Review

YPY: Compact Disc

2020 / Black Smoker
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野性と理性が共存する日野浩志郎の「速度」

20 August 2020 | By Shinpei Horita

2019年に《EM records》からアルバム『Be A Little More Selfish』をリリースしたのを皮切りに、自身のレーベル《Birdfriend》からのカセット2作品や《Acido Records》からのEP……。と、レーベルもフォーマットも、そして音楽の方向性もそれぞれ異なる作品を次々とリリースし好調さが窺えるYPYの最新作が《BLACK SMOKER RECORDS》からリリースされた。レコーディングは《ICECREAM MUSIC STUDIO》。マスタリングは西川文章。ジャケットのアートディレクションは河村康輔が担当している。

『Compact Disc』と名付けられた本作はYPY名義としては珍しく文字通りCDでのリリースとなっておりTR-808とSH-101というシンプルかつクラシックな機材を用いて制作されたという。ただそこには懐古主義的な要素などは一切ない。むしろある程度の制約が創作のエンジンにもなり得るというエレクトロ・ミュージックの醍醐味に満ちた一枚と言える。

ライヴ感の強い音作りやフロアでの機能性とリスニング作品としての強度も兼ね備えた雰囲気は『Be A Little More selfish』の延長線上にあるようにも見受けられるが、今作で最も特徴的なのはその「速度」だろう。全曲にわたってBPM100前後の楽曲が並べられているのだが、私が知り得る限りYPYの作品でここまでBPMが統一されている作品は初めてではないだろうか。少なくとも本作制作のコンセプトのひとつに速度を絞るということがあったのは間違いなさそうである。ここで筆者の頭に浮かんだのは COMPUMA、DR.NISHIMURA、AWANOからなるDJユニット悪魔の沼と彼らが《Birdfriend》のサブレーベル《bbF》からリリースしたミックステープ『NON – OPTIMIZED SOUND sound tectonics #21 at YCAM』のことだ。極端なまでにスローなそのミックスは聴く者の時間感覚を狂わせ、まさに底の見えない沼をただ見つめているような時には沼そのものへ身を沈めていくような感覚へと導いていく。と同時に電子音やノイズ、マシンビートなど多様な音が重なり合ったり自在に蠢いている様が生々しく聴覚へと作用する。スローな速度、そしてこちらも大きな特徴となっているフィルターノイズとTR-808によって鳴らされる太いビートによって形作られている本作も悪魔の沼とも通じる生々しさ、没入感を携えている。

こうした本作における特徴的な要素が生み出しているのは作品のムードや感覚的な部分だけではない。前作『Be A Little More selfish』に収録されている「All Wounds」にはチェロ奏者の中川裕貴が参加しているが、あのアルバム・リリース時に日野に行ったインタビューで彼は「繰り返されていくものであればリズムアプローチとしてとらえる事ができると思っています。曲中ではチェロの音が右や左に動いていくんですが、鳴っている音が持続音でもその左右の動きが曲中のリズムの一つとして機能しています」と語ってくれていた。この発言の“チェロ”の部分を本作ではフィルターノイズに置き換えることも可能だろう。一聴する限りでは不確定要素として配置されているかに思えるノイズがまさにリズムの一つとして機能し、曲の中で異なるリズムが層となり複雑に絡むあっていく様がゆっくりと引き延ばされた時間の中でまざまざと知覚される。彼の音楽で重要な要素の一つである「律動」がスローなテンポの助けを得て浮き彫りになっていく。そういった点では『Compact Disc』はある意味日野の持つ作曲の志向性をはっきりと現れた作品と言えるかもしれない。言うまでもなく、複数のプロジェクトを同時進行で展開する日野浩志郎の音楽とその変化を追いかけるのは容易なことではない。しかし自ら「デイリーワークのようなもの」と語るYPYの作品の中にそのヒントは隠されている。本作はそういった示唆にも富んだ一枚だ。

ちなみに文中でも引用したインタビューでの日野の発言を思い返しながら本作を聴いていると、意思を持った生物のように縦横に動き回るノイズや電子音も、全体を俯瞰する日野の手によって完全に管理されているようで恐ろしさすら感じてしまう。しかし、時に暴走しそうな野性と徹底的に研ぎ澄まされた理性が一つの作品のなかで共存し危うげなバランスで成立しているのも、日野浩志郎という音楽家の魅力なのだと本作は改めて教えてくれる。(堀田慎平)

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