Review

Hinako Omori: stillness, softness…

2023 / Houndstooth / Big Nothing
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一人の人間の内なる世界の音を聞く

28 December 2023 | By Koki Kato

大森日向子という人の音楽には反芻があると私は感じている。前作『a jouney…』(2022年)は旅についてのアルバムだったが、旅の風景を克明に再現しているというよりは、日々刻々と少しづつ輪郭を欠いていくその記憶を反芻しているような作品に思えたからだ。「a journey…」の〈私たちはそこにいたような感じがした〉と囁かれたときの儚さ、そして「Ocean」での長く響くシンセサイザーによって広がる空間。その旅の思い出は儚く、そして朧げで、奥行きを持っていると思ったのだ。

今作『stillness, softness​.​.​.』にも反芻がある。前作同様、アルバムのタイトル内には「…」があって、その後に言葉を続けるために何か考えているような様子を想像する。そういう点も前作と今作の共通点かもしれない。今作であれば、それは静けさであり柔らかさであり、そして何かであると言いたげなようでもある。または、「…」は言葉の後に続く余韻とも言えるかもしれない。

そんな前作、そして今作を聴いていると、今作ではまず歌や声が印象的なことに気づく。今作での「Ember」の歌や、「A Structure」のポエトリー・リーディングのような表現を聴けば、大森という人間の存在がより近くに感じられたからだ。

今作についての大森のインタヴューを読むと、今作は自己探求だったという。それは、大森自身の姿や心情の吐露を克明に表しているというよりは、外の世界とは隔絶された大森の内なる世界、精神世界を表現しているように思えた。一曲目の「Both Directions ?」は、その曲名然り、そしてシンセサイザーの仄暗く、まるで濃霧の中にいるような音によって、次の瞬間向こうに何が待ち受けているかも分からない、そんな大森の内なる世界への入り口でもあるかもしれない。その先ではやがて、歌と声が聴こえてきて、大森の精神世界に入り込んだことを徐々に認識するような気持ちになる。

今作は、アルバム全体を通してアンビエントやニューエイジとも思えるサウンドを聞かせている。加えて、ヴァンゲリスのような電子音楽、映画音楽のようでもある。『ブレードランナー』(1982年)のあのサウンド・トラックを思い出しながら、けれど今作はディストピアでもなければユートピアでもない、大森日向子という人の個人の世界。現実と乖離しているというところは、『ブレードランナー』の世界観と似ているかもしれない。例えば「In Limbo」の宇宙とも、どこかの惑星とも思える無重力なSFの世界、それは段々と混沌としたサウンドへと変わっていく。あらゆるものが時折、無秩序に交わる混濁した人間の精神の中の世界なのかもしれないし、人間の内面の複雑さそのものなのかもしれない。

朧げでアンビエンスを伴った音の中から聞こえてくる、シンセサイザーのフレーズに私はひきつけられる。それはまるで、私という一人のリスナーが今作の世界に入り、歩みを進めていくときに、導いてくれる道そのもののようだし、道を照らす街灯のようでもあり、行き先を示すような存在であるかもしれない。例えば「Stalactites」でのシンセサイザーのアルペジオは曲の中で象徴的に鳴っているように感じるし、それは曲が進むにつれてどんどんと変化し、と思えばその残響音は次の曲の「Cyanotype Memories」の冒頭にシームレスに繋がっていく。曲調は異なっていても、曲同士が一本の道で繋がっているように思える瞬間がこのアルバムにはある。

このアルバムからは、大森が自身の内なる世界を探り、表現するための反芻を感じるのだ。人間にとって他人は複雑だが、自分自身も複雑でそれゆえに自分について知らないことがまだまだありそう。というのは私が最近感じていることなのだが、自分自身の内面の正体について知りたいという気持ちが今作を聴いたことで増している。内面の世界は、どんな音や形なのか。そうやって表現した作品世界に他人を招き入れる体験はどんなものなのか。今作にあるような、個人の未知なる世界を通したコミュニケーションに憧れを抱いたのだ。(加藤孔紀)

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