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Sasami: Squeeze

2022 / Domino / Beatink
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迂闊に近寄った瞬間容赦なく牙を剥く濡女

25 February 2022 | By Sakuno Seike

他者に暴力をふるうなら、相手もまた、自分に牙を剥く可能性があることを常に意識していなくてはならない。ササミのニュー・アルバム『Squeeze』は、暴力的な人物、一部の音楽ジャンル/コミュニティに蔓延するそうした振る舞い、そしてその被害者の背筋に冷たい刃を差し込むような作品だ。

ササミ・アッシュワースは在日コリアンとしての祖母と母の姿を見ながら、自身はアメリカはロサンジェルス郊外の街エル・セグンドで生まれ育ち、フレンチホルンの演奏を通してクラシック音楽にふれながら音楽に目覚めていった。2015年からの約3年間はインディー・ロック・バンドのチェリー・グレイザーに在籍し、2018年より「ササミ」名義でソロ活動を開始。翌2019年リリースのファースト・アルバム『Sasami』まではインディーやシューゲイザーが軸となっていた。ところが、セカンド・アルバムに当たる今作ではファンの一部が離れてしまうのでは、と懸念するほどに歪んだサウンドがフィーチャーされている。きっかけは何だったのか。

ササミはそもそもメタル・ヘッズというわけではなかったが、ヘヴィ・ミュージックに対してまったくの無関心を貫いてきたというわけでもなかったようだ。彼女と交流のある者の中にヘヴィ・メタルの愛好家がいなかったことも手伝い、どこか遠い世界のように感じられていたという。同時に、メタルに対して「非常に暴力的でレイプ的」だと感じ、不快感を覚えることもあった。ニュースクール側のジャンルであるオルタナ/ニューメタルの大家システム・オブ・ア・ダウンの楽曲は彼女の琴線にふれたが、その歌詞には――やはりと言うべきか――女性を力で捻じ伏せるようなフレーズがあったため、ササミを失望させた。メタルは、ササミという才能を取り逃がしてしまった。

ところが2020年2月、友人でありキング・タフとして活動しているカイル・トーマスに誘われ訪れたプログ・スラッジ・メタル・バンドのバリシのライヴが彼女にインスピレーションを与えた。攻撃的な音楽には、それを通じてリスナーのフラストレーションを燃焼させる役割が与えられた。「Say It」ではトラップ・メタルで用いられるようなデジタルな質感のギターとインダストリアルなビートが、脱力感をまといながらたおやかに流れるメロディ・ラインの四方を打ちっぱなしのコンクリートのごとく囲い込み、「Sorry Entertainer」では日本の80年代アンダーグラウンドを思わせる、重心の低い、古本屋街の黴臭さが漂ってきそうなリフが釘裂きのギター・ソロを連れてくる。これらのメタル的表現には他のミュージシャンも大いに貢献している。メガデスほか数々のバンドで辣腕を振るうドラマーのダーク・ヴェルビューレンほか、「Skin A Rot」でスクリームを担当したヴェイガボンのレティシア・タムコなど凸凹と様々なジャンルから鮮やかなパワーを集めて、感傷のあたたかみと無機質な怒りの奇妙な温冷交代浴がパッケージされるに至った。

このアルバムのもう一つの軸が、鳥山石燕の『図画百鬼夜行』にも登場する日本の妖怪・濡女である。時に妖怪・牛鬼の斥候役として人間を油断させる女怪として、時に自ら男性を襲い喰らう大蛇の胴を持つばけものとして伝えられてきた。ササミは、これを「暴力の被害者ではなくどちらかといえば加害者の女性的存在」としてモチーフに選んだ。ここで言う「暴力」とは日常的なものでもあり、もちろん先述のメタル・コミュニティに潜むそれをも指す。誰も傷つけないメタルを作ろうというのではなく、メタルの凶暴性の主体を奪い返してやろうという試みが、なんだか非常にメタルっぽいのだ。そして、メタルの創造神たちの想定の埒外に飛び出す行動でもあると思う。

本作には「Call Me Home」や「Tried To Understand」といった、従来のインディー路線をゆく曲も収録されている。牧歌的な手ざわりで、コーラスやギターが重なりあってゆく箇所などはうすいティッシュを何枚も重ねて太陽を透かし見ているような不思議な幸福感で輪郭が解け落ちていきそうになる。だがその直ぐあとに待ち受けるのが、硬くて冷たくて重いサウンドだから恐ろしい。これが、この構成が日常の隣に住む暴力であり、迂闊に近寄った瞬間容赦なく牙を剥く濡女である。そして、『Squeeze』を聴いている間に絶えず感じる背筋の怯えの正体である。(清家咲乃)



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