Review

HMLTD: The Worm

2023 / Lucky Number
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カウンター、再び出会ったみたいな興奮

25 May 2023 | By Casanova.S

再生ボタンを押す。合わさる声が空気を震わせる。そうやってソワソワして落ち着かない興奮がやって来る。これから上演される演目を説明するプロローグみたいな合唱からなだれ込む「Wyrmlands」が始まったその瞬間、アルバムのベールがはがされたその瞬間に心はほとんど持って行かれる。あの時、求めていたものはなんだったのかもうはっきりと思い出すことは出来ないけれど、思わず叫び出したくなるような衝動に駆られる。そうして実際に布団をかぶり小さく叫ぶ。HMLTDが帰って来たのだ。

ビッグクラブに移籍しうまく行かなくなったフットボーラーのような、ここ数年のHMLTDにはそんなもどかしい思いを抱いていた。初期のサウス・ロンドン《Windmill》のシーンのバンドの中で最もとがり、最も狂騒的なオーラをまとっていた違う宇宙からやって来た集団、理解など出来なくとも他のバンドと違うということは即座にわかったようなバンド。そんなバンドが大きなレーベルと契約し、プロジェクトにフィットするようなスタイルになることを要求されて、やがて自身が持っていた武器を失う。フットボールの世界で何度も見てきたようなそんなスパイラルをHMLTDの中に見て、残念に思い自分が好きな音楽とはいったいどんなものだったのかと少し考えるようにもなった(大金をかけて制作されたというアルバムは結局リリースされなかった)。その後メジャーのフィールドから離れインディー・レーベル《Lucky Number》に移籍して発表されたファースト・アルバム『West of Eden』(2020年)は決して悪くないアルバムだったが、そこにかつての面影を重ねてしまい全てがうまくいった未来の姿がどうしても頭をよぎった。

だがこのセカンド・アルバムは違う。そんなありえたかもしれない未来の形が全て吹き飛んでいってしまうような興奮と、そして崩壊する寸前で持ちこたえているかのような美しさがここにはある。イングランドを巨大なワームが蹂躙する、SFと古典的なファンタジーが混じったような悪夢の世界で、HMLTD、あるいはアートワークに描かれた人物ヘンリー・スピカルスキーが古の叙情詩で活躍する英雄のごとくワームを倒す冒険を繰り広げる。資本主義に囲まれた世界の悪しきもののメタファーとしてのワーム。ワームは人の内側、社会の内側に存在する、しかしその世界はヘンリー自身の精神、個人の内から滲み出た世界でもあって……その中で彼は痛みを抱えもがいていく。そんな9曲の壮大なミュージカルとも思えるような素晴らしいコンセプト・アルバムをHMLTDは見事に作りあげたのだ。

このようなスタイルのアルバムを作り上げるにあたってはブラック・ミディのセカンド・アルバム、サード・アルバムに参加している鍵盤奏者セス・エヴァンスの加入も大きかったのかもしれない。楽曲の中での役割は元より、その端々で映画のサウンドトラックのように深層心理を語るピアノの音が曲の感情を作り出し、サンプリングやアルバムの端々で挿入されるセリフと合わさってこの9曲の小さな物語をミュージカル映画の大きな物語として繋げているのだ。その音色はアルバムのテーマの一つになっているであろう心の内と外、自己と社会の、混在する二つの世界を繋ぎあっという間に聞く者の感情の輪郭を形作っていく。

その効果が最も現れているのが「Liverpool Street」だろう。終盤に向かう映画の種明かしのようなセリフ、精神科医らしき男の声がうつ病、急性精神病に悩まされたヘンリー・スピカルスキーによって、このアルバムの神話的、聖書的な物語の世界が作られたと告げる。セリフの途中でかっての狂騒的だったHMLTDを象徴する曲である「To The Door」(2017年)が走馬燈のように挿入されて、そうして穏やかに響くピアノの音が聞く者を美しくロマンティックな「Liverpool Street」の物語へと連れて行く。このようにHMLTDはイメージの断片を結びつけることでアルバムに濃密な奥行きを生み出しているのだ。狂おしいまでの熱を持った「Past Life (Sinnerman Song)」はその名の通りニーナ・シモンの「Sinnerman」(1962年)を下敷きにそのイメージを取り込み赦しを求めるワームの物語の血肉とし、ジギー・スターダストがやってきた星のフォークミュージックのような「The End Is Now」には目指した先のコンセプト・アルバムの匂いが隠されていて、この映画のような音楽にさらなる物語を追加する。このイメージの連鎖こそがアルバムのキーになっているのではないかと思う。9曲41分の収録時間とは思えないほど壮大で、それでいて最後まで緩まることなく集中力が持続する濃厚な時間はそうやって作り出されているのだ。

あぁそれにしても、このアルバムはなんとスリリングなのだろう。予定調和を越え、かつての狂騒が形を変えてここに再び現れたかのような、崩れゆく世界の中に差し込んだ光のような、ソワソワして落ち着かない興奮が何度も何度もやって来る。壮大な音楽の、内なる冒険、HMLTDはここに新たな世界を創造した。聞く者にその世界を想像させ考えることをうながすような、心をざわつかせる体験としての音楽、HMLTDのこのセカンド・アルバム『The Worm』は表現としての音楽の魅力に満ち溢れている。(Casanova.S)

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