スカート: トワイライト

2019 / ポニーキャニオン
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19 June 2019 | By Sayuki Yoshida / Dreamy Deka

“存ること”そのものを喜ぶポップ・ソング集

まずジャケットが良い。澤部渡の敬愛する漫画家たちが手がけてきたスカートの歴代アルバム・ジャケットは、いずれもカラーのイラストレーション、いわゆる“一枚絵”だった。対して今作は、『メタモルフォーゼの縁側』で知られる鶴谷香央理による、架空の漫画の小さな一コマだ。架空の漫画というアイデア自体は長年ジャケット・デザインを手がける森敬太のものだそうだが、スカート史において異質なジャケットであることは確かだろう。過去作で描かれてきた空飛ぶ自転車(『20/20』)や飛びだすガラクタ(『ストーリー』)のようにカラフルで寓話的な世界はそこにはなく、ただものを思いながら階段を降りる、あまりにもありふれた光景があるのみだ。

前作『20/20』は、全楽器を自分で演奏したり活動最初期の曲を収録したりと、曲ごとにさまざまな角度から趣向が凝らされている印象だった。対して今作は、編成もサウンド・アプローチも、一貫してけれん味がなくシンプルなスタイルでまとめられている。とはいえ、新たに重ねられた「遠い春」のストリングスは曲のスケールを広げるように高らかに響いているし、曲順の真ん中に置かれた「高田馬場で乗り換えて」は、ハネ回るリズムセクションと賑やかなコーラスでアルバム全体の風通しを一段と良くしている。これまでどちらかといえば室内楽的な魅力をたたえていたスカートだが、今作はより開けた場所、たとえばドライブなんかでかけてもよく馴染みそうだ。雑踏が似合う開けた空気感は、どこかの街角であろう前述のアルバム・ジャケットとも通じている。

「高田馬場で乗り換えて」のような快活な曲がある一方で、それ以外の曲の歌詞を読んでいくと、“いる/いない”という言葉が繰り返し歌われていることに気づく。“君とここにいないだなんて!”(「トワイライト」)、“ここにいるのに 君を照らすマッチもライターもなくて”(「四月のばらの歌のこと」)そして“何もなくても 君がいるなら”(「君がいるなら」)と。そういえば収録こそされていないが、シングル『遠い春』のカップリング曲も「いるのにいない」だった。“君”とは人間かもしれないし、なにか別のモノかもしれない。ただ確かなのは、いたりいなかったりする“君”と、それに心を揺さぶられる“僕”、そのどちらも夢幻ではなく、たしかに目に見え手で触れる現実に立っているということだ。そう考えると、これまで澤部が楽曲でもパッケージでも多用してきたファンタジックな表現が本作に少ないことも意図が感じられる。目に見え手で触れる“存在”そのものが持つ抗いがたい魅力――その発想はおそらく、彼が今年から、これまで避けてきたサブスクリプション配信に踏み切らざるを得なかったことと無関係ではないだろう。今作のジャケットはサブスクリプション配信ではイラストのみだが、CDでは周囲に大きな余白がとられている。さりげない小さなコマが、実際の漫画本に組み込まれるよりも大きくCDにあしらわれていたら、それはもう“コマ”ではなく、紙の厚みを持たない“アートワーク”に近いものとなってしまうからではないか。

物理的な距離と時間によるしがらみは、デジタルによってある程度やわらぐかもしれないが、どのみち身体がある以上逃れきることはできない。そして、それは障壁にもなるけれど、時にかけがえのない体験をもたらす巡り合わせの装置でもある。重要なのは、本作は決してなにかを嘆いたり惜しんだりするアルバムではないということだ。あなたや私や街やモノたちは確かにここに存在して、距離と時間の巡り合わせによって、絶えず心は動き続ける。連綿たる歴史を持つポップ・ソングの旗のもと、“存ること”そのものを喜び慈しむ歌集なのである。(吉田紗柚季)


そしてスカートは「みんなの歌」になった

もうのっけから私なりの結論を述べてしまうと、これは変幻自在のポップスマエストロ・澤部渡が、信頼するバンド・メンバーと共に、その全精力を「歌」に捧げた作品だ。そしてその歌は、彼自身の歌であり、今までのスカートを愛してきた私たちの歌であり、まだスカートを聴いたことのない彼らの歌である。

つまり、ついにスカートは「みんなの歌」になった。そんな感慨をもって迎え入れたい傑作だ。

この跳躍を目の当たりにして私が思い出したのは、シューゲイザーやグランジの狂騒を経てティーンエイジ・ファンクラブがたどり着いた永遠の名曲ソングブック『Grandprix』(1995年)や、同じ年にスピッツが『ハチミツ』で長い雌伏の末に見せた覚醒だ。とは言え、そのサウンドは、前作『20/20』に続くメジャーレコード会社からのリリース、映画やアイドルへ提供した楽曲を多数収録…といったきらびやかな前情報からイメージするものとは、やや趣きが異なるものかもしれない。

過度な装飾とはもちろん無縁。これまでのスカート・サウンドを特徴づけてきたXTCやムーンライダーズ直系のねじれ感や、往年の山下達郎を彷彿とさせるタイトなファンクネスも後景化し、そのかわりに広がるのは、澤部渡がひときわ丹精込めて紡いだであろう美しいメロディーと、その繊細さはそのままに、感情の色彩がより鮮明になった歌詞、そして聴き手のハミングを促すような包容力としなやかさに満ちたバンドの演奏による、エバーグリーンな輝きだ。今思えば、1月に発表されたシングル「君がいるなら」のMVが、初めてバンドの演奏シーンをフィーチャーしたものであったことも、この世界観の予兆だったのかもしれない。

それにしても、上述の通りタイアップやメディアでの露出も増え、ストリーミング配信も開始されるなど、多くのステーク・ホルダーから様々なものを期待されてしまう騒がしい状況であったことは、現実の苦みを噛みしめるような「それぞれの悪路」「花束にかえて」の歌詞からも垣間見ることができる。

しかしその正念場で投じた一球が、自らのソングライティングと、インディー時代から活動を共にしたメンバーによるシンプルなバンド・サウンドだったという澤部渡の決断。その大胆さと潔さにグッときてしまうし、何よりあのほんわかとした佇まいからは想像できない、自らの音楽に対する強靭な意志を感じずにはいられない。

そう、今作においても彼は、これまでの作品で貫いてきた自らのマナーはしっかり守り抜いている。だって収録時間はいつも通り40分以内(39分!)だし、やっぱり抑えがたいファンクの衝動は「沈黙」にさりげなく仕込ませてるし(「回想」「返信」に続く漢字二文字ダンス・チューン!)、リリース日のインストア・イベントも自主制作時代から彼をサポートしてきた『ココナッツディスク吉祥寺』での開催だ。

もしもそんな、誰も裏切らない、何も損なわない、スカートに対する仁義を貫き通すという彼のこだわりと愛が、この跳躍を成し遂げるバネになっていたとしたら、こんなにロマンチックな話ってないよな…。そんなことを思いながら「ずっとつづく」の“このまま 無防備な日々が続くように 歩き出そう 風がどんなに強くても”というフレーズに胸を熱くしまくっているのです。(ドリーミー刑事)


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