のような小さな羽根を見つけたんだ。そのとき、「これは誰の? 君の?」と訊かれて、「僕のじゃないよ」って(笑)。彼は、その羽根がとてもかっこよく見えると言っていたんだ。
その天使の羽根は結局誰のものかわからなかったし、どのバンドのものでもなかったんだ。でもその夜、彼はその羽根をつけてステージに立ったんだ。まさに天使のような姿で。当時はとても不思議に思ったけれど、今振り返ると、それが彼らのスタイルだったんだと思う。自分が感じたことを、頑張って、臆することなく表現するのはとても刺激的なんだ。
──今回のアルバム制作において、影響を受けたヒーローを3組ほど挙げてみてください。事前に私も回答を用意したので、あとで答え合わせさせてほしいです。
CC:オーケー、3組のアーティストね。まずはザ・スマッシング・パンプキンズ。
CD:彼が間違えそうなのを3つ挙げるか、間違いなく考えていそうなのを3つ挙げるか(笑)。
TC:間違いなく考えているもの、そうだね。じゃあ、デフトーンズ。ディーガンは?
CD:ザ・スマッシング・パンプキンズとデフトーンズが出たよね。僕はフィッシュマンズを挙げるよ。あなたの予想は?
──私の予想は、80年代後半から90年代前半のザ・キュアー、フリートウッド・マック、そしてプライマル・スクリームです。
CD:フリートウッド・マック!? ほんとに?(笑)
──この3組は、主にサウンドの特徴やソングライティングの個性から選びました。
TC:素晴らしいね。ありがとう。
<了>
Text By Shoya Takahashi
Photo By Theo Cottle
Fontaines D.C.
『Romance』
LABEL : XL / BEAT
RELEASE DATE : 2024.8.23
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